わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

本から学んだ「かけ算の順序」ツアー

目次

  1. はじめに
  2. 高木貞治の「乗法の順序」
  3. 「かける順番」は結合法則
  4. 数学的には「累加」と「拡張」
  5. 算数教育も「累加」と「拡張」
  6. 乗数が先に現れる文章題
  7. トランプ配り,1あたり量×いくつ分
  8. アレイ図
  9. 新しいものと組み合わせて
  10. 海外の「かけ算」
  11. 平成23年度の教科書
  12. 2011年の本
  13. おわりに

1. はじめに

小学校で学習する「かけ算(乗法)」について,これまで読んだ中からいくつかをピックアップして紹介したいと思います.
大部分は当雑記ですでに書いていることですが,本日はあえて,そういったエントリにリンクを張らないようにします.
引用部を読み飛ばせば,クイックツアーになると思います.
なお,「[人名 数字]」の表記は,文献情報です.学術的な文章などで使う引用と同じです*1.その書式にもいろいろありますが,「[人名 数字]」の形式は,誰によるいつの刊行物であるかが分かりやすいので,採用しています*2
「乗法」「被乗数」「乗数」はそれぞれ,「かけ算」「かけられる数」「かける数」と同じです.「積」は,かけ算で得られる数という意味で使用します.

2. 高木貞治の「乗法の順序」

入手しやすい本の中で,かけ算の「順序」への言及がある,おそらく最も古いものは,[高木2008]です.「二〇〇八年五月十日 第一刷発行」ですが,後ろから少しだけページをめくると,「本書は、一九〇四年六月三十日、博文館より刊行された」ともあります.

加法及乗法は組み合はせの法則及交換の法則に遵ふが故に,多くの数を加へ又は乗ずるに当りて,其順序を如何様に変更するとも結果は常に同一なり.此事実は既に前文に於て屡〻黙認せられたり.
([高木2008] p.31)

この前後から,組み合はせの法則(今でいう結合法則)と交換の法則をもとにして,「どのような順序でも答えは同じ」と説いています.
少し前のページを見ると,組み合はせの法則と交換の法則について,証明を書いています.どちらの法則にも,「因数の順序」という言葉が現れます.

若しb1,b2,b3,…が尽く同一の数bなりとせば(4)より
a(b+b+…+b)=ab+ab+…+ab
を得.即ち
a(bn)=(ab)n
a,b,nなる三個の数に順次乗法を施こすとき因数の順序は積に影響することなきこと加法の場合に於けると同趣なり,之を組み合はせの法則といふ.此法則はnが1なる場合にも成立すべきこと明なり.
交換の法則も亦乗法に適用すべし.a,bなる二数の積は因数の順序に関係せず,即ち
ab=ba
([高木2008] pp.27-28)

3. 「かける順番」は結合法則

ここで,今年出た本に話を飛ばします.[二宮2012]のp.50では,

1こ60円のおかしが1はこに4つ入っています。このはこを2つ買うと,代金はいくらですか。

という出題をもとに児童が式を立てて,答えを求めます.この場面を表すいくつかの式について,計算して代金を求め,次のことを確認します.

まとめ 3つのかずのかけ算では,はじめの2つの数を先に計算しても,あとの2つの数を先に計算しても答えは同じになる。
(60×4)×2=60×(4×2)

これは,乗法の結合法則を学習するという授業です.
Webで読むことのできる学習指導案や指導記録,すなわち実際の授業の中で,「かける順番/順序」というのは,ほとんど出てきません.結合法則に関するものは,もう1例,[杉森小2006]の学習指導案があります.「かけるじゅんばんに注目してみよう!」というヒントも見られます.
そのほか,九九をどの段から学んでいくかというときにも,「九九の順序」などと書かれていることがあります.
ある式は正しいがそこから被乗数と乗数を入れ替えてできる式は間違いというようなとき,「逆」や「問題文に書かれている順に」といった表現は見られますが,「(かけ算の)順番・順序」といった書き方は,学校教育の場ではしていないらしいのが実情です.

4. 数学的には「累加」と「拡張」

数学者が,四則演算を含めて,“算法”をきちんと記述しようとするとき,乗法をどのように構成しているかというと,「累加」です.

