1. 問題設定
http://hashtagsjp.appspot.com/tag/%E6%8E%9B%E7%AE%97で,[twitter:@CharStream]さんと[twitter:@Sparrowhawk4344]さんによる興味深いやりとりを見かけました.2人の対話は,1月20日現在も続いています.
お節介を承知で,掘り下げてみたいと思ったのは,次の2つのツイートです.
ここから,以下のとおり問題を設定することにします.
- 条件付き確率の式P(A∩B)=P(A|B)×P(B)は,「1あたり×いくら分」で説明できるか?
- 事象AとBが独立のときの確率P(A∩B)=P(A)×P(B)は,「1あたり×いくら分」で説明できるか?
なお,文脈に応じてを「a×b」もしくは「ab」,を「a÷b」もしくは「a/b」と表記します.
2. P(A∩B)=P(A|B)×P(B)
まず,P(A∩B)=P(A|B)×P(B)を見ていくことにします.1あたり云々の前に,この式は,wikipedia:条件付き確率で,次のように記載されています.
AおよびBを事象とし、P(B)>0とすると、BにおけるAの条件付き確率は
=
あるいは
=
により定義される。
定義の式が2つあって,どちらを選べばいいんだ…と考える人は,まずいないでしょうね.一方で定義すれば,もう一方も導けます.
区別をつけるなら,前者は「確率は割合」という素朴な考え方にマッチします.後者は分数を使わないので,書きやすいというメリットがあります.
以降の議論にあたり,どちらを選ぶかですが,P(A∩B)=P(A|B)P(B)を「定義」とするのでは,その定義からは1あたりも何も出せず,そこでおしまいになってしまいます.なので,前者すなわちわり算に基づくほうをベースとして,検討を進めていくとします.
わり算というよりは,割合あるいは比です.小学校で学習する,割合の式は,「割合=割合に当たる大きさ÷基準にする大きさ」です*1.
この式の「割合」がP(A|B)に,「割合に当たる大きさ」がP(A∩B)に,「基準にする大きさ」がP(B)に,それぞれ対応づけられそうです.
ところが違いもあります.P(A|B)=P(A∩B)/P(B)からP(A∩B)=P(A|B)P(B)を得るには,「両辺にP(B)をかけること」を行います.それができるのは,等式の性質が使えるからです.そして,移項だとか分母を払うことだとかいった,等式の性質は,中学校で学習します*2.
等式の性質のほかに,式の形式的処理,そして乗法の交換法則を用いれば,P(A|B)=P(A∩B)/P(B)からP(A∩B)=P(B)P(A|B)を得ることも可能です.
そのようなプロセスで導き出せる式なので,結局のところ,P(A|B)P(B)なのかP(B)P(A|B)なのか,そしてP(A|B)とP(B)のどちらが「1あたり」でどちらが「いくら分」なのかを議論するのが,ナンセンスなように見えます.
そもそも「確率」からして,小学校の算数で学習しませんね.「降水確率」という言葉は見かけますが,百分率の話ですし,降水確率をわり算でもって,求めることはできそうにありません.
確率の式いじりはそんなくらいにして,小学校の,割合のかけ算に重点を移します.割合を含むかけ算は,次のように説明されています.
こうしたことから,整数や小数の乗法の意味は,Bを「基準にする大きさ」,Pを「割合」,Aを「割合に当たる大きさ」とするとき,B×P=Aと表せる。
(小学校学習指導要領解説算数編p.167)
この文からいくつか,読み取れることがあります.「割合=割合に当たる大きさ÷基準にする大きさ」から形式的処理によって「基準にする大きさ×割合=割合に当たる大きさ」を導くことは,行いません.かといって,「基準にする大きさ×割合=割合に当たる大きさ」を定義としているわけでも,なさそうです.
私はこの文を,次のように理解しています.割合が入り,かけ算の式にすることが期待される場面では,大人の議論では被乗数・乗数を交換した形を含め,いろいろな式の可能性があるけれども,小学校でこれまで学習したこと*3をうまく使いながら,言葉の式を導き,あとの単元や上の学年でも活用するためには,「基準にする大きさ×割合=割合に当たる大きさ」による意味づけが最も良く,そのようにデザインされているのだ,ということです.
ここで「デザインされた」は,「多数の解が考えられる中で,その手段が選ばれた」と読み替えることができます.そこにはエンジニアリングデザインの考え方が含まれています.広義のデザインを小学校の算数に適用している,と言ってもいいでしょう.
「デザイン」や,上の引用の文末にある「と表せる」は,「基準にする大きさ×割合=割合に当たる大きさ」以外による,整数や小数の乗法があっていいことを含みます.大人の議論でかけ算を分類していくと,面積あるいは量同士の積は,「基準にする大きさ×割合=割合に当たる大きさ」とは別物とみなされています.
3. P(A∩B)=P(A)×P(B)
次に,P(A∩B)=P(A)×P(B)の式を見ていきます.wikipedia:条件付き確率の説明は次のとおり.
2つのランダムな事象AとBは
P(A∩B)=P(A)P(B)
のとき、またそのときに限り独立である。
これは定義式ではなく,独立であるための必要十分条件となっています.実際,「2つのランダムな事象AとB」を用意して,それに対してはP(A∩B)を,この式によって定義するというのは,数学の議論とは呼べません.
そこで,P(A∩B),P(A),P(B)の意味あるいは値を別途与え,そのもとで真偽判定をすることになります.
