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全国学力テストの抽出調査化が,予算面の理由でしかないのは,悲しい

鈴木寛文部科学相は8日、文科省が小6と中3の全員を対象に実施してきた全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)を抽出調査に切り替える方向で調整していることを明らかにした。来年度予算の概算要求に向け、文科省が具体的な実施方法を検討する。
省内で初めて開いた政策会議の後、鈴木副文科相は記者団に「事業仕分けでは抽出ということだったから、その方向に沿って内部の詰めをしている」と語った。
今年度のテスト実施費用は約58億円。民主党は7月、政府の無駄を洗い出す事業仕分けで「抽出調査で十分」と指摘。川端達夫文科相は先月16日の就任の記者会見で「抽出調査でいいのではないか」と述べ、見直す意向を示していた。

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091009k0000m010026000c.html

抽出調査にする理由が「予算」しかないのは,悲しいものです.
ところで10日ほど前に,以下の記事も出ていたのですね.見落としていました.しかし,この陳情が,抽出調査化を後押ししたようにも感じられません.

犬山市教育委員会は28日、来年度の全国学力テストについて、現行の全員調査を抽出調査に切り替えるよう文部科学省に具申することを決めた。11月にも示される来年の実施要領に、市教委の意見を反映してもらう。10月上旬にも瀬見井久教育長らが鈴木寛文科相に会って申し入れる。
具申書によると、これまでのテストは、施策の参考にする「行政調査」に加え、授業改善に生かすことを目的にしてきたが、授業改善は本来地方が考えるべきもの。今後は目的を行政調査に絞り、そのうえで抽出調査に切り替えてほしいとの内容。さらに、義務教育について国と地方の責任分担を明確にし、国はテスト結果をふまえて財政処置を講じるなど国の責任を果たしてほしいと具申する。

http://mainichi.jp/area/aichi/news/20090929ddlk23100198000c.html

抽出調査化の何に引っかかっているのかというと,全国学力テスト実施の目的が変わることです.変わること自体を悲しんでいるのではありません.抽出調査にすることで,おおもととなる目的が変わり,実施対象や方法も変わってきて,現場の先生方や,実施や結果を知る我々も認識を改めていかなければならないこと,そしてそれが指摘・報道されないことが,悲しいのです.
なお,ここの「我々」は,全国学力テストに関心がある(が教育施策に影響を与えることのできない)ブロガーではなく,地域に住み,子供たちの成長を願う者を指します.もちろん自分を含みます.そして私の場合は,数年後に娘が小学校に入学するので,本エントリには将来への希望も込めています.

1.調査の目的
(1)国が,全国的な義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から,各地域における児童生徒の学力や学習状況をきめ細かく把握・分析することにより,教育及び教育施策の成果と課題を検証し,その改善を図る。
(2)各教育委員会,学校等が,全国的な状況との関係において自らの教育及び教育施策の成果と課題を把握し,その改善を図るとともに,そのような取組を通じて,教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。
(3)各学校が,各児童生徒の学力や学習状況を把握し,児童生徒への教育指導や学習状況の改善等に役立てる。

平成21年度全国学力・学習状況調査に関する実施要領

以下,目的がどのように変わるかを検討していきますが,ここで仮定を置きます.「実施内容は,これまでと同じ国語・算数/数学・質問紙である」「学力は,国語・算数/数学の答案により求められる,定量的・客観的なものである」の2つです.
前者の仮定から,全学校を対象として,その中で児童/生徒を抽出して受けさせるというのは,予算面や公平性から,非現実的と言えます.したがって全国から学校を抽出して,その中で該当学年の児童/生徒,全員を対象とするのが自然です.
これによって,上記の目的の(3)を享受できるのは,抽出調査の対象となって,すなわち“当たりくじを引いて”実施した学校のみとなります.「享受」「いい当たり」かどうかは,定かではありません.丸1日分,授業の時間がとれないわけです.近隣の,当たらなかった学校との不公平感も出てくるでしょう.
後者の仮定は(2)に関わってきます.数年に1回程度,抽出調査が「回ってくる」なら,学校で全国学力テストを通じた「検証改善サイクル」を作るのは,無理です.その間に校長や主要な先生が異動し,その都度,主要な先生方の好みと社会的情勢により,長期的視点のない恣意的な運用がなされることでしょう*1
教育委員会自治体)単位まで上がればどうかというと,その自治体の地域性に依存します.
ひとつ,こういうシナリオが思い浮かびました.ある年度に,今年度までの悉皆調査で「結果の悪かった」学校が当たると,その自治体の数値が一時的に下がることになります.その原因を分析して報告する際に,校名を隠してでもそういう事情を書きたくなるという,誘惑にかられるでしょう.そう書かれてしまったら,対象校はたまったもんではありませんし,すぐに暴かれ,教育改善に良い影響を与えられそうにありません.
結論として,これまでのままで悉皆から抽出に取り替えるだけというのでは,各教育委員会自治体)と各学校に与える影響,そして教育の方法が大きく変わることになるでしょう.また現場は振り回されるのですか!? です.
目的を上記の(1)に限ってしまうのがシンプルですし,犬山市教育委員会の具申にも通じます.
ただ,途中で仮定した2点についても,そもそもそれでいいのかの見直しは,必要ですね.
関連:

(翌朝いくつか書き換えました.)

*1:昨日『数値目標が学校を変える―ゴーン流で学校改革』を読み終えまして,この本に対する疑問でもあります.言い直すと,「著者が学校を離れたあと,その学校はどうなるか?」そして「著者自身は全国学力テストに対してどのように取り組み,PDCAサイクルを作ろうとしたか?」です.