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[本][教育]『学力低下は錯覚である』の本筋でないところにツッコミ(2)

学力低下は錯覚である

学力低下は錯覚である

(1)の続きです.「何回かに分けて書きます」と書いたものの,今回でおしまいになりそうです.
グラフや表,海外の事例があるところについては,「なるほど」の感覚を持って読み進めていけたのですが,p.129の『しかし,義務教育における本質的な問題は,予算だけで解決するわけではない』から,その章の終わりまでについては,納得いきません.
個別に見ていくことにします.

教員を増員すれば,それだけ教員の質が低下するということである.これは本書で繰り返し述べた考え方であるが,人数を増やすためには,教員採用試験の基準を緩和せざるを得ないことは明らかであり,教員の質の低下は避けられないと思われる.
(p.129)

ここは,教員一人がクラスの全生徒を見るという,縦割りの考え方でいけばその通りなのですが,現実の学校には教員間ネットワークがあることが見落とされているように思えます.個人的に知る限りでも,音楽の専科の先生が授業中の異状を担任に伝え,大事に至らなかったというのを聞いています.

少人数クラスの方が学力を向上させるという証拠はあるのだろうか.たとえば,長崎市内の小学校の平均クラス生徒数は,昭和30年には51名だったものが,昭和40年には41名にまで減少し,平成7年には31名,平成17年には,ついに30名を切り,28名にまで減少している(学校基本調査による).このような地域は以前よりも増えているが,昔と比べて学力が向上したという報告はなく,むしろ学力低下が危惧されているほどである.現在,少子化によって過疎化した地域が増えており,クラスの人数が極端に少ない学校がある.しかし,これらの学校の子供たちの学力が,クラスの人数が多い地域と比較して有意に高いという話は聞かない.
(p.130)

「長崎」には唐突の感がありますが,出典と脚注から事情がわかります.
この段落のおかしなところは3つあります.一つは,戦後,年数の経過により生徒児童数が減っているのは事実ですが,指導要領や教科書など「教える内容」もまた変わっているので,昔と今とで学力を単純に比較できないのを説明していないこと,次に,「少人数クラス」や「学力」を未定義のまま,「証拠」や「有意に高い」ものを求めている,もしくはそういうのがないと表現していること,そして最後に,教科指導やクラス運営における「適正な人数」を検討することなく,「クラスの人数が極端に少ない学校」を持ち出し,「クラスの人数が多い地域と比較して」「有意に高いという話は聞かない」としていること.

これは筆者の経験によるものだが,人数が減っても学級崩壊は起こりうる.恥ずかしい話であるが,筆者は大学時代の塾講師のアルバイトで,10名程度のクラスをまとめきれず,担当を替えてもらったことが2度もある.(略) これは狭義の学級崩壊ではないが,授業が成立していないという意味では,同様の現象だろう.それ以後は,なんとかうまくクラス運営ができるようになったが,高々10名程度の教室を管理するのもそう簡単なことではないのである.
(p.131)

これは「人数」に着目するのが不適切な例であり,むしろ,指導経験によるところが大きな要因ではないでしょうか.
だれだって最初は新人ですし,経験豊富な先生でも,児童生徒(たち)との相性により学級崩壊になった事例もあるわけです*1.学級崩壊を起こすことなく適切なクラス運営・学校運営を行い,その中で子供たちの適切な発達をすすめていくには,人数に執着するよりは,教員ネットワークを形成してクラス,授業その他の責務をうまく定め,児童生徒たちのネットワークも認知し適度な距離を置いて指導していくような教育体制を重視すべきではないか考えます*2
引用しませんが,p.131途中から章末までは,「学ぶ順序や時期を見直す」と題し,学習指導要領の検討を行っています.それぞれのまずい点と根拠,そしてそこを改善することが,「理工系離れ」(3章)や「物理離れ」(p.75)を減らすことに貢献しそうだというのは想像できます.しかしこの検討は,学習指導要領のこれまでの策定過程や,教科書・副読本の執筆者,日本中の教員への影響を考慮していない「机上の空論」と言わざるを得ません.公表されている資料をもとに,独自の提案をすることを否定するものではありませんが,教育学の分野の知見が見られないため,説得力に欠けます.
結局のところ,p.129以降の記述は,本書の問題意識である『かみあわない原因の多くはデータがないことである.あるいはきわめて限定された調査で得られたデータが話をややこしくする』(あとがき,p.137)へのソリューションを与えていないのです.それで本文を終えているので,気まずい読後感を覚えるのです.

*1:「人数に着目するのが不適切」と書きながら,その土俵に乗りますと,数人程度の指導については経験がないあるいは苦手意識を持つが,40人程度であれば指導しやすい,というケースも考えられます.それぞれで「指導」の内容や,子供自身の理解・発達は,必ずしも同じではありませんが.

*2:そして,現実はそのように行われており,残念ながら一定の割合で,学級崩壊が起こっているのですが.