雑報です.
1. 田中先生は一歩先を行く
「乗法の意味の指導」に関して,もっとも感銘を受けた本は,『田中博史の算数授業のつくり方 (プレミアム講座ライブ)』です.4月21日に取り上げたものから一つと,新たに書き出したものを一つ.
このように描いたのに,もし式を「5×4」と書いたとすると,この子は読み取りができないのではなくて,式の意味を間違えて覚えているだけとなります。治療するところが変わりますよね。
式を「5×4」と書いた子どもに「ちゃんと文章を読んでごらん」といくら指導をしてもだめです。この子は逆に覚えているわけですから.絵が図にできたら,その後で算数の言葉に表し直して「4×5」と書くんだよと.ここは確認していいところです。「こういう絵のことを4×5と言うんだよ」と教えるのです。
(p.65)
次は式に結びつける段階で,子どもが式の意味がわかっているかどうかをチェックすることができます。子どもたちが1つの正解にたどり着くまでの小さなステップですね。それを見てやろうとすると,ちょっと優しい気持ちになれます。「ああなんだ,この子,文は読めているじゃないか。式が書けないのは,私が意味をちゃんと伝えることができなかったんだな」と気づけます。また,「この子は文を読んで絵に描くことはできている。ということは,かけ算の意味はわかっているな。この子には読解力というか,文章を読んでイメージさせることをたくさんさせなければいけないな」ということにも気づけます。
子どもによってやらせる場所が変わってくるようになります。
(p.67)
後者は,大人の言葉でいうと「(問題の)切り分け」です.もちろんここでの「問題」は,文章題そのものではなく,「どのようにして児童に,かけ算の意味を定着させるか」です.
自分なりに補足を加えてみると,「『一つ分の大きさ』になる方をかけられる数,『幾つ分』になる方をかける数として書くこと」が,ここでの「算数の言葉の表し方」です*1.かけ算に限っても,他の「表し方」,より正確にいうと,他の「かけ算の式で表す場面」はあります.そして,「『一つ分の大きさ』と『幾つ分』の見つけ方」は,また別の話です.
とはいうもののその後,何冊か読んでいく中で,田中博史氏は「伝道者」ではあるかもしれないけれど,「開拓者」と呼ぶには危ういなという思いを持つようになりました.というのも同書の中にある,
「船が5そうあります。1そうに4人ずつ乗ることにします。」このような問題文になっていると子どもは必ず式を間違えますよね。「5×4」と書きます。今まで文の中に出てきた順番に数を使って式を書くだけで,ずっと丸をもらえていた子たちは,必ずこういう問題で引っかかります。
(p.62)
については,同じロジックで書かれたものとして
「小さな子が、公園の砂場で遊んでいます。何人いるかなと数えてみると、6人いました。どの子も三輪車に乗ってきています。じゃあ、車輪の数は、みんなでいくつあるでしょう」
1回で文意が理解できない子には、2回でも3回でも、ゆっくりと語り聞かせるように繰り返し話してやります。問題の中身が分かったら、式を書かせてみてください。きっと、十中八九は失敗します。「ひっかかったわね。落とし穴にはまったわ」とおどけてやりますと、子どもはいぶかります。きょとんとしています。子どもはきっと「6×3=18」という式を書いているはずです。
(『どの子も伸びる算数力』p.172)
があります.また「4マス関係図」についても,『田の字の解き方―算数の文章題が簡単に解ける』という本が出ています.
それはそれとして先日,『筑波大学附属小学校田中先生の 算数 絵解き文章題 (有名小学校メソッド)』を見つけました.去年9月に出ています.かけ算の出題のしかたに「流れ」があり,水道方式を彷彿とさせます.
解説を目にして,またも圧倒されました.
今回は,P82,P83のそれぞれで,「1つ分の数」→「いくつ分」の順に数字が出てくる文章題(Aパターン)と「いくつ分」→「1つ分の数」の順に数字が出てくる文章題(Bパターン)を織り交ぜて提示しています。
お子さんがこのようにちがったパターンの文章題に取り組むことで,場面を正しくイメージする力を養う訓練になります。
(p.137)
「Aパターン」は,当雑記上で命名した《AB型》,「Bパターン」は《BA型》に他なりません.田中先生は,一歩なんてもんじゃなく,何歩も何歩も,「かけ算の順序」の議論をしている人々の先を行き,学校現場で児童に先生に,そしてこの本を手にした家庭に,インパクトを与え続けています.
んで以下は野暮な補足です.「Aパターン」「Bパターン」という名称は全国的に知られている/使うようにすべき,というものではなく,実際同書でも,p.137の解説にしか現れていません.それらのパターン名を根拠にするのではなく,問題の“構造の違い”を理解して,「1つ分の数」「いくつ分」がどれにあたるかを,間違えることなく判断したり,説明したりするのに活用したいものです.
もう一つ気になるのがあって,pp.138-139の解説で言及のある「アレイ図」はいずれも,「1つ分の数」がわかるよう,囲い込みをされています.しかし一般には「アレイ図」というと,囲い込みのない状態での,ドットの2次元(長方形的)配列を指すものと認識しています.初めて目にした人が,囲い込みまでしたものをアレイ図なのだと思わないことを願うのみです.
