Q: かけ算の順序問題に,学術的な蓄積って,あるのですか?
A: 国内では,次の文献が,見解を示しているように思います.
- 布川和彦: かけ算の導入―数の多面的な見方、定義、英語との相違―, 日本数学教育学会誌, No.92, Vol.11, pp.50-51 (2010). http://ci.nii.ac.jp/naid/110007994852
- Nunokawa, K. (2010). Multiplication: introduction, 日本数学教育学会誌, No.92, Vol.11, pp.122-123.
「2年生の導入時では,被乗数と乗数を明確に区別して扱っている」「Students are required to clearly distinguish between multiplicands and multipliers at this stage」から始まる段落が,要所です.その記述のみならず,解説全体は,著者の新たな提案ではなく,これまでの教育をもとにした,標準的な考え方であると理解してよさそうです.
海外の文献で,「小学校で学習すべきかけ算とは何か」を読んでいくなら,まずは次の2つでしょう.国内外で,よく引用されています.
- Vergnaud, G. (1983). Multiplicative Structures, In Lesh, R. and Landau, M. (Eds.), Acquisition of mathematics concepts and processes, Academic Press, pp.127-174. isbn:012444220X
- Vergnaud, G. (1988). Multiplicative Structures. In Hiebert, J. and Behr, M. (Eds.), Number Concepts and Operations in the Middle Grades, Vol.2, pp.141-161. isbn:0873532651
Q: 『かけ算には順序があるのか』は名著ですか?
A: ええ,名著だと思いますよ.とりわけ,かけ算の順序論争を手っ取り早く知るのには,いい本だと思います.ネット上の批判も,この本を読んだと思われる人,まったく読まずに書かれているもの,いろいろあって興味深いです.
とはいうものの,小学校の算数に関しては,乗法の意味の指導に限定したとしても,切り込めていないなあという印象も持っています.
Q: 『かけ算には順序があるのか』は読みました.次に読むといい本は,何ですか?
A: 通し読みをするものではありませんが,日本数学教育学会の編著による『算数教育指導用語辞典』を手元に置き,いまご覧のエントリでも他のところでも,気になる言葉があったら引いてみるのはいかがでしょうか.
Q: 正しく理解するためには,ネットの情報よりも,本や論文を読め,ということですか?
A: 現状を理解するためには,そして将来をどのように変えていけばよいかを判断するには,いまに残る先人の知恵,結局のところ本や論文を読んで頭に入れ,何か問題に当たったら立ち返れるようにすることを,おすすめします.
Q: タダで,問題を理解するには,何を見ればいいでしょうか?
目的を「かけ算の順序論争に決着をつけること」ではなく「乗法の意味理解についての知識を持つこと」とすれば,読んでおくといい情報はかなりあります.ここに整理してみます.
まず,現在の小学校で,算数指導の基準となる文書が
- 小学校学習指導要領解説編 算数編(《算数解説》)
です.PDFファイルになっています.入手方法は2011年8月30日にまとめています.小学校の算数は,平成21年度(2009年度)からこの内容に基づいています(先行実施; 移行期間あり).
通し読みもいいのですが,文書内検索をして,用語がどこで出現するか,慣れ親しむことをおすすめします.「順序」「累加」「感覚」「をかける」あたりで,試してみてください.
次に,用語集をブックマークしましょう.分からない言葉を見かけたとき,立ち返りやすくなります.次のサイトと各ページには,よくお世話になっています.
- 啓林館 算数用語とその指導のポイント集
では,「乗法の意味理解」に関する論文を読みましょう.
- 高島純: 整数の乗法の理解過程に関する研究: 茂男君と和男君へのインタビューを通して, 上越数学教育研究, No.15, pp.75-84 (2000). http://ci.nii.ac.jp/naid/110000087958; http://www.juen.ac.jp/math/journal/files/vol15/takashima.pdf
- 小原豊: 小学校児童による有理数の乗法における乗数効果の分析, 鳴門教育大学研究紀要, Vol.22, pp.206-215 (2007). http://ci.nii.ac.jp/naid/110006184927
かけ算を主なテーマとしない文章題も,読んでおいて損はないと思います.
