For those who are not familiar with Japanese:
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【Part 1. かけ算の意味・式の意味】
Q: 「かけ算の意味」と「式の意味」は,違うのですか?
A: ええ,違います.
先に「式の意味」のことから言うと,これは,例えば「5×3」という式が,それを見た人(先生や他の児童など)にどのように伝わるか,に関する話です.
一方,「かけ算の意味」という言葉は,かけ算(乗法)という演算の意味を指すほか,「演算決定」というキーワードと関連して,かけ算がどのような場面で利用でき,どんな式で表されるかを指導する際にも出てきます.
Q: 3×5って,何ですか?
A: 「3つが5つ」や「3の5倍」をいいます.
もう少し言葉を増やして説明すると,一つ分の大きさが3というときに,その5つ分もしくは3倍に当たる大きさが,3×5で表されます.
このうち「3」のほうは,場面に応じて,3個や3円,3cmや3m/sなどに対応づけられます.また小数や分数,無理数(実数)でも,かまいません.
それに対し,「5つ分」と書くのでは,整数しか表現できないことになります.これを「5倍」に置き換えると,小数や分数,無理数(実数)になっても大丈夫です.
視覚的には,次のように,図と式とを対応づけることができます.
Q: 他の図もあるのでは?
A: ええ.「3×5と5×3,答えは同じで意味が違う」は,次のようになります.
3行5列のアレイについて,その総数を表す式には3×5と5×3があります.これは,次のように表せます.
Q: 囲い込んだら,元に戻れないの?
A: 次の図が思い浮かぶ,ということでしょうか?
こうするのが有用なシチュエーションもありそうですが,常にそうあるべきだとは,感じていません.
一つ前の回答に載せた,「囲い込みなしのアレイ」から「囲い込みありのアレイ」へ行くことができ,逆には行くことができないという図には,隠された情報があります.囲い込みなしのアレイに,「一つ分の数を3にする」「一つ分の数を5にする」という情報を加える*1ことで,それぞれ対応する,囲い込みありのアレイになるのです.
囲い込みとは別の方法で,限定によって何が同じで何が違うかを,見ることができます.
「15個の果物」を起点とします.しかし,「果物」は少し抽象的です*2.そこで,果物とはりんごのことだとして,「15個のりんご」で表すことができます.あるいは,果物をすべてみかんに置き換えて,「15個のみかん」にすることもできます.しかし15個のりんごと15個のみかんは,「15個の果物」という共通点はありますが,別物です.
Q: かけられる数とかける数の区別は,必要ですか?
A: 子どもが「かけ算って何をするのか?」を理解するのに,大事な概念だと思います.
Greerの説明を,《りんごの問題》の数量に置き換えると,次のようになります.それぞれの皿に置かれているりんごの個数が“かけられる数”,皿の枚数が“かける数”です.そして,りんごの個数に皿の枚数を“かけ算で”作用させると,りんごの総数(“積”)が得られます.
いくつかのグループがあって,各グループで同じ個数のものがあるときというのが,子どもが最初にかけ算を用いる場面となります*3.「グループ」は5枚の皿,「同じ個数のもの」は3個ずつのりんごを指します.
他のタイプの「かけ算を用いる場面」も,学習します.
Q: 「かけられる数とかける数の区別」について,分かりやすい例はありませんか?
A: 2つの場面がa×bとb×aで表される事例がおすすめです.絵からだと,『まるごと2年生 2年生担任が まず読む本 (教育技術MOOK)』p.16にあります.
言葉だと,『オトナのための算数・数学やりなおしドリル』p.14では,「ペアシートが3席」と「3人用シートが2席ある」を挙げています.
海外文献にも,同様の例があります.Anghileriらは,"three children each having four candies are luckier than four children each having three candies although the total number of candies is the same"(私訳:4つずつキャンディを持っている3人の子どもは,3つずつキャンディを持っている4人の子どもよりも,運がいい.キャンディの総数は同じなのだけれども.)という文で,何が同じで何が違うかを示しています.
面積と絡めると,次のような状況を考えることができます.
縦40cm,横30cmの長方形の板を横方向に切って,縦20cm,横30cmの長方形の板2枚にしたとき,面積は40×30でも20×30×2でも20×2×30でも求められます.
しかし式の意味はそれぞれ違ってきますし,それぞれ,図で区別することもできます.これは,かけ算の意味づけに関する,次の2つの考え方をもとにしているからです.
- 「被乗数と乗数のペア」でかけ算を意味づける場合,被乗数は,基準となる数量に,乗数は,その基準をどれだけ拡大するか(例えば,割合)に,それぞれ対応する.
- 「2つの因数」でかけ算を意味づける場合には,どちらがどちらを拡大するといったことは,考えない.
Q: 3×5にせよ,5×3にせよ,立式の意味を一つに定めることはできないのでは?
A: 式だけを見て,その意味を一つに定めることは,過大な要求のように感じます.式が場面に合っているかの判定ができれば十分です.
一つの式に複数の意味を対応づけられることを例示した文章には,例えばhttp://www.twitlonger.com/show/h4i583(http://t.co/CD1BsrQhv2経由)があります.そこで書かれた設問や式を使って(一部変更しています),検証してみます.
「タコには1匹あたり8本の足がある。2匹のタコがいるとき、足の合計は何本か」という出題に対し,8×2=16という式を書くと,サンドイッチ論法により,かけられる数は「8本」,積(答え)は「16本」で,問題ありません*4.