事象の割り当てを,試してみます.大小のサイコロを1個ずつ同時に振るのを前提として,事象Aを「大の出目が3の倍数になる」,事象Bを「大小の出目の和が3の倍数になる」とします.言葉上は,BはAに依存していますが,上の計算式にあてはめると(P(A∩B)=4/36=1/9,P(A)=2/6=1/3,P(B)=12/36=1/3),AとBは独立となります.
しかし,2箇所の「3の倍数」を,ともに「5の倍数」に変えると,独立でなくなります(P(A∩B)=1/36,P(A)=1/6,P(B)=7/36).大の出目が4のとき,和が5の倍数になるような小の出目は1と6です.
右辺すなわち「P(A)×P(B)」のかけ算*4は,条件判定のための式であり,そこに「1あたり」などに由来する「意味」を与えることはできそうにありません.ついでに,3の倍数で独立性を確認した式のうち,P(A∩B)=4/36やP(B)=12/36を得るには,場合の数の積の法則を使用しており,これは直積(デカルト積),すなわち〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉です.
4. まとめ
冒頭の2つの問題について,答えは次のとおりです.
- 「条件付き確率の式P(A∩B)=P(A|B)×P(B)は,「1あたり×いくら分」で説明できるか?」の答えは,「割合を使って,ある程度は説明できそうだが,この式を得るまでに利用する事柄が別に多くあるので,「1あたり×いくら分」を用いて説明しようとするのがどうやら良くなさそう」.
- 「事象AとBが独立のときの確率P(A∩B)=P(A)×P(B)は,「1あたり×いくら分」で説明できるか?」の答えは,「「1あたり×いくら分」の使える余地はなさそう」.
「かけ算」「1あたり×いくら分」はあくまで一例であり,今回の話の根底にあるのは,小学校の算数がどうなっているのかを理解するにあたり,
- ナニナニの意味は,コレコレである.
という考え方と
- ナニナニの意味には,コレコレがある.
という考え方との対立だと思っています.
小学校学習指導要領解説算数編で,「意味」を検索してみると,多数出現しますが,かけ算など,演算の意味については,後者に基づく記述なのを見ることができます.
とはいえ,ほかの意味を認める余地があることと,ほかの意味が通じるかどうかは別問題です.ある式が,別の意味になってしまう例として,先日はリンクのみとしましたが,『板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 小学校算数2年〈下〉』のpp.46-47の次の絵がもっとも分かりやすいでしょう.
「そうじゃない,その式の意味は,カクカクシカジカなんだ」と考える人々の中で,P(A∩B)=P(A|B)P(B)やP(A∩B)=P(A)P(B)の式の意味に「1つ分」「1あたり」を持ち出すってどういうことなんだろう,と指摘をする人がこれまでいなかった状況を,残念に思います.
参考文献・関連情報
ここまで「小学校学習指導要領解説 算数編」を何度か参照してきましたが,これは無料で入手でき確認しやすいという理由からです.入手方法は学習指導要領を読むで整理しています.
本日の記事を書くにあたり,読み直した本や情報は他にもあります.本の中では,『[asin:B000JA277K:title]』p.161に「乗法の3つの意味」「除法の5つの意味」とあるのを確認しています.
Greerの表は,小学校での学習が期待される,かけ算・わり算の使われる場面を,もっとも幅広く挙げているように思います.この中で,日本の算数ではどれが見られないか,解かせようと思ったらどんな道具立てが必要になりそうかを,考えることもできます.
いくつかの文献を組み合わせ,「乗法の3つの意味」に分離量・連続量を入れて6パターンで表にする試みを,昨年11月に行っています.
付記A. 3用法に進展
途中に書いた「基準にする大きさ×割合=割合に当たる大きさ」は,割合の第2用法あるいは比の第2用法のことです.
かつて,3つの関係式の発祥が分かっていないことを第2用法の中で書き,放置していたのですが,最近,ヒントになる記述を見つけました.
『算数・数学用語辞典』のpp.179-180です.
比の第一用法
比を求める問題です。a,bが分かっているとき,bに対するaの比,
a:b=a÷b=を求めます。
比の第二用法
比と,比の後項から,比の前項を求めます。
比の前項=比の後項×比
a=b×
とすれば,求められます。
比の第三用法
比と,比の前項から,比の後項を求めます。
比の後項=比の前項×比
b=a÷
とすれば求められます。
「a:b=a÷b」は小学校で扱わないのは複比例の考察でチェック済みです.そして「前項」「後項」は,いまの算数から離れている感もありますが…
想像するに,筆頭の編著者で1925年生まれという武藤徹氏が,この形で学習したのでしょう.
付記B. 「1つ分」
冒頭で引用したツイートには「1つ分」という表記がありますが,個人的にはこれは「一つ分の大きさ」と別にしたほうがいいと考えています.こちらでまとめました.
(最終更新:2013-01-22 早朝)
*1:小学校学習指導要領解説算数編p.167を改変.ただしこれは割合の「定義」ではなく,除法の意味のうち「乗法の逆として割合を求める場合」の式です.
*2:中学校学習指導要領解説数学編p.75,小学校学習指導要領解説算数編p.18.
*3:「1mのねだんが85円のリボンを25m買うと代金はいくらか」について式を立て,答えを求められることが,「1メートルの長さが80円の布を2.5メートル買ったときの代金が何円になるか」の素地となります.
*4:言葉遊びですが,P(A∩B)=P(B)×P(A)と書くこともできます.右辺に交換法則を適用する以外に,P(B∩A)=P(B)P(A)とA∩B=B∩Aを組み合わせることでも,導けるからです.