わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

内包量とは

「内包量とは何か?」「内包量は足*1せないの?」などの問題意識をもとに,手元の3冊の本を読み直しました.

遠山(1960)

  • 遠山啓: 「内包量とはどんなものか」, 算数教育, 1960年11月号.

遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』(pp.104-112)に収録されています.以下のページ番号も,この本からです.

初等教育でとりあつかう量は,なにかの物体もしくは物質の一側面を表わす指標なのである。そして,物体もしくは物質そのものではないのである。3メートルの棒,高さ3メートルの家は,物体もしくは物質として存在するが,3メートルそのものは存在しない。つまり,量の背後にはかならず物体もしくは物質が存在しているのである。背後にある物体もしくは物質と,その一表現である量とがどのようにかかわりあうかにしたがって外延量と内包量との区別が生じてくる。
ところで,物体もしくは物質に対するもっとも基本的な操作は合併である。たとえば,二つのバケツのなかにはいっている水をあわせて一つにするような操作が,この合併という操作である。この合併に対して加法的なのが外延量であり,そうでないのが内包量である。
たとえば,二つのバケツのなかにはいっている水の体積がそれぞれ3L*2と5Lだとすれば,あわせた水の体積は3L+5L=8Lになるのである。このように体積では合併から加法という演算が決定されるのである。このような性質が加法的といわれるもので,このような加法性をもつ量を外延量というのである。(略) そういう意味で物理学の三つの基本的な量である長さ(L),時間(T),質量(M)は外延量であるといえよう。
これに対して,合併が加法を意味しないような量も存在する。密度・濃度・温度・速度・単価などがそうである。20°の水と30°の水をあわせてかきまぜても,50°にはならないで,20°と30°とのあいだのある値をとるだろう。つまり,合併から加法がでてこないのである。このように加法的でない量が内包量である。(略)
(pp.107-108)

単純に足せる足せないではなく,「合併(あわせて一つにするような操作)」に対して,足せる(加法的な)量が外延量,足せない(加法的でない)量が内包量,と記されています.
新版 水道方式入門〈小数・分数編〉 (現代教育101選)』(p.27)*3では,速度について,2台を連結しても,足し算した速度にならない*4けれど,反対方向に進む2つの乗り物の相対速度(1時間あたりの,両者の間の距離)は,足し算で求められ,これは合併による足し算ではないことが,指摘されています.

銀林(1975)

第3章(pp.99-136)の章題は「内包量」です.6つのセクションからなり,最初に一般論を述べてから,密度(分布密度),濃度(含有密度),勾配,速度,流量を別々のセクションとして取り上げています.
以下のとおり,内包量は,外延量をもとに定義されています.

一般に,2つの外延量x(A),y(A)に関係する量m(A)があったとする。これが,2つの物体A,A'に対してそれぞれx,x'とy,y'ならびにm,m'という値を持っているとすると,次の4つの場合が可能である。
  x=x',y>y' なら m>m'
  x<x',y=y' なら m>m'
  x<x',y>y' なら一層 m>m'
  x<x',y<y' なら ?
このすべての場合について比較を行なうためには,外延量xの単位あたりに対する外延量yの「大きさ」,すなわち商
  y/x
を求めてやればよい。
このように,2つの外延量の商として数値化(評価)される量を,内包量(intensive quantity)といい,分母にくる外延量xをその基底外延量略して土台量と呼ぶ。この内包量を構成する2つの外延量の単位同士を割ったものが,その内包量の単位である。
(p.101)

いくつか補足が必要です.x,y,x',y',m=y/x,m'=y'/x'のいずれも,ゼロや負でないものとします.この前のページでは,牛肉の重さと価格について,AからEまでの5種類をならべています.重さか価格が等しいもの同士なら,どちらが割高・割安かは,計算することなく比較できるけれども,重さも価格も異なるAとEとの間では,直ちに判定がつきません.そこで比較できるようにするため,1g当たりの価格を求める---価格を重さで割る---という操作がなされています.
内包量の3用法を説明したのち,加法性に関する記述が少しだけ書かれてありました.

外延量は加法性を備えているために,数計算としては加減に結びつくのに対して,内包量は除法によって数値化されるために乗除のほうに結びつく。すなわち,
  外延量――加減,
  内包量――乗除
という対立が形成されることに注意する必要がある。
(p.102)

「内包量は…乗除のほうに結びつく」であり,その後も含めて,内包量は加法性を持たないだとか,加法性を持たない量は内包量だといった主張は,見当たりませんでした.

Schwartz (1988)

  • Schwartz, J. L.: "Intensive quantity and referent transforming arithmetic operations", Number concepts and operations in the middle grades, National Counsil of Teachers of Mathematics. pp.41-52 (1988). isbn:0873532651

文献全体の概略については内包量×外延量,I×Eをご覧ください.以下,intensive quantity(内包量)とは何かについて,主要部を書き出し,私訳を添えました.

