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「タイル×タイル」というのは,子どもにはなかなかわからない

遠山啓エッセンス〈3〉量の理論

遠山啓エッセンス〈3〉量の理論

この巻は,2010年の年末に読み終えていました.他の巻と合わせ,遠山啓エッセンス,2度読みにて,気になったページと記述を書き出していました.
ふとしたことから,読み直してみると,かけ算のシェーマを変えたということが書かれています.(以下,この件を「シェーマ変更」と書きます.)

(略)整理すると,3用法は次のようになります。
    内包量 = 総量÷容量 ――第1用法
    総量 = 内包量×容量 ――第2用法
    容量 = 総量÷内包量 ――第3用法
(略)
小学校2年生で,かけ算を整理するときに,このようにしたほうがいい。たとえば,
    2×3
を数えるときに,いままではウサギが3匹いて,それに耳が2こずつついているとしていたのですが,しかし,あれはウサギという容れもののなかに耳が入っているわけではありません。ウサギのからだに耳がついているのですから,ウサギを容れものとは考えにくい。容量とは考えにくい。あれは,ほんとうは生きたウサギではなくて,ウサギのお面をつくるのに,部品としての耳が2ついるという意味だったのです。お面だったのがだんだん誤解されて,生きたウサギになってしまった。生きたウサギは,子どもにとってたしかに親しみやすいから,最初に出てくるものとしてはいいのですが,シェーマとしてはあまりうまくない。やはり,2×3のシェーマとしては,「1箱に何かが2つずつ入っているものの3箱分」としたほうがわかりやすい。箱だったら容量ですから,この先,ずうっとこのシェーマで行くことができます。そういうように考えたほうがいいのではないか。それで,今度の『わかるさんすう』(麥書房)の改訂では,この方針にそって変えたわけですが,みなさん,だいぶ反発されたようです。おおいに反発してくださって結構です。意見を出してもらわないと,議論は発展しませんから。
しかし,シェーマとしてはこのほうが発展性がある。3のほうは容量といったほうがいい。だから,2のほうはタイルで表示するけれども,3のほうは箱になっているのです。このようなシェーマでかけ算を定義するのです。いままでの
    「タイル×タイル」
というのは,子どもにはなかなかわからない。
    「外延量×外延量」
という計算は,面積などにたしかにあるわけです。しかし,それは一般性をもっていなくて,非常に特殊な物です。それでやはり,
    総量=内包量×容量
という考えに変えたわけです。いままでも,「÷3」のようなわり算をやるときは,3のほうは箱になっていたわけですから。
(pp.154-155.全角空白4文字のインデントは原文ではセンタリング)

ウサギが3匹,といえば,「6×4,4×6論争にひそむ意味」です.かつて書き出していました.

日本式のかけ算の意味をどのように教えるかというと,かけ算をたし算から切り離して教えることが前提となる.具体的にはどうすればいいのか.
そのために,たとえば,ウサギが何匹かならんでいる絵をかいて,まず,ウサギ1匹に耳が何本あるかを考えさせる.そうすると,“1匹分が2本”であることがすぐわかるだろう.そして,たとえば,「3匹分の耳は何本か」と問い,それを
2×3
の意味だとするのである.つまり,かけ算は“1あたり”から“いくつ分”を求める計算と定義するのである.
この定義のなかには,“たし算”は一つもはいっていないことに注意してほしい.だから,「2×3の答えはいくつか」という問いをだすと,
2+2+2=6
として計算する子どももいるし,
3+3=6
と計算する子どももいる.どうしてそうしたかを問いかえすと,「ぼくは右の耳はいくつかと考えたら3で,左の耳も3でした.だから,みんなで,3+3=6としたのです」と答える.また,「ぼくはウサギを3匹書いて,その耳を1,2,3,……と数えて6になりました」という子どももいる.
そういう子どもは,すべて2×3の意味を正しくとらえているものと考えてよい.ただ計算の手段がちがっただけだと考えるのである.このようないき方だと,
2×1
も,少しもむずかしくはない.1匹あたり2本の耳は,1匹分では,やはり,2本だから,
2×1=2
となるし,また,2×0はウサギが0匹,つまり,1匹もいないのだから,耳だって1本もないはずである.だから,
2×0=0
となる.これは,子どもにとってなんの困難もない.要するに,計算手段から切りはなしてかけ算を意味づけておいたほうがずっと一般化しやすいし,発展性があるのである.
このことは×分数,×小数になると,いっそうはっきりする.
(『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』p.118;かけ算をどのように意味づけるかより孫引き)

日付を整理しておきます.

