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『かけ算には順序があるのか』を読んだ方へのガイド

書籍・Web情報をお探しの方へ:

かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』を読み終えてから,「かけ算の(式の)順序」,またそれに関する学校教育の現状をどのように理解すればいいのか,書籍とWebの情報をもとに,僭越ながらガイドを作ってみました.

授業案

まず,「小学校では特定の解き方しか認めていないのか」という疑問をお持ちの方に向けて,1冊,本を紹介したいと思います.その前に…
小学校の授業では,昔も今も,中でさまざまな工夫がなされています.授業参観に行けなくても,大きめの書店に入って,「教育」そして「算数」の書棚の前に立てば,解説書や問題集を多数,目にすることができます.
「かけ算」を,2年生の児童に向けてどのように指導していけばよいかについて,具体的に書かれた本があります.

板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉

板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉

この本から,私が学んだのは,次のことです.
まず,「1つ分」と「いくつ分」で「全体の数」を求める計算,という形での「かけ算」を,児童が理解し使える---必要な場面で適用できる---ようにするために,何時間もかけ,文字,図,発言を組み合わせ,いろいろな出題の形態・内容を通じて指導していることです.
次に,教室には多数の子ども,多様な考え方があり,それらを通して,児童は授業で何を学びながらアウトプット(発言したり,ノートなどに書いたり)するということです.まあこれは,読んだ私なりのイメージなのですけどね.言い換えておきますと,学校の指導は“教師1”対“個々の児童”という関係ではなく,児童同士のコミュニケーションを取り入れながら理解・定着を図っているというわけです.
最後に,「a×b」「b×a」がともにその場面(出題)の意味を表せる場合と,一方だけが表せる場合があるのが,容易に確認できることです.いわゆるトランプ配りに対応するものとして,1本の木に5種類の花が咲く,そんな木が4つあるという「ふしぎな花のさく木」が取り上げられており,「このような見方も面白い*1」としています.また,丸を長方形的に並べたいわゆるアレイ図で,丸の総数を求める計算では,どちらも正解です.
この2つの例を除けば,基本となる文章題において「1つ分」と「いくつ分」は明確であり,かけ算の式も一つに定まります.
とはいうものの,そこに書かれているとおりに必ずしも授業が進行するとは限りません.『かけ算には順序があるのか』の影響で,今年の授業は“新たな風”が吹き起こるのかもしれません.
しかし,先生のほうが,いつ,何をもとにして,何を身につけさせるかを熟知し,また学級運営やこれまでの授業の進め方・答案の状況を見ていけば,何を尋ねればおおよそどんなリアクションが起こるかは,分かるものだと,想像しています.あとで別の本をご紹介します.
個人的な話で恐縮ですが,私は勤務校(大学)で,自分で100%責任を持って15回の授業をする科目を持っていまして,そうして見ていると,その初めの3回ほどと終わりの3回ほどでは,学生の顔が違っています.具体的には,少々難しいことを言っても,終盤のほうが「頑張って学習しよう」という表情を見せてくれます.ある種の信頼関係だと,思っています.
小学校でも,信頼関係を持っていないと,そして常に信頼関係を構築しながらでないと,「分かった!」「どうして?」「それはね…」といった気づきや教え合いが発生しにくいように感じます.
「いま,小学校では,「6人に4個ずつミカンを配ると,ミカンは何個必要ですか」という問題に,6×4=24という式を書くと,答えはマルで,式はバツにされます」というまえがきで始まる『かけ算には順序があるのか』から,そういった,先生と児童との信頼関係は,読み取れるでしょうか.ミカンの出題に限らず,テストでバツとされたときに「あっ,これはこうだ!」と振り返られるような学習環境は,見えてくるでしょうか.
信頼関係・学習環境について,私はこう考えています.バツになった児童は,正解のかけ算の式を見たときに,問題文と照らし合わせて,「あっそうだ,授業で言っていた!」という反応をします.そうなるよう,授業で類題を出し,クラスのみんなで確かめ合った上で,場面や数値を変えて,テストで問うているのです.

いまの視点で

小学校2年生で学ぶ範囲で,児童がどのように考えたり手を動かしたりして,「正しい」かけ算の式を作ることができるようになればよいのか,またそのためには,教える側はどのように指導すればよいのかについて,いくつも本が出版されています.
去年と今年,発行の中から,特徴的な3冊を紹介します.

