わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

対象を,広げる,狭める

1. 教育現場に取り入れるとして

「かけ算ではかける順序はどちらでもいい」(『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』p.iii)という主張を,教育現場に取り入れるとして,

  • どちらでもよいことを,授業中に教える
  • 先生は標準的な方法(例えば,一つ分の大きさ×幾つ分=全体の大きさ)で教えるが,テストなどで児童が逆に書いていても,マルをつける

の2通りが思いつきます.他にあればトラックバックをください.
さて,そのように教えて,その後の,乗法が関連する内容の指導は,どうなるのでしょうか.問題や場面に対して,「これは(たし算でもひき算でもわり算でもなく)かけ算で求めればいい」と判断できる子になれるのでしょうか.かけ算に限らず,式であらわしたときに,なぜその式になるかを,本人が説明したり,周囲の人(大人も子どもも)が見たりして,分かるようになるでしょうか.小数や分数を含むような場合,異種の複数の量があるような状況においてもです.
「かけ算ではかける順序はどちらでもいい」を提唱する方々,それに賛同する方々は,そうでない,実際の教育に携わる人々による著述と比較すると

  • 乗法の考え方は,1年から6年までの全学年で関わっていることを踏まえずに,その一部の指導内容しか見ていない
  • 「どちらでもいい」ような出題とその理由は説明するが,そのことを学校教育でどのように指導し,定着させればいいかということに関して,展望を持っていない
  • 文章題や与えられた状況を式であらわし計算することに注力しているが,テストの問題などのほか,学校の先生やクラスの子が書いた「式を読む」ことについては,ほぼ無視している

という傾向があると言わざるを得ません.

2. イスラエル

日本と海外とでの乗法の式表現の違いを,見てみることにします.何を確認したいのかというと,「日本では一つ分の大きさが×の左に書かれるが,海外では右に書かれる」ことです.
今年のものだと,細水保宏「算数・数学の楽しさは万国共通」(算数授業研究 77 特集:まるごと1冊新内容の算数授業!ここがポイント, pp.48-49)にその例が見られます.イスラエルで行ったいわば出前授業で,1+2+3+4+5+6+7+8+9を計算するという話です.そこで子どもの一人が,4×10+5=45により求めています.
図も混じるので,該当箇所(p.48右)の写真をとりました.

注目したいのは,次の3箇所です.

  • 4×10+5=45(日本では10×4+5であるが)
  • 「日本の先生のクラスの子は,5×9=45と計算して求めたけど,どうやって考えたかわかるかな?」
  • 5×9=45(日本では9×5=45であるが)

もちろん,授業の実施に当たっては,通訳が入っています.日本の先生のクラスの子は,実際には9×5=45としているのでしょう.細水氏は当然,式表現の違いを知っていて,イスラエルの子らに「別の考え方・求め方がある」「日本だと,こう考える子がいる*1」というのを,簡潔に提示するため,読み替えをした上で通訳してもらったと想像できます.