加法は組み合はせの法則に従ふものなるが故に,同一の数aを幾回も加へ合はせて得らるべき和は此数と加へ合すべき回数bとによりて全く定まるべし.斯くの如き和を求むるはa及びbなる二つの数を与えてこれより或る定まれる第三の数を得べき手続きなるが故に,之をa,bなる二数に施こせる一つの算法と見做すことを得.此算法は即ち乗法にしてaは被乗数,bは乗数,求め得たる和はaのb倍或はa,bを乗したる積(a×b又はab)なり.a,bは何れも此積の因数にしてabといふ積の第一の因数は被乗数,第二のは乗数なり.(略*3)乗数が1になる場合と然らざる場合とに於ける乗法の意義は次の式により明に書き表はさる.
a×1=a
a×b=a+a+a+…+a
([高木2008] p.26)

しかしこれは,aもbも数(正の整数)であるときに限って通用する式です.乗数bが小数や分数(有理数)になって,例えば「7を2.4回足す」なんてことはできません.そこで,かけ算のできる対象や,乗法の意味を「拡張」することを,行っています.
[高木2008]では,有理数の乗法はその交換法則を含めて第七章*4無理数を対象とした乗法は第九章に記載されています.

もう一つ,知っておきたいかけ算があります.量に対する倍概念の操作です.
私たちは「2mの3倍」を求める式として,「2m×3=6m」や「2×3=6 答え6m」と書くのになじんでいますが,あるスタイルでは,「2m×3=(m×2)×3=m×(2×3)=m×6=6m」となります.このとき「m」は,「1m」を表す量になります.
このことは,[田村1978]で詳しく解説されています.この本でも,乗法の最初は累加です.読み進めていくと,乗数の範囲は正負の数や無理数複素数にまで拡張されていますし,うまく単位量を選ぶことで,長方形の面積や,速さを求める方法も与えています.

5. 算数教育も「累加」と「拡張」

いまの算数教育も,基本となるのは「累加」と「拡張」です.乗法の意味は2年で,そして乗数が小数のときにも使えるよう意味を拡張するのは5年で,それぞれ学習します.《算数解説》より抜き出します.

乗法は,一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かに当たる大きさを求める場合に用いられる。つまり,同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現として乗法による表現が用いられることになる。また,累加としての乗法の意味は,幾つ分といったのを何倍とみて,一つの大きさの何倍かに当たる大きさを求めることであるといえる。
(《算数解説》p.87)

整数の乗法については,「一つ分の大きさが決まっているときに,その幾つ分かを求める」,「何倍かに当たる大きさを求めたりする」などの場合に用いる。
第5学年では,乗法を乗数が小数の場合にも用いることができるようにしたり,除法との関係も考えて,より広い場面や意味に用いることができるようにしたりして一般化していく。その際,数量関係を表している文脈が同じときには,整数の場合に成り立つ式の形は,小数の場合にもそのまま使えるようにする。
(略)
「整数や小数の乗法の意味は,Bを「基準にする大きさ」,Pを「割合」,Aを「割合に当たる大きさ」とするとき,B×P=Aとせる。」
(《算数解説》p.166)

「拡張」は,5年になっていきなり行うわけではありません.まず,加法と乗法とを結びつけるものとして,「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増える」という性質を,2年のうちに学習し,これが,3年で学ぶ分配法則や,0を乗数とする乗法などの素地となります.筆算を通じて,整数どうしのかけ算は4年で完成します.合わせて,現在の学習指導要領のもとでは,小数×整数も4年で学習しています*5

学会はというと,[日数教2010]では以下のとおり2つの意味づけを並べていますが,その節の構成からすると,やはり累加と拡張を支持しています.

これらの研究成果から,乗法・除法の意味づけにおいては,数学的な考え方の育成を目指す立場からは,割合による意味づけに教育的な価値がある。これは,整数は同数累加で導入し,乗数が小数になった段階で同数累加では意味づけられなくなる。そこで,被乗数,乗数の意味を(基準量)×(割合)と拡張し,これまでの整数の場合と同様に用いることができるようにすることである。数学的な考え方を育成するためには,意味の拡張は重要な指導の場となってくる。
この意味づけにおける課題は,児童の実態として,割合を捉えることの難しさが挙げられる。整数の乗法・除法を扱う中で割合の見方をどの学習でどのような方法で導入するかを明確にする必要がある。また,整数÷整数の包含除の場面で整数倍,小数倍を扱う指導と割合との関連を,より一層カリキュラムの上で明らかにする必要がある。
一方,意味の拡張を意図しない立場では,乗法の意味づけは,(内包量)×(外延量)になる。乗数を外延量とすることで,整数でも小数でも意味づけは変わらないことになる。
この意味づけの課題は,乗法の導入段階で内包量の見方を児童ができるかということである。例えば,みかんが3こある場面で,これを3こ/皿という内包量として見るのは児童にとって難しいことである。また,数学的な考え方と関わった意味の拡張などの見方をどのように扱うかを明らかにする必要がある。
([日数教2010] pp.74-75)