整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)

整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)

小学校算数 これでバッチリ!計算指導 (指導のこつシリーズ)

小学校算数 これでバッチリ!計算指導 (指導のこつシリーズ)

算数・数学教育つれづれ草

算数・数学教育つれづれ草

『整数の計算』のうち第3章が「乗法の意味」で,ここには5人の論説により,乗法の意味付けと指導方法が示されています.注意したいのは,本そのものは今年1月の発行ですが,新算数教育研究会の機関誌「新しい算数研究」にかつて掲載された記事を精選しており,5つの論説はいずれも1978〜1980年に掲載されたものであるという点です.
その内容が,現在の学校教育にも活用できるかどうかの吟味は,必要かもしれません.
ただ,5つの,同じことを言っているようないや違うような,という論説から,乗法の意味として学習されるべきことの全体像を見えやすくなっています.これは他の本にない特長です.
ところで,遠山啓が,「トランプを配るときのやり方」や,かけ算の意味付け---加減と乗除は別,「かけ算は“1あたり”から“いくつ分”*2を求める計算」---を『科学朝日』に書いたのは1972年のことです.専門家らが誰も,その記事を読まないということはないでしょう.その記事,そして前後の出来事や彼らなりの検討を経て,「新しい算数研究」で特集が組まれた際,すなわち1978年に,各著者による論説が出たと,うかがい知ることができます.実際,その論説の一つで,「数教協」のアプローチとその批判が書かれています.
次に,『これでバッチリ 計算指導』は,2005年に実施された,各学年への学力テストとその正答率をもとに,児童はどこでつまずきやすく,指導する側は何に注意すれば良いのかをとりまとめたものです.これも今年発行です.
かけられる数・かける数を発見して,適切なかけ算の式に表せるかを問うものとして,「6つのはこに、ケーキが8こずつはいっています。ケーキはぜんぶでなんこあるでしょう」「1mの重さが3kgの鉄のぼうがあります。この鉄のぼう12mの重さは何kgでしょう」が入っています.ともに,式の正答率が答えのそれよりもずいぶんと低くなっていることから,「6×8」「12×3」とする解答(そして誤答)が少なからずあったと推測できます.
3番目の『算数・数学教育つれづれ草』では,編著者である算数教育の研究者(現在は名誉教授)が,帰国子女の混乱を枕とし,改訂されてきた学習指導要領をもとに,昭和53年の「小学校指導書 算数編」以降,現在まで「どちらでもよい」と結論づけています.

授業案2

実際の授業に,話を戻しましょう.かけ算のテスト問題をもとに,「こんな教育は良くない」と憤ったとして,ではどこを,誰を変えていけばいいでしょうか? 必ずしも算数を専門としない先生の授業でしょうか? 算数を専門とし,日本全国を,そしてときには,世界を飛び回って交流を図ろうとする先生でしょうか?
算数教育に関して,「筑波の算数」という言い方があります.筑波大学附属小学校で,算数を担当している先生方です.その先生方やグループの著書は数多いのですが,中でも,田中博史氏による以下の2冊に,感銘を受けました.

田中博史の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)

田中博史の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)

『田中博史の算数授業のつくり方』にも,「船が5そうあります.1そうに4人ずつ乗ることにします」という出題によって,「5×4」を誘導させ,それを間違いとするというくだりがあります.
じゃあやっぱり狭量でダメな先生なのかというと決してそんなことはなく,一つ一つの授業での出題や,学校での児童との関わり方について,確固たるポリシーを持っているのが読み取れます.そして「筑波の算数」の中で議論を続け,また海外に飛び出して(今年だとイスラエル),あちこちの現場の先生方,もちろん児童とも,つながりを持ってらっしゃいます.
『田中博史の楽しくて力がつく算数授業55の知恵』のほうでは,算数の指導にとどまらず,学級運営をほんのちょっとずつより良くする情報が詰まっています.でもって,私自身の講義や研究室運営にも応用可能なアイデアも多数,目にするのです.偉人の言い残した言葉を,経営者が好んで使うようなものでしょうか.
それと,ここで挙げた2冊には,面白い特徴というか関連性があります.2年生(かけ算を学び始めるとき)向けではないのですが,ともに「4マス関係図」に言及しています.比例の関係にある2つの変数か何かの値は,通常2行からなる表であらわしますが,そこで列の数も2列にし,変数名も取り除いてできる表が,4マス関係図です.
上のほうの本は,それを今後普及させようといったことが含まれていて,下のほうの本には,その反響と著者の意見が書かれています.算数指導のメソッドが進化していくさまを,目の当たりにしているように思えます.

教育を切り拓く

先人の書を訪ねましょう.
算数・数学教育を切り拓こうとしたのが遠山啓で,柔道を足がかりに体育教育を切り拓こうとしたのが,嘉納治五郎です.