この思考プロセス(たしかめ)において,「足が2本あって、それぞれにタコが8匹ずついる。タコの合計は?」という設問は,出てきません.「サンドイッチ論法では、2 × 8に「答え:16本」という単位の表記があっても、それは間違いだ、16匹とタコの合計を求めていると論難する」のは,小学校の算数の範囲外となります.
それに対し,2×8=16という式を書くと,かけられる数は「2匹」なのに対し,足の合計は何本かが問われているので,答えは「16本」となり,サンドイッチ論法ではミスマッチが発生します.そのミスマッチを明らかにするため,次の2種類の指摘が可能となります.
- 2×8だと,「足が2本,タコが8匹で,足の合計数を求める」になっちゃうよ.
- 2×8だと,「タコが2匹,足が8本で,タコの合計数を求める」になっちゃうよ.
前者は,積は足の合計数であること,後者は,かけられる数は「2匹」であることに基づき,式が場面に合っていないと判断している次第です.
学習指導案や授業例について,書籍やWeb上の情報を読んでいくと,正解となる式が一つだけの場合にも,複数ある場合にも,その式が場面(出題)に合致したものかが確かめられています.
式を一つ固定したとき,その式で表せる場面を集合として表すと,一般には無限集合になりますが,実用上は,その集合を同定する必要はなく,そういった集合に具体的な場面が属するか否かの判定ができれば十分だ,と言えます.詳しくは,「3×5と5×3,答えは同じだけど,意味は違う」とはの前半をご覧ください.
【Part 2. 倍の乗法から式の意味へ】
Q: 「倍」の乗法って何?
A: 乗法の分類の一つです.ここで「倍」に相対するものは,「積」となります.
「倍」と「積」のほか,multipleとproduct,〈乗数と被乗数が区別される文脈〉と〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉,“非対称問題”と“対称問題”,といった名称もあります.
「倍」のところをさらに細分化して,3つで分類しているものも,国内外の書籍で見かけます.
Q: 「倍」のほうが「積」に勝るってこと?
A: 勝ち負けというよりは,日本では戦前から現在まで,「倍」に基づいた指導がなされています.
「積」に基づく意味づけが素晴らしいとお考えなら,学校の先生と連携して,教材を開発するのはいかがでしょうか.
Q: 倍の乗法って,大事なの?
A: はい,倍概念は,「累加」(「同数累加」とも)と密接な関係があります.累加の考え方は,学習指導要領解説にも書かれています.
実用面では,かけられる数が小数や分数でも,かける数が整数なら,累加で計算できる点がメリットになります.
面積を学習しない低学年の間は,かけ算にする対象は「何のいくつ分」になる(もしくはそこに帰着される)ことも,大きいと思います.
Q: 学校の教え方はそれでいいけど,子どもが「積」の考えだったら,「倍」に矯正するの?
A: 「倍」や「積」の考えというよりは,3×5と5×3は意味が違う,という形で学習することになると思います.
Q: 3×5と5×3って,意味が違うの? 計算したら,15になるんじゃないの!?
A: ええ,多くの事例を見る限り,意味は違います.「5×3」という式を見たときに,先生や(かけ算をきちんと学習した)子どもたちがどう認識するかというのは,「3×5」とは異なるのです.
計算したら15になるのは,「3×5と5×3は,答えは同じ」という言い方になります.「答え」は,「積」に置き換えられ,実際,学習指導要領解説では,「乗数と被乗数を交換しても積は同じになる」を,交換法則の説明として記載しています.
「乗数と被乗数を交換しても同じになる」もしくは「乗数と被乗数を交換しても意味は同じになる」としている出版物があれば,ご紹介ください.「3×5と5×3は同じ」とする,算数教育の書籍は,ごくわずかです.
Q: 3×5と5×3の違いを,どんな風に教えるのですか?
A: 東京書籍の教科書では,「えんぴつを 1人に 2本ずつ,5人に くばります」と「えんぴつを 2人に 5本ずつ くばります」を横並びにして,それぞれ,鉛筆の総数を求める式と答えを考えさせています.
大日本図書の教科書だと,「2つの ふでばこに えんぴつが 6本ずつ 入って います」と「えんぴつを 1人に 2本ずつ,6人に くばります」で,こちらでは2×6,6×2という式も合わせて提示してあり,場面と式との対応づけを出題しています.
これらは,教科書の実物を見なくても,各Webサイトで読めるダイジェスト版の中に入っています.
学習指導案からも,次のように,授業例を見ることができます.
- 第2学年 算数科学習指導案(平成23年10月25日):「ドーナツを2こずつ,5人にくばります」「ドーナツを2人に5こずつくばります」
- 第2学年 算数科学習指導案(習得):「AくんとBさんがいます。お店に行ってケーキを見つけました。Aくんは3こずつ4さら入ったケーキ,Bさんは4こずつ3さら入ったケーキを見つけました。AくんとBさんが見つけたケーキは何こあるでしょう。」
Q: 乗数と被乗数を交換したら,どうなるの?
A: 「3×5」という式からスタートするなら,5が乗数,3が被乗数です.それらを交換すると,「5×3」という式になります(この式では,3が乗数,5が被乗数です).