「拡張」の重要性を,最も明確に主張しているのは,[中島1968b]です.

b) 小数・分数(有理数)の場合に,どんな意味づけをするか.
累加の考えの問題点は,周知のように,整数の場合ではなく,乗数が有理数の際に起こる.わが国の場合は,累加という考えをそのまま用いないで,次のような意味に一般化(拡張)する方法をとっている.すなわち,
A×Bについて,A,Bを次の意味に対応させる.下の図では,A×Bは,Bの目盛に対応する大きさをよみとることに当たる.
A……基準(単位)とする大きさ
B……Aを単位とした測定数(measure)
(略)
この考えの長所として,次のような点をあげることができる.
ア.乗数が整数の場合,すなわち,累加の考えを特別な場合として含んでおり,整数,および,小数・分数に関係なく,一貫して用いられること.しかも,実数の場合の発展も困難ではない.
イ.この指導を通して,整数の場合にとった乗法の意味を拡張することの必要性を意識させ,拡張の考えを用いる機会をこどもに与えることができること.
ウ.小数,分数の乗法が適用される場合を,この意味にもとずいて一般的に理解させ,乗法の適用判断を統一的に能率よく行なうことができること.
([中島1968b] p.76)

6. 乗数が先に現れる文章題

「かけ算の順序論争」でよく話題になるのは,乗数が先,被乗数が後被乗数が先,乗数が後に現れるような文章題です.
Webで読める中で,最も古いのは,昭和26年(1951年)の小学校学習指導要領 算数科編(試案)に入っています.

三年の乗法九々の学習で,三の段がひととおりすんで,こどもたちは三の段の九々がすらすら唱えられるようになった。そこで,教師は次のようなテストを行って,こどもがかけ算の意味を理解して,九々を適用する力が伸びたかどうかを調べてみた。

問題 3人のこどもに,えんぴつを2本ずつあげようと思います。えんぴつがなん本いるでしょう。どんな九々をつかえばわかりますか。

どんな九々をつかうかという問に対して,3×2=6と答えたものが予想以上に多いことがわかった。これによってこどもは問題に出てくる数を,その数の意味を深く考えもしないで,出てくる順に書き並べ,その間に,かけ算記号を書き入れることがわかった。問題に出てくる数を頭の中にいったん収めて,演算の決定に導くように問題の場を組織だてる力が欠けているらしいことがわかった。そこで,その欠けていることについての再指導に入るわけである。
3は人数を表わしている数である。それを2倍した答の6は何といったらよいか尋ねてみる。それで,6人となって問題の要求に合わないことを説明する。このようにして3×2=6とするのが誤であることを明らかにしたとする。
しかし,上のような指導だけでは,問題をすこし変えてテストしてみると,ほとんど進歩しないことがはっきりわかってきた。つまり,一方を否定するような消極的な指導だけでは,前に述べたような問題を組織だてる力を伸ばすのに,ほとんど役だたないことがわかった。これが再指導に対しての評価であって,指導の方法を修正する必要をつかんだわけである。そこで;問題解決を,同数累加の形にもどして,倍の概念をしっかり押えるように指導したのである。今度は成功した。この事実を教師が見届けたのもやはり評価*6である。

V. 算数についての評価

現在ではどうかというと,2011年発行の教科書や書籍は後回しにして,たとえば次のような指導方針と出題例があります.

