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トランプ配り

トランプ配りとは

「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という問題文から始まります.(「りんごの問題」と呼びます.)
これを解くには,「一つ分の大きさ×幾つ分=全体の大きさ」という式を使用します.
そして,この問題は,「一つ分の大きさ」にあたる数が「幾つ分」よりもあとに現れているというタイプの文章題です.なので,期待されている式は3×5=15,答えは「15こ」です.
図にすると,次のようになります.
りんご1

これに対して,「トランプを配るときのやり方で配る」(『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』p.116)と,5人に1こずつ配る際の「5こ」が「一つ分の大きさ」,それを「3回」行うのでこの数が「幾つ分」となるため,5×3=15も,問題文を表した式である,という考え方があります.これを「トランプ配り」と呼びます.矢野健太郎の『おかしなおかしな数学者たち (新潮文庫)』では「カード式配り方」(p.124)と表記しています.
図は次のとおり.

「5×3」の問題点

りんごの問題に対して,5×3=15も正解とすべきという主張は,ネット上で多く見かけます.その根拠には,上記のトランプ配りのほか,乗法の交換法則や,積の性質*1,外国では幾つ分を先に書くこと(例えば「4×100mリレー」は,日本でも「4人が100mずつ走る/泳ぐ」という意味になります)があります.
とはいえ,どの根拠であれ,式をそのように読むことを認めると,「2つの数を間違って判断した」という単純ミスとの区別ができないという問題点があります.
そして,学校では,りんごの問題に「5×3」という式を立てる子がいれば,「それだと,5個ずつのお皿が3枚になっちゃうよ」または「お皿が15枚になっちゃうよ」といった形で,式が場面を表したものではないという指導をしています*2
もとの問題文にせよ,トランプ配りにせよ,かけ算の式で表わす際に使用する2つの数は,別々の役割を持っています.「意味の違い」あるいは「区別」がある,と言ってもいいでしょう.
1さらのりんごの数が「一つ分の大きさ」そして「かけられる数」です.これに,皿の枚数を「幾つ分」もしくは「かける数」として作用することで,「全体の大きさ」または「積」である15個が得られる(10月13日)わけです.
そこを逆にすると,「意味が変化」します.実際,トランプ配りでは,問題文の「5人」が,1回に配る「5こ」(パー書きを用いるなら,「5こ/回」)に変わっています.
日常生活でも,かけ算(乗法,倍,積)が想定される際に,2つの数が区別される状況がよくあります.「金額=数量×単価」と書く慣習があるとき,「5×3」とあったら5は数量,3は単価です.3万円の商品を5つという注文を受け,5万円の商品を3つ渡すのは,総額の15万円は同じであっても,「意味が変化」するわけで,そんなことを許すわけにはいきません.1万円札を,トランプ配りの要領で配ってみせても,何の解決にもならないのです.
「一つ分の大きさ×幾つ分=全体の大きさ」というのもまた,小学校の算数で学習する約束事となっているのです.
先ほど,会計で「金額=数量×単価」と書きましたが,小学校学習指導要領解説 算数編では,「(単価)×(個数)=(代金)」という表記が見られます(p.58).小学校で学習するかけ算の式には,他にも「(長方形の面積)=(縦)×(横)(もしくは(横)×(縦))」(p.147),「B×P=A」(p.166),「(角柱や円柱の体積)=(底面積)×(高さ)」(p.199)などがあります*3.どんなルール・慣習・約束事があるのか,またそれをどのようにして共有し,活用していけばいいのかについては,広く議論があっていいと思います.
学校教育を離れますが,数学的な「量の理論」(日本を代表する数学者,高木貞治も,著書の中で検討しています)もあり,「一つ分の大きさ×幾つ分=全体の大きさ」は,そこでの考え方に合致します*4

