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メカニカル発想法?

創造力育成の方法―JABEE対応の創成型教育

創造力育成の方法―JABEE対応の創成型教育

カニカル発想法という,発想支援の方法論を提案しています.JABEEの審査が本格化する前に書かれた,言わば先駆的な本です.Webで検索してみると,著者の所属である岡山大学のほか,いくつかの大学で,この本を教科書にして創成能力を身につけるための科目が開講されています.
カニカル発想法のキーワードを拾い上げると…現象解明型メカニカル発想法,発明型メカニカル発想法,推理型メカニカル発想法の3種類がありまして,いずれも,対象をよく観察(観測)し,既成概念の洗い出しを行ってから,着眼コンセプトを設定し,転換プロセスを決めることで,新概念を創成するという流れになっています.加えて,発明型メカニカル発想法では目的コンセプトを,推理型メカニカル発想法では変化コンセプトも決めます.
例題や創成の例も多く取り上げられており,興味深く読みました.ただ,「創造力育成」や「創生型教育」という観点,また他の理由から,不十分な感もありました.
まず,このメカニカル発想法が,授業をされている大学の外で普及しているとは思えません.この方法論は,体系的にモノづくりをするのに参考になるかもしれませんが,会社で,本に書いた流れや語句のままで提案すると,「何ですかそれ?」という反応になってしまいそうです.あと,転換プロセスとして挙げられている分類は,TRIZを連想します.
次に,副題に「JABEE対応の創成型教育」とありますが,JABEEの,誤解を恐れずに言うとデザイン能力として要請されているのは,創成=新しいモノを作ることではなく,問題解決です.創成のプロセスの中に問題解決が組み込まれているのだという反論もありそうですが,もしそうであっても,主従関係で言うと創成が主,問題解決が従となってしまい,これを支持する気にはなれません.
本書で出てくるいくつかのカタカナにも違和感があります.「メカニカル」という名称から,機械工学の分野でないと適用できない発想法なのかという誤解を招きそうです(全体を読めば,そういうわけではないことは分かりますが).次に,何度か出る「ディベート」について,よく知られているものと異なる意味で使われています.質疑に対する応答なのですが,ここは「ディフェンス」のほうが誤解が少ないかなと思います.「コンセプト」も,設計思想=design conceptという意味のconceptと,似ているような離れているような.
最も引っかかったことは終わりに回すとして,そこに気づくことになった例題を書きます.pp.35-38の「袋の中の2個の黒い石」という問題です.

「袋の中から白い石を取り出せば借金は棒引き.黒い石を取り出せば,息子は奴隷に売り飛ばす」
高利貸しが庭から2個の黒い石をこっそり入れるのを見て,息子は「これで助かった」と思った.
(図3.3, p.35)

とあって,「息子の行動を発想せよ」という問題で,発想が多ければ多いほどよいというものです.
条件が隠されているところは自由に埋めればよく,「イマジネーションふくらまし ハッピーエンドにしてください」*1型の問題です.
バスの中で読んでいて,p.36の「発想時間=5分間」のところで立ち止まり,たった一つしか思いつかず,また読み進めました.次のページで,発想内容が表になっていて,その中で,(黒い)石を一つ取って,「袋の中の石を見てください(それと反対の石が,取った石です)」とすることで白い石を取り出したことにする,という発想は面白い,というか,これは思いつかないといけないなと反省です.
しかし表のどこにも,最初に思い浮かんだものがありません.p.38に答えが出ていました.すなわち,

  • 一つ石を取り出し,奴隷になる
  • 奴隷の方が幸福の場合もあり得る
  • 現在の状況が奴隷以下
  • だから,「これで助かった」と思った

(図3.4, p.38)

とあるのですが,最初にぴんときたのは,まさにこれでした.
『どうだい学生諸君,この発想は面白い考え方=斬新な視点だろう』(p.38)って,これしか出なかった私は何なんでしょう? いや,昔,多湖輝の「頭の体操」シリーズは買い揃えていて,そこでの典型問題だなあという印象なのですが.
この例が象徴的なのですが,いくつかの例題を含めて,「何が斬新なのか,画期的なのか」を,学生自身が判断する方法について,言及がないのが,この本を読み終えて最も引っかかった点です.

*1:矢野顕子「SUPER FALK SONG」.歌詞全文はhttp://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND24329/index.html