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Vergnaudと銀林氏の「かけ算の意味」

Vergnaud

[Vergnaud 1983]

  • Vergnaud, G.: Multiplicative Structures, Acquisition of mathematics concepts and processes, pp.127-174 (1983).

『算数・数学科重要用語300の基礎知識』p.187では,この文献を用いて,乗法の意味を解説しています.Vergnaudには「ヴェルニョー」という読みが記されています.原文を入手していないので,この本から引用します.
乗法の意味として,(1)スカラー関係に基づく乗法,(2)関数関係に基づく乗法,(3)量の積に基づく乗法が挙げられています.(1)には「(求める全体量:x)=(基準量:a)×(倍量:b)」,(2)には「(求める全体量:x)=(単位あたり量:a)×(単位のべ量:b)」という言葉の式が書かれています.(3)については等式はなく,長方形の面積,立体の体積が例示されています.

論文から学ぶ乗法理解

文献を得ることができ,ざっと読みました.著者はフランスの研究者とのこと.著者所属は,第1章に入る前のp.xにフランス語で書かれていますが,研究所の所属らしく,教員ではなさそうです.*1
内容ですが,イントロのあと,「Preliminary Analysis」(pp.128-140)として,著者の経験に基づく3つの乗法の構造,具体的には(a) isomorphism of measures, (b) product of measures, (c) multiple proportionの考え方や問題例が詳しく述べられています.「Experiments」(pp.140-160)では,日本でいう小学校6年生から中学校3年生の児童生徒に問題を解かせ,彼らなりの乗法の構造を浮かび上がらせようとしています.最後に「Further Analysis and Experiments」(pp.160-172)として,分数,(複)比例,ベクトル空間などに言及しています.残りのページはConclusionとReferencesです.
英文の3項目と,日本語の3項目が,マッチしていません.実際,(a) isomorphism of measuresの中に,(1)スカラー関係に基づく乗法と(2)関数関係に基づく乗法が入っていて,(b) product of measuresは(3)量の積に基づく乗法であり,日本語の解説では(c) multiple proportionへの言及がないのです.
ちなみにここの「multiple」は,倍数ではなく「多重の」といった意味合いで,multiple proportionは複比例の関係にある2つの量のかけ算とみなしていいでしょう.電力の関係式P=kR^2Iや,scout campでのシリアルの消費量(cerial=persons×weeks)が,ここに入っています.
興味深かった記述をつまみ食いして書き出し,私訳を加えます.

Example 1. Richard buys 4 cakes priced at 15 cents each. How much does he have to pay?
a = 15, b = 4, M1 = [number of cakes], M2 = [costs]
(例1: リチャードは,1個15セントのケーキを4個買います.いくら払わないといけませんか?
a = 15, b = 4, M1 = [ケーキの個数], M2 = [金額])
(p.129)

From Schema 5.1 children can extract a×b=x. In Example 1, for instance, the child recognizes the situation to be multiplicative, and therefore multiplies 4×15 or 15×4 to find the answer. This binary composition is correct if a and b are viewed as numbers. But, if they are viewed as magnitudes, it is not clear why 4 cakes × 15 cents yields cents and not cakes.
(図5.1から,子どもたちはa×b=xを得る.たとえば例1では,子どもはかけ算の場面であることを認識し,その結果4×15か15×4のいずれかの式で表す.この2項演算は,aとbをともに(純粋な)数と見るなら正しい.しかし,(量の)大きさとして見たとき,4個×15セントによって60セントが得られ60個ではないのがなぜかというと,明らかではない.)
(p.129)

「量」を表す英語として,quantityとmeasureがあるのを知っていましたが,magnitudeも該当するのは新発見です.英辞郎には「《数学》〔線や角度などの〕大きさ」が載っていました.
文中ですが,「4×15か15×4のどちらでもよい」と言っているのではない点に注意です.この段階では,どの式が「正しい」のかという検討は入っておらず*2,読んだ限り文章全体において,どのように「指導」すべきなのかについての言及がありません.
「4 cakes × 15 cents yields cents and not cakes」については,asahi.com(朝日新聞社):2×8ならタコ2本足 - 花まる先生公開授業 - 教育を連想しました.

