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全国学力調査の見直し

全国学力テストを理解するための3つのおすすめPDF - わさっきで挙げた著者による新しい論文です.要旨・目次を除いた正味23ページの中に,脚注が142項目あり,大部分は出典です.Webの情報,書籍,新聞記事を多数引用し,調査結果の公表と,今年度の調査方式の変更(悉皆から抽出へ)について整理をしています.全国学力テストに関心のある人は,ぜひ読むことをおすすめします*1.また,「全国的な学力調査の在り方等の検討に関する専門家会議」の話が一切入っていない点にも注意です.
個人的に気になったことを3つ.まず調査方式の変更に関して,まず各政党のマニフェストなどを引用して要約されています.その中で,『民主党は』(p.63)から始まる段落について,事業仕分けの実施が,民主党が政権を担っていない平成21年4月というのに,違和感を覚え,また(65)の脚注の付け方が,全国学力調査に関する事業仕分けが2009年7月までに終わっているように読めるのも気になって,少し調査してみました.日経新聞の記事は見つからなかったものの,「87事業」「1989億円節約」で調べると,http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1246958353/がありましたので,かつて学力テストの事業仕分け - わさっきで取り上げた,華々しい事業仕分け*2よりも前に,7月7日の公表までに党内で実施されていた,ということですね*3.そしてここから,11月の事業仕分けに関して,文部科学省が自発的に,全国学力テストを事業仕分けの対象に差し出したのではないということを知りました.
2番目は,過去の調査との比較です.

正答率の差の要因としては、問題の難易度、学力との関係等が考えられるが、学力との関係については、同一問題に関して過去の調査との比較がなされており、そこからは学力の差が顕著にみられるとは言えない結果が示されている(7)。
(p.51)

(7) 過去の調査とは、昭和31〜41年度の全国学力調査、昭和56〜58年度、平成5〜7, 13, 15年度の教育課程実施状況調査、平成16年度の特定課題に関する調査及びTIMSS(国際数学・理科教育動向調査)を指し、同一問題が実施された場合にその正答率を比較している。(以下略)
(同)

「これまでのやり方で,経年比較ができるのか?」と思って読んだのですが,比較対象は違う調査(のテストの問題)です.2007年から実施の全国学力テストに限っての経年比較が,できるということを示唆する情報ではなさそうです.
最後は,これからの全国学力テストの実施目的に関してです.論文では,終わりのページにこう書かれています.

我が国では、全国学力調査に関しての議論は、主として方式、結果公表の是非、予算の観点からなされてきた(139)。悉皆調査から抽出調査への方式変更に際しても、議論の中心は予算の効率的使用の問題であり、結果として目的が見直される状況であった。方式の変更は、教育の検証責任が国から地方に移されることを意味しており、その意義についての検討が、国においてなされたのか疑問も呈せられている(140)。そもそも、国として何のために学力調査を行うのか、その目的が明確にされなければ、調査の在り方を検討し、制度設計をすることはできない。また、国がその調査結果に対してどのような対応策を講じようとするのかも調査目的と密接に関連する。
(p.72)

今後、学力調査の在り方について検討を進めるにあたっては、どのような学力を育むべきなのかを議論し、全国学力調査の目的を明確にすることによって、しっかりした仕組みを構築することが望まれる。
(同)

目的の変化についても,言及があります.

調査方式をめぐる議論では、悉皆方式、抽出方式それぞれに、メリット、デメリットが言われるが、それは、調査の主たる目的をどこに置くかに連なる議論と言える(76)。したがって、方式の切替えでは、調査そのものの見直しが必要との指摘もなされている(77)。過去3回の悉皆調査では、その目的の一つに各学校が児童生徒の学習状況を把握し、教育指導や学習状況の改善等に役立てることが挙げられているが、川端文科大臣は、全国学力調査の狙いは都道府県単位での教育水準向上であるとし、調査は抽出方式で十分とした(78)。方式の変更に関して文科省は、これまでの悉皆調査で全国及び各地域等の信頼性の高いデータが蓄積されたこと、検証改善サイクルの構築が進んでいることを挙げ、従来の調査と一定の継続性を保ちながら抽出調査及び希望利用方式に切り替えるとした(79)。従来の調査目的で明確に打ち出されていた教育委員会や各学校における教育改善については、新しい実施要領では、国として全国の状況把握、教育施策の検証を行うとして、簡易な表現となっている(80)。
(p.64)

『簡易な表現となっている』や『全国学力調査の目的を明確にすることによって、しっかりした仕組みを構築することが望まれる』といった表現から,著者はどうも,今年度の全国学力・学習状況調査に書かれている目的を,次年度以降も使用することに賛同しない立場のようです.
私は,全国学力・学習状況調査に書かれている目的が,実施方法や社会の要請と照らし合わせて,十分適合しているかについては保留するものの,誰もが同意できる目的を定めるというのは非現実的であり,目的は簡潔で無難なものにして,実施方法に力を入れるほうがよいと考えています.さらに,『全国学力テストの目的を明確にせよと主張する人へ:主催する文科省の中で検討の結果,○○を目的とすると決めれば,それを受け入れるのでしょうか?』*4に書いた問題意識を思い出します*5.いろいろな目的については,全国学力テストに望まれていること - わさっきで書いたことがあります.
また,より多くの人が同意できるような目的を決めるのであれば,過去4回分の全国学力・学習状況調査の目的が表現として互いに異なっている(変化している)ことについて,その原因や効果を,その表現だけでなく社会情勢の変化にも基づいて,分析することで,今後に役立つものが得られるのではないかとも考えます.変化については,平成19年度と20年度(初回と2回目)について,全国学力テストに関する疑問2つ - わさっきで指摘しています.残念ながら,詳細に検討できるだけの国語的な素養も,全国学力テストをめぐるさまざまな記事を参照する能力も,私には持ち合わせていません.

*1:なお,「全国学力テストが抽出になったのは日教組の影響だ」というバイアスをお持ちの方が読んでも,得られるものは何もないと思います.

*2:wikipedia:事業仕分け_(行政刷新会議)

*3:http://www.dpj.or.jp/news/?num=16474も見つけました.事業仕分けで連想するのは,wikipedia:構想日本です.事業仕分けに関して,民主党とこの団体との関わりが,いつからだったのかよく分っていなかったのですが,選挙前のこの時点ですでにあったということでしたか.

*4:2008年11月というと,自分が問題意識を持ったのより前だ - わさっき

*5:私自身は「全国学力テストの目的を明確にせよと主張する人」ではないのですが,そうであっても「文科省の中で検討の結果,○○を目的とすると決めれば,それを受け入れるのでしょうか?」は,引き続き考えていくべきことなのです.