5×aやa×3,かけ算の順
- 吉川成夫: 思考力・表現力を育てるための学習指導の連続性, 小学算数通信 coMPass 2012年・春号, 教育出版, pp.3-5 (2012). http://www.kyoiku-shuppan.co.jp/pages/ktsushin/pdf/12ss_03sansu.pdf
手持ちデータで検索したところ*1,上記の著者は,今年度からの教育出版の算数教科書にも,同じ大学および職位で,編集者として名前が挙がっています.
「1. 小中合同での授業研究会」から始まっています.そして「2. 算数・数学での思考力と表現力」の中に,中学数学を念頭に置きつつ,小学算数における「かけ算の順」への言及がありました.
小学校では,かけ算は整数からはじまり,計算の仕方を新しく考えながら,小数や分数へと範囲が広がっていく。「かけられる数」と「かける数」の順を意識して式に表すのも必要である。
小学校6年から文字を用いた式による表現を指導し,5×aやa×3などの式に表すようになる。aは整数でも,小数や分数でもよいとわかるのである。さらに中学校へ進むと,文字式では,かけ算の演算記号を省略して,5aや3aなどと表すようになる。数を先に書き,文字を後に書くようになるので,かけ算の順は意識されなくなる。このように,小学校から中学校へと指導がつながっていくのである。
何年か前の新聞紙上に,「数学の文字式では,数の後に文字を書くという表し方が一般的なので,小学校2年の授業で『かけられる数』と『かける数』の順を教えるのはおかしい」という(大学の数学教授からの)投書が掲載されていた。しかし,小学生に計算の意味を指導するという点からは,式に表すときに数の順を区別するのは必要なことである。なお欧米の小学校での教科書でも,かけられる数とかける数は区別しており,日本とは逆の順で指導している。
「(大学の数学教授からの)投書」について,記事中に出典などはなく,自分の記憶や記録をたどっても,思い当たるものが出てきません.
ただ,出典なしの事例批判を,どちらかというと「かけ算の順序」に否定的な立場の文章で多く見てきた*2者として,少々新鮮に映りました.
上記引用について,小学校の算数指導の自然な流れとして賛同するものの,計算の意味やかけ算の意味,言い換えると「(教育出版の算数教科書において)どのようなタイプのかけ算をどの学年で学習するか」が明記されていないのは,批判的な人々にとって攻撃の材料になるかもしれないな*3と感じました.
ともあれ,思い浮かんだ情報を:
「ひとつ分」×「いくつ分」という順番
- 作者: 大栗博司
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2015/03/18
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (4件) を見る
Kindle版を読んで気になった記述があり*5,書籍も購入しました.
まずは「交換則」と絡めた「掛け算」の「順番/順序」について(p.36).
また、「交換則」というものもある。
交換則:a+b=b+a、a×b=b×a。
算数の時間に、「1個100円のリンゴを5個買います。全部でいくらでしょう」と問われて、「5×100=500なので500円」と答えると、式が「ひとつ分」×「いくつ分」という順番ではないので、不正解とする小学校があるそうだ。しかし、掛け算には交換則があるので、順序を変えても答えは同じだ。
交換則を意識した上で,算数における2つの因数の区別の必要性は,かけ算の順序・海外状況で整理してきたとおりです.
また「不正解とする小学校があるそうだ」「順序を変えても答えは同じだ」は,直接的な批判を避けた,著者なりの表現の選択と,読んで感じました.とはいえ,不正解の扱いなどに関して,比較的最近の出来事で思い浮かぶものもあります.東京で6万人の2年生に出題し,正答率ほかを公表しておりhttp://tosanken.main.jp/data/H25/happyou/20131018-7.pdf#page=6 http://tosanken.main.jp/data/H23/happyou/20111021-7.pdf#page=7や,その結果を東京書籍の算数教科書に反映させていますhttp://ten.tokyo-shoseki.co.jp/text/shou/sansu/files/web_s_sansu_gakuryoku1.pdf#page=2し,その種の出題は東京書籍に限りませんhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140629/1403967600.
むしろ驚いたのは,その数ページ先です.マイナス×マイナスがプラスになるのを説明する際に,「ひとつ分」×「いくつ分」の式を駆使しています(pp.41-42).