遠山啓エッセンス〈1〉数学教育の改革

遠山啓エッセンス〈1〉数学教育の改革

気概と行動の教育者 嘉納治五郎

気概と行動の教育者 嘉納治五郎

量の体系

『かけ算には順序があるのか』の中で,「3km/(km/時)×4km/時」という式が出現します.
この式自体,また一部の「3km/(km/時)」を見ても,ずいぶんと技巧的なように思えます.
そこまでいかなくても,3cmや時速4kmといった「量」を,数学的にどのようにとらえ,また加減乗除その他で式にしたり,計算したりすればよいかについて,1970年代に何冊か,本が出ています.

量の世界―構造主義的分析 (1975年) (教育文庫〈8〉)

量の世界―構造主義的分析 (1975年) (教育文庫〈8〉)

量と数の理論 (1978年)

量と数の理論 (1978年)

ただし,いずれも,高校まででは教わらないと思われる背景知識を必要とします.一つ一つ挙げてみるなら,『量の世界』では同値類,『量と数の理論』ではデデキントの切断,そして『線型代数』ではテンソル積を活用しています.
『量の世界』と『量と数の理論』は,まだ読みやすいほうだと思います.『量と数の理論』の参考文献に載っていたので取り寄せた,『線型代数』は,その書名に反して,ずいぶんと歯ごたえのある本です.
それらに目を通した限り,「3km/(km/時)」により表現できる「量」について,直接目にすることも,導出できるような理路も,ありませんでした.「「1あたり量×いくら分」でも「いくら分×1あたり量」でもどっちでもいい」という主張も,同様です.
そして大事なのは,新たな量の体系を構築したとして,それを学校現場でどのように反映させようかということだと思います.

学習指導要領

「筑波の算数」の先生ではなかったと思うのですが,ある現場の先生の著書で,複数の出版社の教科書を読み比べ,指導に生かしているとありました.
しかし我々の大多数は,教科書の読み比べというのはなかなかできません.
ですが,それらの教科書のいわば規範になっている情報にはアクセスができます.「学習指導要領」です.科目ごとに,詳しい解説も文書になっています.現行の学習指導要領とその解説のPDFファイルは,Webから無料でダウンロードできます.
先日,学習指導要領を読むとして整理しましたので,ここからご参照ください.
ところで,学習指導要領は,憲法に似た面があると思っています.容易にアクセスでき,世の中のニーズその他によって改訂されます.日本国憲法が施行後まったく書き換わっていないのは,世界から見るとずいぶんとレアだそうです.言いたいのはそこじゃなくて…
日本国憲法を学ぶために日本国憲法の字面だけを見てもダメなように,学習指導要領とその解説も,その文言を自己流に解釈するのはよろしくなくて,適切な関連書*3を通した理解が不可欠です.上記リンクに,それに該当する書籍も紹介しています.

学術成果

「かけ算」に関する算数・数学教育について,学術的にどう議論されてきたかを,見ていくことにします.
どうも焦点は2つあって,一つは,乗法をどのように意味付けて,主に2〜3年生の指導に結びつけるか,もう一つは,小数や分数を乗数とする乗法を指導する際に,乗法の意味の拡張が必要となり,それをどのように行えばよいかです.『整数の計算』第3章で記されている問題意識とかなりの部分,共通しています.
おすすめの論文を3つ,紹介します.1番目はダウンロード有料,2番目は「機関リポジトリ」に入っていて無料,3番目はどうも電子化されていないようです.

はじめの2つは,乗法の意味の拡張の段階,すなわち小学校5年生での,乗法と除法の指導をターゲットとしています.小学校2年では,文章題で「どっちがかけられる数かな? かける数かな?」と発問したり自問したりするのが,5年になったら「これはかけ算かな? わり算かな?」となります.どちらでも式に表せたり,複数の式(5年だったら複数の演算を組み合わせた総合式)にすることも,きっとあるのでしょう.
加えて,白井らでは,数直線の使い方を図入りの表で整理していて,そこから,1年・2年の学習が素地となっているのが読み取れます.岸本については,「小数の」という限定が入っていますが,「倍(multiple)に関する乗法」と「積(product)に関する乗法」を区別している点が重要に思えます.というのも,交換法則(積に関する乗法)を学習したらただちに,ミカンを配る問題(倍に関する乗法)で,かけられる数とかける数はどちらに書いてもよいとしてよいのかという問題意識につながるからです.
ただし2つとも,「かけ算には順序があるのか」に関する直接的な知見を得ることはできません.
直接的なのは金田で,これは科研費の成果の一部となっています.科研費を持ち出したのは何かというと,研究費用の申請に関して,目的・意義を明確にするとともに計画を立て,3倍程度の競争率の中で,“国”から認められた研究プランであることを,断っておきたかったからです.
金田ですが,調査で使用された設問と,正答率の棒グラフから,次のことが読み取れます.

