理系のための「即効!」卒業論文術―この通りに書けば卒論ができあがる (ブルーバックス)
- 作者: 中田亨
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/01/21
- メディア: 新書
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本日の主題と関係ないところで感銘を受けたのを,引いておきます.
落語や囲碁将棋の世界にも,大学の研究室と同じように,師弟関係があります.そこでは弟子が自分の師匠につきっきりで教育を受けることは,むしろまれです.たいていはほかの師匠や先輩をたずねて教えを乞います.自分の師匠から学びすぎると,単なる師匠の縮小コピーになってしまいます.ほかの師匠から学ぶ機会を意識的に増やしていかないといけません.
(p.19)
少し前に,私が堺市内の将棋教室に通っていたことを書きました.そこの先生はプロ棋士でしたが,私は決して師弟関係というわけではありませんでした.今思い出すのですが,あるとき,その先生が私でないどなたかに,「棋力を伸ばしたければ,ここの将棋教室に払う月謝と同じ金額を,本を買って読み,福島の関西将棋会館に通うのにかけなさい」とおっしゃっていました.これが「ほかの師匠から学ぶ」なのですね.
本題は,プレゼンのところです.プレゼンスライドの実例(pp.162-165)については,「研究(の)背景」「研究(の)目的」というタイトルをつけない流儀なのは理解しますが*2,PowerPointの第2レベルを「−」から「>」に - わさっきの配慮はしてほしいなあと思いました.
“プレゼンの「7つの禁じ手」”は,いくつか同意,いくつか不同意です.まずはその7つの小見出しを並べてみます(pp.166-175).
- NGその1 プレゼン自体をプレゼンする
- NGその2 研究の背景が迂遠すぎる
- NGその3 スライドが文字だらけ
- NGその4 直接的情報に乏しい
- NGその5 原稿を読み上げる
- NGその6 演出が雑
- NGその7 質問にまっすぐ答えない
自分自身も気をつけないとなあと思った7項目です.ただ,中身に関して,気になるところもあります.
NGその1 プレゼン自体をプレゼンする
2枚目あたりのスライドで「目次」とか「アウトライン」などと銘打って,これからする発表の目次を見せる人がわりといます.「まず序論をお話しします.(中略)最後に結論でまとめます」と,あたりまえの説明をするのです.あたりまえなことをくどくど説明すると,プレゼンは失速します.
誰がこんなやり方を始めたのか知りませんが,おそらく「冠婚葬祭のスピーチ術」といった本を読んで,「まず式次第を言うべし」とあるのを鵜呑みにしたのでしょう.この作法はプレゼンでは有害です.
私の恩師の金子武雄博士は,「研究をプレゼンしろ.プレゼンのプレゼンをするな」と言いました.たとえば「このスライドでは○○を説明します」というセリフも,プレゼンのプレゼンです.本当は「○○に必要な条件はこの3つです」とか,「○○の相関関係はこの図で整理できます」などのように,研究内容を主に据えて語るべきなのです.
(pp.166-167)
私の指導では,目次スライドはあってもなくてもかまいません.
「冠婚葬祭のスピーチ術」を持ち出すのには,違和感があります.プレゼンで連想するのは,「何をするかを言い,したことを言い,何をしたかを言う」だったかと思いますが,Googleでいろいろな言葉を通しても,期待する情報が出てきません.
上の記述の痛いのはまた別にあって,NGその6の説明に書かれている『まず,プレゼンの構成を徴収に理解できるように工夫します.たとえば,複数の実験がある複雑なプレゼンの場合は,どこからどこまでが「実験その1」の話なのか,明確に区切る必要があります.区切り目には「第1部:○○の実験」というタイトルだけのスライドを入れて,はっきりさせます』(p.171)が,部分的とはいえ,プレゼンのプレゼンにしか見えないのです.
想定問答を用意する人もいますが,これは不要でしょう.想定が当たることはほとんどありません.的中率が高い人は,プレゼン自体に意図的に欠陥を作っておいて,そこを質問させるように誘導しているのでしょう.想定問答が作れるなら,プレゼン本体の欠陥を補修すべきです.
(p.175)
想定問答については,私は肯定的です.例年,卒業研究発表会の前日の朝に,私が質問をリストアップして学生に送ります.『想定が当たることはほとんどありません』はその通りです.しかし,口頭発表という,時間的空間的制約の中で発表者が最善になるよう組み立てたストーリーに,完全に納得できる教員・参加者ばかりではありませんから,そのストーリーをさまざまな観点で見直し,安心感を持たせるため,想定問答を用意することにはメリットがあると考えています.私が作るのは,その卒業研究の成果をもとにした次年度のテーマづくりや,学会発表での問題意識として持っておきたいからです.
想定質問*3を作りながら,内容のおかしなところを減らしていくというプレゼン改善法は,読み,書き,聞き,話す - わさっきで書いたことがあります.ときには,学生からの内容に関する質問を受け,答えを考えてみるか,話の組み立てを変えるよう指示することもあります.
*1:『ネーミングの掟と極意 (エンジニア道場)』以来です.今年度は,回し読み予定の本がもう1冊ありますが,リリースのタイミングをはかっているところです.その前に,当雑記でも取り上げたいのですが….
*2:もっといろいろ気になるところはあるけど割愛.http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20100317/1268774945に書いたようにプレゼンを麻雀にたとえると,この実例は牌譜のようですね….
*3:と,私は呼びます.回答は学生に任せるからです.http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20100227/1267211563