3. ほかの国では

日本と海外とで,乗法の式表現が逆になっているのが読み取れる文献を,探してみました.
手持ちでは,杉山吉茂「諸外国にみる「かけ算の意味と計算」」(整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究), pp.126-128.初出は「新しい算数研究」1978年4月号(No.85), pp.8-10)が最も古いものです.「Scott社の教科書では,3つのものの集合が5つあることを図表示し,累加の式を出し,「3が5つ」という言い方を間において3×5の式を入れている」(p.127)とありますが,p.128の図の下には,「3+3+3+3+3=」「5 threes=」「5×3=」と書かれています.
ここにも,式表現の読み替えが見られます.初出を持っていないので,推測ですが,著者の杉山氏は,「5×3=」とあるにも関わらず,「3×5の式を入れている」と記述しています*2.校正において,「3×5の式を」を「5×3の式を」にしていません(著者から要請があったのかもしれませんが).1978年に出たときの読者も,そこにこだわりはなく,自然に読み替えをしていたのでしょう.
さらにいうと,手持ちの本は平成23年1月5日 初版第1刷となっています.おそらく去年,本に載せる記事を選定し,再構成する際にも,「3×5の式を」のくだりは変更することなく,また現在に至るまで,この件で訂正があったと見聞きしたことはありません.
これだけ何段階もの「目」で「おかしいよ」「変だね」という指摘が見られないということから,「日本と海外とで,乗法の式表現が逆になっている」のは,30年ほど前から認識されていて,算数教育に関心のある人の間では既知であったと考えられます.
もし以上の推測が正しければ,「かけ算の順序」の議論で「海外では…」と持ち出すのは,算数教育のこれまでの状況を理解していない者だからこそ言える主張なのかもしれません.
少々新しい書籍を持ってくるなら,『坪田耕三の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)』のpp.138-139で,「3×2」という,一つのかけ算の式に対する,日本と海外との解釈の違いに触れています.
Webからは,タイ,中国,ニュージーランドでの教材作成や教科書の事例を得ることができました.
タイというのは,数学教育協力における文化的な側面の基礎的研究(馬場卓也,平成13年度 国際協力事業団 客員研究員報告書)p.38でして,「タイでは自然な語順が日本語式であるにもかかわらず、教科書は英語式の順番に従っている」として,日本式の5×4=20から4×5=20に変更する必要性と,それに関する注意が指摘されています.
10.中国(第3期科学技術基本計画のフォローアップ「理数教育部分」に係る調査研究 III.算数・数学の教科書)p.181では,5つの色の異なる風船が3束でいくつかというのを,2種類の式で表現しています.この例であれば日本でも,「一つ分の大きさ」として2種類が見つけられるので,5×3=15と3×5=15はともに認められるでしょう.ということで,この事例は「違い」ではありませんでした.
なお,この風船と同種の問いは「1つの花びんに紅白2本ずつの花がさしてある.この花びんが5つあるときの花の総数はいくつであろうか.」(『算数子どもの考え方・教師の導き方 2年』, p.116)に見られます*3.中国教科書で,長方形的配列に対して乗法を用いる事例は,『かけ算には順序があるのか』p.67にも載っています.
最後は,http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2011/08/post_d371.htmlです.あんまし毒を吐きたくないのですが,現場の先生からコメントが得られそうにない表記・内容でぎっしりです.

4. のべ

乗数・被乗数の常識・非常識は,前にも読んでいたのですが,当雑記で言及するのは本日が初めてだと思います.なお,PDFは読みにくい,TeXソースでじゅうぶん読めるという方は,http://www4.airnet.ne.jp/tmt/mathfaq/times_ej.htmlをどうぞ.掛ける順番にこだわる理由も合わせて読むべきかもしれません.
毒も交えて短く感想を書くと,「うわ,『1あたり量』から始めおった*4」「小数を持ち出したけど,乗法の意味の拡張だとか,第2用法だとかは言及なしか」「学校現場に使えるように組み立て直してくれるといいんだけど,無理だろなあ」といったところ.
個別には,次の出題が気になりました.

まず始めに、次の文章を式にしてみましょう。
(a) 3つ子が2枚ずつ切符を持っている
(b) 3つ子が2回自動改札を通過する
(a)では切符の総数を、(b)では改札を通過したのべ人数を求めるものとします。(略)

以降も読んだ上で,私ならどう答えを出すのかというと,(a)は2×3=6 答え 6枚,(b)は3×2=6 答え のべ6人とします.
人の出入りではなく改札機に着目し,「改札を通過したのべ回数*5」を求めるのなら,2×3=6 答え のべ6回です.「入るときに3人が連続して改札機を通り,出るときにまた3人が連続して通るんだよ」と言われれば*6,その指摘があってから(もしくはテストでそのような条件付けがなされたときに),「3人が連続して改札機を通り」が「3回」になりますので,3×2=6 答え のべ6回とします.
気になったのは何かというと,(a)と(b)がずいぶんと異質な問題設定に見えることです.(a)は2年生でもOKですが,(b)は何年か,すぐには答えられません.というのも,「のべ」の概念を,小学校ではいつ学習するのかについて,情報を持っていないからです.自分自身は,5年で習ったように記憶しています.しかし学習指導要領やその解説に対する,機械的な検索では,見つかりませんでした.
別のところで探していて,これかなというのが出てきました.

ヘッダによると,6年の数量関係で扱われています.
2つのPDFファイルの末尾に,ああそう考えればいいのかというアドバイスが書かれています.

〔覚えておこう〕3日間欠席した人が2人いれば,2×3=6で,のべ6人欠席です。
逆に,3×2=6のように,日数をもとにして考えると,のべ6日欠席です。

〔覚えておこう〕3日間働いた人が5人いれば,3×5=15で,のべ15日の仕事です。
逆に,5×3=15のように,人数をもとにして考えると,のべ15人の仕事です。

仕事算(の中のある問題)が乗法で計算できることについては,先日書店で見かけたけれども,娘がぐずったので購入できなかった本にも,書かれていました.整数の範囲内であれば,テープ図を使えばいいのでしょうが,きちんと理解するには,比・比例・反比例*7が必要で,指導としてはたしかに第6学年が良さそうです.
とすると,(a)(b)を持ち出して,被乗数・乗数は区別しなくてもいい(どちらに書いてもいい)ということを確認するというのは,6年生の段階なのかとなります.書かれた方は,おそらくそういうお考えではないと思いますが.
某日追記:『算数教育指導用語辞典』p.246に,「この延べの使い方について,平成元年改訂学習指導要領から扱わなくなった。そして,平成20年改訂学習指導要領でも,内容の扱いには変化がなく,延べの使い方については扱われていない」とあります.

