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数学者は「順序」についてどのような見解を出していますか?

京都大学名誉教授で,学校図書の算数教科書『みんなと学ぶ 小学校 算数』の代表の1人である一松信氏が,2015年1月刊行の新書『数の世界』の中で次のように書き(pp.37-38),みかんを配る問題で2×3でも3×2でもよいと解説しています.

ところで乗法に関するこれらの諸法則は,加法の場合ほど自明とは思われません.以下普通によくある説明を試みます.
交換法則は図1.8のように縦横に整然と並べた方形配列を考え,縦横どちらもそれぞれの並びごとに数えてまとめれば総数は同じと説明します.しかし単位にこだわって例えばみかんを3人に1人2個ずつ配る総数の計算で,2個×3=6個を正解とし,3×2を誤りとする先生が多いというのが気になります.3人にまず1個ずつ配り,それを2回反復したと考えれば3×2=6個で正しいでしょう.これは交換法則2×3=3×2の説明にもなると思います.
第5章で述べるように今日の専門の数学ではa×bとb×aが等しくない「交換法則が成立しない乗法」が普遍的ですが,小学校の段階からそれを意識しすぎるのは疑問でしょう.


東京大学名誉教授で,学習院大学理学部数学科教授*1の松本幸夫氏は,数学セミナー2015年2月号に「3×5 vs. 5×3の問題」と題する記事を書き(pp.54-58),以下の主張を中心として,交換法則を学べば3×5と5×3の区別をすべきではないと説いています.

初めて掛け算を習う子供たちに,「みかんが3つのったお皿が5つあります.このときのみかん全部の数を計算するのが掛け算です」と説明してもまったく問題ない.そのあと,掛け算を表す式を教えなければならない.上の問題は3×5でも5×3でもどちらでもよい.しかし,初めて掛け算を習う子供たちに「どちらでもいいんだよ」と教えれば,戸惑う子もでてくるであろう.そこで,とりあえずどちらかの書き方,たとえば,このときの掛け算の式を
3×5=15
と書くように指導する.導入の段階では,どちらかの書き方に決めておいたほうが説明しやすいであろう.そして,現行の教科書がやっているように,掛け算を使ういろいろな場面を考えたり,九九の表を作ったりして,掛け算に慣れさせる.そして交換法則
3×5=5×3
に気づかせる.交換法則によって,「みかんが3つのった皿が5つある」ときの掛け算の式を3×5と書いたのが暫定的な約束だったことを説明することができる.つまり,この問題を史記で書くとき,みかんの数(3)を先にして3×5と書いても,お皿の数(5)を先にして5×3と書いてもいいんだよ,ということを教えることにができる.
ところが,あくまでも暫定的な約束「ひとつ分×いくつ分」にこだわる人がいて,交換法則の意味は「みかんが3つのった皿が5つあるとき」のみかんの総数と「みかんが5つのった皿が3つあるとき」のみかんの総数が等しいという意味だ,という解釈しか認めないようである.もちろん,そういう解釈もできるし,交換法則を子供たちに納得させるときは,そう言う場面を想定して説明することもあり得ると思うが,そのように解釈しないのは間違った考えだと主張するのはおかしい.交換法則の登場は掛け算の順序には意味がないことを気づかせるよいチャンスであるのに,教えるほうが掛け算の順序にこだわるあまり,そのチャンスを逃しているのだ.


東北大学大学院理学研究科数学専攻助教の黒木玄氏は,季刊理科の探検2014秋号に「かけ算の順序強制問題」と題する特別寄稿をよせ(pp.112-115),歴史的なことや教育・調査の現状を示した上で,「教科書などにある論外な教え方は教育現場からきちんと排除されるべき」「この問題は単なる氷山の一角」と主張しています.


名古屋大学名誉教授で椙山女学園大学教育学部教授の浪川幸彦氏は,数学セミナー2014年9月号の連載記事「変化と関係」(pp.62-65)の脚注で,以下のように記し,順序の問題に対する教育的な観点からの見解を述べています.

前者*2の立場からaを被加数,bを加数と呼ぶ.この意味付けの場合,aとbとは交換可能ではない(結果としてはそうなるが).文章題を式に直したとき,順序を問題にすべきかどうかがいつも議論になるが,教育的な観点から見たときの結論は明らかである.すなわち子どもが足し算(あるいはかけ算)の意味がきちんと分かるようになるまでは表示の順序は厳密であるべきで,それが自由にできるようになったら気にしなくてもよい.例えて言えば,車と歩行者が混じる道では人は右と「約束する」が,歩行者だけならどちら側を歩こうが自由というのと同じである.


プリンストン大学名誉教授の志村五郎氏は,2014年8月刊行(書き下ろし)の著書『数学をいかに教えるか』で「掛け算の順序」の章を設けて(pp.45-48),以下の通り記し,数の掛け算においてはどちらでもよく,順序の指導はやめるべきと結論づけています.

