わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

先例のあるケース,先例のないケース

彼は人にものを教えるのが巧みであったという.高橋と経済政策面で鋭く対立することになる井上準之助は,高橋是清山本達雄(第五代日銀総裁貴族院議員,大蔵大臣などを歴任)から受けた薫陶を次のように語っている[5]*1.「先例のあるような事件ができたら山本さんのところに聞きに行くとよい.手にとるようにおしえてくれて大いに参考になる.そして,先例のないような事件には,高橋さんのところに行くに限る.必ず即刻いい考えを出される…….」
(大学の反省 (日本の〈現代〉11), p.170)

pp.168-172は「幅広い専門性」というタイトルで,教養教育の重要性を説く中で高橋是清を取り上げています*2.引用の最初の「彼」も,高橋是清を指します.山本達雄はいわば引き立て役なのですが*3,そういった文脈を離れ,「先例のあるケース」「先例のないケース」を対等に捉え,教育のあり方として,本を閉じて考え込みました.
大学全体で,と論じるには無理があるので,自分自身に限定するとして,学生から相談を受けたときに「手にとるようにおしえ」ることができるか,「即刻いい考えを出」してきたか….
正直なところ,自信がありません.
ただ経験上,研究室配属までの学生の相談には,先例のありそうな質問が高いと言えます.他の教科でおそらく学んだはずだけど,忘れてしまったと見えるケースが多数ですが,ときには,過去に学んだときの内容と,私が言った内容がどこか異なっていて,そのギャップを埋めたいと感じさせるような問い合わせもありました.
そういうときに何をしてきたか…時間が限られていれば,「〜について調べて(再確認して)みるといいよ」と,ヒントを提示するだけですが,余裕があれば「〜は,どう教わりました?」と聞きます.そこがあやふやなら,「調べてみるといいよ」か「じゃあ一緒に調べてみますかね」となりますし,レスポンスが返ってくれば,突っ込んで検討して,本当に尋ねたかったことを互いに確認することとなります.これができれば,相談の半分,いや8割は終わったようなものです.
そしてこのやり方は,先例のないケースでも適用できそうです*4
井上準之助が受けた薫陶」というのも,もしかしたら,相談するまでによく準備をして,また実際に話して問われたらその都度答えていく間に,どの方向に進めばいいか*5が固まっていき,そこに感銘を覚えたのではないかと,思うようになりました.
そういう教育者を,極めたいものです.

昔書いたこと

そのときの指摘の一つ一つは,本質といいますか議論の中で重要なものばかりでした.今の学科で,ややこしい事情を抱えて教授に相談すると,どなたも,制約状況を的確に把握されて,もっともコストパフォーマンスがよく,実行可能で,しかも相談時には思いもよらなかった方法を,ご提示いただいています.尊敬の念が募るばかりです.

大学生活の思い出 - わさっき

問題解決の基本は,大きな難題を,小さくて簡単な問題に“うまく”分割することだなあと感じるようになりました.単に分割することなら,日常誰でもやっています.“うまく”のところが肝心で,だからこそそれぞれの著者が,おのおのの問題意識や経験をもとに本を書かれ,さまざまな「問題解決本」が出版されているわけですね.

問題解決を支援する本 - わさっき

*1:藤村欣市朗『高橋是清と国際金融』上巻,一七頁

*2:『「教養教育」という下地なしに,狭い専門教育のみを受けた専門家集団が統治機構の中で強い力を持ち始めると,いかなる問題が生ずるのか.この点を如実に示す歴史的事例として,高橋是清をめぐるエピソードを挙げておこう.』, p.168

*3:『こうした「先例のないケース」を的確な判断力で処理する力を得ることにこそ教育の意味があるとすれば,高橋是清は実に優れた教育者であったということができよう.』, p.170

*4:その際,「〜」として適切なキーワードを出せることが,良い解を導くための必須条件です.

*5:ただし必ずしも一本ではない点に注意.