5. エビデンスがないのか

(同日夜に追記)

その上で、ある時期まで「かけ算の順序」に拘る指導を徹底することを自覚的に選ぶとしたら(いずれは、「どっちでもオーケイ」にむけてテイクオフしなければないないにしても)、それによって得られる教育効果のエビデンスに基づいて決めてほしい。
なおエビデンスについては、教育現場でどのように捉えられているかぼくは知らないので、これも誰が知っている人いますか、と問いかけたい。教育実践がどのような成果を挙げるか、きちんとした研究設計をした上での証拠のこと。このブログを読んでくれている人にとっては「例によって」、疫学も関係してくること。

http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2011/08/post_d371.html

それにしても,掛け算に順序があるという話は,小・中学校の各学年において,生徒がどれくらいの割合で覚えているのか,きちんとした統計データをとって検証すべきであろう。

<読書感想文1109>かけ算には順序があるのか - 担当授業のこととか,なんかそういった話題。

これら2つを読んだとき,何を連想するかというと,以下の文献です(「金田論文」と呼びます).

  • 金田茂裕: 小学2年生の乗法場面に関する理解, 東洋大学文学部紀要, No.62, pp.39-47 (2008).

なお,http://ris.toyo.ac.jp/thesis/detail.php?rid=31579&uid=1101では「34巻」とありますが,紀要の表紙に「XXXIV」が見られます.東洋大学文学部紀要としては第62集,教育学科編においては34巻のようです.
合わせてどうぞ:

金田論文は,もちろん,2つのブログに書かれている問題に対して明快な答えを与えるものではありません.むしろ「とっかかり」と言っていいでしょう.
なのですが,金田論文に目を通し,「かけ算の順序」をキーワードとする論争と読み比べると,

  • 「かけ算ではかける順序はどちらでもいい」という主張に基づき
    • 課題設定,国内外の関連研究,設問を含む実験方法,実験協力者(学校,教室)の選定・同意,解答例の整理,統計処理,(結果を踏まえた)考察・展望に渡って,金田論文を凌駕するような研究成果を,誰がいつどのようにしてパブリッシュできるのだろうか?
    • 科研費もしくは何らかの研究費を獲得するか,寄付を募って,研究を推進できるのだろうか? (そして誰が研究代表者?)

と思わずにはいられません.これらの疑問は,金田論文の内容の良し悪しと別に考えることができますし,「かけ算ではかける順序はどちらでもいい」という主張を,学術的な根拠を持たせて普及させたいとすると,避けて通れないものです.
(翌朝一部を書き換えました.)

*1:「日本だと(必ず)こう考える」ではありませんね.

*2:その前後では,乗法は加法(累加)に基づくか,それとも独立した演算とすべきか比較しています.そもそもこの記事は,表記を比較しているものではありません.

*3:この出題で,「紅白」を落とすと,解として認められるのが1通りになると予想できます.一般化によって,求め方が減るというのは,興味深いのですが,研究においても,(個別問題の集合として)問題AとBがあって,AがBに真に含まれるとき,Aを解くアルゴリズムはBを解くのに必ずしも使えないわけで,とくに違和感はありません.

*4:数教協スタイルで,「1あたり量×いくら分」を最初から採用する場合には,「1あたり量」の理解が不可欠となります.パー書きによる1あたり量の表記を2年で学習することに関して,課題が指摘されているのは,これまで何度か書いてきました.

*5:ん? 「のべ回数」ではなく単に「回数」? と思ったけど,改札機を特定して,具体的には和歌山電鉄の和歌山駅改札(有人)のそばにある,和歌山電鉄とJRとの連絡のための自動改札機のところに,朝3つ子がタッチして通り,夕方にも3つ子がタッチして通るというシチュエーションを考えれば,その合計は「のべ回数」と呼んで良さそうです.「3つ子」は,2歳の差があるうえの子・さきの子・あとの子で代用しますか.

*6:これは,「3×2=6 答え のべ6人」と回答したときの場面と一致します.

*7:「3人だと5日かかる仕事があります.1人だと何日かかるでしょう」という問題で,数直線や4マス関係図をもとに5÷3とやると失敗です.