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4×3と3×4 (その2)


4×3と3×4,答えは同じでも意味が違う」に関して,数学的な観点から検討を深めるための図を作り直しました.以下,wikipedia:集合wikipedia:二項関係wikipedia:同値関係wikipedia:2部グラフwikipedia:en:Graph theory*1の概念や用語・記法は定義せずに使います.
場面の集合Sと式の集合Eを用意します.すると,場面と式の対応づけFは,S×Eの部分集合として表されます.上の図だと,(s1,3×4),(s2,4×3)∈Fとなります.図にはありませんが,(s1,3+3+3+3),(s2,4+4+4)∈Fでもあります.
(S∪E,F)は2部グラフとなります.立式とは,場面s∈Sが与えられたときに,(s,e)∈Fを満たすe∈Eを発見することです.また式の読みや作問は,式e∈Eを定めたときに,(s,e)∈Fを満たすs∈Sを求めることと関連づけられます.
乗法の交換法則をはじめとする計算の諸性質は,Eの同値関係=に反映されます.これは,集合Q⊂E×E(ただし(a,b)∈Q⇔a=b)として表されます.
4×3∈Eおよび3×4∈Eであり,それらは記号の系列として異なる(Eの相異なる元である)けれども,算数においては4×3=12=4×3((4×3,12),(12,4×3)∈Q,したがって(4×3,4×3)∈Q)が成立します.しかしこれを理由として,「4×3と3×4,答えは同じでも意味が違う」と結論づけても,納得できない人が多いかと思います.そこで,場面に着目して,「答えは同じでも意味が違う」の表現を試みます.
Sにおける2種類の同値関係R1,R2(いずれもS×Sの部分集合です)を,次の条件を満たすよう定めます.

  • (a,b)∈R1⇔∀e∈E[(a,e),(b,e)∈Fまたは(a,e),(b,e)\not\inF]
  • (a,b)∈R2⇔∃e1,e2∈E[(a,e1),(b,e2)∈F,(e1,e2)∈Q]

上の図のs1,s2,s3,s4の間で,各関係を満たしているかを見ておきます.(s3,3×4),(s3,4×3),(s3,2×6),(s3,6×2),(s4,3×4),(s4,4×3)∈Fという対応づけを仮定すると*2,どれもR1のもとで同値ではなく,R2のもとで同値となります.
したがって,「a×bとb×a,答えは同じでも意味が違う」の数学的記述というのは,S,E,Fの集合のもとで,関係R2とR1を採用することと言えます.
あとは実用や算数教育のための補足です.R1の定義は,以下のものに置き換えても同じことです.

  • (a,b)∈R1⇔¬∃e∈E[(a,e)∈F,(b,e)\not\inF]

これは,「2つの対象a,bのうちaはある性質を満たすが,bはその性質を満たさないので,aとbは異なる」という主張の“対象”と“性質”をそれぞれ“場面”と“式(で表される)”に置き換えたものとなります.
ここで存在記号を用いた,以下の条件を満たす同値関係R3を考え,R1と比較してみます.

  • ∃e∈E[(a,e),(b,e)∈F]⇒(a,b)∈R3

R3は,かけ算の順序に批判的な人々が好んで採用している同値関係となっています.例えば,遠山啓「6×4,4×6論争にひそむ意味」に書かれている,トランプ配りの乗法への適用は(s1,s4)∈R3*3で,また6つずつ4列ならんでいる机は(s1,s3)∈R3で,それぞれ表現できます.
R1とR3の間で言えることがいくつかあります.まず,(a,b)∈R1ならば(a,b)∈R3ですが逆は必ずしも成り立ちません.同値関係により同値類が得られる(ベン図で表すと,領域を分割する)ことに注意すると,R1によるSの分割は,R3によるそれよりも細かくなります.
R1とR3のどちらが採用されているかというと,かけ算の意味を学習している段階では,s1とs2を区別するR1が採用されていることを,国内外の算数の本から見てきています(□×△と△×□の違い:事例).
このように見ていくと,算数教育とネット上の言説とを比較しやすくなります.
最後に,SとEとFがどのような集合となるかについて,本記事では明示してきませんでした.これは意図的なものでして,というのはどの集合も,学級や学習の状況に応じて設定されるものだからです.例えばかけ算の式として欧米式の「いくつ分×一つ分の大きさ=全体の大きさ(multiplier x multiplicand = product)」を採用すれば,図は次のようになります.

高学年の「かけ算の順序」について,全国学力テストの解説資料にある「乗数と被乗数を入れ替えた式なども許容する。」という注意書きは,FとQを組み合わせることで記述が可能です.すなわち,場面sに対し正解となる式は,厳格には{e|(s,e)∈F}ですが,許容するものを含めると{e|(s,e')∈F,(e',e)∈Q}となります.

*1:英語版ではG=(V, E),wikipedia:グラフ理論ではG:=(f,V,E)を採用していますが,本記事では英語版に基づいています.

*2:s3と式との対応づけに関してはアレイ図を参照ください.

*3:3行4列のアレイを,4行6列のアレイに置き換えます.s2ほかも同様です.