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りんごのかけ算

1. はじめに


「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」という出題と,「しき」と「こたえ」を書く欄があります.
子どもは「しき」に「5×3=15」,「こたえ」に「15こ」と書きました.すると「こたえ」はマル(正解)だけれど,「しき」のほうがバツ(不正解)で,赤で「3×5=15」と添えられています.
これをなぜ不正解としたのか,説明するのは,決して難しくありません.問題文から,「一つ分の大きさ」にあたるのが,りんごの個数の「3」であり,「幾つ分」にあたるのが,皿の枚数の「5」となることを,以下のような図を描いて確認し,式と見比べればいいのです.

小学校では,「一つ分の大きさ」にあたる数を被乗数に,「幾つ分」にあたる数を乗数として,かけ算の式にすることを,乗法の意味として学習します*1.「一つ分の大きさ×幾つ分」や「何のいくつ分」などと,略記されることもあります.
しかし,「交換法則」「海外では逆」などの理由で*2,「5×3=15」も正解とすべきだという主張も見られます.それらと一線を画し,興味深い理由なのは,数学教育協議会を結成し委員長を務めた遠山啓による「トランプ配り」です.
本エントリでは,トランプ配りから見える,「積の乗法」というかけ算の構造を示し,現在の小学校教育で採用されているかけ算の構造,「倍の乗法」と関連づけて解説します.その上で,上のような出題に対しどのように場面を理解すればいいのかについて,本の一節を引いて紹介しながら,「まとめて数える」活動の普及を提案したいと思います.

2. トランプ配りと積の乗法

先ほどの,りんごの出題に対して,次の手続きをとることにします.

  1. お皿を5枚,それと別にりんごを15個以上,用意します.
  2. りんごを,まず1個ずつ,それぞれのお皿に乗せます.「1回目」です.
  3. 同様に「2回目」,「3回目」と,配っていきます.
  4. これで,「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います」という状態になりました!

これは,お皿にりんごをと言うより,トランプで,カードを参加者に順に配っていくのを想像するのがいいでしょう.ということで,「トランプ配り」と呼びます.
このとき,一つ分の大きさは,1回に配る5個の「5」で,幾つ分にあたるのは,3回の「3」です.それにより「5×3=15」もまた,出題の場面を表す式だというわけです.
数学教育協議会*3では,式に単位をつけて書くと聞きます.そうすると,出題者の意図は「3個/皿×5皿=15個」,トランプ配りは「5個/回×3回=15個」となります.問題文にない「回」という単位は,採点者には通じそうにありません.
遠山啓が,トランプ配りに言及したあとの記述に注目すると,話が進展します.なお1978年刊の本から引用しましたが,初出は1972年です.

ミカンを配るのに,トランプを配るときのやり方で配ると,1回分が6こ,これを4回くばるのだから,それを思い浮かべる子どもは,むしろ,
6×4=24
という方式をたてるほうが合理的だといえる。
これが,もし,つぎのような問題だったら,どうだろう.「教室の机は1列に6つずつ4列ならんでいます.机はみんなでいくつありますか」という問題では,4×6でも,6×4でもいいとせざるをえないだろう.
(『遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)』p.116)

みかんを与える問題*4を,机の配列になぞらえて,どちらでもよいと主張しているのです.そうすると…
りんごの問題に対し,「3×5=15」でも「5×3=15」でも主張するのは,次の図で,丸の数を数えることだと言えます*5

このように,縦と横の区別に意味のないような状況で,かけ算を行うのを,「積(product)の乗法」と呼びます.
整数を対象とする場合には,このような図(アレイ図)で総数を求める場合にもっていけます.より一般には,Cartesian product(デカルト積)です.
丸を正方形に置き換えて,くっつければ,長方形になります.長方形の面積計算も---長さが小数や分数になっても問題なく扱え---,積の乗法です.
電力量や運動量といった多くの物理量も,積の乗法に基づいていると言っていいでしょう.

