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Scientists or Engineers?

「理工系離れ」が経済力を奪う 日経プレミアシリーズ

「理工系離れ」が経済力を奪う 日経プレミアシリーズ

この著者の本は…これですね:分かりやすく抽象的に - わさっき
今回も,興味深い記述があります.経済学部vs工学部です.って,バトルではありませんが.

大学院に入った私は,「統計学輪講」という科目を履修した.(略) ここで私は,工学部のカルチャーと経済学部のカルチャーの違いをたっぷり教えて頂いたのである.
この授業では各学生が順番に,統計学の専門誌に掲載された論文について解説を行い,それについて教授たちが質問する形式で進められるのだが,経済学者は自分がよく読み込んだ論文を学生に発表させ,理解不十分と思われる部分があると質問を浴びせてくる.うまく答えられて当たり前,答えられないときには厳しい叱責が待っている.その間発表者は,顔面蒼白になって叱責に耐えるのである.
一方,工学部の教授はどうかと言えば,まだ自分が読んでいない面白そうな論文を学生に与え,うまく発表すると,「そうか,わかった.これで一つ賢くなった.ありがとう」とお礼を言ってくれる.質問にうまく答えられないときは,別の工学部教授が,「これはこういうことでしょう」と助け船を出してくれる.
最初の数回で,私は経済学者の厳しさにはとてもついていけないと感じた.彼らは他人に厳しい.そしてこのバトルを生き抜いた強者が教授となり,再び学生を厳しくしごくのである.
(pp.59-60)

私はやはり,この「工学部の教授」に共感を抱きます.こういう教授になりたいものです.優しいとか厳しいとかではなく,「面白そうな論文を,読みこなす力量を持つ学生に与えること」「学生の発表を聴きながら,自分もその考えを追い,同意・納得すること」「学生が戸惑ったら,学生当人とゼミの場をより良い方向に進めるための方向性を,即興で決め,示すこと」に,大学教育の中で喜びを感じているからです.
それはそれとして,この本,誰にでも勧められる本ではありません.2009年4月1刷の新書で,日本語は古くさくないのですが,カタカナ語の中に「チャンピオン」や「ダース」といった,日常使わないものがかなり目につきます.
しかしこれについては,私がこの雑記で書いている表現にも,一応辞書には載っているけれど,ここでしか見ることのない頻出語(顰蹙語?)というのが,あると思えばいいのでしょうね.
この本にはもう一つ,古くさいのとは別の要注意語があります.「エンジニア」です.エンジニア倫理(pp.77-78),純正エンジニアの法則(pp.156-158)は,面白おかしくまとめてますねえという感想を持ちました.しかし,『理工系大学で三十五年を過ごす間に,私は約百五十編の論文を書いた.その一編一編には,私が世界で最初に発見した定理もしくは事実が,少なくとも一つ含まれている』(p.156)とあって,そこから純正エンジニアの法則へと話が進むのを見て,疑問を抱きました.
大学畑を歩んできたこの著者は,エンジニアといっていいのか? そして私は?
私は,データベースに着目して,学生と協力してシステムを構築し,本数はさておき査読有り無しで学会発表をする機会を得ております.計算機活用の技術は,それなりに蓄積していますし,必要なら新しい技術を学ぶのも厭いません.技術者倫理については,情報セキュリティを接点として,自習しました.1年生のリレー形式講義で学生に考えさせたこともあります*1
しかしそれでも,自らをエンジニア(技術者)の一員とするには,抵抗があります.
それには大きく二つの理由があって,一つは,この人こそ(計算機に関する)技術者,私はとてもとても,と会うたび思う人がいるからです.
もう一つは,論文を書くというのが,技術者の営みではなく科学者の営みであると考えるからです.科学者は科学者の(より正確には,その分野の)作法で論文を綴ります.技術者も学会では「論文」という,科学者が培ってきた作法のもとで,もちろんその分野の人に理解してもらう形式で,原稿をしたためるわけです.その際の引用は,単に参考にした情報を書けばいいというものではありません.発表する媒体に応じた出典を選び,慣例に則した形式で参考文献を書き,本文で記号を使ってcitationします.
科学者か,技術者か…何かあったなあ.PSY・S(サイズ)の,Friends or Loversです*2.冒頭の本を読み終えた翌朝のバスで,iPodからこの曲を耳にして,この二分法を思いついたのでした.そして頭の中はこの歌詞と同様,クラッシュしてるのです.コンピュータも論文もすきだけど…おっと,変な替え歌になりそうなので,やめときます.
最後に一つ.大学の人か企業の人かを判定するキーワードを.「対応付け」を好んで言うのは大学の人で,「紐付け」を好んで言うのは企業の人です.自分の観察する範囲では.
(当日夜にいくつか修正しました.)