3×5=15ですし,5×3=15ですよね.「積」という言葉を使うなら,「3と5の積は15,5と3の積も15」です.
といったわけで,3×5に関しては,「乗数と被乗数を交換しても積は同じになる」のです.
他の数についても同様に確かめることができ,結局,小学校の算数で扱う範囲の数では,「乗数と被乗数を交換しても積は同じになる」に至るのです.
Q: アレイ図を使って,交換法則を理解しているのでは?
A: その場合は,3行5列のアレイ図を出発点とします.
“「一つ分の大きさ」を3,「いくつ分」を5とする囲い込み方”により3×5=15,“「一つ分の大きさ」を5,「いくつ分」を3とする囲い込み方”により5×3=15を得て,3×5=5×3そして「乗数と被乗数を交換しても積は同じ」を導く,というのが代表的なアプローチです.
《りんごの問題》は,(囲い込みなしの)アレイ図を出発点としていないので,別の話となります.
Q: 交換法則を言葉の式に適用したら,「いくつ分×一つ分の大きさ」もかけ算の式として,認められるのでは?
A: 学校教育はその考え方を採用していません.
理由としては,かけられる数とかける数の区別が曖昧になり,かけ算の結果得られる数量(単位も)が何になるのかの説明がしにくくなるためと推測できます.
そのほか,「一つ分の大きさ×いくつ分」でも「いくつ分×一つ分の大きさ」でもよいという考え方は,一つの式(例えば「5×3」)で表せる対象を,広くとることを意味します.「一つ分の大きさ×いくつ分」のみだと,一つの式で表せる対象が,より狭くなりますので,被乗数・乗数を交換した式との書き分けが行えます.
それぞれにメリット・デメリットがあるわけで,そのもとで採否あるいは取捨選択が行われ,教室内で運用されていることも,認識をしておきたいところです.
Q: 長方形の面積は,縦×横でも横×縦でもいい?
A: いいと思います.〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉だからです.
《りんごの問題》をはじめ,論争の対象となっている文章題は,〈乗数と被乗数が区別される文脈〉なので,別物です.
Q: 小学校の算数で,面積はどのように教えているの?
A: 縦と横の長さが単位長の整数倍となるような長方形をもとに,単位正方形がいくつあるかを数えることで,長方形の面積の公式を導きます.平行四辺形や三角形の面積は,等積変形を用いています.
Q: 「5まい×3こ/まい=15こ」のように,式に単位を書かせたらいいのでは?
A: 「式は世界共通」という考え方との,勝負になるでしょうね.現状として,小学校の算数では,その種の式は採用されていません.
算数・数学(という科目)で,式に単位を付けないのは,結局のところ「決まり」です.(かさ(dLなど)や角度の計算で,「dL」「°」を添えている式を,問題集で見ることもできます.学習指導要領解説には,「1m^2=10000cm^2」の等式が入っています.)
式に単位を組み込むのは,組立単位や次元解析と合わせて,高校の物理・化学あたりで理解し活用するのがいいように思います.
Q: 累加だと,かける数が0や小数・分数になったときに,計算できないのでは?
A: ええ,算数教育に携わっている先生方には,それは周知のことです.その上で,3年では「0×数」と別に「数×0」を取り扱っていますし,5年の小数のかけ算のところで「意味の拡張」を指導しているわけです.
「累加だと乗数が小数・分数になったときに対処できない」のは十分承知の上で,小数や分数でも使える(立式・計算できる)よう,どのように学習内容を配列し,また授業で指導していけばよいかが,検討・実践され,そして確立されています.
ご質問は,そういった算数教育の継続性や成果の蓄積に目を向けておらず,あるいはその継続性を断ち切ろうとしているように見えるのです.
Q: 正しい式にバツをつけるのはよくないのでは?
A: 「何を正しい,何を正しくないとするか」について,あなたと学校教育とで,異なっている可能性が高いです.
一つのおすすめは,学校教育がおかしいと主張する人々の意見を見聞きすることです.そうすると自然と,当ブログから離れていくことと思います.お互い,そのほうが心が落ち着くでしょう.
もう一つは,算数教育の学術文献や,学力調査をつぶさに見ていくことです.それらではよく,「答案」の代わりに「反応」という言葉が使われます.また「正しい」「誤り」といった言葉はほとんど見られません.
以下は私自身の認識です.何を正しい,何を正しくないとするかは,学習指導案や学力調査をもとに思い描いています.小学校でかけ算を学習していく中で,子どもたちは,提示された(もしくは自分で絵や文章に表した)場面が,3×5という式で表せるか否かを判断できるようになっていきます.3×5と5×3は「答え(積)は同じ」だけれど「意味が違う」というのは,そのような活動の帰結とも言えます.
Q: やっぱり,3×5と5×3の意味が違うのは,納得できない!
A: こうお考えください.
優れた“目”(コンピュータビジョン)と“頭”(人工知能)を持った機械がありまして,「3×5」をインプットしておくと,それ以降,3×5で表されるものを見つけたら,「3×5です!」と言います.
もう一つ,同じ仕様の機械があるのですが,こちらには「5×3」がインプットされており,5×3で表されるものを見つけたら,「5×3です!」と言います.
この2体がそろって,教科書あるいは問題集を順に見ていくと,「3×5です!」と言うとき,「5×3です!」と言うときのほか,「3×5です!」「5×3です!」の両方が発せられるとき(例えば3行5列の囲い込みなしアレイ)も起こり得るのです*5.