3. 算数教育は倍の乗法

それに対して,被乗数と乗数が区別され,「b×a」と書くと,「a×b」とは式の意味が異なるとされるかけ算が考えられます.「倍(multiple)の乗法」と呼びます.
「一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める」と学習指導要領の解説に書かれています.これが倍の乗法の場面として,最も基本的なものと言ってよいでしょう.本エントリで検討している,りんごの数を求める問題も,倍の乗法です.整数に限らなければ,決まった量を何人かに与えるときの総量や,速さと時間から道のりを求めること,また割合の計算も,倍の乗法に含まれます.
Greerは〈乗数と被乗数が区別される文脈〉と〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉*6に大別した上で,その中でさらに分類と例題を示しています.
では,「積の乗法」と「倍の乗法」はまったく異なるかけ算なのかというと,そういうわけではありません.一方の乗法の問題は,もう一方の乗法に変換(帰着)して,考えることができます.
整数の乗法の相互変換は,次の図から明らかです.対象を(囲い込みのない)アレイ図で表わせば,積の乗法となります.逆に,囲い込みのない状態から,一つ分の大きさと幾つ分が分かるよう,囲い込みをすれば*7,かけ算の式が一つに定まります.

小数・分数を含む場合,積の乗法には複比例が重要な役割を果たします.複比例を別個の比例関係ととらえれば,倍の乗法で表現できます.
数学的・論理的には,「倍の乗法」と「積の乗法」のどちらが優れている,劣っているということはないのです.
では,学校現場でどちらの乗法に基づき指導しているのでしょうか.
これは,国内外の文献を目にした限り,圧倒的に「倍の乗法」です.国内では,戦後すぐから,今年の出版物までで,確認できます.海外でも,ある子が,一つ分の大きさと幾つ分を正しく認識しているのに,式を書くときに反対にして,他の子たちが違う違うと言うからおかしいと笑われる,という話があります.積の乗法に基づく指導への言及は,困難を伴っているものばかりです.

4. 「一つ分の大きさ」の理解支援のために

整数を対象とした,かけ算の式で表せるさまざまな場面において,「一つ分の大きさ」と「幾つ分」に相当する数がそれぞれ何になるか,発見できる能力は,その後の学習においても,また日常生活においても,大いに役立ちます*8
それをいつどのように学習すればよいかですが,学習指導要領とその解説,また様々な文献・問題集などを読んだ限り,第1学年,第2学年のうちがもっとも有益と思われます.ここで,かけ算を習わない1年生でも,「まとめて数える」活動を通じて,「一つ分の大きさ」の理解と学習が可能であることを,強調しておきたいと思います.
そういった学習や理解を促す書籍が,去年と今年,1冊ずつ出ています.
一つは,『活用力・思考力・表現力を育てる!365日の算数学習指導案 1・2年編』です.これは問題集ではなく,学習指導案の形態をとっており,先生向けの本なのですが,書店・通販により誰でも入手できます.
66ページの要所を,3項目にまとめることができます.

  • 「具体物をまとめて数える」と題した,第1学年向けの授業例です.
  • 「子どもが3人います。みかんを1人に2こずつあげます。みんなでなんこいりますか」を出題しています.
  • 「1個ずつ置くか,2個ずつ置くかという置き方ではなく,置いた結果に着目させる」を,指導上の留意点として挙げています.

本のもう一つは『筑波大学附属小学校田中先生の 算数 絵解き文章題 (有名小学校メソッド)』です.こちらは問題集です.順に解いていくことで,「文」「絵・図」「式」が結びつけられるようになるという方針で,図入りの問題が多数,収められています.幾つ分にあたる数が先に提示されている文章題も,入っています.
児童(家庭であれば,お子さま)とともに,「置き方ではなく,置いた結果に着目」するようにし,一つ分の大きさが先に来る問題,幾つ分が先に来る問題を解いていって習熟を図れば,テストでも労せず,問題文から「一つ分の大きさ」を発見することができるでしょう.