  • 「1はこに 4こずつ ケーキを 入れていきます 6はこでは なんこに なりますか」に対して,小学2年生も大学生も100%に近い数が「4×6」と書いています.
  • 「おかしの はこが 3つあります 1つの はこには、おかしが 5こずつ はいっています みんなで なんこに なりますか」に対しては,小学2年生の20%弱,そして大学生の60%程度が「3×5」と書いています.

「かけ算の(式の)順序」の議論をもっと充実させるためには,この金田の文献が読まれてもいいと思うのですが,Webから入手できる手段がなさそうなのが残念です.

より根本へ

教育の,もっと「根本」のところに,思考を深めていくなら…
まずは,解答にマルなりバツなりサンカクなりをつけ,児童は正否を見直して学習内容の定着を図ること,先生のほうは授業計画を立てたり修正したりすること,をやっていく根拠となる,「評価」について,よく知っておきたいところです.
これについては,次の2冊の本がヒントを与えてくれます.

教育評価 (有斐閣双書)

教育評価 (有斐閣双書)

教育評価法ハンドブック―教科学習の形成的評価と総括的評価 (1973年)

教育評価法ハンドブック―教科学習の形成的評価と総括的評価 (1973年)

『教育評価』について,手持ちは「第2版補訂版」なのですが,第2版補訂2版が出ています.『教育評価法ハンドブック』は,教育学部の図書館でないと,参照するのが困難かもしれません.
どちらも,数学書を読むのとまた別のアタマが,必要なように思えます.何か気づけば,スムーズに読み進められますし,目次や索引からつまみ食いというのでも,いいのかもしれません.
これらの本の内容は,「指導と評価の一体化」というキーワードと関係があります.具体的な評価方法として,診断的評価・形成的評価・総括的評価の3つがまあ知られているわけですが,私としては,『教育評価』で言及のある,外在的評価を加えて,4つの評価方法を要所要所で実施しているのが,現在の日本の(算数に限らず)小学校教育だと思っています.
『教育評価法ハンドブック』---私が図書館で読んだのは「昭和58年8月15日 十二版発行」となっていましたが---では,付編として,文部省の肩書きを明記して,2名*4の寄稿が入っています.かけ算の順序の話で,あるという結論にせよないという結論にせよ,いま,本が出るときそこに文科省の中の人が文章を寄せるというのは,まず期待できませんので,昔はすごかったんだなあと思います.
これとは別の「根本」を探るとします.私は,乗法の交換法則でも量の体系でもいいのですが,「これは面白い!」「これを子どもたちに伝えたい!」と気づいたことがあったとして,学習内容の前後関係や説明・指導できる時間などに注意し,どのようにストーリーを組み立てればいいのかということに,みんなもっと関心を払ってほしいと思っています.短く言うと,“指導のhow”です.そしてそんな検討の中で,それはすべきではないのではないか,いやこれこれこうだから実施しよう,なんて自問もあります.指導の存在意義が問われているので,“指導のwhy”と名付けたいところです.
そういった指導のwhyやhowを突き詰めていくことをすべしという本を,最近読み終えました.

どのような教育が「よい」教育か (講談社選書メチエ)

どのような教育が「よい」教育か (講談社選書メチエ)

教育学のこれまでの成果そして課題に対して,哲学や現象学の考えを取り入れて,一つの成果を導いています.似た記述が2箇所あるのですが,先に書かれているもの*5を,引用します.

1. その時々の状況に応じて,どのような考え方が〈自由の相互承認〉や〈一般意志〉の原理を最も実質化しうるといえるか、その具体的理念を実践理論として探求する。
2. どのような条件を整えればより〈自由の相互承認〉や〈一般意志〉の原理に近づけるようになるか、その技術論を実践理論として構築する。
(p.130)

理念がwhyに,技術論がhowに,ぴったり当てはまるのです!
(某年月日いくつか書き換えました.)

*1:「ユニークだ」「非実用的かもしれないが」という意味合いが込められているように思えます.

*2:現在の乗法指導で「幾つ分」は,かける数に対応しますが,ここは「積」もしくは「全体の大きさ」に相当するものと思われます.

*3:本エントリの最初のバージョンでは「コンメンタール」と書いていましたが,小学校の算数に限ると,学習指導要領解説が解説なしの文書のコンメンタールに相当するようで,手持ちの解説書で,そういう形態をとっているものはありませんでした.

*4:1件ずつ,なので1×2=2により,2件.

*5:文脈としては,著者の実証が十分になされていない,仮説の段階です.