この話から何が言いたいかというと,3×5と5×3の意味が違うといっても,「3×5であるならば,5×3ではない」ということまでは主張していないのです.また,次のように言うこともできるでしょう.「3行5列の囲い込みなしアレイ」と同種の場面をいくら持ってきても,3×5と5×3の意味が同じか違うかの論証には寄与しません.
以上をもう少しきちんと検討するなら,「3×5という式で表せる場面の集合」などを定義することになります.
【Part 3. 式の書き方】
Q: 3×5=15は,正しくは「3こ/まい×5まい=15こ」なんじゃないの?
A: ええ,それは一つの解釈です.そして,学校でそれが受け入れられる保証はありません.
《りんごの問題》の式の解釈だけなら,それでもいいのですが,「3cmの5倍」や「3万人の5%」などをかけ算の式にするとき,困難になってきます.倍や割合がかける数だと,かけられる数の単位を,パー書きで表すのが厄介なのです.1あたりなどを推奨している数学教育協議会でも,倍概念あるいは率の用法という考え方で,別扱いにしています.
累加や倍概念に基づく学習だと,《りんごの問題》も「3cmの5倍」も,3×5=15となります(「3万人の5%」については,3万を30000,5%を0.05とそれぞれ変換した上で,30000×0.05=1500です).見かけの式だけでなく,「3が5つ」という構造も,共有しています.
1あたりのほうが扱いやすい例を,挙げることも可能でしょう.メリット・デメリットをきちんと並べた上で,算数はどうあるべきかを議論すればいいのです.
Q: 状況が「5人に飴を4個ずつ配る」と言ってるのに「5×4」を見て「5人×4=20人」と解釈するのは,単なる馬鹿者では?
A: そのように解釈している指導例は,戦後すぐ,そして最近の書籍からも,見つけることができます.
戦後すぐ,というのは,昭和26年の学習指導要領試案です.
三年の乗法九々の学習で,三の段がひととおりすんで,こどもたちは三の段の九々がすらすら唱えられるようになった。そこで,教師は次のようなテストを行って,こどもがかけ算の意味を理解して,九々を適用する力が伸びたかどうかを調べてみた。
問題 3人のこどもに,えんぴつを2本ずつあげようと思います。えんぴつがなん本いるでしょう。どんな九々をつかえばわかりますか。
どんな九々をつかうかという問に対して,3×2=6と答えたものが予想以上に多いことがわかった。これによってこどもは問題に出てくる数を,その数の意味を深く考えもしないで,出てくる順に書き並べ,その間に,かけ算記号を書き入れることがわかった。問題に出てくる数を頭の中にいったん収めて,演算の決定に導くように問題の場を組織だてる力が欠けているらしいことがわかった。そこで,その欠けていることについての再指導に入るわけである。
V. 算数についての評価
3は人数を表わしている数である。それを2倍した答の6は何といったらよいか尋ねてみる。それで,6人となって問題の要求に合わないことを説明する。このようにして3×2=6とするのが誤であることを明らかにしたとする。
しかし,上のような指導だけでは,問題をすこし変えてテストしてみると,ほとんど進歩しないことがはっきりわかってきた。つまり,一方を否定するような消極的な指導だけでは,前に述べたような問題を組織だてる力を伸ばすのに,ほとんど役だたないことがわかった。これが再指導に対しての評価であって,指導の方法を修正する必要をつかんだわけである。そこで;問題解決を,同数累加の形にもどして,倍の概念をしっかり押えるように指導したのである。今度は成功した。この事実を教師が見届けたのもやはり評価である。
平成になってからの事例もあります.
これは『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』pp.46-47からです.同じ図が,『新版 小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 2年下』pp.44-45にあります.
「5人に飴を4個ずつ配る」に対する「5×4」は,「それだと20人と思われちゃうよ」です.「君がそうじゃないという明確な意図をもって書いたとしても」をつけ加えることもできます.書いた人がどう考えたかよりも,「そう書いたらどう受け取られるか」に注意をしたいところです.
Q: 掛け算は5[個/人]×4[人]が正しいんじゃないのかな? 4[人]×5[個/人]でもいいはずでしょ?
A: 「5[個/人]×4[人]」は「これが正しい」ではなく,一つの考え方と見るべきでしょう.
数学教育協議会(数教協),学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会(学力研)あたりの流儀です.教科書では使われておらず,また「4[人]×5[個/人]」は上記団体でも,採用されているのを見たことがありません.
海外文献では,"(5.0, candies/bag, kind of party favor) × (6, bags)" や "(14.5, mi/hr, average speed on trip) × (3.2, hr, time trip takes)" といった形で,数と単位を分けたかけ算の式を見ることができます(内包量×外延量,I×E)が,著者らの分析のためであり,そのように書くことを,学校で教えようというものではありません.
「一つの考え方」としたのは,他の考え方があるからです.
私自身は,「5人に4個ずつ」と「4cmの5倍」と「5人が4時間働く」は,異なる種類のかけ算の考え方(構造,モデル)だと理解しています.「4cmの5倍」の4cmをパー書きの単位に変換するのは不自然で,実際,数教協でも「倍概念」として別扱いにしています.