I have argued elsewhere (Schwartz, 1976, 1987) that the proper understanding of the use of multiplication and division in modeling our surround depends on the introduction of a type of quantity that is ordinarily not either counted or measured directly: "intensive" quantity. To understand the need for intensive quantity, consider the problem of putting together amounts of coffee beans (assumed for our purpose to be a continuous quantity). Suppose we have a pile of coffee beans characterized by the following three adjectival quantities:
(5.0, lb, weight of coffee)
(15.00, $, cost of coffee)
(3.00, $/lb, price/lb of coffee)
If we have two such piles of coffee beans and coalesce them, it is clear that the appropriate mode of composing the quantities describing the weight and the cost of the coffee differs from the appropriate mode of composing the quantity that describes the price per pound.
The fact that the mode of composition of the price per pound quantity is different from the others is a clue. The price per pound quantity is a different sort of descriptor of the coffee. Whereas the first two quantities describe the entire pile of coffee beans, the price per pound quantity can describe not only the entire pile of coffee beans but also a single coffee bean or a freight car full of them. It is a descriptor of a "quality" of the coffee and not of the amount of coffee. It is called an intensive quantity. For the most part, mathematical intensive quantities can be recognized by the fact that their unit measures almost always contain the word "per." (It should be pointed that an intensive quantity need not have the word "per" appear explicitly in its unit measure. Often it is implicit as in the case of the "knot" or nautical mile per hour, for example. Another interesting case of an intensive quantity is temperature. A degree is a measure of the average kinetic energy per particle in a material. The nonobvious intensity gives rise to the substantial difficulty that many adults as well as students have in distinguishing heat and temperature.)
(私訳:以前にも述べたとおり(Schwartz, 1976, 1987),我々の身の回りで使われるかけ算やわり算のことを適切に理解するには,通常は直接的に数えたり測ったりしないような量,すなわち「内包」量をどのように導入するかが重要となっている.内包量の必要性を理解するため,コーヒー豆のブレンドを考えることにしよう(ここでコーヒー豆は連続量であると仮定する).山積みのコーヒー豆に対し,次のような量を見出したとする.
(5.0, ポンド, コーヒーの重量)
(15.00, ドル, コーヒーの価格)
(3.00, ドル/ポンド, コーヒーのポンドあたりの価格)
2種類の山積みのコーヒー豆を混ぜたとき,重さに関する量の合成,価格に関する量の合成と,ポンドあたりの価格に関する量の合成との間に,明らかに違いがある.
ポンドあたりの価格の量の合成が,重さや価格の場合と異なるという事実は,内包量を理解するための手がかりとなる.ポンドあたりの価格という量は,対象とするコーヒーについて,異なる種類の表現を与える.重さや価格は,コーヒー豆の総量に対する特徴を示しているのに対して,ポンドあたりの価格は,コーヒー豆の総量だけでなく,1粒のコーヒーの豆や貨車1台分のコーヒー豆に対する情報も示すことができる.それはコーヒーの量(総量)ではなく「質」に対する特徴を示すこととなる.これが内包量である.算数・数学に現れる内包量では,たいてい,その単位に「あたり」が入っている.(しかし次のことも指摘しておかねばならない.すなわち,内包量の単位に「あたり」が明示されてなくてもよい.例えば,船の1時間あたりの速さを表す「ノット」には見当たらない.内包量となるまた別の興味深い例として,温度がある.温度は,物質の粒子あたりの平均運動エネルギーで測られる.温度が自明でない内包量であることは,生徒だけでなく大人も,熱と温度の区別を実質的に困難にしている.)
(pp.42-43)

途中の「coalesce」について,辞書を引くと「合体する」という意味があります.要は合併ですので,この単語を含む文は,内包量は加法性を持たないという主張になっています.

加法性を持たないことを,数式を使って,次のように考えればいいのでしょうか:重さm1,m2のコーヒー豆の価格がそれぞれp1,p2のとき,単価はp1/m1,p2/m2と表せます.それらのコーヒー豆を一つの袋に入れてしまうと,重さはm1+m2,価格もp1+p2となりますが,そのの際の単価(p1+p2)/(m1+m2)は,それぞれの単価の和にはなりません(式で表すと,(p1+p2)/(m1+m2)≠p1/m1+p2/m2).

温度もまた内包量となる理由で,「the average kinetic energy per particle in a material」(物体の粒子あたりの平均運動エネルギー)を挙げていますが,数学教育協議会の人々の著書では見たことのない解釈でした.

まとめ

これら---引用だけでなく各文献も---から,共通点を探ると,内包量の特徴は以下のとおりとなります.

  • 内包量は,2つの外延量を割って得られる量である.
  • 内包量は,合併(あわせて一つにするような操作)に対して,足すことができない.

合併でない操作に対しては,足せる場合があります.典型的なのは,すでに述べたとおり,反対方向に等速で進む場合の相対速度です.あと一つは,増加(添加)による操作,例えば20℃の水に湯を注いで30℃にする(20℃+10℃=30℃)ようなものが挙げられます.

(最終更新:2014-04-05 晩)

*1:当ブログでは,ふだん,「たし算」「ひき算」「かけ算」「わり算」そして「たす」「ひく」「かける」「わる」と,小学校の四則演算はひらがなを基本としてきましたが,「内包量はたせないの?」と書いたら,「内包量,果たせないの?」と誤読される可能性があるので,本日の記事では漢字も使用しています.

*2:引用注:「L」は原文では小文字の斜体字.以下同じ.

*3:http://books.google.co.jp/books/about/%E6%B0%B4%E9%81%93%E6%96%B9%E5%BC%8F%E5%85%A5%E9%96%80.html?id=CE4LY17SPeoC&redir_esc=yの「書籍のプレビュー」から読むこともできます.

*4:遠山啓の著書以外だと,「上り坂を進む列車を機関車2台で引っ張ると,速度が1台のときの2倍になるかどうか,という問い(答:一概には何ともいえない)とは何の関係もない」(『線型代数 (1976年) (現代数学への序章〈3 赤摂也,広瀬健編〉)』p.139)があります.