わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

お前の寿命は十九歳

(2)顛倒記号―レ点など
先に本を読むとは写すことだと述べたが、筆写には写し間違いがつきものであり、間違いを訂正するための記号が用いられた。中でも多いのは、上下の順序を逆に書いてしまった場合、それをひっくり返す記号で、それには「"逆S"」が用いられた。これは現在の校正で、文字の順序を入れ替える記号と同じである。ただし現在では「"逆S"」を文書全体にかぶせるのに対して、中国では入れ替える文字の間の形に似ている漢字の「乙」、あるいはこれを省略して「レ」のように書いた。これについては、敦煌から発見された『捜神記』という本に面白い話が載っている。
三国時代の管輅という有名な占い師が、ある日、畑で麦を刈っている少年を見て、「かわいそうに君の寿命は明日の昼までだ」と言った。驚いた少年とその父母は、なんとか寿命を延ばしてほしいと管輅に哀願した。すると管輅は、「明日、麦畑の南の桑の木の下で、二人の男が賭博をしているはずだから、そこに黙って酒と肴を置き、お辞儀をするだけで決して口をきいてはいけない。そうすれば助かるであろう」と言った。翌日、少年が言われたとおりにすると、勝負に夢中の二人は、少年には気がつかずに酒を飲んでしまった。やがて勝負が終わると、ようやく少年に気がついた北側の男が怒りだした。すると南側のもう一人が、「酒を飲んでしまったのだから、しかたがない。助けてやらねばならないだろう」と言って、北側の男のもっていた帳面に筆で文字を入れ替える記号をつけ、「お前の寿命は十九歳だが、これで九十歳になった」と言った。これ以来、世間では文字が顛倒した場合、「乙」で入れ替えるようになったのである。二人は死をつかさどる北斗と生をつかさどる南斗であった。
(『漢文と東アジア――訓読の文化圏 (岩波新書)』, pp.52-53)

「顛」の文字の左側について,原文では「真」ではなく「眞」です.上で2回現れる「"逆S"」は,1つの記号です.管輅の初出には「かんらく」とルビが振ってあります(wikipedia:管輅での読みは「かんろ」です.『三国志演義』にも出てくるとのことで,数字がちょっと違っています).


ふだん,何か見かけると,当雑記でいろいろ書いてきたことを思い出し,検索しているのですが,今回はその「思い出し」が多方面にわたっていて,我ながらびっくりです.
新しいものから古くなる順に,挙げてみます.

論文がなぜ出てくるのかというと,共著者の方の助言を得て,脚注に次のように書いたのでした.

本システムでは非専門家による文字照合に基づく翻刻作業を想定したので,書写後に付与される符号類については検討の対象外としている.しかし,交換に対応するものとして,顛倒符と呼ばれる符号が知られており,金剛寺一切経の経典においても付与されている事例がある.

「"逆S"」に似た記号は,こんなのですが,

手元のCygwin環境で「convert -size 27x32 xc:white -fill black -pointsize 40 -font /cygdrive/c/Windows/Fonts/VL-Gothic-Regular.ttf -draw 'text -6,31 "S"' -flip S_flip.png」により生成しました.flipをtransposeに変更すれば,横書き用の記号になります.