わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

□×1.6=168

 記事全体の所感を書くのは差し控えます.https://twitter.com/flute23432/status/1366588828165660672と,そこまでに至る一連のツイートを,興味深く読みました.
 記事に貼り付けられた画像のうち,2枚目の右側を,掘り下げることにします.見開きのノートの右ページで,「もとにする量の求め方を考えよう。」の青囲みから始まっています.
 すぐ下に,「生まれたて」と「1週間後」をそれぞれ箱で囲み,線で結んでいる図があります.この図式には見覚えがあり,啓林館のWebサイトで探すと見つかりました.2020年度用 算数 教科書のご案内 | 小学校 | 啓林館でリンクされている割合 図の系統の最初のページの右下,「関係図」です.

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 「生まれたて」「1週間後」の関係図には,結ぶ線の上に青色で「160%」,その下に赤色で,下向き矢印と「1.6倍」が書かれています.検索してみると,http://www.nc.gunma-boe.gsn.ed.jp/?action=common_download_main&upload_id=2658#page=2に「1週間前に生まれたネコがいます。今の体重は168gです。168gは、生まれた時の体重の160%にあたります。生まれた時の体重は何gですか。」という問題文を見つけました.「ネコ」ではなく「ねこ」と表記しているものにもヒット*1しまして,授業でよく用いられている問題と思ってよさそうです.
 ノートでは,関係図の下に,「(105の箱囲み)×1.6=168」と「(105の箱囲み)=168÷1.6」という式を,それぞれ2行分を使って書いています.実際には「□×1.6=168」,そして「□=168÷1.6」を書き,168÷1.6の筆算で105を得てから,2つの箱の中に105を書き入れたと推測できます.筆算の下には,消された痕がありますが,「168÷1.6=105」と「A105g」が読み取れます.ページ最上部(もとにする量の求め方を考えよう。)に呼応する形で,最下部の「もと(に)する量=比べられる量÷(割合)」の赤字で,締めくくっています.
 少し,考えてみます.この1ページと,ブログ記事本文を見て思い浮かぶ疑問は,「もとにする量=比べられる量÷割合」という公式化が,果たして必要なのかどうかです.なお,サブブログ(かけ算の順序の昔話)で先月,公式について取りまとめています.前者のリンク先では「割合=比べる量÷基にする量」について検討しています.

 文章題が与えられ,生まれたての体重を求めるだけであれば,公式は不要です.
 しかしながら,立式なしというわけにもいきません.今回の自筆の中で,最も重要なのは「□×1.6=168」です.これは,ノートの左隣のページの「比べられる量=もとにする量×割合」に当てはめたもの,というよりは,関係図を,割合学習よりも前,「小数のかけ算・わり算」といった単元で学んでいて,この場面に適用したと捉えるべきでしょう.ただし「□×160=168」や「□×160%=168g」は良くなく,160%を1.6倍に置き換える操作は,割合(百分率)で学習するものとなります.
 では,「もとにする量=比べられる量÷割合」という公式は,必要でしょうか,不要でしょうか?
 これについて,「自力でこの種の問題を解く」のには不要だけれども,「かけ算なしで,168÷1.6=105という式で求められる理由の説明」に使えるというのが,個人的な考えです.
 クラスの友達が「168÷1.6=105(g)」と書いたり,ドリルや学力テストでその種の式が出現したりしたときに,その式で良いのはなぜかを判断する(ときにはノートや解答用紙に書く)際に,「もとにする量=比べられる量÷割合」が思い浮かべばよいというわけです.
 割合の第3用法の場面に対して,その都度,第2用法の式と,乗法と除法の相互関係を使って求めるのは,ノートや計算用紙をより多く使用し,1問に要する時間も相対的に長くなり,非効率な解法である,と言うこともできます.
 といったことを踏まえると,「割合の3用法の公式をすべて覚えて,与えられた場面に対してどれを適用するかを習熟させるべきか」と「割合の定義(理解)に立ち返って問題を解けるようにすべきか」という対立の仕方は,適当ではないというのも見えてきます.
 算数や数学では,有望な手段(方略と言ってもいいでしょう)がたいてい複数あり,たった一つのことを間違える---例えば生まれたてのネコの体重を求める筆算の商を10.5としてしまう---だけで正答が得られない点に注意しながら,子どもたちが複数の解き方を知る機会を持たせ,自力でそのうちの一つの解き方で,教科書の例題のほかに類題が解けるよう,サポートしていきたいところです.


 ところで正答率の低さと,学習を通じた理解状況(理解できていない状況)とを関連づけるのには,慎重でありたいと考えています.割合に限らず,正答率を高くするような問題も,低くするような問題も,いくらでも作ることができます.実際,全国学力テストに限らず公開されている出題・分析の事例から,正答率や解答類型などを知ることができます.
 かつて研究室で,大学1年前期の情報処理科目を対象とした理解度テストで修士論文を取りまとめた学生に対し,次のようにアドバイスしたことがあります.項目反応理論の2PLMで識別力と困難度を求めたとき,困難度が低い(例えば-4より小さい)とほぼ全員が正解し,高い(例えば+4より大きい)とほぼ全員が不正解となるので,そういった場合においては,識別力が良い値だとしても,良問と判断できません.
 しかしその問題は意味がなかった,次年度はもっと識別に適した問題に差し替えよう,というわけにもいきません.十分な人数に解いてもらい,解析ツールにかけることで,異常値に見えるような結果が算出されたことを通じて,テスト実施者が学べることはあるのです.

*1:例えばhttp://cms.nerima-tky.ed.jp/weblog/files/125/doc/55946/446157.pdf#page=5では,6年の「文字と式」(未知の数をxとおいて,式を立て,求める)の例題としています.