本時では,いくつ分の量が先に,基準量が後に示された適用題を扱うが,子どもたちは数値の与えられた順に立式してしまいがちである。そこで,題意をとらえ,基準量が何なのかを判断して正しく立式できるようにするために操作活動を取り入れる。問題場面を読み,基準量をおはじき,いくつ分をカップを用いて表すことによってかけられる数とかける数の意味をしっかりとらえさせたい。
(瀧崎美保子:なんのいくつぶんかをかんがえよう, [豊橋市2007] p.67)

おかしのはこが5つあります.1つのはこにはおかしが4こずつはいっています.みんなでなんこになりますか.
でてきたじゅんばんに かけちゃだめ
かけられる数 かける数には いみがあるよ
(同)

乗数が先,被乗数が後被乗数が先,乗数が後に現れるような文章題を子どもたちに解かせ,その正解率の低さから,乗法の意味理解の指導についてアドバイスする本もあります.[清水2011]では,「6つのはこに、ケーキが8こずつはいっています。ケーキはぜんぶでなんこあるでしょう。」という出題で,6×8という式を書いた子どもが34.7%あったと報告しています.
次のものは,子ども一人を対象とした出題・指導の方法です.

「小さな子が、公園の砂場で遊んでいます。何人いるかなと数えてみると、6人いました。どの子も三輪車に乗ってきています。じゃあ、車輪の数は、みんなでいくつあるでしょう」
1回で文意が理解できない子には、2回でも3回でも、ゆっくりと語り聞かせるように繰り返し話してやります。問題の中身が分かったら、式を書かせてみてください。きっと、十中八九は失敗します。「ひっかかったわね。落とし穴にはまったわ」とおどけてやりますと、子どもはいぶかります。きょとんとしています。子どもはきっと「6×3=18」という式を書いています。
この式なら、言葉で言うと、6人ずつのかたまりが3つあるということになります。そして、答えが18人ということになってしまうのです。
この問題では、車輪の数はみんなで何個あるのかを問いかけているのです。三輪車に車輪が3個あります。その三輪車が6台あると、みんなで車輪の数はいくつかということを聞いているのです。1台ずつに3つのかたまりがあって、全部で6つある。じゃあ、車輪の数の合計はいくつになるのかというのが、求める答えです。
けっして6×3ではありません。3個が6つあるのですから、式は「3×6=18」と書かなければなりません。
([岸本2003] pp.172-173)

文章題から式を立てさせるのではなく,式に合う文章題を作らせる試みもあります.

(5)かけ算の文章題づくり
かけ算の意味が子どもに理解できているかどうかの最終的なツメです。意味がわかれば,問題がつくれるからです。そこで,「6×8の文章題をつくりましょう」と問題を出し,ノートに文章題をつくらせました。
〔子どもがつくった文章題〕
1) 1あたり量*7が先にきている問題

  • 1はこにトイレットペーパーが6ロールはいっています。そのはこが8こあります。トイレットペーパーはなんロールありますか。
  • 1ぴきの「なまず」の水そうに,えさの「めだか」を6ぴきずつ入れることになりました。「なまず」の水そうは8こです。さて「めだか」はなんびきいるでしょうか。

2) 分量が先にきている問題

  • ねこが8ぴきいます。1ぴきにすずを6こつけると,すずは何こいりますか。
  • 8びんにジュースが6dlあります。ジュースは何dlですか。
  • 車が8だいありました。どの車にも人が6人ずついます。ぜんぶでなん人いるでしょう。

3) つまずいている例

  • 1さつ8ページの本があります。その本が6さつあります。全部で本のページはいくつでしょう。
  • ふねが6そうとまっています。人間が8人ずつのっています。ふねは,何そういるでしょう。
  • (残り2例省略)

([日教組1983] p.176)

一つの式と,いくつかの文章題を選択肢として提示し,式に合うものを解答するという出題もあります.

東京都算数教育研究会が昭和44年1月に東京都の2年児童約2,000人について行った調査によると,次のように報告されている.
〔問題〕8×6のもんだいをつくりました.よいものに○をつけなさい.
(1)( )みかんが一つのおさらに8こ,もう一つのおさらに6このせてありますが,みかんはなんこありますか.
(2)( )えんぴつを6本かいました.このえんぴつは1本8えんです.いくらはらえばよいですか.
(3)( )1まい6えんのがようしを8まいかいました.いくらはらえばよいですか.
(花村郁雄: かけ算の意味と方法 -つまずき事例- , [新算研2011a] p.117)

7. トランプ配り,1あたり量×いくつ分

現代の算数・数学教育に影響を与えた人物を,紹介します.遠山啓(とおやま ひらく)といい,数学教育協議会を結成し,委員長を務めた方です.
1972年に書いた,「6×4,4×6論争にひそむ意味」と題する記事の中で,主に2つのことを主張しています.一つは,単純なかけ算の文章題では,被乗数と乗数を逆にした式も正解になるということ,もう一つは,乗法の意味づけは累加であってはいけないということです.[遠山1978]より取り出します.

