「授業は第6回,運用その1です.
なのですが,前回の授業で,提出は任意として,書いてもらっている記録の中で,興味深いものがあったので,取り上げたいと思います.
前回の後半に紹介した,プログラミング言語Rustについてです.手短に記すと,『Rustを1か月で習得できるか』となります.
少し考えてみたのですが,『はい』とも,『いいえ』とも,答えたくないなと思いました.
思いついた答えは,次のようになります.習得できるかどうかは,『1か月間,どれだけの時間を習得にあてられるか』と『適切なメンターがいるか』にかかっている,と.
メンターについては,どこかで教わっているかもしれませんが,とりあえず『助言者』『支援者』と考えてください.あとで詳しく,メンターとはどういう人なのかを説明したいと思います.なお,メンターは,Rustの知識・技能があってもなくてもかまいません.
もし,メンターがいたら,会話は次のようになるかな,と思います」
あなた「Rustを1か月で習得したいと思います!」
メンター「うん,いいと思うよ.話題のプログラミング言語だもんね.面白いプログラムができたら,見せてね」
「背中を押すような感じ,ですかね.
じゃあメンターって何ですか,と,話を進めるのではなく,メンターに似ているけれど,メンターでない助言者・支援者,あるいは『関与者』を挙げ,比較していきたいと思います.
もし,メンターではなくコーチがつくとしたら,やりとりは次のようになるのが予想できます」
あなた「Rustを1か月で習得したいと思います!」
後日,コーチ「ゴールと,1週間ごとのメニューを用意してみたよ!」
明確なゴールと,練り上げられたメニューを持って来て,週単位,日単位で,あなたは学習していく展開となります.顔を合わせて,またはオンラインで,報告をしてアドバイスをもらい,寝て起きて次の日を迎えるわけです.
さて,コーチは基本的に,メンターではありません.成功したときにはともに喜び,行き詰まったときには親身になって相談に応じることがある,という点では,メンターのように行動する状況があるかもしれませんが,メンターは,あなたにゴールだとか,達成のためのメニューだとかを用意して指示する者ではありません.
メンターとまた区別しておきたい関与者は,上司です.会社で,このようなやりとりになるかもしれません.
上司「業務命令です.Rustを1か月で習得してください.その間の業務は他の従業員が担当するよう取り計らいます.経費で書籍を購入してくれてかまいません.毎週の報告と,最終レポートを提出してください.」
あなた「はい,わかりました」
これでは,Rustの学習・習得について,あなたが自発的に取り組むのではないのが,分かるかと思います.
時間は,有限です.職場の人の数や能力も,有限です.期限や日程,また人的なリソースの管理がなされますので,このことを考慮すると,職場の上司は,メンターではないと言えます.
大学の,研究室での指導教員も同じように,メンターではありません.研究室では研究成果を挙げること,そして学生には,卒業論文・修士論文・博士論文のいずれかを書き上げて学位を取得し,研究室を出て行ってもらうことを,教員は常に念頭に置いているからです.この点では,学生はリソース,古くからある言葉だと『手駒』ですね.とはいえ教員の思うとおりに研究ができるとも限りませんし,基礎となる知識・技能が必要となれば,時間をとってRustの学習をさせることもあります.
あなたとメンター,あなたとコーチ,あなたと上司の他に,もう一つ,対話が起こり得る組み合わせがあります.家族です.やりとりはというと…」
あなた「Rustを1か月で習得するんで!」
親「そんなんはどうでもいいから,家のこと手伝ってくれる?」
大学に通って,システム工学だとか,コンピュータで何かするだとかやっている子どもが,『Rust』と言ったときに,おそらくまず思うのは,『Rustとは何か』『習得するとどのような良いことがあるのか』などではなく,『何,難しいこと言ってんねん』です.
そのまま言うわけにもいかないので,『そんなんはどうでもいいから』や,『家のこと手伝え』になったりするわけです.
あなたとメンターから始まって,ここまでのやりとりはいずれもフィクションですが,事例として最も起こりやすく,Rustを1か月で習得以外にも,あなたが言われて心に残りやすいのは,親やきょうだいからの,やる気を削ぐ言葉になるようにも思います.
ある日に,Rustを1か月で習得すると表明して,1か月後に達成できなかったときに,メンターにそのことを伝えると,それでもメンターは何らかの励ましの言葉をくれるはずです.コーチだったら,上司だったら,それぞれで反応が変わります.親きょうだいは,『な!言ったとおりやろ!』のような,かけた時間や熱意を無にするような言葉を,気軽に使うかもしれません.『呪いの言葉』とも呼ばれ,書籍もあります.
授業で時間をとってお知らせしたかったのは,みなさんこの科目を受講したから,授業で紹介したRustをはじめさまざまなプログラミング言語やソフトウェアの活用などに習熟してください,ということではなく,一つは,『学びたい』『技能を高めたい』という欲求に対して,話す相手を選びましょうということです.もう一つは,みなさんがそれぞれ,将来的に,『メンター』『コーチ』『上司』そして『親』のいずれか1つ以上の立場になり得る,ということです」
「メンターについて,1枚のスライドで整理しておきたいと思います.はじめにも述べたとおり,日本語にすると『助言者』『支援者』です.メンターはmentorと綴りますが,メンタル(mental)とは関係がありません.支援してもらう立場の者は,mentee(メンティー)またはprotégé(プロテジェ)と言います.
メンターはどのような人であるかについて,日本メンター協会のWebサイトに書かれているのは,例えば『仕事もプライベートも安心して相談できる人』と『どのような相談でも,共に悩み,考え,支え,称えてくれる人』です.先ほどのコーチ・上司・親とのやり取りと対比すると,『指示ではなく共感ができる人』を,メンターの資質として挙げておきたいと思います.
『メンターになってください』と頼むことは,ありません.メンター制度を取り入れている企業では,AさんのメンターはBさんと定めることもあるかもしれませんが.
では本題に移りましょう.第6回のPowerPointファイルは,と…」