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かけ算の順序を授業にすると〜イランとアメリカ

当ブログでは以前,「□×△と△×□,答えは同じだけど,意味は違う」と題する記事を書いてきましたが,本日取り上げる紀要論文には,「□×△と△×□,意味は違うけど,答えは同じ」を引き出す授業が入っています.

著者は現在,帝京大学教育学部教授とのこと(https://www.e-campus.gr.jp/staffinfo/public/staff/detail/1944/181).著者名のうち,サルカール アラニがファミリーネームとなるのは,他にhttp://www.nichibun.ac.jp/graphicversion/dbase/forum/writer_datail/fn201w.htmlを参照しました.
文献の中身ですが,イラン,アメリカ,日本から一つずつ,授業実践記録をもとに分析を行っています.以下,ページ番号は上記文献からです.
イラン(テヘラン私立タクワー小学校4年算数)では,「16かける3と3かける16は違うの?」という児童の質問を先生が受けとめ,「算数的な討論をした」とのこと.結論と言っていい発言は,以下のところです(p.7).

マーラール244*1:もし私たちが16を3でかけるなら、これは、私たち16人の集まりが3つあるということになります。でももし3を16でかけるなら、3が16あるということになります。だから意味が違っているけど、答えはどちらも同じです。
T245:みんなもマーラールと同じ意見?
子ども全員246:はい!
T247:じゃあ、マーラールに拍手をしてください。もっと強く!(マーラールに向かって)よくできました。…みんなよくできました。みんながよく聞いて、よく考えて、よく説明することをしました。これは私にとってとても大切なことです。みなさんが言った通り、16かける3の答えは私たちにとって同じです。でも私たちは[算数の授業として]目的があります。私たちは、ここでみんなのために問題を出してきましたね。

その授業での,かけ算の式は,「○人×○冊=○○冊」であり,日本の場合は「○冊×○人=○○冊」であることとともに,p.11に記されています.
著者分析は,その授業の中心となる問題---想像するに*2「16個のかばんに5冊ずつ本が入っています。本は全部で何冊ありますか」---について,教師は16×5=80によって求めればよいのを教えるのを優先し,その結論にたどり着くよう,子どもたちに多様な意見を出させてから,誘導している,という趣旨であるように読めます.例えばもし,5×16=80も正しいというのなら,「サハル364:先生、先生も前に私たちに言いました。もし小さい方の数字を後に書けば、いつもかけ算が楽にできるって。」(p.9)を受けて先生がどう対応したかも,本文で取り上げられていたはずです.


アメリカの授業実践は,p.18から始まります.
カリフォルニア州Sausalito,「算数の才能がある生徒ばかりを集めた学校でチャレンジという研究プロジェクト」での「数学的討論の授業実践の事例」とのこと.
授業の発言については,Classroom Discussions: Using Math Talk to Help Students Learn, Grades K-6 - Suzanne H. Chapin, Catherine O'Connor, Mary Catherine O'Connor, Nancy Canavan Anderson - Google ブックスの書籍のプレビューで読める英文と照合しました*3.英文では,教師はSchusterあるいはMrs. S,発言する児童はEddie,RebeccaTiffanyと書かれています.これら人名を読み替えることで,和訳されているやりとりはおおむね英文に沿った流れなのを確認できます.教師の最後の発言,「計算する数字の順番で意味が違ってくるのはどのような時ですか?」(対応する英文は,"So when does order make a difference in multiplying two numbers together?")のあとの展開がないのは,英文も同様でした.
紀要論文ではなく"Classroom Discussions"の会話に出てくる数量を使って,「11. Mrs. S」の内容を,自分なりに整理してみます.かけられる数・かける数の順序を変えても同じ答えになるのはなぜかという討論の中で,2つの意見が出ました.Eddieの意見は,2×5は「5つの袋にリンゴが2つずつ」,5×2は「5つの袋にリンゴが2つずつ」を表し,順序に意味があるという主張になります.それに対しTiffanyは,それら2つの場面は別だけれど,答え(リンゴの総数)は同じであり,順序は重要ではないと主張します.
その授業には,2つの隠された(といっても,"Classroom Discussions"に書かれていますが)背景があります.一つは,乗法の交換法則について,児童らが理解を深めることを目的としていることです.もう一つは,子どもたちのコミュニケーション(単に答えを出すだけでなく,考えを言ったり書いたりすること)を,National Council of Teachers of Mathematics(米国数学教師協議会,NCTM)が教師らに要請している点です.
授業としては,2×5=5×2や,□×△=△×□といった関係式よりも,「2×5=5×2であるのはなぜか(説明できるか)」を重視していると判断しました.その説明の手段として,2×5と5×2とで意味(場面)が異なることを活用しています.
この授業から「かけ算の交換法則を学習したら,□×△でも△×□でもいいのだ」を引き出すのは,無理筋と言っていいでしょう.実際,「どちらでもいい」と主張するTiffanyに対し,先生は以下の質問を入れて確認しています.「□×△でも△×□でもいい」は,先生の持つねらいでも,クラスで共有したい内容でもないことが伺えます.

7. Mrs. S: (snip) And Tiffany, are you saying that those two number sentences can't be used to describe two different situations?
(7. S先生:(略) それでティファニーさん,2つの数式はそれぞれ,別の場面を表すのに使えないっていうの?)


紀要論文で参照されている,イランとアメリカの授業については,□×△と△×□の違いなのですが,日本の授業実践(p.20以降)はなぜか,□÷△と△÷□の違いになっています.
「こみぐあい」の授業です.「Aは6㎡で20人います。Bは4㎡で15人います。どちらが混んでいるでしょうか。」を主な課題とし,人数÷面積で1㎡当たりの人数を求めて比較すると,値の大きい方が混んでいて,面積÷人数で1人当たりの面積を求めて比較すると,値の小さい方が混んでいることを意味します.どちらで求めても,Bの方が混んでいるという次第です.
「混みぐあいを調べるには人数÷面積=1㎡当たりの人数という公式でよさそうだ」(p.23)のまとめは妥当だと思います.どちらのわり算も,一方は割り進めば途中で割り切れて,他方は無限小数になるのは,その課題の作為---割り切れることを理由に,割り算の式を選ぶべきではない---だったのでしょうね.

(最終更新:2014-10-03 朝)

*1:コロンの直前の数値は,授業発言者の通し番号と思われます.数の直前にカタカナがあれば児童の名前で,「T」は先生と認識するのがよさそうです.

*2:そのものずばりの表記は本文に見当たらず,もっとも関連する記述は,p.6にある,T96の発言です.そこで「16個のかばん」は明示されていますが,1つのかばんに何冊本が入っているかは記されていません.人数と,かばんの個数が1対1に対応するのは,T96の発言にある「私たちは」と,その直前の状況説明から推測できます.

*3:紀要論文のp.19に書かれている,「2ペアと3個のリンゴや、3個のリンゴと2ペア」を見て,何これと思ったのですが,"Classroom Discussions"の中にも記載があって,ペアとはpearすなわち洋なしのことです.合併のたし算と見れば,「2個の梨と3個の林檎」も,「3個の林檎と2個の梨」も,「5個の果物」です.