負の数の性質の中でも、最もふしぎなものは、負の数に負の数を掛けると正の数になるというものだろう。大人になっても、いまだに納得できないという人も多い。この間も、東京大学の工学部を卒業して一流企業の技術系役員になっている友人と食事をしていたら、「あらためて聞くが」と切り出されて、「マイナス1とマイナスを掛けるとプラス1になるのは、本当のところはなぜなんだ」と問われた。これは中学数学の最大の謎のひとつと言ってもいいかもしれない。
まず、正の数に負の数を掛けると負の数になるのはなぜかを、考えてみよう。たとえば、君が毎日100円ずつお小遣いをもらって、使わないで貯金しているとしよう。1日たつと100円、2日たつと200円、お金が貯まっていく。n日たつと、100×n円お金が貯まっているはずだ。では、この100×nで、nを負の数にしたらどうなるか。n=-1とは1日前、つまり昨日という意味だとすると、昨日には今日より100円お金が少なかったので、100×(-1)=-100となるはずだ。一昨日、つまりn=-2のときには、200円少なかったので、100×(-2)=-200。これから、正の数100に負の数(-2)を掛けると、負の数(-200)になることがわかる。
これは、基本原則からは、どう説明できるのか。ポイントは、引き算と掛け算の分配則だ。(略)
では、懸案の、負の数と負の数の掛け算について考えよう。君が毎日学校の帰りに100円のジュースを買うとする。今度はお小遣いがもらえないとすると、貯金が毎日100円ずつ減っていく。1日たつと100円、2日たつと200円減る。n日たつと、100×n円減っている。これを(-100)×nと表すことにする。ここで、1日前のことを考えて、n=-1としたらどうなるだろう。毎日100円のジュースを買って、100円ずつ貯金が減っているのだから、昨日には今日より100円多く貯金があったはずだ。つまり、(-100)×(-1)=100でなければいけない。一昨日、つまりn=-2には、200円多かったはずだから、(-100)×(-2)=200となる。負の数と負の数を掛けると、正の数になると予想される。
これも、分配則から導くことができる。(略)*6
(pp.41-42)
「100×n」「(-100)×n」の式は,「ひとつ分」×「いくつ分」の形です.nに負の数を代入した式も同様です.
前の引用,すなわちp.36の記述と,照らし合わせたとき,妥当と思われる推論として,次のように言うことができます:具体的な場面に基づいたかけ算の説明には,「ひとつ分」×「いくつ分」の形が便利である.しかし「ひとつ分」×「いくつ分」は,かけ算の使われ方*7のすべてではない.
この立場において,それではどんな種類あるいは式のかけ算を,小学校の算数で学べばよいかを,追っていけると,いいのですが,『数学の言葉で世界を見たら』はどうやらそこに関心が向いておらず,最近目にした,数学者らが挙げるのはアレイに基づくものばかりで,教育的に面白みがありません.
拡張のしかた
引き続き,『数学の言葉で世界を見たら父から娘に贈る数学』からです.
図2-1に今回話をする数の世界の地図を描いておいた。僕らは、自然数から始めて、引き算が自由にできるように、数の世界をゼロや負の数に拡張した。わり算を自由にできるように、分数を考えるのが、次の話だ。その次には無理数の世界が待っている。では、数の世界の探検を続けよう。
(p.43)
図2-1はベン図です.「自然数」「ゼロと負の数」「分数」「無理数」という4つのラベルがあり,1つずつ取り込みながら,拡張している構成になっています.
とはいえ算数・数学教育を少しでも親しんでいると,この拡張の仕方には違和感があります.数と計算において,正の整数で演算できるようになれば,次は,小数・分数です.具体物などを用いて,それらの数量的な概念を理解してから,小数・分数を用いた加減乗除を学びます.負の数は,中学校に入ってからです.
算数でよく見かけるのは,「乗法の意味の拡張」です.5年で学習し,整数または小数に,小数をかけるシチュエーションを指します.次の3つが特徴的です.
小数の乗法では,乗数が小数の場合にも用いることができるように意味の拡張を図る。例えば,120×2.5の意味を考えるとき,下のような数直線を用いて表したり,「120を1とみたとき,2.5に当たる大きさ」と言葉で表したり,公式や言葉の式を利用したりして,乗法の意味を説明することになる。
- 中島健三: 乗法の意味についての論争と問題点についての考察 (1968). http://ci.nii.ac.jp/naid/110003849391
b) 小数・分数(有理数)の場合に,どんな意味づけをするか.
累加の考えの問題点は,周知のように,整数の場合ではなく,乗数が有理数の際に起こる.わが国の場合は,累加という考えをそのまま用いないで,次のような意味に一般化(拡張)する方法をとっている.すなわち,
A×Bについて,A,Bを次の意味に対応させる.下の図では,A×Bは,Bの目盛に対応する大きさをよみとることに当たる.
A……基準(単位)とする大きさ
B……Aを単位とした測定数(measure)
(略)
この考えの長所として,次のような点をあげることができる.
ア.乗数が整数の場合,すなわち,累加の考えを特別な場合として含んでおり,整数,および,小数・分数に関係なく,一貫して用いられること.しかも,実数の場合の発展も困難ではない.
イ.この指導を通して,整数の場合にとった乗法の意味を拡張することの必要性を意識させ,拡張の考えを用いる機会をこどもに与えることができること.
ウ.小数,分数の乗法が適用される場合を,この意味にもとずいて一般的に理解させ,乗法の適用判断を統一的に能率よく行なうことができること.
- 『数学教育学研究ハンドブック』(pp.74-75)
これらの研究成果から,乗法・除法の意味づけにおいては,数学的な考え方の育成を目指す立場からは,割合による意味づけに教育的な価値がある。これは,整数は同数累加で導入し,乗数が小数になった段階で同数累加では意味づけられなくなる。そこで,被乗数,乗数の意味を(基準量)×(割合)と拡張し,これまでの整数の場合と同様に用いることができるようにすることである。数学的な考え方を育成するためには,意味の拡張は重要な指導の場となってくる。
負の数のかけ算を,小数・分数より先に行う文献はというと,戦前の本にありました.