5. 「かけ算の順序」に関心をお持ちの方に,お願いしたいこと

これらに共感を持った方々へ,お願いしたいことがあります.

まず,「かけ算の順序」という用語の妥当性を示してください.「かけ算の式の順序」「正しい順序」「順序にこだわる」といった使われ方も含みます.「順序」にかえて「順番」と書かれているものもあります.
最も集約された表現が「かけ算の順序」だと思われます.そしてこの言葉が,数学教育において,検討の対象となってきたでしょうか.「被乗数と乗数の区別」という表記では,いけないのでしょうか.
次に,実際の児童の意識調査あるいは理解度調査を企画・実施し,結果を公表してください.
矢野健太郎が遠山啓から「実際,矢野君の言うように考える子がときどきあるんだよ.われわれはこのような配り方を,カード式配り方と呼んでいるがね」(『おかしなおかしな数学者たち (新潮文庫)』p.124)と言われた,とありますが,カード式配り方(トランプ配り)で場面を理解し,その上で,りんごの問題に対して「5×3=15」と書いているという児童がどれだけいるでしょうか.うまく発見できるでしょうか.「まとめて数える」活動を含む,現在の教育がそうさせないというのなら,そういった教育の仕方を適切に除外して,理解度を図ることは,できないのでしょうか.
トランプ配りを陽に示さなくとも,倍の乗法の出題に対し,2つの式が得られるという理由を見ると,どこかで,積の乗法に変換しています.であれば,積の乗法を主軸として,小学校の---かけ算導入から,6年までの---学習指導について,計画を立ててみてはいかがでしょうか.理解を示す先生を交えて文案を作り洗練させていき,学校現場で使える指導案が,出来上がるのを期待してよろしいでしょうか.

*1:「幾つ分」にあたる数を,「一つ分の大きさ」にあたる数よりも先に書くタイプの文章題を通じて,かけ算の意味を理解しているかを確認する出題例や解説は,今年調査しただけでもずいぶんあります.その中には,学術調査や自治体学力テストに基づくものも見られます.

*2:以降,これらは検討の対象としないので,ここで手短に不適切である理由を書いておきます.安易に交換法則を認めると,「3人に5個ずつ」と「3個ずつ5人に」がともに「3×5」と表せてしまい,式の簡潔性を損ないます.また交換法則は,「演算の意味」ではなく「計算手続き」の中で扱われるべきものです.海外と逆なのは,数学教育に携わる多くの人が知っていて,日本の算数・数学教育の経緯や,学習事項の関連性を踏まえて,現在の指導方法となっています.

*3:この団体が,トランプ配りを普及させているわけではありません.委員長を務め,遠山啓との共著が多い銀林浩氏が書いた本の中で,「6×8の文章題をつくりましょう」に対して「1さつ8ページの本があります。その本が6さつあります。全部で本のページはいくつでしょう」を「つまずいている例」としています.

*4:念のため問題文を書いておくと,「6人のこどもに,1人4こずつみかんをあたえたい.みかんはいくつあればよいでしょうか」.

*5:この図を起点とするならば,丸の総数を求める式として,「3×5=15」も「5×3=15」も正解となり,トランプ配りを支持しない現在の教育においても,この出題は書籍に見られます.

*6:これらの表記はhttp://ci.nii.ac.jp/naid/110006184927からダウンロードできる文献によります.

*7:囲い込みの仕方には2通りあります.したがって,積の乗法を,倍の乗法で考えると,「a×b」と「b×a」の両方が,対象を表す式となります.

*8:特に,資料の整理で効力を発揮します.2つ,ケースを示すと,「一つ分の大きさ」が同一で,「幾つ分」に相当する数がまちまちのような状況---逆はうんと少ないのです---や,的当てゲームの点数計算のように,「幾つ分」の合計が定数であるような状況です.