とはいえ,3つのモデルを平等に,小学校で扱えというわけでもありません.それらを,より多くの小学生がそれなりに理解してくれる(4個×5人=20人にならないことを含めて)には,累加と拡張に基づく現行の指導法に賛成,アレイモデルに到底賛成できない,「1あたり」にはやや反対,といったところです.
Q: 式に4個×5人と単位とともに書かせればすむのでは?
A: 積の数量は,何になるでしょうか.
「4個×5人=20個」「4個×5人=20人」「4個×5人=20個人」が考えられます.この問題意識は海外でも見られ,Vergnaudは "it is not clear why 4 cakes × 15 cents yields cents and not cakes" と指摘しています.
そして「4個×5人=20個」「5人×4個=20個」という判断を,学習者(児童)ができるようになるには,どのような学習が必要でしょうか.コストをかけただけの効果を,示すことはできるでしょうか.別のところで,都合の悪いことが起こらない(起こるとしても小さくできる)ような,保証はあるでしょうか.
とはいえ,「×」の左右両方に,単位付きの数量を書くのは,日常よく見られることです.「×」から学ぶことで,その事例収集を試みています.
Q: 5×4にせよ,4×5にせよ,後ろの数字が「かける数」でいいのですか?
A: 学習指導要領解説に事例がありますし,多くの本や授業例からも,算数教育において×の後ろが「かける数」なのが確認できます.
学習指導要領解説から取ってくると,「乗数や除数が整数の場合の小数の乗法,除法」という中に「例えば,0.1×3ならば,0.1+0.1+0.1の意味である」(p.142)とあります。この3は乗数すなわちかける数でないと、話が通りません.
ところで,「乗数が整数の場合の小数の乗法」は,「かける数・かけられる数」の区別の必要性を示唆しています.例えば「2.4cmの紐が7本」という状況を作るのは,2つの数を交換した「7cmの紐が2.4本」よりも簡単です.
これは「同等の量」の問題と深い関係があり,そこでは,かけられる数とかけ算の答えが「量」あるいは連続量,かける数が「個数」あるいは分離量となります.
小学校では,同等の量に関する場面のうち,量も個数も整数になるものを3年で,量が小数,個数が整数になるものを4年で,量が分数,個数が整数になるものを5年で学習し,小数の乗法(5年),分数の乗法(6年)と分けています.中学だとか科学だとかを持ち出す前に,こういった小学校の学習のステップにも,注意を払ってもらえればと願います.
Q: 式に単位を付けるのって,どんなパターンがあるのでしょうか?
A: 算数では,「単位なし」が最も広く用いられていますが,他の書き方もあります.
「45人で,講堂にイスを運びます.1人が1個ずつ4回運ぶと,みんなでイスをいくつ運ぶことになりますか」に対して,次のように分類名と式を書くことにします.
- 単位なし: 4×45=180
- 被乗数と積に単位: 4個×45=180個
- 被乗数はパー書き: 4個/人×45人=180個
- すべてに単位: 4個×45人=180個
1960年代あたりまでは,「単位なし」と「被乗数と積に単位」が併存していました.1960年代から1970年代には,「被乗数はパー書き」が加わります.数学教育協議会(水道方式)の展開により,このスタイルが普及する一方で,「被乗数と積に単位」の利用頻度が下がってきます.
現在では,「単位なし」が算数の教科書や各種出題で採用されており,「被乗数はパー書き」は数教協のほか,その影響を受けた団体(学力研など)の指導に限られます.日常生活では,「すべてに単位」が,飲食物や日用品の数量表記でよく用いられています(たいてい,等号と右辺は書かれません).
といったわけで,「サンドイッチ」のルーツは,「被乗数と積に単位」という表記法,したがって戦前戦後の算数教育にあると考えるのが良さそうです.
Q: 啓林館の教科書では,6年になってもかけ算に順序があるんですよね?
A: 「x×8」の件でしょうか.一つ分の大きさ×いくつ分による立式は,文字式でも同様に適用できるという意図だと思います.
中学校に上がれば,これを「8x」と書くことになります.その流れにおいて乗法の交換法則は,場面をx×8で表す段階ではなく,x×8を8xに置き換える段階で使用されます.
「1冊x円のノートを8冊買います」という場面において,小学校6年ではx×8と書き,その場合,xはかけられる数,8はかける数となります.中学校式に,×を取り除いて8xと表記したとき,8はxの係数であり,xと8xとを比較すると,8はかける数と見なすことができます.何と何の関係であるか*6,また「係数」とは何なのかに注意すれば,混乱は生じません.
【Part 4. その他】
Q: 「1あたり量×いくつ分」ではいけないの?
A: 「かけ算の意味」を理解する上で,知っておくべき考え方ではありますが,算数教育の主流ではありません.
中島健三が1968年に記した解説,および『数学教育学研究ハンドブック』によると,「意味の拡張」の教育的な価値を理由に,「同数累加」から「基準量×割合」へと乗法の意味づけを図ることが望まれています.『数学教育学研究ハンドブック』では,文献をもとに「外延量×外延量」や「内包量×外延量」を取り上げていますが,それが本命という書き方ではありません.
「1あたり量×いくつ分」では,拡張の考え方を学ぶ機会が失われるのに加えて,「1あたり」という概念の理解が,2年では困難という指摘があります.
