わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

式を読み取る練習

式を読み取る指導に際しては,例えば,3×4の式から,「プリンが3個ずつ入ったパックが4パックあります。プリンは全部で幾つありますか。」というような問題をつくることができる。このように具体的な場面と関連付けるようにすることが,さらに,読み取ったことを,○や図を用いたり,具体物を用いたりして表現することが,式を読み取る能力を伸ばすためには大切である。
(小学校学習指導要領解説 算数編, p.99)

《算数解説》で書かれる具体例は,限られています.当該学年の学習事項でないものについては,「…,第3学年で取り扱う3位数や4位数についての加法及び減法の計算の仕方を考えることにつなげるようにする」(p.85)や「指導に当たっては,結果として何通りの場合があるかを明らかにすることよりも,整理して考える過程に重点をおき,…」(p.211)といった表現をとっています.「何が正しい,何が間違い」なんてことは決して書かれません.
文部科学省教育委員会*1の提示する教育方針を,豊かに展開させるのが,教科書であり,先生方の創意工夫に基づく指導です.家庭学習も「教育環境」に含め,それぞれがうまく連携(役割分担)して,子どもの成長を支えたいものです.
そしてそのもとで,現実には,正誤の判定がなされます.
はじめは先生がマルバツをつけるのですが,そのうち,児童みずからも,正誤の判定をすること,そして「審美眼」を持つことが期待されます.その技能は,テストでいったん書いた答えの“たしかめ”をするときや,授業中に,先生や他の児童が言ったり書いたりしたことが正しいのかどうかを自分なりにチェックする*2ときに,活用され,そして培われます.


式を読み取る練習をしてみます.例として取り上げるのは,『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』pp.46-4747-48です.これを出発点とするのは,場面と式と図はあるけれど言語化が十分になされていないこと,一つの式に対して複数の読み取り方が提示されていること,そして「筑波の算数」であることです.


「自動車が5台あります。タイヤの数はいくつでしょうか。」に対して「5×4=20」という式を書いたとき,「もし、5×4だったら…」の左側は,こう読めます.

  • 1つ分が(自動車の数の)5台で,いくつ分は(駐車場の数の)4つ(ヒントに「1台にタイヤは4本」とあるけれど「(駐車場の数の)4つ」に読み替えた)だから,5×4=20.これは,問題文の状況を表した式ではない.

右側は,こうです.

  • 1つ分が(タイヤの数の)5本(問題文には「5台」とあるけれど「5本」に読み替えた)で,いくつ分は(車の数の)4台(問題文には「5台」とあるけれど「4台」に読み替えた)だから,5×4=20.これは,問題文の状況を表した式ではない.

この2つで満足するのでは,本の記述を鵜呑みにすることになります.絵こそありませんが,「トランプ配り*3」と「積指向」を適用してみます*4

  • まず5本のタイヤを,5台の自動車のそれぞれ左前に取り付け,次に5本のタイヤを,5台の自動車のそれぞれ右前に取り付け,それから5本のタイヤを,5台の自動車のそれぞれ左後ろに取り付け,最後に5本のタイヤを,5台の自動車のそれぞれ右後ろに取り付けると,1つ分が(タイヤの数の)5本(問題文には「5台」とあるけれど「5本」に読み替えた)で,いくつ分は(取り付ける数の)4か所(ヒントには「1台にタイヤは4本」とあるけれど「(取り付ける数の)4か所」に読み替えた)だから,5×4=20.これは,問題文の状況を表した式である.
  • 自動車からタイヤを取り外して整列させると,縦5個,横4個の長方形的配列ができる.1つ分が(タイヤの縦方向の数の)5本(問題文には「5台」とあるけれど「5本」に読み替えた)で,いくつ分は(タイヤの横方向の数の)4本(ヒントには「1台にタイヤは4本」とあるけれど「(タイヤの横方向の数の)4本」に読み替えた)だから,5×4=20.これは,問題文の状況を表した式である.