1972年1月26日の『朝日新聞』に小学校のテストをめぐる論争がのった。それによると,昨年の秋,大阪府松原市・松原南小学校の2年生のテストに,つぎのような問題があったという。
「6人のこどもに,1人4こずつみかんをあたえたい.みかんはいくつあればよいでしょうか」
これに対して何人かの子どもは,
6×4=24
と書いたが,その答案は,答えの24こにはマルがつけられ,式の6×4にはバツがつけられ,4×6と訂正されたという。そこで,これに疑問を抱いた親が,文部省にも質問状をだして論争がまきおこったらしい。
([遠山1978] p.114)

では,本題にはいって,いったい6×4は正しいか,まちがっているかについて考えてみよう。この問題の答えとして,4×6だけが正解であり,ほかを誤りとする理由はどこにもない。もともと算数の考え方は一通りしかないと思いこむのがおかしいので,多種多様な解き方があってよいのである。
ミカンを配るのに,トランプを配るときのやり方で配ると,1回分が6こ,これを4回くばるのだから,それを思い浮かべる子どもは,むしろ,
6×4=24
という方式をたてるほうが合理的だといえる。
([遠山1978] p.116)

日本式のかけ算の意味をどのように教えるかというと,かけ算をたし算から切り離して教えることが前提となる.具体的にはどうすればいいのか.
そのために,たとえば,ウサギが何匹かならんでいる絵をかいて,まず,ウサギ1匹に耳が何本あるかを考えさせる.そうすると,“1匹分が2本”であることがすぐわかるだろう.そして,たとえば,「3匹分の耳は何本か」と問い,それを
2×3
の意味だとするのである.つまり,かけ算は“1あたり”から“いくつ分”を求める計算と定義するのである.
この定義のなかには,“たし算”は一つもはいっていないことに注意してほしい.だから,「2×3の答えはいくつか」という問いをだすと,
2+2+2=6
として計算する子どももいるし,
3+3=6
と計算する子どももいる.どうしてそうしたかを問いかえすと,「ぼくは右の耳はいくつかと考えたら3で,左の耳も3でした.だから,みんなで,3+3=6としたのです」と答える.また,「ぼくはウサギを3匹書いて,その耳を1,2,3,……と数えて6になりました」という子どももいる.
そういう子どもは,すべて2×3の意味を正しくとらえているものと考えてよい.ただ計算の手段がちがっただけだと考えるのである.このようないき方だと,
2×1
も,少しもむずかしくはない.1匹あたり2本の耳は,1匹分では,やはり,2本だから,
2×1=2
となるし,また,2×0はウサギが0匹,つまり,1匹もいないのだから,耳だって1本もないはずである.だから,
2×0=0
となる.これは,子どもにとってなんの困難もない.要するに,計算手段から切りはなしてかけ算を意味づけておいたほうがずっと一般化しやすいし,発展性があるのである.
このことは×分数,×小数になると,いっそうはっきりする.
([遠山1978] p.118)

また,4×6は,
4×6=4+4+4+4+4+4
という意味だとすることにも私は反対である.
これは,つまり,“かけ算はたし算のくりかえしだ”という定義なのだが,これは適当ではない.この定義で教えると,4×1とか4×0とかいうかけ算がでてくると,どまどってしまう.
4×1は,たし算など使わないで,4という答えがでてくるので,かけ算をやるときはかならずたし算をやるものと教えられた子どもは,「4×1は4を1回たすことだから,4+4=8」などとやってしまう.また,4×0になると,さらに困る.もっと困るのは,5,6年生になって,
4\times\frac{2}{3},4×0.3
などのような×分数,×小数がでてくるときである.\times\frac{2}{3}も×0.3もたし算ではないし,そのうえ,かけると,ふえるはずだと思っていたのが,かけて,減ることになって,子どもは頭をかかえてしまう.2年生のとき,かけ算をたし算の繰り返しだと教え込まれた子どもは,5,6年生になって完全にいきづまってしまうのである.
いまのおとなたちのなかにも,「小学校にはいったときは算数が大好きだったが,×分数,×小数がでてきてからわからなくなり,それから算数が大きらいになった.じつをいうと,分数や小数をかけると,答えが減るのはなぜか,おとなになったいまでもわからない」という人が多い.
こういうことをいうおとなは“頭が悪い”のであろうか.そんなことはない.小学校での教え方が悪かったのである.
([遠山1978] pp.116-117)

