わさっきhb

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複比例〜考察

文献からの続きです.

1. 比と比例と複比例

[中西2001,p.19]には,合率比例すなわち複比例の関係式として,「a:b=c:d,e:f=g:h,i:j=k:lならば,aei:bfj=cgk:dhl」が書かれています.もちろん,逆は真ならずです.「aei:bfj=cgk:dhlならば,a:b=c:d,e:f=g:h,i:j=k:l」が一般に成り立たないことを示すには,aとkに2,その他に1を割り当てるのが簡便でしょうか.
さてこの,12個の文字を用いた命題は,枠囲みになっています.著者による解説と思われます.明治期の教科書には,例題と解き方は書かれているものの,その原理までは書かれていないのかな,とも推測します.
同文献p.25では,[参考文献・引用文献]の(1)として,「本稿では,比例を比(a:b)・比例式(a:b=c:d)・比例の式(y=ax)などを含んだ形で考えている。」ともあります.ここで,本当にそれらを一括して考えることができるのか,また複比例の場合はどうなるのかについて,式を作ってみることにします.
いろいろ試したところ,「比の値」,すなわち「a:b=a÷b」を仮定すれば*1,比例式から比例の式,およびその逆,独立した複数の比例式から複比例の式,およびその逆,が得られそうです.あともう一つ,これは「比の値」を用いることによる制約があって,文字のとる範囲は正の数とします.すなわち0は除外します.
「比例式から,比例の式」を得るには,まずa:b=c:dが成り立っているものとします.そこで,この比の値をαとおきます.式で表すと,a÷b=c÷d=αです.そうするとy=αxは,(x,y)=(b,a),(x,y)=(d,c)のときにも成り立ちます.このy=αxが,比例式から得られる比例の式となります.
「比例の式から,比例式」は,ほぼ逆の流れです.y=αxという等式から出発します.そして,a=αb,c=αdが成り立つとき,a÷b=a:b=α,c÷d=c:d=αですので,a:b=c:dが言えます.
複比例に関しては,最も簡単な,「yはx1とx2に(独立に)比例する」を論証することにします.3つ以上に増えても,プロセスは同様です.反比例の入った複比例については,例えばa:b=c:d(a÷b=c÷d,商一定)のところを,a×b=c×d(積一定*2)に置き換えればよさそうです.
さて,「独立した複数の比例式から,複比例の式」は,こうなります.まずa:b=c:d,e:f=g:hが成り立っているものとします.そこでa÷b=c÷d=α,e÷f=g÷h=βとおくと,y=αβx1x2は,(x1,x2,y)=(b,f,ae),(x1,x2,y)=(d,h,cg)のときに成り立ちます.実際,αβbf=(αb)(βf)=ae,αβdh=(αd)(βh)=cgです.そしてαβ=ωとおくと,y=ωx1x2を得ます.これが,複比例の式です.
最後に,「複比例の式から,独立した複数の比例式から」は,やはり逆の流れです.y=ωx1x2という等式から出発します.a=αb,e=βfが成り立つとき,αβbf=(αb)(βf)=aeです.そこでω=αβとおくと,(x1,x2,y)=(b,f,ae)のとき等式y=ωx1x2を満たします.他の4字組c,d,g,hに対して,c=αd,g=βhが成り立つとき,αβdh=(αd)(βh)=cgであり,(x1,x2,y)=(d,h,cg)のときもy=ωx1x2を満たすわけです.このとき,a:b=c:d=α,e:f=g:h=βとなり,「=α」,「=β」を取り除けば,2つの比例式が得られます.なお,「独立した」は,c,d,g,hを持ってくることではなく,「a=αb,e=βf」が根拠となります.

2. 複比例と異なるもの

何が「複比例ではない」かについて,2つ,挙げることにします.
まず,連比(a:b:c=d:e:f)は,複比例と別物です.連比は,「3つ(以上)の数量の関係」であり,「独立した複数の関係」ではありません.
連比で連想するのは,『頭の体操』の問題です.3匹のネコが3匹のネズミを捕まえるのに3分かかる,では100匹のネコが100匹のネズミを捕まえるのに何分かかるか,でしたっけ.3:3:3=100:100:100と考えて100分,と言いたいところですが,正解は3分.時間はネズミの数に比例し,ネコの数に反比例するというのを,暗黙の仮定としていたと思います.まあ細かいことを言うと,1匹のネコが1匹のネズミを捕まえるのに要する時間は,何らかの確率分布に従うんじゃないかとか,あるネコが1匹のネズミを捕まえたら,ただちに別のネズミを捕まえに行くのかなんてことも,気にはなるのですが.
もう一つ,「積の乗法」と複比例も,分けて考えたいところです.もう少し細分化します.