目次によると,「第三章 負数」で,この中に「負数の四則演算」も入っています.小数ほかについては「第五章 小数及び分数」で取り扱われています*9.
マイナス×マイナスの例文を書き出してみます(pp.42-43.漢字およびかな表記は現代のものに改めました).
実際問題に依る誘導 上に与えた負数を含む乗除法の演算を事実問題を用ひて誘導せんとする企には次の如きものがある.
(1) 毎日5円宛の損失3日では15円の損失である.故に(-5)×3=-15を得る.又毎日5円宛の利益を得ることとすれば,3日前には現在よりも15円のふそくであらう.依て5×(-3)=-15である.尚,毎日5円宛の損失を生ずるものとするとき,3日前には現在よりも15円の財産を有して居るわけである.従つて(-5)×(-3)=15である.
『数学の言葉で世界を見たら父から娘に贈る数学』pp.41-42とほぼ同じ流れを,見ることができます.とはいえ,過去の情報を並べて,今年発行された本が陳腐であると主張したいわけではありません.
あえて言うなら,マイナス×マイナスがプラスになるのはなぜか,これは難しそうな問題だと,読者に思わせておいて,「数量を割り当てて説明する」と「代数的に証明する」のどっちでも優しく説明できるんだよという流れを,見る機会となったのでした.
演算の拡張の仕方として,(正の)小数・分数を先にしても,負の数(整数)を先にしても,どちらでも算数・数学の指導の系統としては成立します.実際,『小学算術教材ノ基礎的研究』の第五章も,負の数の知識はない状態で読むことができます.章内のp.96に,「負の分数」が取り上げられていて,やなどの式が例示されていました.
掛け算論争①,②
2つを読んで,これまでに書いてきたもの,見てきた情報を挙げておきます.
- 論争(交換法則,単位表記,かけ算の他の事例を含む)
- 「しかし優等生ではありません。優等生なら書き直します」
- 面積
- 単位の換算
それ以外について.
公立の小学校では、掛け算の順序が大事と教えるそうです。
カッシーの中学受験ブログ 掛け算論争①
おそらくそれは「ネットde真実」です.
小学校では,かけられる数とかける数の意味を大事にし,かけ算の式に表すことを指導しています.書籍では『小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)』pp.91-92が最も明快であり,出題例は,この記事の上で記した「東京で6万人の2年生に出題」から知ることができます.教科書において「順序」は,結合法則に関するところで用いられています*10.
また私立についてはなっとくワーク 1〜3年生が,状況を知る一助となります.
さまざまな指導例・出題例を,批判する人々が十把一絡げにして「掛け算の順序」というラベリングをしてきたのが実情です.
【明記が必要】
もし、前につく単位が「円」で後ろにつく単位が「個」と決まっているのであれば、それをテストの問題用紙に明記する必要があると思います。例えば以下のようにです。掛け算の式を作る時は、「1個あたりの数」×「その個数」で表しなさい
カッシーの中学受験ブログ 掛け算論争①
賛同できません.「100−200×4」という式を計算させるテスト問題で,「かけ算を,ひき算より先に計算しなさい。」と明記するのはナンセンスだからです.
ちなみに「100−200×4」は,平成26年度の全国学力テスト算数Aの出題です.どんな計算問題,文章題においても,答えが1つに定まっているわけではなく,全国学力テストだと,解説(解答類型)で「乗数と被乗数を入れ替えた式なども許容する。」という注意書きがついています.「100−200×4」の出題の直前は,「2÷5」で,「(わりきれるまで計算して,商を小数で書きましょう。)」という指示が添えられており,これがもしなければ,や「0あまり2」も正解となり得ます.
どのように指示を与えるべきかについては,調査・出題の事例を収集して検討したいところですが,批判したがる人々の中で,そういった集積は,残念ながら見当たりません.
*1:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20140623/1403471968
*2:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20150511/1431286280で挙げた文章はすべて該当します.
*3:明記されてあっても,「コレコレは学習しないのか」と攻撃するだけなのですけどね.
*4:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20120213/1329083228
*5:https://twitter.com/takehikom/status/598239101838495745
*6:書かれている導き方については,分配則(a+b)×c=a×c+b×cが,aやbが負の数でも成り立つことと,「両辺に100を足せば」(p.43)に関連してX=YならばX+Z=Y+Zが成立することにも,同意しておく必要があります.中学1年の,負の数の計算を学習する段階で,それらを要請するのは酷と言えます.
*7:当初ここを「かけ算の意味」と書いていましたが,本文の通り変更しました.一つ分の数=かけられる数と,いくつ分=かける数とを,区別して認識した上で,式は「一つ分の数×いくつ分」でも「いくつ分×一つ分の数」でもいいじゃないかという主張する可能性があるからです.
*8:最初に取り上げたのは:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130125/1359060163
*9:「第一編 数及び演算」の全ての章を書いておくと:第一章 自然数/第二章 演算/第三章 負数/第四章 整数の性質/第五章 小数及び分数/第六章 無理数