3トンの砂を積んだトラックが5台ある.砂は全部で何トンか.この問題に対して3×5=15または5×3=15として15トンと言えばよいが,どうやら3×5と5×3のどちらか一方が正しいやり方で他方は正しくないとする教え方があるらしい.私はどちらでもよいと思っているのでどちらが正しいとされているのか知らない.
私は三年ばかり前までこの奇妙な事実を知らなかった.私が小学生であった時からその話を聞いた三年前までそんな区別をする人がいるとは思いもよらなかった.どうやら1950年代に一部の教育家が「乗数」と「被乗数」という言葉を発明して「掛け算の順序」という愚劣なことを言い出したのが始まりらしい.それを正確に調べる意味もないと思うので,単に私の立場を書く.
その問題を示されたならば,これは掛け算の問題であるとすぐ認識する.そしてふたつの数がある.だからそのふたつの数を掛け合わせればよいので,頭の中にあるのは「ふたつの数の積」という概念だけであってその順序は問題にならない.強いて言えば示された数の順に3×5と書くのが自然かも知れないが後の方を先に書いて5×3にしたってよい.それだけの話である.
もうひとつの例を書く.長方形があってその一辺の長さが3cmであり,それと直交するもう一辺の長さが5cmであるときこの長方形の面積は何平方cmか.数を示された順に3×5と書くのが自然ではあろうが,そうすべきであるという理由はない.三角形の面積も同じことである.底辺の長さと高さのどちらを先にするのかきめる必要はない.
(円柱の体積,3トン積のトラックの2次元配置,関数の積の導関数複素解析を例示.詳細は省略)
単なる数の掛け算の話に戻ると,結局どちらでもよいのにどちらが正しいかを考えさせるのは余計なあるいは無駄なことを考えさせているわけである.だからそんなことはやめるべきである.


大妻女子大学名誉教授で数学教育協議会委員長を務めた野崎昭弘氏は,数学教室2013年7月号の連載記事「掛け算・割り算の常識」の中で「4人に2つずつ,りんごを分けるときの,りんごの総数」が4×2ではよくない場合について,「① 掛け算の意味を「1当たり量×いくつ分」として,丁寧に説明していて,② それがわかっていない子に,順序の混乱が現れている と見られる場合」を例示しています.


中央大学名誉教授で数学教育協議会委員長を務めた小林道正氏は,2012年に著書『数とは何か?』*3の中で,「かけ算の意味」(pp.41-46)および「かけ算の順序」(pp.46-47)という項目を設け,以下のようにパー書きの数がかけられる数・かける数に来る式を例示しながら,どちらも正しい式であるとし,教育環境の改善を呼びかけています.

「どのお皿にもミカンが3個のっています。お皿は全部で4皿あります。みかんを集めて大きな袋に入れると、全部でいくつになるか?」という問題の答えを
3個/皿×4皿=12個*4
という順序で表さなくてはいけない、と思い込んでいる人が多い。
4×3=12 だから、12個
とか、
4皿×3個/皿=12個
と書くと間違っていると思う人がいるというのだから困ったものである。
1皿当たり3個のミカンがのっていて、そのような皿が4皿あるのだから、4皿×3個/皿=12個と考えるのは自然な発想なのである。この自然な、ある意味では合理的な思考を無理にやめさせようという考えは無理が生じるのである。
「かけ算の順序」について、「(1当たり量)×(いくつ分)」にしなければならないかを、子どもたちにいかに教えたかという小学校教師の奮闘記が新聞で紹介されたことがあるが、そんな先生の苦労を解放してやらなければならない。
「意味のないこと」「無駄なこと」「間違ったこと」を一生懸命教える先生がいなくなることを願うばかりである。

出典一覧

数の世界 (サイエンス・パレット)

数の世界 (サイエンス・パレット)

数学セミナー2015年2月号

数学セミナー2015年2月号

季刊 理科の探検 (RikaTan) 2014年 10月号

季刊 理科の探検 (RikaTan) 2014年 10月号

数学をいかに教えるか (ちくま学芸文庫)

数学をいかに教えるか (ちくま学芸文庫)

数学教室 2013年 07月号 [雑誌]

数学教室 2013年 07月号 [雑誌]

数とは何か?―1、2、3から無限まで、数を考える13章 (BERET SCIENCE)

数とは何か?―1、2、3から無限まで、数を考える13章 (BERET SCIENCE)

Q: それぞれの見解に賛成? 反対?

数学者からの提言としては,これらから共通見解を見ることができ,特に反対いたしません.
ただ,算数の外の事例や,交換法則を挙げた上で,順序はどちらでもいいという考え方に関しては,算数教育の書籍でもすでに,『小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)』p.92にて示されていますので,新鮮みがないなあとも感じています.

(2015年11月18日追記,同25日修正)「かけ算の順序」などの検索で,お越しの方へ:
本記事の内容は事例紹介であり,各記載内容の賛同を示すものではありません.本記事作成者(takehikom)による「かけ算の順序」関連の取りまとめについては,以下をご覧ください.

(2015年11月24日追記)記事タイトルを,「現在の数学者は,かけ算の順序についてどのような見解を出していますか?」から「数学者は「順序」についてどのような見解を出していますか?」に変更しました.

(2018年11月11日追記)「過去記事」を「過去記事・その後の記事など」に変更し,いくつかリンクを追加しました.

(最終更新:2018-11-11 晩)

*1:公表時.今年3月に最終講義http://gakushuin-ouyukai-branch.jp/rigakubu/archives/5333を行い,現在は研究員http://www.math.gakushuin.ac.jp/Staff/matsumoto_pr.html

*2:脚注をつけた本文は次のとおり(改行を取り除いています):これは小学校算数教育で演算の2種類の解釈につながっている.すなわちa+bを解釈するのに●「bだけ増えた」(添加)とするのが前者●「aとbとを併せる」(合併)とするのが後者である.

*3:刊行時は中央大学経済学部教授.

*4:原文では式における単位(「個/皿」「皿」「個」)は下付き文字となっています.以下も同様です.