1. 「式で表される場面の集合」とは
「式」というのは,小学校(に限りませんが)で書くような数式です.議論を単純にするため,「3×5」の形のいわゆるフレーズ型の式を対象とし,「3×5=15」の形のいわゆるセンテンス型は採用しません.
まずは,「3×5で表される場面の集合」を考えてみます.なぜ「集合」とするのかというと,数学的な記述や検討をしやすくするのに加えて,「3×5で表される場面って,一つじゃないよね」という素朴な発想が,もとになっています.
8月2日付エントリでは,以下の3つがその集合に属すると述べました.(先頭の「s数字」はその項目のラベルで,あとで使います.)
- s1:“さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。”
- s2:“1さらに りんごが 3こずつ のって います。そんな さらが 5まい あります。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。”
- s3:“5枚の皿に3個ずつ乗った林檎の総数”
これらの「5」と「3」を入れ替えた,次の3項目はというと,「5×3で表される場面の集合」に属することになります.
- s4:“さらが 3まい あります。1さらに りんごが 5こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。”
- s5:“1さらに りんごが 5こずつ のって います。そんな さらが 3まい あります。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。”
- s6:“3枚の皿に5個ずつ乗った林檎の総数”
「〜の集合」という日本語では,説明が長くなるので,数学的に表すことにします.「式xで表される場面の集合」を S_x_ と書きます.すると上の話は,次のようになります.
- s1, s2, s3 ∈ S_3×5_
- s4, s5, s6 ∈ S_5×3_
ここまでの段階では,s1, s2, s3 ∈ S_5×3_ であるかどうかや,s4, s5, s6 ∈ S_3×5_ であるかどうかは,考えないものとします.(あとで見ていきます.)
2. 疑問
このような集合 S_x_ について,自然に発生する疑問は,次の2つでしょう.
- S_x_ は無限集合になるのではないか?
- S_x_ を同定(一意に定めることが)できるのか?
まず,はじめの疑問については,そのとおりで,無限集合になると思います.S_x_に属する場面sがあれば,式xに影響を及ぼさないように情報を増やしてできる場面s'も,S_x_に属します.
後者については,人によって異なるだろうと思っています.といっても,人それぞれでまったく異なる(要素からなる,同一名称の)集合ができる,というわけではありません.
あとで,被乗数と乗数の区別をつけてかけ算の式に表すポリシーではこう,いわゆる非順序派の間ではこう,となるような関係式を求めることにします.
3. 集合を構成するもの
そのように,“集合の性質”をいうことができるのには,大きく分けて2つの要因があります.
まず,「人によって異なる」については,「信念論理」を念頭に置いています.例えば,「s4∈S_3×5_であると,Aliceは信じる」「s4∈S_3×5_であると,Bobは信じる」といった書き方ができます.そういった問題の記述の枠組みは,wikipedia:様相論理,wikipedia:認識論理に見ることができます.今年書いたAlice loves Bob.も合わせてご覧ください.
信念論理では,「誰それは信じる」の部分を,信じる対象と分けて記述することになりますが,それが面倒であれば,「Aliceが,3×5で表せると思っている場面の集合」「Bobが(以下同文)」といった形の集合で書くのでも,問題はないと思います.
それから,集合S_x_に対して,何を要請しておけばいいのかを見ておきます.これは,具体的な(xの定まった)集合S_x_に,具体的な場面sが属するか否かの判定ができることを,前提とします*1.そしてそれが行えれば,集合論の入門で学ぶ書き方や性質から,いろいろなことが確認できます.いくつか挙げておきます.
- s∈S_x_ でなければ,sS_x_
- s∈S_x1_ を満たす全ての場面sに対して,s∈S_x2_ ならば,S_x1_⊆S_x2_
- S_x1_⊆S_x2_ かつ S_x2_⊆S_x1_ であるとき,かつそのときに限り,S_x1=S_x2_
- s∈S_x1_ かつ sS_x2_,または,sS_x1_ かつ s∈S_x2_ であるような場面sが存在するとき,S_x1_≠S_x2_
- s∈S_x1_ かつ s∈S_x2_ であるような場面sからなる集合を,S_x1_とS_x2_の共通部分といい,S_x1_∩S_x2_ と書く
4. 「3×5と5×3,答えは同じだけど,意味は違う」とは
aとbを相異なる数とします.小学校の2年すなわちかけ算を学習している段階で,学級内で共有されているのは S_a×b_≠S_b×a_ です.これは,
- s1, s2, s3 ∈ S_3×5_
- s4, s5, s6 ∈ S_5×3_
であるのに加えて,
- s1, s2, s3 S_5×3_
- s4, s5, s6 S_3×5_
となるからです.
