わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

英文から学ぶ

Nagumo: 量と実数

量と数の理論 (1978年)』で文献として挙げられており,また同書内で言及のある「南雲理論」です.
論文のイントロの中に,次の記述があります.

The contents of this note had been already published by the author in Japanese in a mineographed copy "Zenkoku Shijo Sugaku Danwakai" (1944).

1944年には日本語・ガリ版で作成し,著者自らが英語でリライトして,このたび論文化したとのこと.この作成年と「全国紙上数学談話会」は,『量と数の理論』の文献情報と合致します.
ということで最先端の理論・論考ではなく,招待論文のような位置づけです.「数学に関する,英語で書かれた教科書」を読んだ経験があれば,問題なく読めると思います.予備知識として,集合・写像の基本概念と,デデキントの切断は必須です.『量の世界―構造主義的分析 (1975年) (教育文庫〈8〉)』や『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』といった,数学教育協議会の方々による量の考え方は,不要です.
量は,"system of positive quantities"または"positive system of quantities"とし,公理的に定義しています."positive"としているのは,現実的な物理量の多くが正であることのほか,アルキメデスの原理などを活用したいためと推測します.
2つの異なる量間の写像というのもありますが,検討の中心にあるのは,1つの量の集合Qについて,QからQへの線形写像(automorphism,自己同型写像)です.この自己同型写像は,Qの各要素の定数倍であり,したがって写像Φが倍率mと対応づけられます.あとは,その倍率を正の整数から,単位分数(写像で言えば逆写像)を経て有理数,そして無理数を含む実数全体へと拡張していき,それによって「量」と「数(実数)」の関連づけを確認していこうという流れです.
また最終ページには,写像の合成を乗算ではなく加算とすることで,対数関数が得られることが書かれています.本文はそれでおしまいなのですが,あえて実用上の価値を推し量ってみると,これは,対数グラフの数理的な根拠を与えるように思います.
Referenceに挙がっているのは3つ.初めの2つはドイツ語の標題で,著者はDedekindとLandau*1です.3番目は,"(in Japanese)"とありますが,高木貞治の『数の概念』です.高木の本で持っているのは,『新式算術講義 (ちくま学芸文庫)』だけでして*2,第八章(量の連続性及無理数の起源)を読み直してみると,単一の量の集合を対象とし,デデキントの切断が含まれているという共通点があります.
ただし,論文では面積や速度の根拠となる,2つの量の乗除算を取り扱っていません.それらを知るには,上述の『量と数の理論』,それと『線型代数 (1976年) (現代数学への序章〈3 赤摂也,広瀬健編〉)』になるのかなと思います.
これまで「量の体系」と書いてきましたが,「量の理論」のほうがより適切なのかもしれません.ここで文献を一つ:

このp.27下部にある見取り図には,南雲道夫,小島順,田村二郎の名前があります.論文を先頭から読むと,遠山啓の名前が出ますが,図では「遠山」と姓のみで,エンゲルスと関連づけられています.異なる量の取扱い方であるのが一目瞭然です.
前にも触れましたが,北海道教育大学教授の宮下英明氏が,「かけ算の順序」を前面に押し出して,ただし順序づけることが適切であるという主張に基づき,オンラインブックやHTMLを公開していました*3.参考文献にしているというのは,見つけられませんでしたが,「2mの3倍」に対する考え方は『量と数の理論』,速度のような2量間の除算が必要な話に比例関係を用いているのは『線型代数』の記述が,密接に関係しています.
宮下氏のサイト(m-ac.jp)には現在,アクセスできません.それと入れ替わりに,先月,Google サイトというページができており,そこには"Takuya Masuzawa is grateful to Hideaki Miyashita."と書かれています.日本では高木貞治を起点とする,量の理論が,このように展開していることを興味深く感じながら,このWikiっぽいのんの行く末を見守りたいと思います.

Yoshida: 日本式かけ算の学習

wikipedia:en:Multiplicationを見ると,Notesの1番目に,「Makoto Yoshida (2009). "Is Multiplication Just Repeated Addition?"」とあります.そして,以下のPDFファイルがリンクされています.

英訳された日本の教科書を使って,かけ算の指導法や式の表し方を紹介しています.具体的な教科書は,p.8下のスライドによると,東京書籍のものです.1989年(平成元年)の学習指導要領に準拠,とも書かれています.
初めの6ページ分のスライドは,どっちがどっちか,混乱を誘っているように見えます.一度読み通してから,見直すと,「どっちでもいいじゃないか」の考えを先に示して,いえいえ実は,×の左と右に書く数には意味があるのですよ,と進めるための前振りに見えてきます.
ともあれ,かけ算の式の表し方は,p.10下にあります.4×3=12とし,このうち4が"number of object*4 in each group",3が"number of groups",そして12が"total number of objects"に対応づけられています.日本の算数教育で浸透している,式の表し方です.
同じスライドに,「×」の書き順も記されています*5
直後のスライド(p.11上)は,和訳してみました.*6

  • かけ算の式は,それと数の等しい,決まった状況を表す.
    • 累加や,まとめて数えること*7は,いずれも総数(積)を求める方法である.
  • かけ算の式に現れる数には,明確な意味がある.
    • 1つのグループに含まれる数=かけられる数
    • グループの数=かける数
    • 対象の総数=積