それから,結合法則に関する場面で配慮が増えます.「1こ60円のおかしが1はこに4つ入っています。このはこを2つ買うと,代金はいくらですか」に対し,60円/個×4個/箱×2箱 という式を立て,計算しようとすると,「60円/個×4個/箱」すなわち「内包量×内包量」の式の計算(を3年生が学習すること)が必要となります.
これらを考慮すると,私は賛成できません.
Q: 包含除と等分除を区別するために,かけ算の順序があるってことですか?
A: いいえ.かけ算が1種類でわり算が2種類という式の表し方は,戦前の(もちろん日本の)算術からも,また海外の算数(例えば米国の“Common Core State Standards for Mathematics”)からも知ることができます.
かけ算とわり算の相互関係は,「連続量÷連続量」が分離量になる状況があることを気づかせてくれます.
Q: 連続量÷連続量=連続量,じゃないの?
A: ええ,「13Lのショウユを3Lずつに分ける」場面を,遠山啓が指摘しています.
そこにある2つの数量が,小数や分数になっても,分けるといくつになるかという問題の答えは,整数であり,したがって分離量です.
このことは,「連続量×分離量=連続量」というかけ算の関係によって,理解できます.
Q: わり算は,逆数にしてかければいいのでは?
A: そのやり方だと,「AからBまでの道のりの2/3を行くのに3/4時間かかりました。この速さで行くとすると,AからBまで行くのにかかる時間は全部でどのくらいですか」といった,分数の文章題で,何を逆数にすればいいかの発見が容易でないように思います.
ところで「逆数」は現在,小学校で学習しません.「何を逆数にするか」は,「何を分母にするか」と「何をわる数にするか」と言い換えることができます.
Q: かけ算は面積で考えればいいのでは?
A: その考え方では,3kWが2hで6kWh,だけれど3個入りの袋が2袋だと6個になり,「6個袋」ではないのはなぜか,説明に苦労することになりそうで,賛成できません.
そこを説明するには,かけ算を「積」と「倍」に大きく分けた上で,電力量を求めるのは面積と同様「積」のかけ算に,3個入りが2袋の件は「倍」のかけ算に分類される,と言うのが簡潔で,関連文献も探しやすいように思います.
Q: 『かけ算には順序があるのか』の「3km/(km/時)×4km/時」という式って,あれで納得してていいんですか?
A: いろいろ問題があるように感じます.外形的な注意点をいくつか挙げると,「1あたり量×いくら分」以外のかけ算,具体的には倍概念に基づくものには,適用できません.「私は“1あたり”は採用しない」と言われてしまえば(様々な乗法の意味づけを比較した上で,採用しないという人々がいることも,考慮すべきでしょうね),話がそこでおしまいです.あと,Wikipwdiaでも,その種の式や論法が掲載されていません.信頼性・説得力という点で,不十分なのでしょう.
式としてみたとき(いわば内的批判として),「3時間」は1あたり量ではないという前提で,「3km/(km/時)」は量としては「3時間」と等価,だけど量の分類においては1あたり量になるというのは,どういうことなのか,という課題があります.「3km/(km/時)」が,逆内包量や複内包量といった,数学教育協議会で詳細化されていった内包量のいずれにも当てはまらない点も,気になります.
ところで,著者ブログではこの式の解釈を「時速1kmで3km歩く道のりの時速4km分の道のり」としています.『かけ算には順序があるのか』の第1刷では「時速1kmあたりで3km歩く道のり(1あたり量)の時速4km分(いくら分)」,第3刷では「時速1kmあたりで3km歩く時間(1あたり量)の時速4km分(いくら分)」となっています.控えめに言っても,新しく得た情報をどのように判断し,公表するのかについて,注意が必要であることを示しているように思います.
Q: 時速4kmで3時間歩いた道のりは,必ず,4×3なのですか?
A: あえて「いいえ」と言ってみます.3×4で表していいことを示す,『かけ算には順序があるのか』とはまったく別の手段を紹介します.
時速□kmで△時間歩く道のりが○kmだとすると,○=□×△で表せますね.速さが一定のとき,その道のりは,速さを固定すると時間に比例し,時間を固定すると速さに比例します.なので,道のりは,速さと時間に複比例すると言えます.
複比例と認識すれば,それぞれの独立変数を「かける順序はどっちでもいい」のです.単位を無視して考えたとき,複比例定数を,□倍してから△倍しても,△倍してから□倍しても,答えは同じになります.ということで,○=△×□そして「3×4」と書いてもいいという次第です.
複比例は,《りんごの問題》のような分離量に対しても適用できます.皿の枚数を△,1皿に置くりんごの数を□,りんごの総数を○とすればいいのです.
とはいえ,小学校のカリキュラムで複比例を取り上げるのは困難であり,これは大人の議論と言わざるを得ません.
Q: 「5が3つ」を「3つの5」と書いちゃ駄目なの?
A: 算数では,次のようになるように思います.
- 5が3つは,5×3.
- 3が5つは,3×5.
- 3つの5は,5×3.
Q: 「3個ずつ5人に配る」と「5人に3個ずつ配る」は,同じことでしょ?
A: それらは同じことですね.
a×bとb×aの区別を見るためには,そのペアよりも,「5個ずつ3人に配る」と「5人に3個ずつ配る」で考えるべきだと思いますが.
Q: 4色セットのボールが3組あったら掛算はなんて書く?