家庭教育でトランプ配り対策

トランプ配りそのものが,学校教育から追放されているわけではありません.「りんごが15こあります。さらが5まいあります。どのさらにもおなじ数のりんごをのせると,1さらにりんごは何こあるでしょう。」といった,等分除の問題では使用されます.
かけ算への適用は,「できない」のではなく,混乱を引き起こすため「しない」ようにする,と考えるのがよさそうです.これは,学習指導要領の解説にある「記号×を用いた式の簡潔さや明瞭さ」(p.98)と関連します*5
とはいえ,トランプ配りで考える子どもがいることは,例えば小学2年生、掛け算の文章題で悩んでいます。(トピ主のレスのみ)で知ることができます.
ここで,家庭教育において,そのような考え方を克服し,テスト*6などで正しく答えられるようにする方法をいくつか,記すことにします.
まずは,これまでに書いたとおり,2つの数を逆にすると,違う意味になってしまう(違う意味で受け取られる)のを,いろいろな事例で示すことでしょう.
オトナのための算数・数学やりなおしドリル』(p.14)には,「ペアシートが3席」と「3人用シートが2席ある」という例によって,2×3と3×2の違いを言葉で示しています.もちろん,絵で見せるのも効果的です(以下の1枚目の出典は,『まるごと2年生 2年生担任が まず読む本 (教育技術MOOK)』p.16.2枚目と3枚目の出典は,『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』pp.46-47です).



ただしその際,積が同じになる2つ(またはもっと)のかけ算の式で表せる場面もある点には,注意が必要です.その配慮がなされている問題集として,『算数好きにする教科書プラス坪田算数ワークブック2年生 (TEXT BOOK PLUS)』があります.
次に,問題文から「一つ分の大きさ」と「幾つ分」を読み取る練習をすることです.
多くの問題集(ドリル)は,計算問題による習熟を重視しており,文章題は計算問題よりもスペースをとることもあって,少なめです.しかし,図をふんだんに取り入れた問題集もあります.『筑波大学附属小学校田中先生の 算数 絵解き文章題 (有名小学校メソッド)』がおすすめです*7
それから,トランプ配りが「一つ分の大きさ」と「幾つ分」にあたる数を交換させる点に着目し,その交換をしにくくするような問題を解かせるというのもあります.
「一つ分の大きさ」を連続量,「幾つ分」を分離量(離散量)とする場面が考えられ,例えば,「池のまわりにはたが立っています。はたは6本です。はたとはたの間は、どこも8mです。池のまわりは、何mでしょう。」(『算数好きにする教科書プラス 坪田算数2年生 (TEXT BOOK PLUS)』p.73)があります.
分離量どうしのかけ算でも,面白い問題があります.東京書籍の教科書(平成23年度版 小学校教科書 新しい算数 2年下p.16)にある,「ボートが 3そう あります。1そうに 2人ずつ のって います。ぜんぶで 何人 のって いますか。」です.これに対してトランプ配りを適用すると,途中で,1人がボートに乗った状態で2人目を待つ,そんなボートが何そうもあるという状況が起こり,「そんなことしたらあぶないよ」ということで,そのまずさを確認することができます.
最後に挙げるのは,単に場面から式を作るだけでなく,かける数とかけられる数が反対になった2つの式を出しておいて,場面(出題)にあっているのはどちらか選ぶという活動です.
大日本図書の教科書(平成23年度版 たのしい算数 2年下p.45)には,「2×6」と「6×2」という2つの式,そして「2つの ふでばこに えんぴつが 6本ずつ 入って います。えんぴつは 何本 あるでしょう。」と「えんぴつを 1人に 2本ずつ,6人に くばります。えんぴつは 何本 いるでしょう。」という2つの問いから,問いと式との対応づけを問題にしています*8

おわりに(「5×3=15も正解とすべき」という方々へ)