2. 『かけ順』第1刷・第3刷の読み比べ
先日,書店で見かけた『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』は,第3刷になっていました.「2011年5月26日 第1刷発行」「2011年8月10日 第3刷発行」です.
第1刷と第3刷を読み比べたところ,とりあえず2つ,違いがあることがわかりました.
- p.43
- 第1刷:という式を,「時速1kmあたりで3km歩く道のり(1あたり量)の時速4km分(いくら分)」と解釈するのです.目からうろこの発想で,秀逸な単位の表記法だと思います.
- 第3刷:という式を,「時速1kmあたりで3km歩く時間(1あたり量)の時速4km分(いくら分)」と解釈するのです.目からうろこの発想で,秀逸な単位の表記法だと思います.
- p.118
- 第1刷:城地茂さん,テトさん,りーさーさん,bricoleurさん,ヨッケリなしをとっとさん,よたよたあひるさん,ドラゴンさん,らんでさん,そして,Sparrowhawkさん,ありがとうございました.
- 第3刷:城地茂さん,テトさん,りーさーさん,bricoleurさん,ヨッケリなしをとっとさん,よたよたあひるさん,ドラゴンさん,らんでさん,ありがとうございました.
刷を重ねることで,謝辞から名前が消えるというのは,初めて見ました.*2
なお,p.19の「7人×7匹/人×7匹/匹×7本/匹×7合/匹=16807合」は,第1刷も第3刷も同じです.
3. 中島健三の来歴
「掛け算の順序論争」の資料を集めいている村川猛彦さんのブログ記事に元文部省の中島健三さんの名前が出ていて驚きました。
汝の隣人のブログを愛せよ | LOVELOG
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20111023
中島健三さんは1951年の文部省の「小学校学習指導要領 算数科編(試案)」の責任者一人です。
文部省を退官された後は東京学芸大学の先生になり、現在は定年のため名誉教授です。
この方の名前を,2冊の本から知ることができました.
一つは『算数授業研究 第72号 「数学的な考え方」の究明はどこまで進んだか/復刻「算数の考え』で,「復刻「算数の考え」『教育研究』」の中に,同氏の記事が入っています.pp.34-35です.初出は見開き左のヘッダによると「『教育研究』特集 算数の考え(昭和46年4月 第26巻・第4号)」で,著者情報は「東京学芸大学助教授(執筆時) 中島 健三」です.
内容には強いインパクトを覚えませんでしたが,「もとずいて」の表記が見られること*3,「形式不易の原理」に言及していること,アレイ図で1つ分の大きさを横方向にとっていること,あたりがまあ気にはなりました.
もう一つの本は『算数の基礎学力をどうとらえるか―新世紀に生きる子どもたちのために』で,「1995年8月5日 初版発行」となっています.先月入手したのですが,はしがきの中に記述がありました.
ところで,本書の企画は,編者の一人,中島健三先生によって提案されたものでした。中島健三先生は,本書の編集会合には必ず出席されて,絶えず新鮮で啓発的なお考えをお示しいただきましたが,メンバーで分担して原稿を書き始める直前の昨年10月21日に急逝されてしまいました。ただただ残念です。本書を先生のご霊前にささげて,ご冥福をお祈り申し上げます。
(p.3)
1994年(平成6年)10月21日死去,とのこと.
ということで執筆にはノータッチとなりますが,同氏の平成4年(1992年)の講演の内容が,pp.213-234に収録されています.いくつか出題を交えていますが,ある多肢選択式の出題で,(5)の選択肢として「(1)〜(4)のどれでもない」が入っているのは,受験では考えられないなあとも思います.
本の内容で,これまでの関心とかかわりがある事項としては,「【21】AからBまでの道のりの2/3を行くのに3/4時間かかりました。この速さで行くとすると,AからBまで行くのにかかる時間は全部でどのくらいですか」(p.54)という形で除法《BA型》が入っていること*4,4つから2つを選ぶ順列の場合の数に「3+2+1」「4×3÷2」「(4×4−4)÷2」「(4×3)÷(2×1)」(p.187)が現れることが挙げられます.
*1:「それはローカルルールにすぎない.海外では…」という人へは,「海外の算数教育を根拠にするということは,被乗数と乗数の区別がある点について,ご同意いただけますか?」です.「会計では,数量が先,単価は後」というのであれば,「それこそその範囲でのルールでしょう.学校教育,現実(一般社会),文献など,過去現在の多くの情報をもとに,未来はどうあるべきか,提案・説明できますか?」と問いたくなります.
*2:同日追記:本人から削除依頼がありました.http://ameblo.jp/metameta7/entry-10909025352.html#cbox
*3:[中島1968a],[中島1968b]にも現れます.「もとづく」「もとずく」については,なぜ、「基ずく」ではなく「基づく」なのでしょうか。思い切って、「基く... - Yahoo!知恵袋やhttp://members.jcom.home.ne.jp/w3c/kokugo/rekishi/Seishoho.htmlが興味深い内容です.
*4:図にするのが王道ですが,この問題に限っていえば,被序数と商を同じ単位にするという,サンドイッチ(の除法への拡張)も,確かめの道具として有用なように思います.