A: 4×3でも,3×4でもいいのではないでしょうか.かけ算で表される場面のうち,直積(デカルト積とも言います)に基づくからです.
直積とは何か,かけ算で表されるいろいろな状況のもとで直積はどのように位置づけられるかについては,Greerで主要なところを載せています.国内外の,直積に関連する実例は,デカルト積のピクトリアルをご覧ください.アレイ図と直積の関連を指摘したものに中島1968bがあり,図はアレイ図で参照しています.
日本の小学校の算数において,4×3および3×4というかけ算の式と,囲い込みの有無を考慮したいくつかのアレイ図との対応関係は,次の図のようになります.
書籍からだと,『小学算数なっとくワーク2年生』p.101,『新版 小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 2年下』p.21がおすすめです.
「他の分け方・式」には,2×6や6×2といった式や,3×4や4×3に対応づけられる他の分け方が考えられます.再度のリンクになりますがアレイ図をご確認ください.
言葉と式とで対応づけを行うと,次のようになります.
- 「4色セットのボールが3組あるとき全部でいくつ?」…4×3,3×4
- 「4個セットのボールが3組あるとき全部でいくつ?」…4×3
なお,この質問文は,https://twitter.com/y_aki/status/332245945251164160でツイートされていました.
Q: 「5人が4時間働く」って,何でそんなのが出てくるのですか?
A: これは仕事算と関係する話です.電力と時間をかけ合わせて電力量を得る,というのは小学校で利用できないので,説明・理解のしやすさのために使用しました.
電力量や仕事算を持ち出すのは,面積を避けるためです.面積は2つの因数が明らかに対等だけれども,電力量や多くの物理量などで,その2つの因数に役割は異なり,安易な交換は認められません.しかし,「2つの単位量から新たな単位量を得る」という共通点のため,面積に似た特性を持っています.
時間と人のかけ算は,4マス関係表で少し取り上げています.日数と人数のかけ算は,「3日間欠席した人が2人いれば,2×3=6で,のべ6人欠席です。」「逆に,3×2=6のように,日数をもとにして考えると,のべ6日欠席です。」(「のべ人数」って,どんなことなの)とのことです.
Q: 「タコが2匹で足は何本ですか」に2×8で16本ですと答える子どもは,タコが2本足だと考えている? 2秒でばれるウソをつかないでよ!
A: 2×8では「タコが2本足だと考えている」ではなく,「タコが2本足になってしまう」です.
asahi.com(朝日新聞社):2×8ならタコ2本足 - 花まる先生公開授業 - 教育から,かけられる数とかける数を逆にした式の扱いを,抜き出してみます.するといずれも,「どのように考えてその式を立てたか」ではなく「その式が何を表すか(そしてその式が場面に合致するか)」に注意して,式は間違いと判断しているのが,確認できます.
以前、「あめを3個買います。1個5円のあめを買うと全部でいくら(何円)?」という問題に、「3×5」と答えた子がクラスの半分以上いたからだ。これだと、「3円のあめを5個買った」ことになってしまう。
ウサギを3羽貼った先生が問いかけた。「ウサギが3羽います。ウサギの耳は二つずつあります。耳は全部でいくつでしょう。式はどうなりますか?」
(略)先生は「3×2にすると、いったいどうなるでしょう」。最初のウサギ3羽をはがし、別のウサギ2羽を貼った。
新しいウサギにみんなはびっくり。頭から耳が3本生えている。しかも、しかめっつら。「ありえない」「こわいよー」。悲鳴で教室は大騒ぎになった。
「3×2だと、耳が3本生えたウサギが2羽、ということになるよ」と先生。
次は、タコを使って、同様のかけ算に挑戦だ。
「タコが2匹います。それぞれ足は8本。全部で足は何本?」。「2×8」と書いた子どもたちを見つけた先生は、しめしめという顔で、足が2本のタコを8匹、パネルに貼っていった。「宇宙人みたい」「タコじゃない」。あちこちでつぶやきの声が上がった。
(略)「テントウムシが7匹います。テントウムシには足が6本あります。全部で足は何本あるでしょう」
今度はみんなが「6×7」と答えられた。
「ちなみに7×6だとどうなるかな」と先生が言うと、出題した男の子は棒状の黒いフェルトをテントウムシの足の部分に一本ずつ追加していった。先生は「足が7本になっちゃった。テントウムシは昆虫の世界から出て行かなければいけなくなっちゃうよね」。
そのような「式の読み」は,1件の授業だけでなく,読もう!の後半にいくつか記載した事例や,『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』pp.46-47の次の図(板書例)からも,見ることができます.
期待される式がa×bのところ,「もし,b×aだったら」あるいは「b×aと書いたら」として,「その式が何を表すか」を一つひとつ,たしかめているわけです.
この質問文は,https://twitter.com/tsatie/statuses/338662995594993664のツイートをもとにして作成しました.
Q: 単項演算のほうが二項演算より理解しやすいのですか?
A: かけ算についてはYes,わり算についてはNoです.「倍」は「積」よりも,「包含除」は「等分除」よりも,理解しやすいと言っていいでしょう.
