1. 前回(「×」から学んだこと)から,どんな変化がありましたか?
ずいぶんと変化がありました.書籍や論文・論説を通じて,乗法に関する指導方法のスタンダードを知りました.そして,「かけ算の順序」という問題設定が不適切であり,「非順序派」(「順序否定派」とも)の主張が,現在の小学校の算数教育に貢献しそうにないという理解に至りました.
また私の認識は,「解く児童を見る親」から,直接観察や関与できない点には気をつけつつ,学校現場へ視野を拡大するようになりました.
このテーマを離れたところでは,研究活動をこれまでになく充実させることができました.今年2月に次女・三女が生まれ,子育てにも時間が取られています.DDRの冥(SINGLE EXPERT)をクリアできたのも,いい経験でした.
関連:乗法の意味,情報の価値-科研費でかけ算の順序,折り込みチラシに書籍にWebに-かけ算の式の順序にこだわってバツを付ける教え方は止めるべきである・読み直し,テストは教育の目的か手段か,[オランダ],子ども手当,×から○へ,今週の成果:冥クリア
2. 《 と 》 で囲まれた言葉は,どこかで定義されているのですか?
当雑記限定の用語・用法です.
最上段の検索窓で検索しても,見つかると思いますが,よく使うものを挙げておきます.
- 《問い》:『さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。』
- 《AB型》:文章題で,A,Bの順に数が現れ,A×B=Pの形でかけ算の式を立てることが期待される問題.
- 《BA型》:文章題で,A,Bの順に数が現れ,B×A=Pの形でかけ算の式を立てることが期待される問題.
- 《算数解説》:「小学校学習指導要領解説 算数編」.小学校学習指導要領解説:文部科学省よりPDFファイルをダウンロード可能.この中の「算数(2)」を頻繁に参照しています.
関連:「×」から学んだこと,AB型とBA型,末の子が小学校を卒業しても,私はかけ算のことを考えているのだろうか-中学校学習指導要領解説
3. 「かけ算の順序」のどこがおかしいのですか?
「かけ算の順序」(もしくは,「かけ算の式の順序」)という表現では,対象を適切にとらえておらず,複数の解釈の余地があります.この言葉から連想できそうなものとして,以下を挙げることにします.
- 被乗数・乗数の配置の順序*1:『さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。』という《問い》に対して,書くべき乗法の式は「5×3」か「3×5」か
- 被乗数・乗数の発見の順序:《問い》を先頭から見ていき,問題文にある「5」が「いくつ分」すなわち乗数であり,「3」は「1つ分の大きさ」すなわち被乗数である,とする読み取り方でいいか,それとも,問題文を最後まで読み,演算決定の作業を通じて,「1つ分の大きさ」と「いくつ分」のペアを検出・確認すべきなのか
- 積の記述の順序:《問い》に対して,「3」「×」「5」の順すなわち左から右へ,数字と記号を書かないといけないのか,それとも,問題文にある「5」(いくつ分)をまず書き,その左に「×」,さらにその左に「3」(1つ分の大きさ)を書くという順序で式を書くのではいけないのか
- 積の計算の順序:31×5×2という式の計算において,まず31×5を計算し,それと2との積を求めないといけないのか,そうではなく,先に5×2を計算しておけば,31×10になるので計算が簡単になるのではないか
なお上記で,「AかBか」については「A,Bのどちらでもよいとするか」を付け加える必要がありますが,文章が長くなるため書いておりません.お手数をおかけしますが,読者の側で補完をお願いします.
それから,『文科省としては,かけ算の式には順序があるという指導をしていないし,順序はどちらでもいいという指導もしていない』(『かけ算には順序があるのか』p.2)という電話回答についても,そこでいう順序が何なのか,判然としません.仮に通話内容の音声があっても,特定するのは無理なのかもしれません.
関連:山梨のケース,新潟のケース-山梨では,『かけ算には順序があるのか』を読んだ-電話のまずさ
4. 何を言っているんだ,5×3か3×5かに決まってるじゃないか!
「かけ算の順序」があらわすものを,上記の「被乗数・乗数の配置の順序」とし,かつ順序は任意であると主張したいとすると,その後の学習,例えば
- 算数的活動(《算数解説》p.98ほか)*2
- 除法の逆としての乗法の問題(《算数解説》p.107)
- 乗数又は被乗数が0の場合の計算(同上)
- 小数や分数の乗法・除法の学年ごとの指導内容(《算数解説》p.142ほか)
に際してどのように指導すればいいかについて,明快な展望が見られません.そのため,大人の論理を振りかざした---数学教育の学術的・実践的な蓄積を踏まえていない---場当たり的で勝手な主張のように思えるのです.
