わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

子どもの視点で

かけ算エントリでは,私は問題を解かせる側,あるいは何らかの知識を提供する*1側の立場で書いています.教育を受ける権利は保障されていますが,小学校へ行って,子どもの席に座って授業を受ける権利までは,ありません.基礎となる情報源は,書籍とWebの情報であり,そこに大学生活や家庭での対話,そしてディスプレイに向かっての思案を組み合わせ,その都度リリースしています.
とはいえ,子ども(児童)が算数の問題に対して,どのように状況を把握し,解答を試みるのかについて,理解を怠るわけにもいきません.年末に2つの論文を読んだ*2ので,興味を持った箇所を取り上げることにします.

算数教育における文章題指導のあり方に関する研究

内容は,タイトルのとおりです.先行研究調査のまとめとして,文章の中間あたりに,考えさせられる記述があります.

以上,これまでみてきたことをまとめると,構造図をはじめとする我が国の文章題指導の工夫は,問題の読みから立式までの過程において,問題場面の理解や問題文に記載されている数的関係をいかに子どもにとらえさせるかに集中していたとみることができる。文章題指導の目標の一つには,先にも示したように,「数理を現実の世界で活用する」「実際の生活上で起こった問題を解決する」といった点が存在する。これまでの,文章題の指導は,どちらかというと現実世界への活用能力の育成というよりも,技能面に焦点をあてた指導がなされてきたように受け止められる。このことは,指導者側がよかれとして行ってきた努力が,文章題解決の技術的な側面を強調する結果となり,子どもたちが「文章題は実際的な問題とはあまり関係のない,算数の時間だけのものである」といった意識を強める一つの要因となったのではないかと考える。

これですが,文章題は,算数の中では「応用」「目的」にあたるけれど,日常生活へ適用するとなると「基礎」「手段」となる,という2面性が,一つの原因になっているように思えます.
この2面性は,大学にもあります.3年次あたりの学習内容は,学生にとっては高度であり応用であるように見えても,教える側にとっては例えば卒業研究の基礎として位置付けています.
将棋で考えることもできます.詰将棋を解くのは「目的」ですが,実際の対局で,相手玉に詰みがなく自玉に詰みがある*3と判断するとき,詰将棋で培った知識や技能は「手段」となります.
さて,論文の後半にいきましょう.3つの文章題(米国での一斉調査,4〜5年生向け調査課題,インタビュー用問題)が書かれていますが,構造はすべて同じです.以下は,4〜5年生向け調査課題です.

学級対抗のサッカー大会があります。選手,コーチ,保護者を含めて540人います。みんなはバスでグラウンドに行きますがそれぞれのバスには40人が乗れます。グラウンドに行くために何台のバスが必要でしょう。(学校からグラウンドまでは約5kmはなれています。)

540÷40は,13で,あまりが20,13台だと20人が乗れない,だから14台が必要…というのが出題意図なのでしょう.
しかし,解答類型はいろいろあります*4.そして,「13台と,20人乗れるバスが1台必要」という解答をマルとすべきかバツとすべきかが,関心となっています.ただし,「マル(正解)」「バツ(不正解)」といった表現は本文中にありません.
研究者(もしくは分析者)の観点によるマルバツだけでなく,子どもにも,マルかバツかを判断してもらうよう,インタビューをしている点が,本稿のもう一つの主眼と言えます.子どもは2人で,文章題に対して「14台」と答えています.インタビュアーが「13台とマイクロバス」という考え方があるのだけどとぶつけ,それにより子どもの理解の変容を探っています.
結果は,K男の最終状態が,もっとも明快だと思います.

「算数の授業の場合だと14台と答え,どこか行くからどうすればいいかといった問題なら,13台と1台のマイクロバスと答えます。」

こうして,ある状況ではこう,状況が別であればこう,とアウトプットできる子を育てられるといいのですが…いくらかは,大人が「仕向ける」必要もあるのでしょうね.

算数の問題解決における図による問題把握の研究

何をしているのかというと「問題解決における図の使用に関する先行研究を検討し、分かりやすく使いやすい道具として図を利用する上での課題について考えていく」です.主要な成果を,まとめから取り出すと,「学習者の問題解決後に残された図」を見るのでは不十分であり,「図の変化に着目することで学習者の理解の深まりを捉えることが可能となることを見出した」といったところです.
図の2種類の捉え方は,『田中博史の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)』p.68にもあります.図と結びつけられない子がいるという質問に対し,「図というのは2通りありまして,1つは,人間が物事を考えるために描くもの。もう1つは,考え終わった人が説明のために描く図です」「教科書などの図は,ほとんどが説明のための図です」と解説しています.
論文に戻りましょう.出題例で興味深かったものとして,「白い棒は、黒い棒の3倍長い。棒の長さの違いは12cmである。黒い棒の長さは何cmか?」があります.これに対して,図を書けば答えが得られるとは限らず,成功した図もあれば,失敗した図も見られます.
そして,「できなかった子は,図が悪い!」ではなく,「あとこれさえできていたらなあ〜」と言っているような分析も,学術的な書き方*5で,加えられています.
「手書きによる,その場にいる人に伝わる図の描き方」と「PowerPointでの図の作り(込み)方」について,我流によるノウハウはそれなりにあるのですが,機会を作って,文章化してみたいところです.おっと,また教えるモードだ.

*1:毒:「分かっていないだろうから教えてやる」

*2:ただし,子どもの考えを包みもらさず文章にするには限界があるという点には,注意が必要でしょう.

*3:その場合,受ける必要があります.

*4:毒:「1台のバスで何往復もすればよい.だから『何台のバスが必要』かというと,1台」という解答は,なかったのでしょうか.

*5:「黒い棒と白い棒が左右どちらかに整列していれば、差である12cmがどの部分を指すのかに気付く可能性が出てくる」