4つのうち,どれを選べばいいのでしょうか.結局のところ,5×4=20は,問題文の状況を表した式といっていいのでしょうか.
こういう考え方ができます.4つの筋道を認めるなら,「5×4=20は,問題文の状況を表した式ではない」という命題と「5×4=20は,問題文の状況を表した式である」という命題が成り立ちます.すなわち矛盾が発生しているのです.
矛盾の原因は,どこでしょうか?

  • 積指向・トランプ配りを導入したこと
  • この出題に不備があること
  • 論証と正誤判定を行う機構に欠点があること

対策は,それぞれ次のように書くことができます.

  • 積指向・トランプ配りは混乱を招くので,採用しない
  • この種の出題で特定のかけ算の式のみを正解,その被乗数・乗数を逆に書いた式を不正解にしてはいけない
  • 算数教育のあり方を改める

そして,「積指向・トランプ配りは混乱を招くので,採用しない」としているのが,現在の学校教育と言っていいでしょう.それらがない状況では,矛盾が生じていないのです.論理の言葉を使うと,算数・数学教育に携わる人々が慎重に話し合って(教育実践も通じて)設定した公理系*5について,そういった事情を知らない/知ろうとしない人が勝手に「積指向」に基づく手法を持ち出し,あとは既存の方法で推論していくと,矛盾が生じた形になっています.公理系を設定した側からすれば,「積指向」を取り除けばいいとなりますし,指導に際しては,昨日挙げた出題が,積指向は使いにくいことを学習者に知らせる手段となります.「混乱」に関しては,11月25日(デカルト積のピクトリアル)の「お菓子」の中で書かれているので,「積指向」という言葉は別にして,教育に携わる人も認識していると言えそうです.
上で「論理」「公理系」と書きましたが,これは純粋に数学的な話ではなく,いくぶん工学的な要素があります.私が学生時代に,暗号プロトコルの安全性を検証する際に,公理論的アプローチをとっていたのが背景にあります.加えて,学校教育における「公理系」は,学習指導要領や教科書の改訂などに応じて,変わっていきます.社会の要請によるダイナミックな変化,教育実践における自省を通じた緩やかな修正は,「エンジニアリングデザイン」「デザイン能力」を連想します.
ところでそんな,算数・数学教育における「公理系」を確定できるのかというと,困難であり,それはセキュリティの話でいうと,「守るべき情報資産の価値と,破られる(攻撃成功)確率による積を,コストを比較して,対処すべきかを決める」*6という考え方に対して,誤差なく攻撃成功確率を決められるのかという批判があることに,相通じます.これについて,「情報資産の価値」「攻撃成功確率」「対処のためのコスト」を見積もり,その精度(誤差)とともに,言葉または数字として明らかにするのをナンセンスだとは言わないでしょう.情報資産の間で,攻撃の間で,対処法の間で,比較ができます.顔のここにできものができたなあとか言えるのは,毎日鏡を見ているからです.


「この種の出題で特定のかけ算の式のみを正解,その被乗数・乗数を逆に書いた式を不正解にしてはいけない」と「算数教育のあり方を改める」の話は,本日の(そして私自身の)関心としてはそれほど強くないので,議論はしないことにします.
ただ,4つの筋道のうち,トランプ配りと積指向を除く2つの出どころや妥当性については,書いておいたほうがよさそうです.
1番目(駐車場)は,かけられる数の「5」と問題文から,「1つ分が(自動車の数の)5台」と読み取ったものです.残りの3つと比べると,数量の読み替えをしていないのはここだけ*7であり,その点で,この読み取り方が他より優っていると言えます.
2番目(五輪車)は,式を見て「かけられる数とかける数を逆にしている」*8と判断することを,言葉にしたものです.実際,問題文の状況は「四輪車が5台」なのですが,この読み取り方は「五輪車が4台」となっています.今回は「1つ分×いくつ分」というかけ算の式を前提としましたが,商売における個数と単価,株式の売買価格と株数なんかで,意図と反対の記録や指示をしてしまうと,大変なことになり,「かけ算には交換法則があるので…」なんてのは言い訳にもならないので,行動を起こす前にチェックしておきたいところです.
他でも当てはめられるか,確認のため,それぞれメソッドI,メソッドIIと表記し,今月見直した/見かけた文章題に適用してみます.

