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乗法の意味の拡張(2015.12)

「乗法の意味の拡張」と題する記事を,以前に書いています*1.その後に得た情報を整理し,知識の再構築を図りました.予備知識として,学習指導要領では,かけ算の意味はコレコレであると規定しておらず,かわりに「乗法が用いられる場合について知ること」とし,解説では用いられる例が示されていることを,頭の片隅に入れておいてください.
今月,見かけた情報が2つあります.まずは以下の文献です.出たのはちょうど1年前となります.

CiNiiから有料でダウンロードできます.この文献を知ったきっかけは,http://www.tp.hum.titech.ac.jp/classes/matsuzaki01-2015.htmlです.
さて中身へ.要約は「学習指導要領の次期改訂に向けて,日本数学教育学会教育課程委員会検討WGでは検討を重ねてきた.本稿では,それらの検討を基に,小学校・中学校・高等学校の算数・数学科の教育課程上の検討課題について,いくつかの重要な点に絞って示している.」から始まっています.
次の学習指導要領で,算数がどのように変わるのか,期待しながら読んでいくと,小学校算数科に,乗法の意味の拡張のことが,書かれていました(p.16, 執筆者は池田敏和).

② 乗除の具体的な場面での意味を整理する
小学校算数科では,具体的な場面での意味を広げていく中で,かけ算の具体的な場面における意味が拡張されていく.そこで,乗除の具体的な場面での意味には,どのようなものがあったかを振り返り,どのような場合に小数,分数の乗除が考えられたり,考えられなかったりするのかを整理していく(池田,2012).
同数累加による捉え,すなわち,「みかんが1さらに4こずつ,5さら分あります.みかんはぜんぶでなん個あるでしょう」といった問題で,何回たすかが乗数で表現されることから振り返ることになる.そして,「(量)×(割合)」の捉えについて,2通りの場合を振り返ることになる.一つは,1量における一つ分の何倍という見方で,「白のテープは赤のテープの2.4倍です.赤のテープが5mのとき,白のテープは何mでしょう.」といった問題を取り上げることになる.もう一つは,2量の間の比例を前提とした一つ分の何倍(割合)という見方で,「リボンのねだんは,1m当たり80円です.2.4mでは,何円になるか求めましょう」といった問題を取り上げることになる.さらに,「(割合)×(割合)」といった乗法もあることを取り上げることができる.「赤のテープを1.5倍すると白のテープになり,白のテープを2.4倍すると青のテープになる.青のテープは赤のテープの何倍でしょう」といった問題である.
そして,かけ算を2項の積でとどめず,3項,4項の積まで広げていくことを考えると,最終的には,乗数を割合にまで拡張しておく必要があることでまとめることになる.

ただ,2段組の右カラムの約8割,だから約0.4ページ分を費やしているにもかかわらず,目新しさの乏しい内容に映りました.読み進めて中学校数学科では,「箱ひげ図の指導を中学校段階に位置づける」といった提案があり,それが次の学習指導要領に採用されるかはともかく,踏み込んだ提言なのが読み取れました.
上の引用から,つまみ食いをします.「(割合)×(割合)」と同じタイプの問題は,啓林館の3年の教科書で使用されており*2,なのでかけ算の式の各因数は整数ですし,「割合」という用語も出てきませんが,その出題には,割合どうしをかけて,新たな割合を得ることが含まれています.
量×割合の2通りの場合は,当ブログで昨年,二重数直線の解き方を図にした際,「割合の3用法の文章題について,「割合に当たる数が,文章題でも割合(百分率などを含む)として書かれているか,文章題では割合でない量として書かれているか」という分類項目を設けた」と書いた件が関連してきます*3.本からだと,『算数・数学科重要用語300の基礎知識』p.187の「スカラー関係」「関数関係」を思い起こします.
それはそれとして,上の引用で出てきた「拡張」については,現行の『小学校学習指導要領解説 算数編』にも載っています*4.出題例を少し変えて,「リボンのねだんは,1m当たり80円です.2.4mでは,何円になるか求めたいのですが,80+80+…で求められますか?」と尋ねれば,同数累加で求めるわけにいかないことに気づきます.
はじめは同数累加で導入したり,児童らが理解したりしていたとしても,乗数が小数や分数になると,そうはいかないことは,海外の文献でも指摘されています.論文だと,真っ先に以下を挙げるべきでしょう.

