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余談で話すトリアージ

本日の余談として,「トリアージ」を取り上げたいと思います.
なお,情報セキュリティとは,直接関係しません.なぜトリアージというのを知ってほしいのかについては,おしまいのあたりで,説明することにします.
さてまず,トリアージというのが,どんなところで出てくるかですが…
一つは,災害時の医療においてです.大地震をはじめとする天変地異が起こったときや,凶悪な犯罪者が複数の人に怪我を負わせたなんてとき,トリアージがなされることになります.
というのも,大けがだ,救急車で病院へ連れてけとなったとき,その人数だけ同時に救急車が出動できるのか,またどこの病院で受け入れられるのかといった問題があるのです.
病院へ運ぶのに,自家用車が使えたとして,行き先の病院では,その治療に必要な設備や人員がないかもしれないし,あるとしても,他の人の治療にとられているかもしれません.「こっちは急ぎなんだ,治療をしないと,死んでしまう!」と言ったところで,救急医療の中の人が,「今見ている人も急ぎなんだ,治療をしないと,死んでしまう!」と返されるかもしれませんね.
そこで,トリアージとなります.
ところでさっき,「災害時の医療」と言いましたが,トリアージは治療と別の行動となります.「3T」という言葉があります.まずトリアージ(Triage),次に応急処置のTreatment,そして病院へ搬送,すなわちTransportです.トリアージは,病院へ運ぶだとか,治療や応急処置をするだとかいったことより,前に実施されます.
トリアージを実施する人は,応急処置をする人や,搬送する人とは区別され,トリアージに専念します.トリアージオフィサーと呼ばれます.で,何をするのかというと,怪我などをした人---会話できる人もいるかもしれませんし,意識がない人もいるかもしれません---を見て,その度合いを見きわめ,トリアージタッグというのをつけていきます.
トリアージタッグには,傷病者---けが人のことね---の氏名だとかなんだとかが,もちろん分かる範囲で記載できます.しかしそれにもまして重要なのが,タッグにつけられた色です.トリアージタッグの下の部分に,4色のカラーリングがなされています.上から順に,黒,赤,黄色,緑です.それらの色の間はミシン線になっていまして,トリアージオフィサーがその人の状態を判断したら,下から不要な部分だけを切り取ります.例えば緑だけを取り除けば,その傷病者のトリアージ結果は黄色となります.黒と赤の点線の間で切り落としたら,その人は黒判定といった具合です.そこで,判定結果の「色」というのは,最も下の色を指します.これを見れば,遠くからでも,優先度がわかるという具合いです.
4色の意味ですが…まず緑という判定は,「至急の治療は必要ない」となります.無傷かもしれませんし,軽い怪我だったらまあ病院で見てもらう必要もあるでしょう.しかし優先度は低めです.
次に黄色の判定は,「大至急というわけではないけれど,治療すべき」という意味です.
赤の判定は,「生命に関わる状態で,一刻も早い搬送と治療が求められる」という意味です.もう最優先で,たぶんICU,集中治療室に運ばれることになるレベルです.
最後に,黒は…「死亡,または死亡やむなし」です.「死亡やむなし」とは,こういうことです.平常時だったらICUに運んで治療してもらえば,助かる可能性があるけれども,この人の状況と,必ずしも全体像を知ることができない搬送や病院の状況を勘案すると,最優先の治療が求められる人がいるだろうといったことでつけられる,黒です.実際,ある判断基準では,まだ息をしている人に対して,この黒判定がなされるそうです.
この4色の間で,病院への搬送や治療の優先度は,まず赤,次に黄色,3番目が緑,そして黒となります.繰り返しますが,4色の判定を,我々はしません.十分な知識と経験を持つ専門家,トリアージオフィサーが短時間でてきぱきと実施することになります.もし,我々が災害か何かに遭遇したら,指示に従いおとなしくしているだけになるでしょう.まあ,災害時のトリアージとは何かを知っていれば,あなた自身にちょっとは余裕が生まれますし,周囲の人どうしの情報交換も,しやすくなるでしょう.
なのですが,もう一つの種類の「トリアージ」が普及しつつあります.災害や緊急時でなくても,その種のトリアージがなされているのです.