「かけ算には順序がない」という信念あるいは判断基準のもとでは
- s1, s2, s3 ∈ S_3×5_
- s4, s5, s6 ∈ S_5×3_
であるのに加えて,
- s1, s2, s3 ∈ S_5×3_
- s4, s5, s6 ∈ S_3×5_
となります.なので,S_a×b_=S_b×a_ として良さそうです.
これらを比較すると,次のことが言えます.非順序派は,一つの式で表せる対象を,広くとることを重視します.それに対して,小学校の指導は,一つの式で表せる対象が,より狭くなりますので,被乗数・乗数を交換した式との「書き分け」が行えます.
「3×5と5×3は,答え(積)は同じだけど,意味は違う」というのも,3×5=5×3 および S_3×5_≠S_5×3_ によって表すことができます.
5. アレイ,場面,式の意味
ところで,S_a×b_≠S_b×a_ というのは,S_a×b_とS_b×a_のいずれか一方に属する場面があることを示せば十分です.それを押し進めて,どんな場面も,S_a×b_とS_b×a_のいずれか一方に属するなら,他方には属さないのか,を考えてみます.集合の式で表すと,S_a×b_∩S_b×a_=∅となります.これですが,小学校の2年の段階でも,偽になります.というのも,3行5列のアレイ
で○の総数を求める場面というのは,S_3×5_ にも S_5×3_ にも属するからです.このことは,S_a×b_≠S_b×a_ のもとでは,{S_a×b_}(集合の集合です)が「(かけ算の)式で表される場面全体からなる集合」の分割にならないこと,そして同値類を得るのも困難であることを意味します*2.
アレイについて,もう一言.S_3×5_ を象徴するアレイ図は,例えば次のとおりとなります.
この囲い込みありのアレイ図が,囲い込みなしのアレイ図と何が異なるのかというと,場面が異なるのです.
ここまでをまとめますと,「式の意味」とは「(その)式で表される場面の集合」を言います.
6. 事例から
(1)
さらに、次の基準A,Bを設定した。基準Aでは、被乗数と乗数の位置を問わず正答とした。例えば、「5×6」の話を作ることが要求されている作問課題に対して「6×5」の話が作られたときも正答とした。同様に、文章題では「5×3」の式を作るべきところ「3×5」の式でも正答とした。これに対して、基準Bでは、そういった場合を正答として認めなかった。算数の正答基準として適切なのは、基準Bであると考えられる。
(金田茂裕: 小学2年生の乗法場面に関する理解, 東洋大学文学部紀要 教育学科編, No.34, p.42.Re: 「かけ算の順序論争の歴史」を考えるより孫引き)
基準Aは S_a×b_=S_b×a_,基準Bは S_a×b_≠S_b×a_ にそれぞれ対応します.
(2)
5×3をめぐるお話・第1話を余談で話す
- 1回目の「ごさんじゅうご」:5個/人×3人=15個
- チョコレートを配るとき:5個/回×3回=15個.この式からは,一人につき何個受け取ったかが見えない.
- 2回目の「ごさんじゅうご」:5人×3個/人=15個
場面として書くと,“チョコレートを5個ずつ3人が持つ”と“チョコレートを5人に1個ずつ3回配る”と“チョコレートを5人が3個ずつ持つ”がすべて,S_5×3_ に属することを意味します.
(3)
かけ算の意味が子どもに理解できているかどうかの最終的なツメです。意味がわかれば,問題がつくれるからです。そこで,「6×8の文章題をつくりましょう」と問題を出し,ノートに文章題をつくらせました。
〔子どもがつくった文章題〕
1) 1あたり量が先にきている問題
- 1はこにトイレットペーパーが6ロールはいっています。そのはこが8こあります。トイレットペーパーはなんロールありますか。
- 1ぴきの「なまず」の水そうに,えさの「めだか」を6ぴきずつ入れることになりました。「なまず」の水そうは8こです。さて「めだか」はなんびきいるでしょうか。
2) 分量が先にきている問題
- ねこが8ぴきいます。1ぴきにすずを6こつけると,すずは何こいりますか。
- 8びんにジュースが6dlあります。ジュースは何dlですか。
- 車が8だいありました。どの車にも人が6人ずついます。ぜんぶでなん人いるでしょう。
3) つまずいている例
- 1さつ8ページの本があります。その本が6さつあります。全部で本のページはいくつでしょう。
- ふねが6そうとまっています。人間が8人ずつのっています。ふねは,何そういるでしょう。
(『さんすうの授業 第1階梯―自主編成研究講座 小学校1・2・3年生』p.176.かけ算・資料集1(2010年までの書籍)より孫引き)
「6×8の文章題をつくりましょう」は「S_6×8_ の要素を一つ,見つけましょう」に対応づけられます.「つまずいている例」のそれぞれは,S_6×8_ に属さないものとなります.
(最終更新日時:Sat Aug 11 07:50:45 2012ごろ.タイトルを「式で表される場面の集合」から変更し,いくつか書き換えました.)