  • Fischbein, E., Deri, M., Nello, M. S. and Marino, M. S. (1985). The Role of Implicit Models in Solving Verbal Problems in Multiplication and Division. Journal for Research in Mathematics Education, Vol.16, No.1, pp.3-17. http://www.jstor.org/stable/748969

これを引用した解説には,http://books.google.co.jp/books?id=Vyl42R9JV1oC&pg=PA193があります.
日本に戻って,乗数が小数になったときの,児童の認識や,算数教育としての指導の仕方は,以下の2つが基礎となっています.

タイトルだけだと分かりにくいですが,前者は「7×2.4」という式を使って,児童らにこの式の意味を答えてもらっています.後者は,当時の米国の論争を整理したのち,「わが国の立場」として,現行の学習指導要領解説とほぼ同じ考え方で,「一般化(拡張)」を記しています.
とはいえ時系列としては,1968年に活字になった拡張の考え方が,その後に得られた算数教育の知見によって覆されることなく,現在も採用されているとみるべきでしょう.例えば上で本から抜き出した「スカラー」について,中島の後者の文献にも「A×BはAという単位量のスカラー倍」という表記が見られます.
中島健三をめぐって,2種類の関連情報があります.一つは,かけ算の意味の拡張について書かれた本が今年,『復刻版 算数・数学教育と数学的な考え方』として刊行された点です.そしてこの元となる本が,はじめに書いた日数教WGの件の参考文献に,載っていました.
もう一つは,「小数の乗法(かけ算)」の導入や意味理解として,「整数×小数」を採用し,他の研究者も活用している点です.1979年,中島が授業者を務めた公開授業では,ガソリンの値段を求める文章題を使用し,式は120×3.4となっています(『小数・分数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』p.85).7×2.4を用い,児童や教員志望学生を対象とした乗法の意味の理解度調査には,浅田真一によるhttp://ci.nii.ac.jp/naid/110005716875と今井敏博によるhttp://ci.nii.ac.jp/naid/110004614978があります.また『数学的・科学的リテラシーの心理学 --子どもの学力はどう高まるか』p.83には「乗法作問課題において,日本では6×4.5を,アメリカ合衆国では4.5×6をそれぞれ式として示した」とあるのも,興味深いところです*5
以上,学習指導要領の外の,国内外の動向として個人的に読んだ内容をもとに,「乗法の意味の拡張」の整理を試みました.
今月,「意味の拡張」に関して見かけたもう一つの情報のことを書いたら,本記事もおしまいです.具体的には,当ブログの記事のURLを挙げられた,以下のツイートです.

記憶が間違っていなければ,ツイートされた方とは,2013年1月に少しやりとりをしたことがあります(http://togetter.com/li/448252, google:ThrowDownJudo).刊行物にせよマイクロブログにせよ,記録が残るというのは,便利でもあり,恐いものでもあります.

*1:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120301/1330547942

*2:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140822/1408718509,《倍の合成》

*3:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140116/1389822669

*4:http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf#page=109.一つ前の解説isbn:9784491015507の対応する箇所には,「拡張」は見当たらず,かわりに「整数の場合の計算の意味を広げたり」と書かれていました.

*5:https://kaken.nii.ac.jp/d/p/13610295.ja.htmlで報告されたとあり,その報告書はWebから取得できませんでした.結果については前掲書のp.85に少しだけ書かれていますが,それでは,6をかける数とするような文章題について,正解か不正解かが読み取れませんでした.なお,浅田の調査では,2.4×7を表した文章題は誤答としています.