わさっきhb

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叱りへの耐性

先日,ある尊敬する技術者から,「研究室の中で,『叱り』への耐性を身につけさせてほしい」という要望を聞きました.
学校教育の中で叱られることなく,社会人になると,上司から叱られたときに,その後は精神的ショックで仕事が手につかない,と.辞める人さえいる,とも.
叱ることに関する自分の考えは一応あって,「叱るというパフォーマンスが適切な状況が,授業でも研究室指導でもほとんどない」なのですが,耐性があるとないとでは大違い,という観点は,ちょっと軽視していたかもしれません.
なお,今回,「『叱り』への耐性」は,あるかないか,すなわち定性的な面に着目します.反対に,定量的な「叱られ慣れ」とでも言いますか,叱られていきながら先生/上司/先輩の腹づもりが分かってくる,ということは考慮しないこととします.
まあそれで,考え直してみても,研究室内で叱ることが合理的と思えるケースは,学生が数人いる状況であれ,一対一で指導している状況であれ,ちょっと見つかりそうにありません.
自分の日記を,「叱」という文字で検索してみました.関係しそうなのは,次の2つでしょうか.

成果が不十分であることを叱る教員は,まあいないとも限りませんが,十分な検討のないまま漫然と活動をしているのが,報告内容から容易に想像できるときは,これはお叱りの対象です.

ジェミノイド研究に再帰 - わさっき

いやあ,今朝の満員電車の中で,髪の毛引っ張ったりして,「遊んでいる」の域を超えた小学生ふたりに対して,「ええ加減にしなさい!」と叱ったもんで.
終点まで車内は静かになり.当然のように叱られた小学生はこちらと目が合わない方向に顔をそむけていました.

私は別に若いコに嫌われるのなんて怖くないからね - わさっき

前者について,実際に叱るというか,声を荒げることもほとんどなく,「理由」と「対策」を考える習慣がついています.しかし,このときに叱るのは,叱り方次第で,効果があるようにも思えます.
後者は日記の初年度の出来事です.知らない人に叱られると,そんなもんでしょう.この話の続きは,およそ2週間後に書いています.
それと,指導する側・される側で,叱ること以外の手段で,十分な信頼関係を築けば気づけば,叱っても大丈夫かというと,想像するにむしろ逆効果で,叱られた側は「この先生がこんなにして叱るのか…」と,それまでとのギャップに戸惑う可能性が高そうです.
んで結論がわりに,今のところ私の取っている行動を書いてみます.学生の行動や答案を見ていて,唖然とすること,もっと踏み込んで事前に検討してほしかったと思うことが,多々あります.しかしそれが「お叱り」となって現れないのは,叱るよりもよいリアクションがあると考えるからです.
ただし,自身の性格に関して,叱ることへの感度よりも,笑うことへの感度が異様に高いことを指摘しておかないと,不公平かもしれません.ここでいう「感度」は「すぐ叱る」「すぐ笑う」と言い換えられます*1.先日の前期ゼミで,印字したレイアウト案が学生のところで笑いとともに止まっていて,いいから見せろと言って一瞥した瞬間,異常な縮小設定がかかっていて,A4用紙のうち3cm平方くらいに,1文字が1mm足らずの大きさで打ち出されていたのには,笑い涙なしではいられませんでしたね.何だったんだオレは….

気を取り直して,関連するWebページほか:

私は常々リーダーには「ほめる指導」を勉強して欲しいと、このブログで書いておりますが、その理由の一つに「叱る」のはいろいろ弊害があり、リーダーの技術としてはかなり高度で、使いこなすのが難しいからです。
レベルの低いリーダーが「叱る」と、それはただの「怒り」になってしまって、逆効果になることをいましめているわけです。

ほめたり叱ったりするのだけが指導方法ではない - 佐藤直曉の「リーダーの人間行動学」 blog

算数のテストの点数が悪くて、しょげている1年生の男の子を、お母さんに代わって叱ってみましょう。

何回同じことで叱られたら、気がすむのよ。答えを書いたら、きちんと見なおしなさいと、いつも言ってるでしょう。一昨日も、6と9をまちがえてたし算したし、先週は、たし算とひき算をまちがえて計算したでしょ。国語も同じよ。この前、山と川の漢字を反対に書いたでしょ。山がどうして川なのよ。こんな簡単な問題をまちがうなんて、ほんとうに、あなたはダメな子ね。いったい全体、だれに似たの?

http://web.ntti.net.sg/ifront/zenkaken.html

叱られすぎて育った子どもも、叱ってもらえずに育った子どもも、いずれも安定した大人から保護され愛されたという経験をできずに育つことになります。
そのことが子どもたちの心(感情)の育ちを困難にしているのは確かなことです。

子育てにおける親の苦しみと子どもの苦しみ−「きれる子ども」への援助から見えてくるもの−, 学校運営№470(2000年)特集子どもと家庭 p.14〜19 全国公立学校教頭会編集

第1段階:ゼミでの発表や研究室内での議論で、自分の主張を否定するような意見に出会うと「怒る」あるいは「泣き出す」、「へこむ」

研究能力の発達段階 - 発声練習

最後の引用は,「叱り」ではなく,「耐性のなさ」を的確に表した指摘として,取り上げました.

*1:どんな経緯だったか,ある同僚に「怒らないといけないと思うことが,ほとんどないんですね.怒りへの感度が低いというか.笑いの感度は高いんだけど(笑)」と言ったら「私は笑うのも怒るのも,沸点が低いほうです(笑)」と返されました.