関連:2冊-「教えて考えさせる授業」を創る(以下略),0×3と3×0は違う,比例数直線から,二重数直線,比例数直線,数直線,俺数教協-Re:『かけ算には順序があるのか』を読んだ,折り込みチラシに書籍にWebに-かけ算の式の順序にこだわってバツを付ける教え方は止めるべきである・読み直し
5. 「かけ算の順序」をよく研究している大学の先生がいますが…
北海道教育大学教授の宮下英明氏のことでしょう.「数」がわかる本から,HTMLファイルやPDF文書を読むことができます.また,積の定義と数・量の関係は,次のページがもっとも明確だと思います.
「かけ算には順序があるのか」よりも,「量は数の抽象なのか(いや,量は数の比である)」に関して,分量をとって論じているように見えます.
上のページから読める文書には,参考文献が見当たらないのですが,量を介した乗法の説明は,『量と数の理論 (1978年)』p.22の内容と似通っています.ともに,「(量×数)×数」により「数×数」を定義しています.
ただし,その本では,面積や速さなどの量どうしの乗除算で,新たな単位および量がつくられる(pp.49-54)のに対し,宮下氏は,学校数学はなぜ「数は量の抽象」を択ったのか?に見られるとおり,速さは量の一つではなく比例関係ととらえ,時間と距離の関係から,距離が速さ×時間によって求められることを示しています.
とはいえそれらは,「加減乗除で式を書くための数学的枠組」を提供しているのであって,その枠組でも,「量は数の抽象」でもいいのですが,何らかの枠組のもとで対象をどのようにして式に表すかについては,必ずしも答えを提供してくれるわけではありません.そしてネットを賑わしている「かけ算の順序」が問うているのは,「対象をどのようにして式に表すか」のほうでしょう.
6. では「かけ算の順序」の代わりに,何と言えばいいのですか?
導入においては,「乗法の意味理解」という表現が妥当なように思われます.問題文や状況に対して,“何を「1つ分の大きさ」,何を「いくつ分」とした,「かけ算」の式にする”,と判断し実際に書けるようになることです.
学年が上がった際に身につけさせたいのは,交換法則により被乗数と乗数を逆にした式を書いてもよいということではなく,それまで学んだ多くのルール(定義/定理/公式/方法/メソッド/パターン/書式)の中から,問題を解くのに適したものを(複数ということもあるでしょう)選択するとともに問題に合った形で適用し,答えを出すという一連の作業を,自分だけで正しくできるようになることです.
関連:乗法の意味,情報の価値-科研費でかけ算の順序,末の子が小学校を卒業しても,私はかけ算のことを考えているのだろうか-かけ算とプログラミング,もう少し,書きむしるか-演算決定の意味理解,子どもとの対話,大人との対話,書くことは信じること-あらためて,乗法の意味について
7. トランプ配りで考えて式を立てる子に対して,どうすればいいのでしょうか?
大人向けの言い方をするなら,「その配り方は一例でしかなく,解くべき課題に対して不必要な限定をしている」です.
子ども向けには,問題文から何が読み取れるか,それまでにどんな解き方(式の立て方を含む)を学習してきたか,どんな考え方を選んでどのように当てはめればよいかを,1ステップずつ,確認していくことだと考えます.その繰り返し---成功も失敗も---により,自分で問題解決ができる子になることを,期待したいものです.
関連:もう少し,書きむしるか-カード式配り方&配り方にこだわってかけ算の式を立てるのは止めるべきである,「×」から学んだこと-正解とすべき理由-《別解》により(以下略)
8. 乗法の交換法則を,なぜ使ってはいけないのでしょうか?
《問い》から想起できる状況や式を図にすると,次のようになります.
乗法の交換法則を根拠として,5×3でも3×5でもいいじゃないかという主張は,上の図と対比しやすい形にすると,次のようになります.
(8月3日に画像を差し替えました.)
5×3=3×5は,問題文と式との関連づけに役立ちません.《問い》に対して答えを求めるアプローチとして,乗法の交換法則を持ち出すのは,筋が悪いのです.
関連:「×」から学んだこと-正解とすべき理由-交換法則から,「3×5=15」は「5×3=15」と書けます,過去の誤記に目を閉ざす者は-状況をdouble-tree structureにする
9. 乗法の交換法則の意味するところは,そうではありません.
それでは,
- 一つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ
によって,かけ算で全体の大きさが求められる,ということを学習して,その後,乗法の交換法則を学んだら,これらを組み合わせて,
- いくつ分×一つ分の大きさ=全体の大きさ
と表すこともできる,という主張でしょうか.