途中に「かけ算は“1あたり”から“いくつ分”を求める計算」とあり,これは“いくつ分”が積であるように読めます.現在では「1あたり量×いくつ分=全体量」(たとえば[銀林2008])と書いて,“いくつ分”という言葉は乗数を指すのが普通です.
「1あたり量」は「内包量」,「いくつ分」は「外延量」へと発展していきます.[銀林1975b]で詳しく解説されています.内包量については,逆内包量,複内包量,外延量的内包量なんてのが出てきます.実用を意識して,線密度,圧力,気圧,塗装濃度,面積密度,人口密度,物質濃度,発熱量,熱量密度,時間密度,運転密度,時間単価といった様々な分布密度が,取り上げられています.
分布密度に相対するのは含有密度で,濃度のことです.20%の濃度の食塩水がxグラムあるとき,その中に溶けている食塩の量yグラムとの関係は,0.2 g/g×x g=y gと表せます.20%を割合と考え,x g×0.2=y gと書くこともできます.
話を遠山の「6×4,4×6論争にひそむ意味」に戻しますが,これの現在における意義や,活用のされ方を想像するにあたり,2009年に全7巻で刊行された選集,『遠山啓エッセンス』に収録されていないのは,残念に思います.

8. アレイ図

先ほどの,トランプ配りによるミカンの配り方のあとには,次の文章が書かれています.

これが,もし,つぎのような問題だったら,どうだろう.「教室の机は1列に6つずつ4列ならんでいます.机はみんなでいくつありますか」という問題では,4×6でも,6×4でもいいとせざるをえないだろう.
([遠山1978] p.116)

これは,アレイの考えがもとになっているようです.
同一のものを,縦横に規則正しく並べた図を,アレイ図と言います.[中島1968b]で,紹介されています.

6×9を次のような配列(の点の個数)を意味するとして定義するのがアレイの考えである.

([中島1968b] p.74)

この説明,それと参考文献内にある注釈から,アレイ図とその数え方が,昭和40年代前半,日本の算数教育に普及していなかったのではと推測できます.
[算教研2010]では,公理論的な立場(ペアノの公理系)と集合論的な立場(アレイ)のそれぞれで,乗法の定義を示しています.

アレイ図とかけ算の式の対応づけについて,見ていきます.[中島1968b]では1通りの式だけですが,このような配置については,「縦×横」と「横×縦」の両方が,それを表すかけ算の式となります.たとえば次の絵で,「一つ分の大きさ」が4にも3にもなることが確認できます.


([筑波2012-79] p.23)

[筑波2011-2下]による,かけ算の最初の授業では,多様な切り分け方を通じて,3行4列のアレイ図から「2こずつ6つ分」「3こずつ4つ分」「4こずつ3つ分」「6こずつ2つ分」という4通りのとり方ができることを示しています.


([筑波2011-2下] p.21)

もう一つ,注意したい点として,文章題や場面を,本当にアレイ図で対応づけてよいのかというのがあります.
これに対して分かりやすい答えを記したものは,ありませんが,いろいろな出題や図示の例を見てきた経験で言うと,場面を図で表すときには,出題文から読み取れる「1つ分の大きさ」も,図に描き入れることが,慣例となっています.そうすると,3×4という式が正解となる文章題では,すぐ上の画像の6つのアレイ図のうち,左上のものを描くことになります.

9. 新しいものと組み合わせて

乗法の意味づけに関する論争は,数学的なものにせよ,教育的なものにせよ,1970年代の記事や書籍で,おおよそ出そろった感があります.
その後どうなっているのかというと,10年ごとの学習指導要領の改訂,またそれより短いスパンでの教科書執筆もありますが,注目すべきキーワードとして,「問題解決」と「教育評価」の2つをあげることができます.
「問題解決」の算数での活用は,[筑波2011-76]で,特集が組まれています.その意味や,基礎となるものは,次のとおりです.