In Schema 5.3, ×a is a function operator because it represents the coefficient of the linear function from M1 to M2. Its dimension is the quotient of two other dimensions (e.g., cents per cake, kg per ha).
(図5.3において,「×a」は関数作用素である.というのもそれはM1からM2への比例関係の係数(比例定数)を表すからである.その次元は,2つの異なる次元の商となる(たとえば,「ケーキ1個あたりの単価(セント)」,「ヘクタールあたりのキログラム*3」).)
(p.130)

「(1)スカラー関係に基づく乗法」の図と解説もあるのですが,個人的には飛ばして,上記は「(2)関数関係に基づく乗法」から抜き出しています.「a×」という表記は図にも本文にも見られず,「×a」で統一されています.
引用はしませんが,「(1)スカラー関係に基づく乗法」の逆をfirst-type division,「(2)関数関係に基づく乗法」の逆をsecond-type divisionとしています.したがって,著者のモデルに基づいて,わり算が用いられる場面として等分除と包含除があることを学習するのは,スカラー倍の「×b」と関数作用素の「×a」を両方理解してからとなるように読めます.
ここで,比例関係において(単位を無視すれば,交換可能な形の)2種類の式が考えられることについて,過去に検討していることを思い出しました.探すと…6月13日(4. かけ算とプログラミング)です.
以下は脚注として,やや小さなフォントで記されています.

Another procedure for solving multiplication problem consists of adding a+a+a... (b times), but it is not a multiplicative procedure. It only shows that the scalar procedure relies upon iteration of addition. One does not find, in young children, the symmetric procedure b+b+b+... (a times) because it is not meaningful.
(乗法の問題を解く別の手続きは,a+a+a... によりaのb倍を求めることである.それは,累加に基づくスカラーの計算手続きにすぎない.この場合,低年齢の小児は,b+b+b+...によるbのa倍という対称的な式を得ることができない.)
(p.130)

累加への言及があります.そして,まあ,否定的です.
isomorphism of measuresの説明にしたって,aをかけるのとbをかけるのとを書いているので,《積指向》の人なのかと思いたいところですが,どうもそうでないのが,product of measuresにおける,次の記述から読み取れます.

The Cartesian product is so nice that it has very often been used (in France anyway) to introduce multiplication in the second and third grades of elementary school. But many children fail to understand multiplication when it is introduced this way. The arithmetical structure of the Cartesian product, as a product of measures, is indeed very difficult and cannot really be mastered until it is analyzed as a double proportion. Simple proportions should come first.
デカルト積は,(積の考え方として)非常にいいので,フランスではとにかく,小学校の第2〜3学年でかけ算を導入する際に非常によく使われてきた.しかしこの方法で導入すると,多くの児童が,かけ算の理解に失敗している.量の積として,デカルト積による算術的(乗法的)な構造というのは実のところ非常に難しく,複比例として理解できるようになるまでは,その修得は困難である.単純な比例(割合)の問題を最初にもってくるべきである.)
(p.135)

あととの比較のため,multiple proportionの例題を抜き出しておきます.

