t.mの名前でコメントし,少し考えました.
この内容のチェックポイントとなるのは,「8人に,おはじきを6個ずつ配る」という状況から6×8という式に至ることが,かけ算の導入の授業として適切かどうかです.
かけ算の導入がどうなっているのか,手元の本を見直します.『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』では,40人が遊んでいる状態を整列させ,「40人が1れつ」「5人ずつ8れつ」のように表現することから始まります(p.18).しかし「×」の式で表すのは,第3時(p.22)からです.「8人ずつ5れつで40人」「8×5=40」「8かける5は40」(p.22),「5人ずつ8れつで40人」「5×8=40」「5かける8は40」(p.23)などとあります.
先日購入した『新版 小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 2年下』で「×」が登場するのは,かけ算の単元の第2時です.そして,第3時まで授業内容は様変わりしています*1.第1時(pp.20-21)は,箱に「おだんごが何こ入るかな?」という出題で,「3こずつ4つ分」「2こずつ6つ分」のようにして,「□の△個分」*2を6種類,図と言葉にしています.第2時(pp.22-23)では,パターンブロックを組み合わせて,5つの六角形なのだけれど,「3×5」や「2×5」といった式を得ています.第3時(pp.24-25)は生活の場面を表す絵をもとに,式を作ります.複数解や,そのままではかけ算にできないけれども1個移動させることで,3×3になるといった事例も見られます.
それらと,「8人に,おはじきを6個ずつ配る」授業とを比較してみると,2冊の書籍では,かけ算が利用可能な場面があって,囲い込みを入れたり,パターンブロックなどで可視化したりしていますが,分割するという操作は,見られません.
一方,おはじき配りの授業では,主要な操作が「配ること」であることが読み取れます.目についた記述を,抽出します.
Bb)「これから、前に出て来てくれた8人に、おはじきを6個ずつ配ってもらいます。じゃあ、小林くん、みんなに6個ずつ配ってみて」
Bb)「よし、じゃあ忘れないうちに何回かやってみよう。8人のみんなに6個ずつ配るんだよ。斉藤くんにやってもらったから、次は...松本さん」
すると、バスケが得意で勉強もできる清水がこう言い出した。「先生、ちょっと配り方変えていいですか?みんな6個もらえればいいんでしょ」
ただしそこは山崎で、「清水と同じじゃつまらん」と思ってヒネリを入れたらしく「1個ずつ〜、1個ずつ〜」と妙な節回しの即興曲を歌いながら教室を往復して配り始めた。
Bb)「そうか、わかった。じゃあ、こうしよう。池田くんのその考えで、みんなにおはじきを6個ずつ配っておいで。それからもう一度、池田くんの話を聞こうかな」
Bb)「でもな、いま授業でやってることは、『みんなにおはじきを配る』ことなんだ。だから、前で池田くんを待ってる8人におはじきを配らないと、いつまで経っても休み時間にならないんだよ。そこは分かるか?」
Bb)「よし、わかった。どうしてもやりたくないんだね。じゃあ、無理にやらなくていい。でも、配らない以上は、今日の池田くんには点数はあげられないよ。それはいいかな?」
そうして,考え直すわけです.「配る」ことが,乗法の意味理解にどのように働くのだろうか.全部でいくつになるかを手際良く知る手立てを見つける(もしくは確立する)ことから,遠ざかる操作なのではないか,と.
もう一つ,連想するのが,「割り算」と「分け算」です.『子どものつまずきと授業づくり―わかる算数をめざして (子どもと教育)』pp.76-78にあります.180gのようかん*3を3等分したら,180÷3=60と言いたいところだけど,はかりの上で切っただけでは,180gは変わりません.これが「分け算」です.その〈ひとつ分を求める〉のがわり算であり,1あたり量の理解*4へとつながっていきます.
といったところで結論にしますが,「8人に,おはじきを6個ずつ配る」という状況から6×8という式に至るという授業が,かけ算の導入,あるいは数の乗法的な構成についての理解として,適切であるとは思えません.その状況は6×8であって8×6ではないのだということを,クラスで確認し共有する授業は,あってもいいのですが,それは,かけ算が初めての児童向けではないように感じます.