九九は,p.12上の中の右上あたりに,「... for 5×4 is "five, four, 20"」と記されています.九九の表はmultiplication tableです.アレイ図の英語表現もあって,単純にarray diagramです.
英文による《BA型》の出題も,見つかりました.p.14上の左下,"There are 6 benches. 8 children can sit on each bench. How many children can sit on the benches?"です.これまでのスライドの記載内容から,8をmultiplicand,6をmultiplierとして,8×6=48が期待される式なのでしょう.pp.20-21は,2位数×1位数,2位数×2位数の計算を主眼としつつ,それぞれの最初の問題文は《BA型》になっています.
かけ算の英語表現で,前々から気になっていることがあります.3×2=6を英語で言うと,"Three multiplied by two is six."ですし,"Three times two is six."でもあります*8.前者は,twoがmultiplierとなり,threeはmultiplicandです.一方,timesを使ったほうは,直訳すると「3倍の2は6」なので,threeのほうがmultiplier,twoがmultiplicandになるように思うのです.*9
p.17上で,この件の説明がなされています.「The tape is "2 times" as long as a 3cm tape.」という言い方ができるけれども,かけ算の式としては3×2で表せるんだよ,といったところ*10
p.23下には,乗算と等分除・包含除の関係式が,単位付きで記されています.ただし,フォントからして,教科書にこの式が載っているのではなさそうです.そうして見返すと,p.11下の,式とおはじきの対応づけについても,出題と3つの式は教科書からの抜粋で,おはじきの並べ方は著者(発表者)によるものです.ともあれ…
「日本の算数」を世界に伝える事例は,対象を,広げる,狭めるイスラエル・タイ以来です.しかも今回はなんとWikipedia経由!


気になる箇所をもう少し…
YoshidaのPDFファイル,p.7の上下に「NCTM」という見慣れない単語があります.
実は最初のスライドにもあります.National Counsil of Teachers of Mathematics(http://www.nctm.org/)を指すようです.
このPDFファイルは,年次大会の発表資料であり,"NCTM: Focal Points"(p.7上下)の各記述は,その学会が規格化または標準化している文書から取ってきたのではないかと思われます.http://www.nctm.org/catalog/productsview.aspx?id=128を見つけました.
この発表を,自分なりに整理してみると,こうです.算数教育の焦点のうち,乗除算について児童が学習すべき標準がNTCMで明確にされていて,これに対し日本の教科書(そしてそこから透けて見える,日本の算数教育)では,どのように身につけさせようとしているのかを,紹介しているということです.
もう一つ(これは翌日新規に書いたトピックです).wikipedia:en:Multiplicationで,Notesの1番目の引用のところ,はじめに読んだとき,どうも釈然としませんでした.日本式を参照しておいて,3×4=4+4+4=12としているけど,これ,3×4=3+3+3+3=12の等式と入れ替えるほうがいいのでは,と.
引いている箇所を読み直して,その意図が理解できました.

There are differences amongst educationalists as to which number should normally be considered as the number of copies and whether multiplication should even be introduced as repeated addition.

自分なりに訳してみると,「教育専門家の中には,『(×の左右の)どちらを,コピーされる数(被乗数)とみなすべきか』『かけ算を,累加として導入するので本当に良いのか』に関して,上の考え方に異論を唱える者もいる」といったところ.そして,今回取り上げた発表スライドは,2つの『…』について情報提供をしています.
なお,「(×の左右の)どちらを,コピーされる数(被乗数)とみなすべきか」を算数教育の文脈で論じる際には,よく知られているとおり,「左(被乗数先唱)」「右(乗数先唱)」「どちらでもよい*11」に分かれます.累加にまつわる議論は,国内にせよ,海外を視野に入れたものにせよ,『整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』第3章が基本で,さらに,skip counting(まとめて数えること)との連携も大事になるのではと思います.


翌日,タイトルを変更するとともに(当初は「英文から学ぶ,乗法の意味理解」),いつものように手を加えました.

*1:wikipedia:エトムント・ランダウ

*2:リリース直後に追記:高木の著作に関して,かつて第2用法にて「pとqが「量」となっていて,四則演算に使っていいのか分からなさそうという点に関しては,同書を前からきちんと読めば,説明されています.pやqをベクトルのようなもの,kをスカラーのようなものとみれば,よさそうです.高木貞治に見る数学思想の変遷の「量の現代的定義」を目にして,理解しました.」と書いたことがあります.

*3:教員情報J-GLOBALの情報を見たところ,今年(というか先月)も「論文」を出していますが,「かけ算の順序」はオンラインブックとしての著書であり,学術的検討の対象とはしていないように思われます.

*4:ここは複数形の"objects"ではないかと.

*5:関連:掛け算の順番で、またまた大論争が巻き起こる! | TarZの日記 | スラドQ13:数学記号や分数などの書き順

*6:このスライド,また他にも出現する"sentence"は,「式」と理解しました.当初,「センテンス型の式」,すなわち例えば「4×3」ではなく「4×3=12」を指しているのかなと思ったのですが,他のスライドで,"the multiplication math sentence 3×2"という表現が見られます.

*7:原文は"skip counting".関連:《算数解説》p.65, p.80.

*8:学生時代に購入した『数学英和・和英辞典』には,a×bの読み方としてこれらのほか,"a cross b"というのも書かれています(p.352).

*9:同月某日追記:『かけ順』p.30に書かれていた!

*10:スライドには,"We can say","You can use"とあります.後者について,can useをmust writeに読み替えるとともに,そのやり方では面積や,場合の数の積の法則など,他のかけ算に適用できなくなると主張するのが,「かけ算の順序」を大事にする人々(「かける順序はどちらでもいい」と考える人々)の傾向ではないかと,思っています.これに関する私の理解は次のとおり:"can"の使用,そして学習指導要領にある「乗法が用いられる場合」はいずれも,「このときに適用できる(これこれこのような,かけ算の式に表せる)」を意味するのであって,「適用しなければならない」ではないのです.

*11:この立場をとる場合,うまく訳出できなかった"normally"が,大事な語になるようにも思えます.