「さきの子ちゃん,あとの子ちゃん,歯ぁ磨いたね?」
「うん」
「はーいはい」
「はいは1回だけね」
「はいー」
「何や何や」
「2人とも,こっちへいらっしゃい.これから,短冊に願いごとを書きます」
「うん」
「はーいは」
「んむ? はいを1回で止めたんか」
「ここに座って…」
「それで,保育所から持って帰ってきた,七夕の短冊は,これね」
「うん」
「これこれ!」
「書かすんか?」
「せやねんけど,パパ,見といちゃってくれる? ママ,せなあかんことあるねん」
「あいよわかった.けどなあ,いきなり書くのは,まずいと思うんやが」
「かくで〜」
「ちょ,ちょっと待った.これ書いて,明日,保育所へ持って行くんやな?」
「うん」
「せやで,パパぁ」
「ほんで1週間くらい,園内のどっかに飾るんやろ…それやったら,言葉を選ばなあかんぞ.いろんな人が見んねんやから」
「じゃあどうすればいいの,パパぁ」
「パパぁ」
「お前らなあ…まずな,下書きをしよか.別の用紙は…」
「あ,それやったら自由帳,使こてや.そこにあるやろ?」
「自由帳? …ああ,あった,これか」
「それでパパ,どうするのぉ?」
「自由帳から1枚,取り出して…半分に切って…1つはさきの子,もう1つはあとの子,な」
「うん」
「パパ,ありがとー」
「あっりっがっとっおっ」
「そいでな,まずその紙に書いてみな」
「なんでもいい?」
「いや,それが難しいところなんやが」
「『いちねんせいになれますように』,ってかいていい?」
「ん〜,それは願いごととして,ええことないなあ」
「『おねえちゃんとおなじがっこうにいけますように』,やったら?」
「そういうのもあかんなあ」
「じゃあどうしたらいいの,さ?」
「えっとやなあ…あともうちょっと,努力したら,できそうなことを書くのはどうかな.願いごとを書くっちゅうのは,ある種の決意表明やねんから」
「パパむずかしいこといわんといて」
「いわんといてよ!」
「ん? 決意表明は難しいか…」
「『およげますように』にする!」
「ほお.今日,プールに行って,よおけ泳いできたもんなあ.『ビート板とヘルパーなしで,泳げげますように』にするか? …あ,いや,長いなあ」
「そんなん書かれへんわ!!」
「けどなあ,『泳げますように』は,補助ありで,すでにできてるからなあ.他のにせえへんか? 『自転車に乗れますように』とか」
「あたし,のれるでぇ」
「あれ? もう,乗れるんか? コマなしで?」
「そうだもんっ!」
「おっとすまんかった.ほな,『一輪車に乗れますように』にするか.っつっても我が家には,一輪車ないなあ」
「あ! パパ! それにする! ほいくしょに,いちりんしゃあるねん!!」
「ん? 練習してんのか」
「あんまりぃ」
「さきの子よ,お前,上げて落とすのを覚えたんか…まあ,それでよかったら,そない書いてみ…せやなせやな…あ,『よおに』やなくて『ように』な」
「できたぁ!」
「うまいこと,自由帳の紙に書けたな.ほなそれを,短冊に書くんやで」
「やるでぇ!!」
「ほい,調子づいたさきの子の次は,あとの子やが…寝転んでら.はい,起きて起きて.何にするんな?」
「『いちねんせいになれますように』は,あかんねんやろ?」
「(蒸し返しか…)あかんなあ」
「それで,ねてましたぁ!」
「キレ芸かよ.…何か考えてみよか」
「あたしもかんがえるぅ」
「よっしゃ…あ,ええの思い浮かんだぞ」
「どんなん?」
「『いろんなところに連れて行ってくれますように』…と言うてみたが,主体性に欠けるなあ」
「あたしも,そんなんいや〜」
「あかんか…『いっぱいおいしいのを食べ』あかんあかん」
「ほんよみたい…」
「ふーむ,ほなら,『いろいろな本を読めますように』にするか?」
「それでええわ」
「投げやり気味やなあ.そっか,今,本読みたいって言うたんも,願いごとやのうて,飽きてきたからか」
「…」
「むぅ,あとの子はまた寝っ転がったか」
「ちょっと待て,本を読むんやったら,『ように』で終えるのは,ええことないなあ」
「あとの子よ,お前の下書き用紙に『いっぱいほんをよみたい』と書いといたからな.こない書くか,他のんにするかは,ママと決めるんやで」
「あのな,ママ」
「願いごと,できた?」
「さきの子は,勢いよぉ書いたな」
「あの子らしいやん.あとの子ちゃんは?」
「パパではあかんな.あとで見ちゃってくれるか」
「まだなんね」
「『いっぱいほんをよみたい』をメモっといたんで」
「それでええんやないかな.あの子,テレビよりも本が好きみたいやし」
「そらよかった.ちょっと,教えてほしいんやけど…」
「どしたん?」
「保育所でな,子どもらが何か物を作るいうたら,園内でしゃしゃっと作って,まあ,かなり先生の手ぇも加わってると思うが…」
「そいで廊下や教室に貼られてて,パパらそんなんを見て楽しんでんねんけど」
「それでええやん」
「今回,短冊に書く願いごとをやな,保育所でとせんと,持ち帰ったんは,何かあるんか?」
「連絡帳には『家族で考えて,書いてね』って書いてあったけど…」
「パパママのチェックが必要ってことなんか?」
「それよりもねえ.保育所ではいろんなお遊びや,工作はするけど」
「するけど?」
「文字の書き方は,教えてないと思うねん.せやから,こういう願いごとは,字ぃが書けるんやったら本人に書かせて,書けやんのやったら,お父さんお母さんが書く,ってことやないかな」
「へえ,そういう事情があるんか!」
(最終更新:2016-07-04 未明)