  • 「8人に ペンを あげます。1人に 6本ずつ あげるには,ぜんぶで 何本 いるでしょうか。」(6×8は正解でも8×6はバッテン?あるいは算数のガラパゴス性:プロジェクトマジック:オルタナティブ・ブログ)に対して「8×6=48」と書くのは,
    • メソッドI:1つ分が8人で,いくつ分はペンの数の6本なのだけど,1本のペンに8人の名前を彫り込むことにする(「全部で何本」とあるけれど読み替えた)と,8×6=48.これは,問題文の状況を表した式ではない.
    • メソッドII:1つ分が(ペンの数の)8本(問題文には「8人にペンをあげます」とあるけれど,「(ペンの数の)8本」に読み替えた)で,いくつ分は6人(問題文には「6本」とあるけれど「6人」に読み替えた)だから,8×6=48.これは,問題文の状況を表した式ではない.
  • 「子供が5人います。お菓子を2個ずつ配ると、お菓子は全部で何個になりますか?」(小学2年生、掛け算の文章題で悩んでいます。 : 妊娠・出産・育児 : 発言小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞))に対して「5×2=10」と書くのは,
    • メソッドI:1つ分が(子供の数の)5人で,いくつ分は(子供が入る,お菓子でできた建物の)2個(問題文には「お菓子を2個」とあるけれど「(お菓子でできた建物の)2個」に読み替えた)だから,5×2=10.これは,問題文の状況を表した式ではない.
    • メソッドII:1つ分が(お菓子の数の)5個(問題文には「子供が5人います」とあるけれど読み替えた),いくつ分は2人(問題文には「2個」とあるけれど「2人」に読み替えた)だから,5×2=10.これは,問題文の状況を表した式ではない.
  • 「タコが2匹います。それぞれ足は8本。全部で足は何本?」(asahi.com(朝日新聞社):2×8ならタコ2本足 - 花まる先生公開授業 - 教育)に対して「2×8=16」と書くのは,
    • メソッドI:1つ分が(タコの数の)2匹で,いくつ分は(タコを入れる箱の数の)8本(問題文には「足は8本」とあるけれど「(タコを入れる箱の数の)8本」に読み替えた.箱の単位は「本」にしておく)だから,2×8=16.これは,問題文の状況を表した式ではない.
    • メソッドII:1つ分が(タコの足の数の)2本(問題文には「タコが2匹」とあるけれど「(タコの足の数の)2本」に読み替えた)で,いくつ分は(タコの数の)8匹(問題文には「足は8本」とあるけれど「(タコの数の)8匹」に読み替えた)だから,2×8=16.これは,問題文の状況を表した式ではない.


関連(本文・脚注でリンクしなかったもの):

*1:年明け某日に追記:自治体学力テストを念頭に置いています.なお,算数に対する教育委員会の関与は必ずしも高くなく,最も高いのは社会だろうなと推測します.

*2:「鵜呑みにしない」と書けば,学校の外でも役に立つように思えてきます.

*3:さしあたり「トランプ配り」と「積指向」を区別します.トランプ配りは,積指向を使いつつ,形としては倍指向で説明を行うものです.詳細は10月24日(倍指向と積指向の整理)から.

*4:関連:blog.鶯梭庵/links/算数における掛け算について「掛け算には順序がある」・・・なんて、ご冗談でしょう?(3) - 開米のリアリスト思考室

*5:個人的には「体系」「Body of Knowledge (BOK)」と書く方がしっくりくるのですが,「矛盾」という言葉からの連想で,「公理系」と表記することにします.

*6:原子力発電のリスク認知についても,同様の積の考え方を専門家がとっているとのこと.4月9日

*7:ただし,積指向で「1台にタイヤは4本」を「(タイヤの横方向の数の)4本」としているのは,実質的に読み替えなしとも言えます.

*8:ところで,「かけられる数」と「かける数」という言葉を用いずに,乗法の交換法則を言葉で表現し,そして子どもたちが交換法則をきちんと理解している事例は,あるのでしょうか?