"A farm, in the Beauce country, has an area of 254.5 ha. Half of it is devoted to growing wheat. The average crop is 6800 kg of wheat per ha. One needs 1.2 kg grain to make 1kg flour; 1.5 kg flour to make 4 loaves. One loaf is, on the average, the daily comsumption of two persons."
(「Beauceのある農場は,254.5ヘクタールの敷地を持つ.その半分で,小麦を栽培している.1ヘクタールあたり平均6800キログラムの収穫量がある.1キログラムの小麦粉を得るには,小麦1.2キログラムを必要とする.1.5キログラムの小麦粉があれば,パン4斤ができる.1斤は,平均して,2人の1日の消費量である.」)
(pp.169-170)

銀林氏

かけ算とわり算 (子どもを賢くする―よくわかる算数の授業)』を底本,『かけ算とわり算 (算数の本質がわかる授業)』ならびに『いろいろな量 (子どもを賢くする?よくわかる算数の授業 )』を対校本として,数学教育協議会の「かけ算の意味」を明らかにしていくことにします.「底本」と「対校本」の使い方が間違っていると思います.使ってみたかっただけです.
それはさておき,特に出典を書いていなければ,以下に記すページ番号は,最初に挙げた書籍によります.また前二者は4月25日で読んでいます.
で,本を読み直したのですが,銀林浩氏は序文だけを書かれていて,「この本のポイント」(pp.6-15)と「解説」(pp.137-155)はともに,加川博道氏によります.pp.7-8に「「かけ算」その4つの意味」とあり,
(1)『1あたり量×いくつ分=全体量』
(2)『かけ算はたし算のくり返し=たし算の簡便算』
(3)『倍のかけ算』
(4)「面積」「体積」を求めるかけ算
が記されています.「『倍のかけ算』は「倍」や「割合」として別に指導すべきだと言えます」(p.8)ともあり,倍概念(スカラー倍)の優先度を低くしていることが読み取れます*4.なお,銀林氏は『数の科学―水道方式の基礎 (1975年) (教育文庫〈7〉)』(pp.100-105)で,「A.(1あたり量)×土台量」「B. 直積型」「C. 倍(倍写像型)」とし,Cは「関数として掛け算を取り上げることになって,教育上好ましくないのである」と書き,「かくて,順序は,A→B―(ずっと間をおいて)→C」と結論づけています.
pp.139-140で4つの意味を再掲し(番号は■に白抜きで1〜4),同様の番号付けで5番目として,「共通しているのは「直積」の考え方」を書いています.《積指向》と見て,いいでしょう.
「1あたり量」を教えるのも,式に「パー書き」を含む単位をつけて書くのも,《積指向》の世界を示すのも,別にかまいません*5.我が子がそれらの教わり方をしたなら,ふーんそうなのねという程度に認識します.
とはいえ「それがかけ算(乗法)なのだ」「それが数学なのだ」「それが算数・数学教育なのだ(教育をこのようにすべきなのだ)」と主張するのは,やめてほしいものです.かけ算の意味に関しては,それが使われる場面(問題,出題)の分類が様々に行われていますし,解く(式に表す)側から見ても,いくつもの考え方があります.《倍の乗法》と《積の乗法》,《倍指向》と《積指向》だって,乱暴な二分法とも言えます.しかしこう分けてみたおかげで,《倍指向》と《積指向》は(一方を他方に帰着できることによって)同等であることを見出したほか,トランプ配りの乗法への適用は,《積指向》を一部使って,《倍指向》で説明を試みていることを,示すことができたのでした.そうするとあとは,いつどのように指導するのが好ましいかという,教育的な観点での議論に移っていくことになり,その議論においては読むべき文献の種類が異なってきます.
最後に,本に戻って…複数のかけ算を使用する問題の記述です.

「かけ算」が歴史上,記録に初めて現れたのは紀元前1650年ころに書かれたといわれるエジプトのいわゆる『リンド・パピルス』と呼ばれている文書です。
(略)
別のところでは次のように読み取れる問題もあります。
「家7軒に1軒ずつネコが7匹,1匹のネコがねずみを7匹とり,1匹のねずみは7穂ずつのエンマ小麦を食べ,1穂のエンマ小麦からは7ヘカトの小麦が取れるなら,小麦は全部で何ヘカトか」(『ヘカト』は容積の単位)。7の等比数列ですが「1あたり量」の見方が見て取れます。
(pp.141-143)

本日のエントリのタイトルのうち,「かけ算の意味」のところは「小麦の使いどころ」にしたほうがよかったかな.