  • 1972年:「6×4,4×6論争にひそむ意味」が『科学朝日』5月号に掲載
  • 1978年8月21日:『量とはなにか I』初版発行
  • 1979年3月30日〜31日:シェーマ変更を含む講演
  • 1979年9月11日:遠山死去
  • 2009年6月30日:『遠山啓エッセンス〈3〉』第1刷発行

このシェーマ変更は,「6×4,4×6論争にひそむ意味」に書いた内容を,いくらか上書きしているように見えます.トランプ配りの話も,含まれます.
というのも,これまでりんごのかけ算ほかで書いてきたとおり,「トランプを配るときのやり方」の数行後に,「教室の机は1列に6つずつ4列ならんでいます。机はみんなでいくつありますか」を挙げています.そこで「4×6でも,6×4でもいいとせざるをえないだろう」と言うには,「タイル×タイル」のシェーマがぴったりくるのです.

加えて,本エントリのタイトルとした「いままでの「タイル×タイル」というのは,子どもにはなかなかわからない」は,次の記述とも関連してきます.

The Cartesian product is so nice that it has very often been used (in France anyway) to introduce multiplication in the second and third grades of elementary school. But many children fail to understand multiplication when it is introduced this way. The arithmetical structure of the Cartesian product, as a product of measures, is indeed very difficult and cannot really be mastered until it is analyzed as a double proportion. Simple proportions should come first.
デカルト積は,(積の考え方として)非常にいいので,フランスではとにかく,小学校の第2〜3学年でかけ算を導入する際に非常によく使われてきた.しかしこの方法で導入すると,多くの児童が,かけ算の理解に失敗している.量の積として,デカルト積による算術的(乗法的)な構造というのは実のところ非常に難しく,複比例として理解できるようになるまでは,その修得は困難である.単純な比例(割合)の問題を最初にもってくるべきである.)
(文献:Vergnaud 1983 p.135;Vergnaudと銀林氏の「かけ算の意味」より孫引き)

これまでフランスのほか中国で,「積指向」だとか「2つの因数を区別しない意味づけ」の課題を見つけていたのですが,国内で,かけ算の議論なら多くの人が知っている先達もまた,小学校2年生の指導には良くないと主張しているわけです!


とはいうものの,論争の起こっているかけ算の文章題で,トランプ配りを理由としてマルにせよという主張は,下火になったのでしょうかね.タイル×タイルというか,長方形で考える話のほうが,大人向けかなあ.中島健三も銀林浩もVergnaudも言及した,複比例が個人的には好みだけれど,マニアックらしくて共感する人はいなさそう.
実際のところ今回書き出したのは,直積あるいは何らかの形による,2つの因数を区別しないかけ算の意味づけが,「学校で採用されない」のを支える理由の一つにすぎません.
子どもが自分で思いついたり,ネットを見たりして,その考え方に落ち着くとしたら,どうすべきか…そこには,また別の理由が必要となります.これまで書いてきた中で,有望そうなのは,

  • 「3人に5個ずつ」と「3個ずつ5人に」が区別できなくなる
  • 「6kW×4h」と「6缶×4パック」が区別できなくなる
  • 「15ピース×600円」と「600円×15ピース」が同じになってしまう

あたりでしょうか.


あともう一つ.「シェーマ変更」のすぐ後で,遠山は「1箱に何かが2つずつ入っているものの3箱分」のシェーマで,「2×0」や「0×0」はどうだろうかと危惧しています.どちらかというと悲観的です.
これについては,かけわり図を描くときにタイル(単位正方形)だけをつくるのではなく,左に「1あたり」,下に「いくつ分」になるものを添えることで,例えば0×3と3×0が異なる図になります*1.そのことは,Towards Japanese Multiplication Instruction Using Arrayで少し述べました.
まず書いてみて,手を加えて,形を変えて,そこにまた書き加えて,というのを今後も当ブログで行っていくとします.

(最終更新:2012-12-16 朝)

*1:「0×0」は,何もなしのかけわり図!