  • 積の乗法ならば,複比例か?
  • 複比例ならば,積の乗法か?

前者の是非については,保留することにします.後者は,先日の文献の中から,反例を見つけることができます.[Vergnaud 1983]に入っている,シリアルの消費量の話で,訳すと「あるスカウトキャンプでのシリアルの消費量は,人数と日数に比例する」のことです.人数と日数をかけ合わせれば,消費量になる…とするわけにはいきません.かけ合わせたものすなわち人日が,シリアルの消費量に比例しているのです.その比例定数は,「1人が1日に消費するシリアルの量」です.
「1人が1日に」と書くと,複内包量のようにも見えてきます.最近見かけたものではhttp://togetter.com/li/234200,また当雑記では複内包量を持つ,乗法の結合法則が関連しそうです.何が「積の乗法」になるのかには,揺らぎがあることを,先月,整理していました.
「倍の乗法」のみで,複比例の関係を見出そうとするなら,周波数逓倍器でしょうか.昔むかし,アマチュア無線の講習を受けたときに,基本周波数に,2逓倍や3逓倍を適用して,期待する周波数を得るというブロック図を見たことがあります.それを使うと,f2=n・m・f1のように表せます.ここでf1は基本周波数,f2は得られる周波数,nとmは逓倍の倍率です.f1を定数とみると,f2はnとmに対して複比例です.2逓倍してから3逓倍するのと,その逆とで,電力や精度で何か違いがあったら嫌だなあ….

3. 文章題を複比例で

倍の乗法も,複比例の関係になり得ることに着目し,これまで検討してきた,2年生向けの文章題を,複比例の関係で表してから,解いてみることにします.
まずは2011年12月27日(式を読み取る練習)から.

→タイヤの総数yは,自動車の台数x1と,自動車1台当たりのタイヤの数x2にそれぞれ比例します.すなわち,x1を固定すれば,x2が2倍,3倍…になると,yも2倍,3倍…になります.逆にx2を固定すれば,x1が2倍,3倍…になると,y2も2倍,3倍…になります.x1=1,x2=1は「自動車1台だけで,1台当たりタイヤが1個」という状況をあらわし,総数は,y=1です.この1が比例定数となり,y=x1x2です.x1=5,x2=4を代入すると,5×4=20で,答えは20個です.
「8人に ペンを あげます。1人に 6本ずつ あげるには,ぜんぶで 何本 いるでしょうか。」
→必要なペンの数yは,配る人数x1と,1人に配るペンの数x2に比例します.x1=1,x2=1は,「1人に1本を配る」という状況をあらわし,総数は,y=1です.この1が比例定数となり,y=x1x2です.x1=8,x2=6を代入すると,8×6=48で,答えは48本です.
「子供が5人います。お菓子を2個ずつ配ると、お菓子は全部で何個になりますか?」
→お菓子の総数yは,子供の数x1と,1人に配るお菓子の数x2に比例します.x1=1,x2=1は,「1人に1個を配る」という状況をあらわし,総数は,y=1です.この1が比例定数となり,y=x1x2です.x1=5,x2=2を代入すると,5×2=10で,答えは10個です.
それから,遠山啓が書いたものにも,試してみます.

これが,もし,つぎのような問題だったら,どうだろう.「教室の机は1列に6つずつ4列ならんでいます.机はみんなでいくつありますか」という問題では,4×6でも,6×4でもいいとせざるをえないだろう.
(『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』p.116.倍指向,積指向より孫引き)

→机の総数yは,列の数x1と,1列に並べる机の数x2に比例します.x1=1,x2=1のとき,y=1で,これが比例定数となって,y=x1x2です.x1=6,x2=4を代入すると,6×4=24で,答えは24個です.
「6人のこどもに,1人4こずつみかんをあたえたい。みかんはいくつあればよいでしょうか」
→みかんの総数yは,こどもの数x1と,1人にあたえるみかんの数x2に比例します.x1=1,x2=1は,「1人に1個をあたえる」という状況をあらわし,総数は,y=1です.この1が比例定数となり,y=x1x2です.x1=6,x2=4を代入すると,6×4=24で,答えは24個です.

4. なぜ複比例は,小学校の算数で活用されないか

複比例への所感については,以前に書いています.