- 上之山達朗: 算数教育における文章題指導のあり方に関する研究−知的自律性・学び合う共同体の観点から−, 上越数学教育研究, No.15, pp.39-50 (2000). http://ci.nii.ac.jp/naid/110000087955; http://www.juen.ac.jp/math/journal/files/vol15/uenoyama.pdf
- 廣井弘敏: 算数の問題解決における図による問題把握の研究―子どもが図をかく過程への着目―, 上越数学教育研究, No.16, pp.167-176 (2001). http://ci.nii.ac.jp/naid/110000087981; http://www.juen.ac.jp/math/journal/files/vol16/hiroi.pdf
- 金田茂裕: 不備のある算数文章問題に対する小学生と高校生の解決方略, 京都大学大学院教育学研究科紀要, No.48, pp.468-477 (2002). http://ci.nii.ac.jp/naid/110000939271
古い論文を読んでいると,「今の算数教育と,同じなのだろうか」という疑問が出てきます.学習指導要領は,だいたい10年のスパンで改訂されています.次のサイトから,読むことができます.
国際比較,外国の指導や認識などについても,おすすめの情報があります.
- 国立教育政策研究所: 第3期科学技術基本計画のフォローアップ「理数教育部分」に係る調査研究 第II部[理数教科書に関する国際比較調査結果報告] (2009). http://www.nier.go.jp/seika_kaihatsu_2/risu-2-ikkatu.pdf
- Yoshida, M.: Is Multiplication Just Repeated Addition? --- Insights from Japanese Mathematics Textbooks for Expanding the Multiplication Concept, 2009 NCTM Annual Conference (2009). http://www.globaledresources.com/resources/assets/042309_Multiplication_v2.pdf (via wikipedia:en:multiplication)
- Common Core State Standards for Mathematics (Home | Common Core State Standards Initiative)
- Carraher, T. N., Carraher, D. W. and Schliemann, A. D.: Mathematics in the streets and in schools, British Journal of Developmental Psychology, Vol.3, No.1, pp.21-29 (1985).
- Mulligan, J.: "Children's Solutions to Multiplication and Division Word Problems: A Longitudinal Study", Mathematics Education Research Journal, Vol.4, No.1, pp.24-41 (1992). http://www.merga.net.au/documents/MERJ_4_1_Mulligan.pdf; http://link.springer.com/article/10.1007%2FBF03217230
- 伊藤隆: 長方形の面積の公式における「縦×横」の変遷と多様性について, 群馬大学教育学部紀要 自然科学編, Vol.57, pp.5-14 (2009). http://hdl.handle.net/10087/4713
ここで日本に戻ります.“何の何倍”すなわち倍概念に基づき,数学的に検討した「量の理論」があります.南雲道夫の論文は,和文・英文とも,無料です.
- 南雲道夫: 正ノ量ト實數トニ関スル一考察, 全国紙上数学談話会, Vol.246, No.1086, pp.1499-1509 (1942). http://www.office-rose.com/osakauniv/pdf/1086.pdf
- Nagumo, M.: Quantities and real numbers, Osaka Journal of Mathematics, Vol.14, Num.1, pp.1-10 (1977). http://projecteuclid.org/DPubS?verb=Display&version=1.0&service=UI&handle=euclid.ojm/1200770204&page=record
多くの出題例を知っておくと,出題と学習事項とのつながりが見えやすくなってきます.
- 一つは,全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)です2011年12月29日(俺流・かけ算の文献ツアー)の中に,リンク集を設けています.
- 各学年を対象に,「数と計算」を中心とした学力調査には,次の2つがあります.
- 平成22年度実施 学力実態調査の集計と考察(東京都算数教育研究会)
- 計算力調査(総合初等教育研究所)
- それから,takehikomのはてブのうち,5×3,算数といったタグからも,関連情報をご覧ください.
Q: 昨年末に出た,数学教育協議会委員長の本は読みましたか?
A: はい,読みました.『数とは何か?―1、2、3から無限まで、数を考える13章 (BERET SCIENCE)』ですね.
「かけ算の順序」という小見出しの文章もありますが,そこで例に出されている文章題が「どのお皿にもミカンが3個のっています。お皿は全部で4皿あります。ミカンを集めて大きな袋に入れると、全部でいくつになるか?」なのには,残念の感があります.
この記述を細かく見ていくと,まず,「…ます。…ます。」と“です体”のあと,「なるか?」と“である体”になっているところに違和感があります.「全部で」が2回,出現するのも,引っかかりを覚えます.
一番困惑したのは,その出題では多くの子どもたちが,式として3×4と書くであろう点です.これは《AB型》になっています.問題文に出てくる順に数を並べ,かけ算の式にしたらいけないよ,という意図の出題になっていないのです.
他の記述を含めて,その本は,一人語りをしているなあというのが,通して読んだ感想です.
以下の本は,教材が豊富で,記事ごとに,執筆者(教師)らの思いが非常によく伝わる内容となっているように感じました.
- 作者: 小林道正,数学教育協議会
- 出版社/メーカー: 国土社
- 発売日: 2009/07/01
- メディア: 単行本
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(最終更新:2013-05-08 早朝)