用語「問題解決」(problem solving)は,字義通りには「問題を解くこと」であるが,教育界では一定の価値を込めて用いられる。例えば「問題解決学習」は,学習者が進んで問題をとらえ,その問題に主体的に取り組んで解決していく学習を促す教育方法の一形態である。
(清水美憲: 算数科における「問題解決」:その意味と意義, [筑波2011-76] p.8)

算数教育における今日的な問題解決の研究は,G.ポリア(1887-1985)の「発見法」の研究を基礎としている。この発見法に関するポリアの成果は,著書『いかにして問題を解くか』に示された,問題解決の4つの層の区分と,その区分に沿って配置された問題解決の方略のリストに代表される。
(同 p.9)

4つの層は,[柿内1975]にある「問題を理解すること」「計画をたてること」「計画を実行すること」「ふり返ってみること」を指します.
[筑波2011-76]から,もう一つ,取り出します.

■日本型の問題解決型授業
日本で行われている問題解決型の授業が,アメリカで行われている問題解決の授業と大きく異なっていること,そして,日本で行われている授業の方が,NCTMなどアメリカの算数教育をリードする人々が提唱する新しい時代の教育の特徴をより多く具現化していることが紹介されたのは,1999年に出版されたThe Teaching Gapによってであった。これは,日独米の3つの国で行われている数学の授業の内容を詳細に分析した国際調査の結果をわかりやすくまとめたものであり,教育書の世界的ベストセラーになった。
この中で,筆者は,日本型の授業をあえてStructured Problem Solvingと呼び,一般に使われているProblem Solvingと区別して紹介した。
この背景には,日本の算数・数学指導における問題の扱いが,単に問題を解いて終わりではなく,問題を解いた後,これらを比較検討する過程を通して子どもたちに新しい算数の内容や考え方を教えようと,綿密に考えられていることを強調する意図があったといえる。そして,そのために,日本の教科書では,実に細かいところまで吟味を重ね,どのような問題をどのような順番で与えるべきか,問題にある数値や場面をどのように工夫したらいいかなど,実に細かいところまで吟味されている。その結果,教師が,子どもたちに予め問題の解き方を示さなくとも,子どもたちが前時までに学習した事柄をうまく使えば,一見これまでと異なるような問題も,彼らなりの方法で説くことができるように仕組まれている。さらに,教室の子どもたちが考え出したいくつかの異なる解法を教師のリードで比較検討することによって,子どもたちを学習指導要領が期待している学習内容を身につけることができるようにデザインされているのである。
(高橋昭彦: 海外における問題解決の授業, [筑波2011-76] p.45)

日本の算数教育は,米国の影響を受けながら発展してきましたが,1980年代あたりからの「問題解決」に関する国内独自の展開により,今はもはや発展途上国ではなく先進国になっている,と言ってよさそうです.なお,問題解決学習・問題解決授業は,現行の学習指導要領になって記述が充実している「算数的活動」と親和性の高い活動形態であることを,添えておきます.
さて,問題解決学習が,かけ算にどのように作用してきたでしょうか?
アレイ図のところで引用した,[筑波2011-2下]が,一つの答えになると思います.

4本の木に,それぞれ5こずつりんごがなっています。
りんごはぜんぶでいくつでしょうか。
([筑波2011-2下] p.47)

という問題に対して,5×4=20と4×5=20のどっちが正しいかをクラスの中で話し合い,5×4が正しいと誘導しています.なお,トランプ配りのような考え方をする児童にも配慮し,1本の木に5種類の花が咲く,そんな木が4つあるという「ふしぎな花のさく木」を例示しています.
次に,教育評価です.本日は,[田中2008]を取り上げることにします.ここで言う評価は,子どもたちを「値踏み(ネブミ)」して勉強や発達をあきらめさせるような行為ではなく,子どもたちに質的に高い学力を保証し,教育実践への参加を促す装置(p.vi改)と位置づけています.そのための,合言葉とでもいうべきものは「目標に準拠した評価(到達度評価)」であり,実現する手段の中心となるのは「形成的評価」です.

形成的評価は,「目標に準拠した評価」の核心的な評価行為と理解してよいだろう.教育評価とは単に子どもたちの学習効果をネブミすることではなく,教師にとっては指導の反省として,子どもたちにとっては学習の見通しを得るために行われるものである.そうであれば,教育評価は実践の最終局面で実施される(総括的評価)のみでは不充分であって,授業の開始時において(診断的評価),さらには授業評価において実施される(形成的評価)必要がある.そして,形成的評価の情報はフィードバックされ,授業がねらい通りに展開していないと判断された場合には,授業計画の修正や子どもたちへの回復学習などが行われる.したがって,形成的評価は成績付けには使われない.
([田中2008] p.123)

そしてこの本では,何箇所かに分かれて,乗法の意味理解への考え方や指導法の概略を示しています.

