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学力テストの事業仕分け

はじめに本日のエントリの趣旨ですが,これまで学力テストの進め方については肯定とも否定ともつかない立場でして,新聞Webサイトの報道を読み「経年比較」「学力水準の向上」「全国学力テストの趣旨」あたりに着目してみましたが,依然として自分のもやもや感が残っています.そんな信条吐露でございます.

学力テストの事業仕分けについて,現時点で内容をもっとも詳しく報じているのは,産経新聞MSN産経ニュース)でしょうか.

そして事業仕分けの結論は:

<集計後>
枝野氏
 「まず廃止という方が5名。体力テスト廃止は6名。学力テストについては廃止が5名。自治体、民間の判断に任せるは1名。来年度の予算計上見送りが2名。それから予算要求の縮減が6名で、そのうち1名は半額、3分の1程度が3名、6%抽出でいいんだというのは1名、9割減という方が1名」
 「以上が結果でございまして、基本的には廃止の方が5、見送りが2人で7。そして6%抽出と9割減を合わせると9名でございますので、半分以上の方が要するに今のようなやり方の学力テスト、体力テストは止めると。いわゆる抽出6%というのが一例としてでておりますが、より絞り込んだ抽出型でいいと。大きな流れとしても、藤原先生から当初おっしゃっていただきましたとおり、継続して同じ問題で傾向がとれるようなやり方という方向で抽出の対象を絞り込むというのが線であろうというふうに思いますので、ここにとりまとめをさせていただきたい。以上です」

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091126/stt0911260010002-n3.htm

内容で一番気になったのは,藤原和博氏が,3年間,全国学力テストを実施したことの功績を,いわば前置きとして話した後に,実施の問題点を切り込もうとした,以下のくだりです.

 「これを続けるべきかどうかと話だと思うんですけれども、おそらくこの場の、この会場にいらっしゃる方も、ネットで聞いてらっしゃる方もこの全国学力調査についてはちょっと勘違いをしてらっしゃる可能性があるんです」
 「だまされていると言ってもいいんですが、これですね、問題を公表しちゃっているために経年の比較ができないんですね。ですから平均点の素点が去年より今年、今年より来年、上がっていたとしても、それが日本の子供たちの学力が上がっていることにはならないんです」
 「ここは非常に大事なポイントで、もし経年比較をやりたければ、もっと少ないサンプルで、要するに同じ問題を3年連続で使うということをしなければいけないんです」

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091126/plc0911260005001-n2.htm

経年比較をすべしというのは,全国学力テストの弱点を指摘するために用意した立論ではないか,と考えました*1
その場にいらした方も,ネットで読んでらっしゃる方も,そして藤原氏にも,全国学力・学習状況調査を実施する目的を,今一度,確認いただきたいと思います.http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/12/__icsFiles/afieldfile/2009/01/06/1217101_1.pdf(以下「PDF」)です.今年度実施分についてであり,次年度以降で変わる可能性もありますし,手段レベルでは悉皆から抽出になるわけですが,文部科学省の説明を見る限り,目的に関して大きな変化はなさそうです.
調査の目的に,経年比較が入っていません.文字として,見つけることができません*2
『教育に関する継続的な検証改善サイクルを』が該当しそうにも思えますが,目的の他の文言や,あとの内容を読んでも,結局のところ,学力の高い低いというのを判断するのは,過去とではなく,同じ年に同じ学年で,同じ内容の試験を受ける児童・生徒(の集合)どうしなのだということです.
都道府県間,言ってみれば空間的な比較をとるのか,経年比較,すなわち時間的な比較をとるのかは,まずはデザインの問題,設計思想の問題です.経年比較ができない点を(に限らず,「今のやり方では,できてもらわないと困るはずの〜ができない」と)厳しく追及するのは,仕分け人の職務なのかもしれません.しかし仕分け人でない我々は,「え,だまされていたのか」と反応するのではなく,質疑を見て冷静に,国が何をすることを応援し,批判しなければならないか,考えていきたいものです.