風邪か何かで,近所の診療所へ行ったとします.ちなみに診療所あるいはクリニックは,入院施設がないか,あっても19人以下という少ないベッド数のところで,20人以上になれば病院といいます.
診察券を新規に発行してもらうか,持っているのを受付で渡すかしてから,次に,看護師さんらしき人が「どうされましたか」と,優しく尋ねてくることでしょう.状況を伝えるか,自分で問診票なんかに書いて渡すかすると,スタッフさんだけ受付もしくは診察室の部屋に行かれて,あなたはお名前を呼ばれるまで,じっと座っていることになります.
ここで「院内トリアージ」がなされます.伝えた状況に応じて,他の人より優先して診るべきか,それとも,他の優先すべき人が来たら後回しにしてもいいかが判断されます.ただし,トリアージタッグはつけられません.それと,院内トリアージは,「外来トリアージ」「窓口トリアージ」とも呼ばれます.
個人的な話ですが,1月に高熱が出まして,近所の診療所へ行って状況を伝えたら,待合室ではなく,別室に連れて行かれました.インフルエンザの疑いがあったからです.でもお医者さんがお見えになったのは1時間後.優先度は別段,高くなかったのですね.口を大きく開けてさっそく,扁桃腺が腫れていることが分かりました.
話を戻しましょう.災害時のトリアージと,そうでない日常の,窓口でのトリアージに,共通点があります.それは「先着優先ではない」という点です.院内トリアージがなされている病院や診療所において,「後に来た人が,なんで先に診察室に入るんだ?」と,まあ疑問を持つのはしょうがないかな,しかしそんなことで医師や看護師,事務の人に突っかかってはいけない,そんな世の中になっているのです.
それにしても「トリアージ」については,5分程度で話すことのできない,やっかいな問題がひそんでいます.一つは人や施設など医療リソースの問題,それともう一つ重要なのは,倫理的な観点です.また少々古い本でトリアージを学ぶ機会があったら,アンダートリアージとかオーバートリアージとかいった言葉が,載っていないかもしれません.
トリアージは数年来,いやもっと長い期間かな,是非をめぐって議論の対象となっていますが,現在では,医師や看護師の国家試験で当たり前のように出題され,その実施は当然のものとなっています.院内トリアージについては,ある条件で実施することで診療報酬がアップされるのに加えて,先着優先よりもその運営の方が,医療側にも,患者全体の側にもメリットがあると,病院や診療所が判断している,そういった実用面からも,受け入れられているのかなと思います.
それはさておき,我々は医療従事者ではありません.みなさんのうち何人かが,研究室内,もしくは就職してから,そういった人々や,医療制度をサポートするシステムの開発をする,という可能性は,あるかもしれませんが.
そこで,トリアージを一つの技術として考えたいと思います.国内外で広く使われるようになるまでには数多くの議論,意見の衝突があったことでしょうし,災害トリアージの実施と見直しを通じて,トリアージタッグの中身や,トリアージの仕方というのが多かれ少なかれ変化してきたわけです.
そしてそこから,次の2つを学ぶことができます.一つは,何らかの技術・技法を適用しようとするとき,直接的な関係者や,その周囲の人の理解が不可欠だということです.そういった理解がなく,知っている人だけが実行するのでは,トリアージにせよ他の技術にせよ,受ける側は不安がつのるばかりです.トリアージの色とは関係ありませんが,「黒魔術」という言葉を連想させます.
もう一つは,その技術を使ってうまくいくかどうかは,それに対する「知識」と,実施に当たっての「準備」がじゅうぶんかどうかにかかっているということです.ここで準備には,訓練を含めるべきでしょう.トリアージについても,その訓練の事例を,Webや書籍から知ることができます.
みなさんが一生をかけて身につけ,指導したり普及させたりする基盤の「技術」は,何でしょうか.

何これ

7月15日の授業中に話した余談です.いつものように,話さなかったことをいろいろ付け加えています.
1枚のスライド(非公開)で表したとき,トリアージタッグの画像がほしいなと思い,探しました.http://ec.midori-anzen.com/shop/g/g4073510000/にあるのが,一番見やすいかなと思います.