(時速)X(時間)の話は,「複比例」として考えることができます.
「道のりは,時速を固定すれば,時間に比例する」「道のりは,時間を固定すれば,時速に比例する」となります.後者を「道のり=比例定数 X 時速」で表し,これに単位を合わせてみると,km=km/(km/h) X km/hとできる,という次第です.
複比例を通じた乗法の意味理解は,1968年に書かれた(同一著者による2つの)論説で,提案されています.しかしそれを引き継いで,より深く研究,実践したという話は聞きません.6年生に比例を教えるのでも大変なのに,複比例なんてとても,という意識なのかなと想像します.

割り算のときにどちらを除数にしてもよいのはどうしてか

長方形のイメージも,あります.

このことは,大人モードで,座標を使って,表すことができます.まず4点,O(0,0),A(a,0),B(a,b),C(0,b)をとります.a,b>0とします.このとき明らかに,四角形OABCは長方形(正方形を含む)です.aとbが,正の範囲で任意に動いても,長方形(同)であることには変わりません.

正方形と長方形

連続的または離散的に,マウス操作で座標もしくは数量を動かし,かけ算の式そして積がリアルタイムで表示されるアプリケーションは,HTML,CSSJavaScriptを駆使すれば,できそうなのですが.
複比例に,話を戻します.先ほどの文章題に対する,"think aloud"による解き方から確認できるように,与えられた場面に対して,複比例だと認識あるいは確信するのが,容易でないのです.
2年生では,「複比例」どころか「比例」さえも出てきません.そこで議論を打ち切るのも悲しいので,代わりの「乗法の性質」を持ってくることにします.それは,「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増えること」です.

  • p.87: 「乗法に関して乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増えるという性質」.これと交換法則を使えば,「被乗数が1増えれば積は乗数分だけ増えるという性質」も言えるが,それは指導の対象外(解説書,問題集からも見かけなかった).
「被乗数と乗数の区別」を調査

みかんの問題で確かめます.「6人のこどもに,1人4こずつみかんをあたえたい。みかんはいくつあればよいでしょうか」に対する(学校教育での正解とされる)式は,4×6=24です.これを基準として,4×7=28=4×6+4で,「7人のこどもに,1人4こずつみかんをあたえたい」なら,「しひちにじゅうはち」でもいいし,すでに「6人のこどもに,1人4こずつのみかん」で計算をしたなら,そこに追加の1人分,すなわち4こを加えればいいだろう,となります.
5×6=30=4×6+6という式も,成り立ちます.これは,「6人のこどもに,1人5こずつみかんをあたえたい」であり,九九なら「ごろくさんじゅう」,そして付け足しのアプローチだと,「6人のこどもに,1人4こずつのみかん」で計算をしたあとで,そこに「1人1こずつ」を追加すればいいとなります.加数の6が「6人」ではなく「6こ」を意味するのは,トランプ配りが教えてくれるところです.
代数的に見ても,複比例の式y=ωx1x2において,ω=1のとき,すなわちy=x1x2のときは,x1が1増えればyはx2だけ増えますし,x2が1増えればyはx1だけ増えます.
といったところで,まとめに入りたいと思います.学習指導要領などから知ることのできる,現在の指導内容では

  • 比例(比や反比例を含む)を,第6学年の数量関係に置いているため,小学校で複比例を直接的に扱うのは困難です.
  • 第2学年で学ぶ,乗法の性質に「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える」があり,「被乗数が1増えれば積は乗数分だけ増える」のないことが,乗法の意味理解において被乗数と乗数の区別をする理由(状況証拠)の一つとなっています.

それぞれ,対策も思いつきます.複比例や,「被乗数が1増えれば積は乗数分だけ増える」に関する出題例,指導例を充実させることです.そうしていく中で,それらを児童が理解し習熟する意義が,教育関係者に周知されれば,次回の学習指導要領改訂時に,取り入れられるかもしれません.
と,提案してみるものの,私自身はそのようになることは,「かけ算の式には順序がないこと」が学校教育で受け入れられることと同程度に,起こり得ないなあと考えています.先日取り上げた文献に限らず,読んできた書籍や論文,またいくらかのWebでの情報をもとにした印象です.
(最終更新日時:Wed Apr 25 06:08:49 2012ごろ)

*1:「比の値」「a:b=a÷b」は,「比」の解説がある小学校学習指導要領解説 算数編《算数解説》pp.205-206に見られず,小学校では取り扱わないようです.『算数教育指導用語辞典』p.254でも,比の値は,“発展”として記されています.

*2:a:1/b=c:1/dとも書けます.