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日本学術会議も掛算順序固定派

かけ算の順序論争について(日本語版)へのリンクに感謝.
なのですが,しょっぱなのツイートは…えっと…2016年の11月20日ですね.

今年5月,日本学術会議数理科学委員会数学教育分科会が出した提言の中に,上のツイートと相容れない記述が含まれています.

該当箇所は本文pp.6-7,PDFだとp.12とその次のページです.

3 算数・数学教育の改善の具体案 第2章を踏まえ、充実化・重点化の必要がある点、内容の追加や順序を変更すべき点、さらにその取り扱いについて、小学校、中学校、高等学校の順に具体的に提起する。
(1) 小学校
① 「割合」の背景にある考えの位置づけ
割合の意味の理解については学力調査などの結果から課題があることが明らかである。割合の扱いは、第5学年の百分率や異種の2つの量の割合のときだけでなく、乗法・除法の意味付けや分数で表記された数量の解釈などでも用いられている。それらの系統を明示するとともに、特に、以下の位置づけについて、改善すべきある。
ア 分数倍、小数倍の位置づけ
(略)
イ 演算の意味指導の位置づけ
乗数や除数が整数から小数や分数になったとき、演算の意味が拡張し統合されることをより一層強調すべきである。第5・6学年での乗法・除法の意味の拡張については、現行の学習指導要領では「乗法及び除法の意味についての理解を深め」とあり、学習指導要領解説で数直線を用いた割合の意味付けが書かれている。しかし、教科書や授業では、意味の拡張を意識せず、言葉の式による指導が行われている現状がある。そこで、意味の拡張については、「乗数を割合と捉えて乗法の意味を拡張し、乗法の理解を深める」と乗法の拡張における割合の意味付けを学習指導要領に明記する。
また、乗法・除法の意味と関わる整数倍・小数倍・分数倍の指導の位置づけや系統が明確にされていない。そのため、学力調査の結果では倍についての理解が十分とは言えない状況である。そこで、整数倍、小数倍などを何学年でどのように指導するかを明らかにすると同時に演算の意味指導を視野に入れた割合の指導系統を明確にすべきである。
その際、演算の意味指導や計算の仕方を導き出すために有効な働きをする数直線の系統を明確にする。乗法・除法において何学年から数直線を導入し、どのように発展させるかを学習指導要領解説に明記する。

色を替えた2箇所について,現行の学習指導要領解説だと,http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf#page=106の内容が関係します.B×P=Aという式のうち,Pが割合です.言葉の式にすると,「基準にする大きさ×割合=割合に当たる大きさ」です.
なお,ここでいう「割合」は,100%や10割を1と同等視するというのではなく,文章題ではその割合も,量として出現します.学習指導要領解説に書かれている「1メートルの長さが80円の布を2.5メートル買ったときの代金が何円になるか」の場合,2.5が割合に当たります*1
上で抜き出した提言は,「乗法の拡張における割合の意味付けを学習指導要領に明記する」とあるように,その種のかけ算では割合が“かける数”になるという,この意味付けを,もっとしっかり指導させなさい,というスタンスで,改善を求めているわけです.
提言の中の「教科書や授業では、意味の拡張を意識せず、言葉の式による指導が行われている現状がある」について,これはいわゆる「くもわ」ではないはずです.「形式不易の原理」が思い浮かびます.
布の話であれば,「布の1メートルの値段×長さ=布の値段」といった言葉の式をつくっておくと,布の1メートルの値段を固定しておいて,長さは2メートルでも3メートルでも100メートルでも,同じ言葉の式を使って,求められます.そしてこれは,2.3メートルの場合でも使えるんだよ,と持っていくわけです.
「乗法の意味の拡張」については,中島健三が1968年に書いたもの(http://ci.nii.ac.jp/naid/110003849391)が基礎となります.中島が授業者を務めた公開授業を含む,小数のかけ算などの指導法がまとめられているのは,『小数・分数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』です.
また「数直線の系統」については,白井一之らの1997年の文献(http://ci.nii.ac.jp/naid/110003732673)が学術的・実践的には重要で,東京書籍*2が公開している系統図を,https://ten.tokyo-shoseki.co.jp/text/shou/sansu/files/web_s_sansu_kaisetu_37.pdf#page=2より読むことができます.
もとのツイートについてですが,「方便」と言うのは,算数の面でも実用の面でも,もったいないなという思いを持ちます.個人的な認識はというと…
かけ算で求められる場面は「倍(multiple)」と「積(product)」に大きく分けられます.2年すなわち導入の段階では,「倍」を学習し,机やロッカーなどの2次元配置も「倍」に基づいて(かけられる数とかける数を交換した2種類の)かけ算の式をつくることができます.長方形・正方形の面積を皮切りに,学年が上がるにつれ,「積」の場面も増えてきますが,上述の布の値段のように,「倍」でモデル化できる場面も依然としてあり,5年で割合の指導で,活用されてきたということです.高学年でかつ「倍」で,順序を問わない授業例というと…2×30gでしょうか.


日本学術会議数理科学委員会数学教育分科会の名簿に載っている,中村享史教授について,今年9月25日現職のうちに逝去されたことを,『算数の本質に迫る「アクティブ・ラーニング」 (講座 算数授業の新展開)』p.211を通じて知りました.
中村氏は『数学教育学研究ハンドブック』pp.73-82の執筆者であり,個人的には乗法・除法の意味づけの経緯や,2重数直線を含む図の活用事例などを,そこから学びました.
ここに謹んで哀悼の意を表します.

(最終更新:2016-11-22 晩)

*1:「布の長さが2.5倍になっているので,代金も2.5倍になるということから,80×2.5という式で表せる」ともあります.80円/m×2.5mではない点に注意http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140228/1393537997

*2:白井氏は平成27-30年度の東京書籍の「新編 新しい算数」の著作関係者に名前が入っています.