この主張を小学校の教育に普及させるとなると,次の課題が指摘できます.
- 学習:乗法として利用できる方法が2種類あることになります*3.どちらを選ぶか,または両方書く(言う)べきか,児童はその都度考え,答えを決めないといけません.「いくつ分×一つ分の大きさ=全体の大きさ」というルールの追加は,学習コストを高めるのではないでしょうか.
- 構文:「3個/枚×5枚=15個」もしくは「3個×5=15個」といった,単位に基づく式のたしかめ(構文チェック)が利用できません.これは採点者だけでなく,たしかめを行う学習者にとっても損失となるのですが,代わりにどのようにして,書いた式が正しいか,チェックすればいいのでしょうか.もしくは,構文チェックのルールを追加すべきなのでしょうか(そうだとすると,上の項目と同じく,高コスト化をもたらします).
- 曖昧さ:5×3=15という式が,「5個ずつ3人に配る」という意味にも,「5人に3個ずつ配る」という意味にもなってしまいます.式と場面との対応付けが,より困難になるのではないでしょうか.
関連:もう少し,書きむしるか-セミロング休憩,過去の誤記に目を閉ざす者は-Re:「1つ分の大きさ」が2つ見出せるとき,サンドイッチ,射影-《問い》では,ルールを決めればこっちのもの-5×3をめぐるお話・第4話,5×3をめぐるお話・第1話を余談で話す
10. トランプ配りを指導している,数学教育協議会が,教育上有害な団体なのでしょうか?
まずトランプ配り(カード式配り方とも)について.例えば「5個/回×3回=3個/枚×5枚=15個」といった式を考えることができるわけですが,これの有望な適用分野があります.一つは第2学年の「一つの数をほかの数の積としてみること」(《算数解説》p.81)であり,もう一つは,包含除(『遠山啓エッセンス〈2〉水道方式』p.177)です.
授業の中で,新しい考え方を提示したり,児童らが考えを出し合ったりする際に,トランプ配りが出てくるのは,望ましいことでしょう.
注意しないといけないのは,練習問題やテストで,児童が答えを書くような状況です.言い換えると,《問い》のような問題文に対して,トランプ配りに基づく式の立て方をして,採点者(先生)にそれが伝わるかどうかです.
上にも書きましたが,トランプ配りの考え方は,それが問題文に明記されていない限り,不必要な限定です.加えて,小学校では通常,式に単位を書かないため*4,「5×3=15」という解答を,採点者が見たとき,「問題文にある5と3を取り出し,単純にかけ算とした」とする可能性のほうが高くなるわけです.
次に,数学教育協議会についてですが,書籍からうかがい知ることのできる,その理論や実践は,決して有害とは思っていません.しかし,2〜3年生で習う乗法に限ってみても,解決・克服されるべき課題があります.批判の一例を,次の論説で知ることができます.
- 手島勝朗: かけ算の意味と方法の具体的展開 -整数のかけ算-, 整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究), p.113-116.
関連:状況を図にする-配り方その2(トランプ配り),状況を図にする2-トランプ配りにリトライ,トランプ配りは教育上有害-トランプ配りを改めて確認&「トランプ配りは教育上有害」とは,「×」から学んだこと-正解とすべき理由-《別解》により(以下略),もう少し,書きむしるか-配り方にこだわって(以下略),遠山啓エッセンス,2度読み,乗法の意味,情報の価値-昭和50年代前半に論(以下略),俺数教協-『かけ算には順序があるのか』に見られる(以下略)&数学教育協議会スタイルのかけ算の導入&その問題点
11. 結局のところ,式に単位を書かせるべきでしょうか?
結局のところ,学校でどう教えているかによります.
そうでなければ,大人がブログなどで,単位付きの式を書くなり前後の説明を入れるなり心がけて,小学生が容易に読めるような文章を書き続け,それによって普及を促すというのも手です.
とはいえ,式の中で単位をどのように書くか,書かないかについて,整理しておくほうがいいでしょうね.《問い》に対して,式を次のように書き分けることができます(ここではそれぞれをマルとすべきかバツとなるかについては立ち入りません).
- 無記載派(学習指導要領解説も):3×5=15
- 数教協スタイル:3個/枚×5枚=15個
- サンドイッチ&無頓着派:3個×5枚=15個
- サンドイッチ&倍概念:3個×5=15個
- 数教協スタイル&トランプ配り:5個/回×3回=15個
- 数教協スタイル&量の交換法則:5枚×3個/枚=15個
関連:式に単位を書かせるべきか(1),同(2),同(3),同(4),式に単位をつけるとバツになる?,射影-《問い》では,俺数教協-Re:乗法の意味
12. どうして,サンドイッチなんていう珍妙な指導方法ができたのでしょうか?