Webの議論もさることながら,私は,書籍から多くのことを学びました.
かけ算の式で表せる事例,式の読み取り方については,途中にも書いた『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』,それと英語の書籍ですが"Handbook of Research on Mathematics Teaching and Learning: A Project of the National Council of Teachers of Mathematics"に拠るところが大きいです.先人の,乗法の意味理解に関する議論として,『整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』『小数・分数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』を挙げておきます.数学教育学における課題や成果を知るための,入口となる書籍は現在,『数学教育学研究ハンドブック』であると理解しています.
「5×3=15も正解とすべき」とする主張と親和性のある書籍を知っていますが,あえて本日は記しませんでした.先月19日29日に整理しています.
(最終更新日時:Mon Jan 9 04:32:24 JST 2012ごろ)

*1:乗法を,2つの数の「積」によって意味づけるという考え方です.当雑記では「積の乗法」「積指向」という名称で,考察してきました.2011年10月13日のエントリをご覧ください.

*2:http://www.asahi.com/edu/student/teacher/TKY201101160133.htmlがもっとも有名で,それに対する私の考えは先月15日に書いています.

*3:中学校学習指導要領解説 数学編p.71には「長方形の面積=たて×よこ,値段=単価×個数,道のり=速さ×時間」とあります.

*4:ただし,『新式算術講義 (ちくま学芸文庫)』p.216脚注18)には,「又ここに量と称するは連続的の量に限れり.此故に物の数などは之を量の圏外に排斥せり.」ともあります.となると,りんごの問題には適用できないように見えますが,かわりに「ひもを5等分した一つ分を測ったら3cmあった。はじめのひもの長さは何cmか。」という文章題で考えればよさそうです.なお,高木の本の次のページでは,「Aのn倍」を「nA」と表記しており,これがn×AなのかA×nなのかは読み取れませんが,『量と数の理論 (1978年)』p.18だと「'n個のAの和'(略)nAまたはA×nで表される」と書かれています.

*5:「一つの場面に一つの式を割り当てる」ことに主眼を置いているのではなく,「子どもにせよ大人にせよ,人間は間違えることがある.そのもとで,『正しい』『間違い』を判断できるようにする」ための知恵の一つが,「一つ分の大きさ×幾つ分=全体の大きさ」になるのだと理解しています.したがって,「5×3=15」も正解とすべきだと主張する方々には,その主張や論拠,理解のためのツールが,算数・数学教育に基づく知恵を上回るものであることを,期待したいと思います.「上回る」ことを示すためには,これまでの授業や出題の事例,数学教育学の論文を収集し,整理することが不可欠ですが,主張する方々によって,それがなされているとは思えません.

*6:我々が目にするテストは,その多くが「総括的評価」に位置づけられます.テストの目的や方法はほかにもあって,単元の最初に,それまでに学習した(単元での学習の基礎となる)事項が身についているかを確認する「診断的」なテスト(レディネステスト)や,学内外で学習がなされているかや,また広域での学習上の課題を把握するための「外在的」なテストもあります.それらのテストでも,乗法の意味理解を確認するため,りんごの問題に類する出題がなされています.具体的な出題事例は『小学校算数 これでバッチリ!計算指導 (指導のこつシリーズ)』,またかけ算の話を超えた,「〜評価」とその方法については『教育評価 第2版補訂2版 (有斐閣双書)』をご覧ください.

*7:そのほか,教師向けの本ですが,『活用力・思考力・表現力を育てる!365日の算数学習指導案 1・2年編』では,「子どもが3人います。みかんを1人に2こずつあげます。みんなでなんこいりますか。」という問題を考える際,「1個ずつ置くか,2個ずつ置くかという置き方ではなく,置いた結果に着目させる。」という注意書きを入れています.かけ算の文章題として考えることもできますが,これは第1学年の「具体物をまとめて数える」という授業に入っています.

*8:かけられる数・かける数ではなく,かけ算・わり算の判断ですが---ただし「演算決定」というキーワードで結びつけられます---,全国学力テストで,「答えが210×0.6の式で求められる問題」を,4つの選択肢(いずれも文章題)から選ぶ,という出題もあります.