当雑記を読み慣れている人には周知のことと思いますが,「数の乗法的な構成」は,《算数解説》p.81に書かれています.今月中に機会を作って,この件を含む,学習指導要領の検討を改めて,実施したいと考えています.
補足1
「配り指向」は,もう少し,書きむしるかでも検討しています.
補足2
冒頭のブログでは,年末からこれまで,かけ算の検討をなさっています.記事を消されたというのも,目にして残念に思います.主にコメントを得て,考えを改めたり,どうやら手持ちの情報を小出しにされているようですが,それでも
まず、算数・数学界における「真理」として、誰にとっても納得してもらえるはずの項目を、今回の話題に必要な範囲で5項目列挙します。
http://broccobird.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/12/86_53fb.html
A) 定義は厳格に運用しなければならない。
B) 未証明の概念を用いて次の論理段階に進んではならない。
C) 単位を用いる数式では、右辺と左辺の単位は同じでなければならない。例) 2本+3本=5本
D) 掛け算はa×bと表記し、「aをb回だけ繰り返し足し合わせること」と定義する。このとき、aをかけられる数、bをかける数と呼ぶ。例) 2×3は、2+2+2と同義である。2はかけられる数、3はかける数。
E) 掛け算においては、a×b=b×aなる「交換法則」が成立する。
(引用にあたり,改行を詰めています.)
には,びっくりさせられました.
- 小学校の算数では,「定義」「証明」「論理」にウエイトを置かれません.「定義」ではなく,「意味」もしくは「〜が用いられる場面」という考え方をします.
- 「論理段階」がどういうものなのか,知る手立てがありません.自分の経験・知識を振り絞っても,この言葉は出てきません.Googleにかけると,1,000強のヒット数となっていますが,上位にあるのは論文・論考が中心で,数学や教育の「論理」とは別の使われ方です.こういう言葉を,「真理」の中に入れられてもなあという思いがあります.
- 「単位を用いる数式」は,小学校の算数では標準的ではありません.教科書が入手できないとしても,Webで読むことのできる教科書サンプルや,問題集・解説書から,確認することができます.
- 交換法則を「a×b=b×a」で表現していますが,この形の等式は,知る限り2年では見かけません*5.なお,A〜Eは小学校の算数全体で成り立つ真理だというのであれば,7×2.4は,Dの定義で説明できるでしょうか.
補足3(1月23日追加)
「配らない指向」と呼べるものもあります.
もう一つは[前川2011]で,問題集というよりは学習指導案の事例集となっています.p.66では,「具体物をまとめて数える」という授業例の中で,「子どもが3人います。みかんを1人に2こずつあげます。みんなでなんこいりますか」を出題しています.そこに書かれている,興味深い注意事項として,「1個ずつ置くか,2個ずつ置くかという置き方ではなく,置いた結果に着目させる」があります.児童がこれを理解できれば,問題文から「一つ分の大きさ」を発見しやすくなるように感じます.
「倍」と「積」から学んだこと
- [前川2011] 前川公一, 志水廣: 365日の算数学習指導案 1・2年編, 明治図書出版 (2011). isbn:9784180808335
(最終更新日時:Mon Jan 23 21:32:21 JST 2012ごろ)
*1:かけ算の単元をざっと読み比べましたが,まず,たこの足の数---といっても朝日新聞の記事とは無関係ですが---は,見当たりません.たこやきで3×5と5×3を比較する授業,ヨットで1つ分の数を最初は隠している出題,「5りん車が4台」「ふしぎな花のさく木」などは,絵や説明文は少々変りながらも,堅持しています.
*2:「かけ算には,これまで子どもたちが学習してきたたし算やひき算とは大きく異なる点がある。それは,演算記号の前の数と後ろの数は,違う意味を表しているという点である。」(p.19)
*3:連続量を象徴する具体物です.
*4:pp.97-98の小野田先生の説明も,重要です.ちなみにAmazonマーケットプレイスで購入したのですが,そこにはマーカーが引かれていました.
*5:《算数解説》では次のとおり:「『3×4』と『4×3』の答えが同じ12になることを見付ける」「幾つかの場合から帰納的に考えて『乗数と被乗数を交換しても積は同じになる』という計算の性質を見付けることができる」(いずれもp.88)