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数学者による「かけ算の順序」

「かけ算の順序」をきっかけに入手し書籍や論文から,それらの著者が「かけ算の順序」をどのように考え,書いていたかを探ります.
文献は次のとおりです.

とはいえ,これらの文献が,数学者全体の共通見解を表すとは思っていません.せいぜい言えるのは,「量」と「数」に配慮し,他の数学者そして学生が読めるよう整理・執筆され,それらが現在,自分の手元でアクセスできる,といったところです.別の観点での共通点,そして数学教育協議会(遠山啓,銀林浩ら)の考える「量」との違いについては,去年10月に書いています.

新式算術講義

手元にある文庫本は「二〇〇八年五月十日 第一刷発行」ですが,後ろから少しだけページを繰ると,「本書は、一九〇四年六月三十日、博文館より刊行された」ともあります.
2つの数の乗法が出現するのは,p.26です.

加法は組み合はせの法則に従ふものなるが故に,同一の数aを幾回も加へ合はせて得らるべき和は此数と加へ合すべき回数bとによりて全く定まるべし.斯くの如き和を求むるはa及びbなる二つの数を与えてこれより或る定まれる第三の数を得べき手続きなるが故に,之をa,bなる二数に施こせる一つの算法と見做すことを得.此算法は即ち乗法にしてaは被乗数,bは乗数,求め得たる和はaのb倍或はa,bを乗したる積(a×b又はab)なり.a,bは何れも此積の因数にしてabといふ積の第一の因数は被乗数,第二のは乗数なり.(略*1)乗数が1になる場合と然らざる場合とに於ける乗法の意義は次の式により明に書き表はさる.
a×1=a
a×b=a+a+a+…+a

あとの例と区別するため,ここのaとbはともに数であることを,強調しておきます.なおここでの「数」は,それより前を読む限り「(1を最小とする)自然数」と考えるのがよさそうです.
さてそのように乗法を定義してから,本では,「分配の法則」「組み合はせの法則」「交換の法則」がそれぞれ成立することを確認しています.今でいう「分配法則」「結合法則」「交換法則」です(学習する,あるいは検証する順番は違いますが).
「組み合はせの法則」と「交換の法則」を説明する中に,「因数の順序」というのが出てきます.

若しb1,b2,b3,…が尽く同一の数bなりとせば(4)より
a(b+b+…+b)=ab+ab+…+ab
を得.即ち
a(bn)=(ab)n
a,b,nなる三個の数に順次乗法を施こすとき因数の順序は積に影響することなきこと加法の場合に於けると同趣なり,之を組み合はせの法則といふ.此法則はnが1なる場合にも成立すべきこと明なり.
交換の法則も亦乗法に適用すべし.a,bなる二数の積は因数の順序に関係せず,即ち
ab=ba
(pp.27-28)

交換の法則の証明は,かいつまんで言うと,a×1=1×aと,分配法則から(1+1+…+1)a=1×a+1×a+…+1×aをもとにしています.
自然数うしの積でないときに,どう表記しているかについては,かなりページが飛びます.まずは,分数の自然数倍があります.

αを分数,hを自然数とするとき,αなる数h個の和をαのh倍といひ,これを表すにhαなる記法を以てせり.この定義はhの1より大なるべきを予想す*2
(p.123)

もう一つは,量の話です.

倍加は加合の特例にして,量の倍加に関して第五章(四)に説きたるが如き諸事実の成立すべきこと明白なり.Aなる量n個を加合して得たる量をAのn倍といひ,之を表すにnAなる記号を以てす.
(p.217)

「量」については,この引用の直前まで(pp.215-217)で公理として与えられています.

量と数の理論

序章で,自然数の演算や写像・変換などを書いたのち,第1章で,長さを出発点として量を公理的に定めています.その一つの集合を「ユークリッド式量空間」,またその元を「ユークリッド式量」と呼んでいます.ただし,公理は天下り的に与えるものとはなっていません.
長さの自然数倍のところで,はじめて「×」が現れます.

長さAの2倍というのは,
A+A
のことである.この長さを2AまたはA×2で表す.
同じようにして,
A+A+A
をAの3倍といい,3AまたはA×3で表す.
数1を例外としないために,Aの1倍はAであると決めておく:
1A=A×1=A
一般に,任意の自然数nに対して,長さAのn倍が定められる;それは‘n個のAの和’
A+A+……+A
であり,nAまたはA×nで表される.
(pp.9-10)

この直後は,ツッコミばかりですんまへん(6. 『量と数の理論』を読んだ)で取り上げている,「2m×3」の話です.
その後には,「U×n」「U×(m+n)」「(U×m)×n」といった表記を見かけます.×を用いた場合,その左は長さほかのユークリッド式量,右に来るのは,自然数から始まり拡張させていきますが,数です.
このような倍変換に基づくと,乗法の結合法則は自明(p.23)で,分配法則も証明されています(pp.23-25)が,乗法の交換法則は,証明していません.それどころか定理6(pp.25-26)で,数の集合Aにおいて,「Aの二元の乗法が可換」というのを仮定の一つとしています.
面積---被乗数と乗数の実質的な区別がなされないものの代表---は,次のようにしています.第4章の中で,いくつかの準備をしたあとで,

W=f(L×u,L×v)
 =f(L×u,L)×v
 =(f(L,L)×u)×v
(p.51)

とします.Lは単位長,f(L,L)=L^2は単位正方形の面積に,対応づけられます.あとは再び,本文から.