この質問文は,https://twitter.com/temmusu_n/statuses/336861908307165185のツイートをもとにして作成しました.関連ツイートには,http://t.co/FrQKgCUJZZというURLが書かれており,加法・減法・乗法・除法を行,単項演算・二項演算を列とした表を見ることができます.同様の表は,『小学校 算数科の指導』のp.54,『新編算数科教育研究』のp.129にもあります.加法・減法のところの名称は,書籍によって異なりますが,乗法・除法の
単項演算 | 二項演算 | |
---|---|---|
乗法 | 倍 | 積 |
除法 | 等分除 | 包含除 |
のところは共通しています.
「倍」は「積」よりも,「包含除」は「等分除」よりも,理解しやすいというのは,分割と測定,累加と直積〜1950-80年代の研究概観で取り上げていまして,
- equal addends(同数累加,倍)のほうが,Cartesian product(デカルト積,積)よりも理解が容易
- measurement(測量,包含除)のほうが,partition(分配,等分除)よりも理解が容易
という次第です.
「積」「等分除」の理解が比較的困難となる理由については,専門家らの調査や観察に基づき,それぞれ次のように指摘されています.
- 「量の積として,デカルト積による算術的(乗法的)な構造というのは実のところ非常に難しく,複比例として理解できるようになるまでは,その修得は困難である」(かけ算には本来,順序がないより転載)
- 「整数の等分除の難しさは,分けるための単位がその場面に示されていないところにある」(包含除先行より転載)
出題や解答者数などがきちんと書かれていて,無料で読める論文がほしい,というのであれば,次のものはいかがでしょうか.
- Mulligan, J.: "Children's Solutions to Multiplication and Division Word Problems: A Longitudinal Study", Mathematics Education Research Journal, Vol.4, No.1, pp.24-41 (1992). http://www.merga.net.au/documents/MERJ_4_1_Mulligan.pdf (解説)
シドニーの調査事例で,かけ算・わり算のいろいろな問題の正解率が表になっています.表だけを見ると,等分除(Partition)の正解率が包含除(Quotition)よりもやや高く,また直積の正解率がずいぶんと低くなっています.これについては,直積と包含除の問題文で,立式に使用する数についてやや難しい(正解率が低くなる)与え方をしています.なので,正解率をそのまま信用するわけにはいきませんが,実施や分類のしかたを学ぶには,良い内容だと思います.
少しばかり余談を:
- 加法・減法について,単項演算と二項演算のどちらが理解が容易なのかは,文献を持っていませんが,知る限り最も関連の高いのは,コンセンサスは(たし算の順序論争)で挙げた「部分-部分-全体の関係」です.
- 難しい事項をあえて先に学習するという指導方法も,意義があると思います.例えば,かけ算の九九の段の学習の順序は,議論や実践のなされてきたところです.
Q: 倍の反対が等分除で,積の反対が包含除,ですか?
A: いえ,倍と等分除と包含除がセットです.
日本の算数教育では,比(割合)の第一用法,第二用法,第三用法がそれぞれ,包含除,乗法(その中でも倍),等分除に対応するものとされてきました.
三用法の式は順に,P=A÷B,A=B×P,B=A÷Pと表せます.学習指導要領解説によると*7,Aは「割合に当たる大きさ」,Bは「基準にする大きさ」,そしてPは「割合」ですが,私はamount,base,proportionの頭文字と理解しています.
積は,どうなるのかというと,P=A×Bで表されます.ただし文字の意味は上と異なり,AとBは2つの因数*8,Pはproductの頭文字です.そのもとで,「PとAが既知で,Bを求めること(B=P÷A)」と「PとBが既知で,Aを求めること(A=P÷B)」は実質的に同じとなります.
倍に対するわり算が2種類で,積に対するわり算が1種類なのは,Greer (1992)による分類のほか,Common Core State Standards for Mathematics, p.89の表でも確認できます.Area(面積)の2つのわり算の問題について,違いは「3」と「6」の数字だけであり,実質的に同じというわけです.
等分除が単項演算に位置づけられるのは,「6mを3等分したときの一つの長さ」と「6mの倍の長さ」を同一視できるから,包含除が二項演算に位置づけられるのは,「6mを3mずつ分けると何本できるか」にせよ「6cm^2の長方形の縦が3cmなら横は何cmか」にせよ,わられる数とわり算の結果とで単位が異なる(わられる数量と異なる種類の数量を得る)から,と考えるのがよさそうです.
*1:そういった情報は,言語活動・算数的活動にも関連します.児童らの発言だと,「3ずつにする」や「5ずつにして数える」でしょうか.
*2:「15個の果物」は,3行5列のアレイが与えられたときにその総数がかけ算で計算できるか分からないことに対応します.
*3:「かけ算」「かけられる数」といった用語から入るのではなく,かけ算で計算できる場面を用意しておき,たし算だと式にしたり計算したりするのが面倒だから,新しい計算の方法,“かけ算”をこれから学習していこうね,というのが自然な流れだと思います.
*4:ただし,これのみで正解とは判定できません.8×2=18は,別の判断基準で間違いとする必要があるからです.
*5:「かける順序はどちらでもいい」という方針に基づく機械だと,「3×5です!」「5×3です!」の両方になるばかりで,一方だけが言う状況というのは,ないようにも思います.
*6:「1冊8円の文具をx個買います」だと,8×x=8xを得ますが,その左辺では8がかけられる数,xがかける数です.右辺では8はxの係数であり,xと8xとを比較すると,8がかける数です.
*7:ただし学習指導要領やその解説では,「〜用法」という表記は見られません.
*8:「Aさん」「Bさん」みたいなものです.