被乗数と積の単位を同じとする,サンドイッチの考え方は,《算数解説》の例題や,問題集の問題に触れる限り,矛盾を起こしません.
例えば面積,速さ,密度などの式で適用できない(被乗数と積の単位が異なる)のは,適用するルールが違うからです.言い換えると,サンドイッチは,「一つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ」そしてその拡張となる「基準にする大きさ×割合=割合に当たる大きさ」(《算数解説》p.166)という乗法の式を対象としたとき,その記述やたしかめにおいて有用なのだということです.もっと簡潔にすると,どんなルールにも適用範囲があるというだけの話です.
ただし個人的には,サンドイッチから入るのではなく,導入においても小数・分数を対象とする際にも,乗法の意味をきちんと学ばせた上で,「知っておくと便利なこと」として,サンドイッチの考え方を説明し,《BA型》を含む多くの練習問題を通じて活用させるのがよいだろうと思います.とはいえ,サンドイッチから入るという書籍や授業例を見かけませんので,これは杞憂なのでしょう.
「サンドイッチは珍妙」という認識は,「かけ算の順序」という問題設定と並んで,主観的・非建設的であるように感じます.おかしいと思うのなら,学年ごとに何を習得させるか,またそのための指導法を明確にし,本格的に,小学校の算数教育の改革に携わってみてはいかがでしょうか.
13. 長方形の面積は,縦×横でも横×縦でもいい?
これも,学校でどう教えているかによります.
「アレイ図」「机の配置」「面積」「積の法則を用いた場合の数」では,無頓着に単位を付けて書くと,「3こ×5こ=15こ」「3台×5台=15台」「3cm×5cm=15cm^2」「3通り×5通り=15通り」と,被乗数と乗数の単位が同じなので,交換しやすいように思います.また面積を除けば,被乗数・乗数・積のいずれも単位が同じとなります.
なお,アレイ図を見て2種類の積を発見できるのは,
(再掲)
この図において,左端の状態を起点としているからです.それに対し,皿に乗せたり人に配ったりする出題は,左から2列目のいずれかの状態を起点としています.
この点で,アレイ図から得られる乗法の交換法則を,りんごやみかんなどの総数の立式に適用するのは,慎重であるべきと考えます.
関連:机のかけ算,書くことは信じること-順列(中略)式から,過去の誤記に目を閉ざす者は-状況をdouble-tree structureにする
14. 3×5=15と書いたからといって,かけ算の意味を理解しているとは限らないのでは?
《問い》に対して,3×5=15という式を書いた子のプロセスには,
- 問題文から,「1つ分の大きさ」として3,「いくつ分」として5を読み取り,「1つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ」で求められると判断し,式として「3×5=15」と書く
というだけでなく
- 「5×3=15」と書きたくなるところだけど,これは引っかけ問題だと認識して,(「1つ分の大きさ」「いくつ分」の当てはめをすることなく)「3×5=15」と書く
というのもあり得る,という指摘でしょうか.
たしかに,あり得ます.そして,そのいずれであるかを見きわめるには,《問い》1問では不十分であり,《AB型》《BA型》あるいはその他の形で,同様の問題を適切な数だけ出題して,解答を見る必要があるでしょう.
適切にアレンジされた問題集を目にする限り,こういった点については織り込み済みとなっています.
関連:分かりやすく抽象的に・2010年11月バージョン,船が5艘あります.1艘に4人乗ります,射影 *6,過去の誤記に目を閉ざす者は-Re:「1つ分の大きさ」が2つ見出せるとき
翌日につづく
*1:「×」の左に書くのが被乗数か乗数か,という意味ではもちろんありません.乗法を用いる状況において,何を被乗数=かけられる数=「×」の左に書くものとし,何を乗数=かける数=「×」の右に書くものとするか,という意味です.こういう脚注が必要ということは,「被乗数・乗数の配置の順序」というラベリングがおそらく適切ではないのでしょう.
*2:http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/qa/04.htm,答4-1.なお,「算数的活動」という言葉自体は,http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122601/004.htmにも見られます.
*3:アレイ図を見て2種類の積を発見するのは,「一つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ」だけを使ってできます.その種の問題で2つの式が得られる理由は,「長方形の面積は,縦×横でも横×縦でもいい?」で書いています.
*4:式に単位を書くのであっても,《問い》の中に「回」(他のところでは「サイクル」という単位を見かけましたが)という単位がないわけで,ここでも,作為的な立式に見えます.