わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

算数ものづくり

巻末それとAmazonから読める著者紹介によると,少し小中の教諭をしてから,進学,そしてあとは大学教員とのこと.学位は筑波大学でとっています*1.日本数学教育学会会長,新算数教育研究会会長を歴任され,それぞれの名誉会長でもあります.当雑記では,去年9月に,この方が1978年に書かれたという論説を取り上げています.
さてこの本は,自分の教育観について新たな「足腰を鍛える」ものになりそうです.メモしたページもずいぶんあるのですが,本日は2点だけにします.まずは:

その後,平成元年の学習指導要領の作成に参加したが,そのときに,分数のわり算の計算の仕方を子どもが発展的に考えることができるようにしたいと考えて,学習指導要領の中に「わる数とわられる数に同じ数をかけても,同じ数で割っても商は変わらない」というわり算のきまりを4年生に入れた。平成元年のことだから,もう十何年も経つが,そのときに編集に携わっていた教科書の作成会議で,わり算のきまりを使ったわり算の計算の指導を提案した。わり算のきまりで分数のわり算の指導をしたいという提案をした。でも,聞いていた委員が「いやぁ,そんなのは分からない」と言って賛成してくれない。「でも,おもしろいアイディアだから,分数のわり算の単元の後に,コラムとして入れたらいいのではないか」ということになって,コラムにしてくれた。そのコラムをみんなが読んでくれて「こういう考え方はおもしろい」となってきたのであろう。少しずつ認められるようになってきた。最近驚いたのは,分数のわり算のきまりで,最初から説明してある教科書が出てきたことである。
変わってきたと思う。昔は「そんなきまりなんか使って…」などと言われた。「数字いじりしたって,わり算なんか分かるはずがない」という人もいた。本当は,数字いじりではなく,計算の法則に基づいているのだけれど,その人たちには数字いじりのように見えたのであろう。今はそうではなくて,わり算の性質を使って,わり算の計算の仕方を導き出すことが教科書の本文に出てくるようになった。
(p.352.強調は引用者による)

2006年での講演の記録の中からですが,それが現在どうなっているか,現行そして一つ前の《算数解説》を見ていきます.まず現行は

乗数を10倍すると積も10倍になる(p.168,第5学年)

一つの分数の分子及び分母に同じ数を乗除してできる分数は,元の分数と同じ大きさを表している(p.171,第5学年)

を素地として,

除数及び被除数に同じ数をかけても,同じ数で割っても商は変わらないという除法の性質がある(p.194,第6学年)

とあります.
一つ前の,分数のわり算の解説は,次のようになっています.

c. 分数の乗法,除法の計算(ウ)
これまでに学習してきた整数や小数の乗法,除法の考え方を基にして,分数どうしの乗法,除法の計算の仕方を考え,それらの計算ができるようにする。計算の仕方を考える場合には,例えば,数直線を用いたり,図を用いたりするなどの工夫がある。また,計算法則を用いていくなどの工夫もある。こうした学習を通して,筋道を立てて考えたりするなどの数学的な考え方を伸ばしていくよう配慮することが大切である。
(『小学校学習指導要領解説 算数編』p.153)

これらの情報から,「わる数とわられる数に同じ数をかけても,同じ数で割っても商は変わらない」は,最新(2008年)の学習指導要領で取り込まれたことが見て取れます*2
日本の算数・数学教育に,ほんの少し(人によっては自明のことと感じるかもしれませんが)の変革がもたらされた事例とも読めますし,文献・史資料をもとに思想の変遷を追い求めてきた非専門家としては,こういう相違点こそ,後生に残していきたいと思うのです.
ここで野暮な解説ですが,私は算数・数学教育の専門家ではなく,かけ算論争に関わっている中では平均よりまあ多いくらいに,書籍やWebの文書を収集している者です.ディジタルアーカイブの研究に携わっているので,史資料をディジタル化(電子化,データベース化)する際の情報の正当性,変遷をとげた複数の情報の比較について,文系の先生・研究者らからアドバイスを得ながら,システム構築を試み,論文・学会発表をしています.「思想」という言葉についても,工学でよく用いられる「設計思想(デザインコンセプト)」を念頭に置いて,使用しています.
冒頭の本に戻って,2番目です:

しかし,それでもなお算数には,考える力を育てるに適している理由がある。それは,ただ問題がたくさんある,問題を作り易いということだけにあるわけではない。問題が作り易いというだけでなく,問題の難しさを調整し易いことにある。日常の生活の問題は,かなり複雑な要因がからまりあっている。社会科や理科の問題も同じである。必ずしも易しくはない。それに対して算数の問題は,易しい問題から難しい問題まで容易に準備できる。問題解決に用いる知識を統制することもできる。考えるステップも1段階でも2段階でも,多段階の問題でもつくることができる。考え方のタイプもかなり多様にすることができる。これを子どもの力に応じて行うことができる点が,算数が考える力を育てる教科として優れている点である。これは他の教科のできないところである。
(p.160)

「算数」を「Cプログラミング」に,「子ども」を「学科の学生」に置き換えれば,自分の授業のこととぴったり重なります.「社会科や理科」に相当するのは,計算機アーキテクチャや情報ネットワークあたりでしょうか.
これまでの学習内容に基づきその理解度を測る,総括的評価のためのテストだって,これから何を学べばいいか判断する,診断的評価のためのテストだって,作るのは困難ではありません.
ソースファイルを与える形でもいいし,文法の多肢選択式問題でも,1段階・2段階・多段階の検討を要する問題を作成することができます.一つの問題に対して,学生にさまざまな答えを出してもらうという試みもまた,レポート課題や小テストの中で,これまで実施してきました.
これまでは「プログラミングのネタ探し」のために,算数・数学の問題を見てきたところもあったのですが,「教育法のネタ探し」としても,算数・数学の指導法を,自分のアクセスできる範囲で過去から未来(!)まで,読んで吸収していくとします.

*1:ただ,「教育学博士(筑波大学)」は,1990年代以降の学位の表記なのが,気になります.http://www.human.tsukuba.ac.jp/dpeduc/thesis.htmlによると,1984年に名前があるのですが.

*2:さらに言うと,「分数のわり算では,わる数を逆数にしてかける」といった形の記述がありません(現行ではp.194で計算事例の中で,その操作を見ることができますが).言い方を変えると,「分数のわり算で,わる数を逆数にしてかけるのはなぜか?」の答えを得たいとき,学習指導要領を読むだけでは不十分で,他の解説書や多くの計算をもとに,学ぶ者として納得する(子どもらに理解させる)必要があるということです.このことは,「かけ算の順序」においても,留意すべき点のように思えます.