「サンプル調査をしてですね、問題を公表しないでやらないと、経年の比較はできないと思うんですが、いかがですかと聞いたんです」

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091126/plc0911260005001-n3.htm

テスト問題を公表しないことを前提として実施するとして,その問題点,あるいは実施の障害になりそうな点が指摘・共有されないのに,「時間比較を取り入れるか否か」を迫るのは,不適切です.
問題を公表しないことのデメリットについて,想像できるところを挙げておくと,「解いた児童生徒が覚えて,塾などで情報収集が図られ,結局公表される(またはその塾などで過去問を知った児童生徒が有利になる)可能性がある」「本人は解いた問題を復習できず,問いから学べない」「教員や学校で,教育指導の向上が図りにくい」「問題を公表せずに結果(平均正答率などの統計情報,もしかしたら順位も)だけ出すのでは,保護者や住民,教育に深い関心を持つ人々が,納得できない」あたりがあります.それぞれ,容易に反駁できるかもしれませんし,対処法もあるのかもしれません.ちなみに最初の項目は,情報セキュリティで学んできたことが根底にあります.2番目以降は,暇があれば自分自身の手で反論してみたいと考えているくらい,些末なことです.
空間比較と時間比較の両立を目指すというアプローチも,当然考えられます.問題の公表も,all or nothingではなく,一部だけとするなど,TIMSSやPISA*3,NAEP*4を参考にしながら,検討する余地があるのでは…というのは,一晩経ったから調べて書くことができるのであって,事業仕分けの現場とは違う論理ですね.

結果の報道2つに,小さなツッコミを.

「子どもの学力水準の向上という目的と違う」と批判が続出。

http://www.asahi.com/national/update/1126/TKY200911260006.html

PDFの最初の最初,「調査の目的」を読めば,「向上」の対象は「学力水準」ではなく,『義務教育の機会均等とその水準』であることが確認できます.
それと,全国学力テストで学力向上に言及するときは,『本調査により測定できるのは学力の特定の一部分であること,学校における教育活動の一側面に過ぎないこと』(PDF p.5)の認識が不可欠です.

 「子供や教師一人一人に自らの課題を把握させるという全国学力テストの趣旨を全く理解していない、素人の議論だ」
 中教審副会長で全国学力テスト専門家会議座長の梶田叡一兵庫教育大学長は、この日の事業仕分けの議論をこう批判した。藤原氏らが「経年比較ができる調査に変えるべきだ」と主張したことについても、梶田氏は「単なる行政調査と勘違いしている。現場が学力低下から立ち直りつつある時期に、抽出化と縮減は痛手だ」と懸念を示す。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091126/stt0911260029003-n2.htm

国学力テストに目的が複数あって,その一つに乗っかかる人ですか*5
私はこれまで,どんな活動も…たとえそれが滑稽に見えるものであっても…そこにエネルギーを費やした人を貶めることはしないように,努めてきました.
さすがに今回は無理です.
時代は変わりました.こんなコメントを座長に置く,全国学力テスト専門家会議は解散するか,座長・委員を刷新してください.

*1:藤原氏の持論である,という可能性もありますが,近著を読んでいないので判断できません.何冊か読んだ限りの記憶として,この種の記述は思い出せません.

*2:テスト問題の公開については,PDFのp.8に『文部科学省は,本調査実施後,速やかに,調査問題,正答例,問題趣旨,解答類型を公開することとする。』とあります.

*3:例えばhttp://www2.crn.or.jp/blog/report/01/33.html

*4:例えばhttp://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/kyouiku/gijiroku/001/000701.htm

*5:いやいや,教師は別として,子供=児童生徒に『自らの課題を把握させる』というのは,目的にないなあ.目的ではないから「趣旨」だとしても,それが周知されていないしなあ.