追記:《倍指向》クイックガイド

《倍指向》を理解するための最初の最初は,次の文章です.定義だけでなく,教育的配慮も踏まえての《倍指向》とお考えください.

2. 乗法の意味
(1) 数学的な立場から
数学はできるだけ少数の基礎的概念を基にして新しい概念を構成するという立場をとるから,乗法は加法を基にして,同数累加として定義される.すなわち,乗法は次の2つの式で一般に定義される.
(i) a×1=a
(ii) a×(b+1)=a×b+a
すなわち,aに1をかけるとはa自身のことであると定義し,a×2, a×3, ……は,2,3,…の定義と(ii)を用いて
a×2=a×(1+1)=a×1+a=a+a
a×3=a×(2+1)=a×2+a=(a+a)+a
……………
のように,順次同数累加として定義される.これは既知の加法を基にして,乗法を定義する立場であるから,数学的には正しいが,算数指導では,このような論理的立場をとるのではなく,子どもの経験世界を基にするので,このような立場をとるわけにはいかない.第一,×1を最初に定義するようなことは,子どもの心理や乗法の必要性から考えて,子どもには受け入れ難いことである.
(内海庄三: 「整数の乗除」の意味と計算指導のキーポイント, 整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究), p.121)

6月8日

ただしこれは,自然数における乗法です(0を取り入れるのは,それほど難しくありませんが).分数(有理数)への拡張については,数学的には

  • Nagumo, M.: Quantities and real numbers, Osaka Journal of Mathematics, Vol.14, Num.1, pp.1-10 (1977).

を,数学教育の立場からは

をおすすめします.論文2点の入手方法は,先月10日に記載しています.私のレビューでよければ,7日23日16日からどうぞ.
最後に,倍指向と積指向の整理もご覧いただければと思います.
(同日夜にいろいろ書き換えました.4と15をかけて,なんで45にしてしまったんだろう….)

*1:それと,同一著者・同一題目ながら別の文献の概要を,柏木美穂: 算数・数学学習におけるわり算に関する研究 〜概念領域に焦点を当てて〜, 鳥取大学 平成22年度卒業論文, http://www.rs.tottori-u.ac.jp/mathedu/mathedu/journal_files/13-10.pdf,より知ることができました.図はほぼ共通しています.

*2:実験において,Table 5.2 (p.148)では,正誤を含む様々な解答類型が記載されています.

*3:例2(p.129)として,「ある農場は45.8ヘクタールの敷地で,1ヘクタールあたり6850キログラムのトウモロコシを収穫している.全体では何キログラムか?」という問題が載っています.

*4:小学2年生がかけ算を習う時期になりました | メタメタの日の「倍」に対する批判も,おそらく根は同一なのでしょう.なぜ「かけ算の早い段階で説明してい」るのかは,学習指導要領解説(《算数解説》)の,「乗法が用いられる場合とその意味」が根拠になりそうです.個人的にもかつてどこかで思い違いをしていたのですが,その解説において「一つ分の大きさ」と「一つの大きさ」の使い分けは重要なところです.

*5:と言いたいのですが,3年で学習することになる,乗法の結合法則の指導には難があることを挙げておきたいと思います.このアプローチでは,1あたり量(内包量)どうしでのかけ算を必要とするように見えます.《積指向》に基づく結合法則は,(学年は上がりますが)体積の縦・横・高さの関係で説明できるといえばできるのですが,「縦×横×高さ」と一つ,書いてしまうと,「(縦×横)×高さ」と「縦×(横×高さ)」しか見ることができないのです(かけ算の組み合わせは6通りあるはずなのに).なお,非可換な群(環,体)においても要請されるという点において,代数的構造を見るにあたり結合法則は基礎的なものであると言えますし,小学校の学習においても,総合式と分解式を学ぶ際の有用な架け橋になると考えています.