この単位を使ってWを測り,その結果を
W=L^2×w
とすれば,上の計算から
w=u×v
が得られる.
あるいはこれを
W=uvL^2
と書き表すこともできる.整式の計算規則を既知とすれば,文字Lの単項式として
uvL^2=(uL)(vL)
は自明の等式であるから,(略)
長方形の面積=縦の長さ×横の長さ
といいかえられる.
(同)

この本の「×」について,あと一つ,p.67を取り上げないといけません.「積の書き方について」という見出しがついています.

ここでわれわれは,倍変換の表し方を‘中学校式’に切り替えよう.
Uを一つのユークリッド式量とし,nを自然数とするとき,いままでは‘Uのn倍’を一般にU×nと書いてきたけれども,今後はこれを
nU
と書き(略)
Uの分数倍*3についても同様である.たとえば,a,bを分数とするとき,Uのa倍をaUと書き,aUのb倍をb(aU)と書く.
このとき,変換
U→b(aU
は,変換aと変換bの合成であり,従来はこれをa×bで表してきた.今後はこの変換を‘bとaの積’といい,baと書くことにしよう.
ba=a×b
となるのは不本意であるが,これは
(ba)U=b(aU
であることによって償われるのであろう.

不本意というのは,「a×b=abじゃないのか」と言い換えられます.これについては,有理数を対象とした乗法の交換法則を,別のところで証明しておけばいいのでしょう.表記については,Wikipedia写像の合成#合成の記法についてを連想しました.

正の量と実数とに関する一考察

全国紙上数学談話会の総合目次もあります.1944年のものを見ると,遠山啓,矢野健太郎の名前も見かけます.
文献ですが,Webで容易に確認できるように,1942年に公表されました.直後に述べる本人の英訳,それと『量と数の理論』の参考文献[7]には「1944」とあり,当雑記でもこれを書いていましたが,そのうち訂正します.この公表年については,懐古趣味。 - 担当授業のこととか,なんかそういった話題。で指摘されています.
中身で取り上げるのは,1点だけです.p.1502(PDFでは,p.3左)に,「x+x+…‥+x=n・x」として,乗法を定義しています.nとxが何であるかを明示していませんが,ここではnは自然数,xは正の量の体系に属する要素,すなわち一つの量と見るべきでしょう.
同じページに,「・」が書かれているものと,書かれていないものがあります.「×」は,見当たりません.

Quantities and Real Numbers

あらましは,昨年の10月のエントリの前半をご覧ください.
「×」も「・」も出てきません.乗法については

For any a∈Q and any natural number n (n∈N), we define na∈Q by induction: 1a=a and (n+1)a=na+a.
(p.2)

から始まり,nのところを単位分数(自然数mの逆数, p.4),分数,実数へと拡張しています.

線型代数

『量と数の理論』で,速さ(量どうしの除法を必要とするもの)を解説したのち,第I部の終わりに「もっと一般な‘量代数’については,小島順氏の明快な理論がある」と記している本です.
それでその中身なのですが,集合の直積で出てくるものを除くと,最初に「×」が現れるのは,次のところです.

1.5袋+3.5袋=5袋,3×1.5袋=4.5袋
(p.11)

ここでは(というよりこの本では),2つの文字がスカラー,ベクトル(または量)と異なるa,bに対して,ab=a×bとしているようです.
高校の行列計算に,パー書きを含む単位を入れた計算例が,pp.76-77に見られます.「=α_1^1円/袋×ξ^1袋+α_2^1円/本×ξ^2本=α_1^1ξ^1円+α_2^1ξ^2円=(α_1^1ξ^1+α_2^1ξ^2)円」とあります*4

まとめ

著者や,対象によって,書き方は異なっていますが,「量」と「数」に配慮した数学者の論文・書籍で,積の表記をとるときは,積を得るための2つの対象が何であるかが,明記そして区別されていると言っていいのではないかと思います.

*1:a×1を説明しています.

*2:引用者注:今日使われる「予想」ではなく,ここでは,h>1を「前提とする」,もしくは「期待される」の意味と思われます.

*3:引用者注:自然数倍が含まれます.

*4:これは該当ページを写真に撮ったほうがいいな…すみませんがもうしばらくお待ちください.