たとえば,「乗法(かけ算)の意味理解」にかかわる実践を例にあげれば,「生活知」(加法の延長に累加――3×2=3+3――として乗法をとらえている状態)と「科学知」(「一あたり量×いくつ分=全体量」として乗法をとらえること)の競合関係をいかに教育的に組織するのかという課題が成立する.この場合,何よりも実践者に意図されていることは,「生活知」の限界(乗数が大きくなれば累加は実際上困難)と「科学知」の有効性とそのための条件(あるものが均等配分されている場合には「一あたり量」と「いくつ分」を確定できれば「全体量」がわかる)を子どもたちが納得できる問題状況を設定することである.
([田中2008] p.120)

それでは,「乗法の意味理解」を例として,さらに具体的に説明してみよう.まず乗法の意味としては,正比例型(一あたり量×いくつ分=全体量),直積型(面積),倍比率型(倍),累加型(たとえば3+3+3)の4通りがあることを確認しておこう.しかしながら,乗法が後の微分積分の基礎になるといわれる場合には,その意味内容として正比例型が重要となる.つまり,数学教育における乗法の核心的な意味は,「加法」の延長(累加を簡単にしたもの)にあるのではなく,均等分布を前提として異なる次元の量(一あたり量といくつ分)によって構成されるところにある.
([田中2008] pp.155-156)

パフォーマンス評価の一種である「作問法」(この場合は「算式法」)では,「4×8=32となるようなお話をつくってください.そして,そのお話を絵で描いてみましょう」という例があげられるであろう.今までは子どもたちは与えられた問題をひたすら解く立場であったものが,「聴衆(オーディエンス)」を意識して問題を作成するという立場にたつことで,自分たちの生活知を活性化させる意欲を喚起される.そして,乗法にかかわるさまざまなエピソードやイメージを想起しつつ,ストーリーを紡ぎ出し,その場面を描くことになる.
この場合の採点基準としては,「乗法の意味内容を踏まえたお話であるか」(正比例型,直積型(面積),倍比率型となっているか),「乗数と被乗数の意味が区別されているか」(とくに正比例型では「4」は「一あたり量」,「8」は「いくつ分」と区別されているか),「お話が現実的であるか」(略),「お話と絵が一致しているか」を考えておけばよいだろう.(略)
([田中2008] p.158)

“正解か不正解か”を乗り越え,より公平で,子どもたちの学習意欲を高める,評価基準の作り方・表し方として,「ルーブリック(評価指標)」があります.[田中2008] p.159では,少々むずかしめのパフォーマンス課題に対して,「4.十分な達成――このプラン作成のために乗法を使う.3.実質的に達成――示唆を得て,このプラン作成のために乗法を使う.2.部分的な達成――プラン作成にあたって乗法で時々つまずく.1.未達成――このプラン作成のために乗法をつかわない」というルーブリックを紹介しています.
本を離れると,http://www.kasanken.com/03shidouan/2nen/2-20071006-kakezan.pdfのところで,2年のかけ算についてのルーブリックが表になっています.そこでは,場面理解も計算もきちんとできるいる子の点数を「3」,かけられる数とかける数の理解が不十分な子は「2」*8としています.

10. 海外の「かけ算」

「海外では,かけ算をどのように意味づけし,指導し,理解度を測っているのだろうか?」という疑問に対して,よく引用されている解説が2つ,あります.[Vergnaud 1983]と[Greer 1992]です.
[Vergnaud 1983]は,a×bという式で表されるときの構造(何をもとに,どのように作用して,積を得るか)について,比例関係と倍の関係を別々に取り上げています.[Greer 1992]では,かけ算が使われる場面を,乗数と被乗数が「区別される文脈」と「区別しない文脈」に大きく分けた上で,それぞれの中で細かい分類を試みています.
英文でまあまあページ数もあり,内容も多岐にわたりますので,印象に残っているところでいくつか,原文を引き,私訳を添えるとします.まずは[Vergnaud 1983]から.

But, if they are viewed as magnitudes, it is not clear why 4 cakes × 15 cents yields cents and not cakes.
(しかし,(量の)大きさとして見たとき,4個×15セントによって60セントが得られ60個ではないのがなぜかというと,明らかではない.)
([Vergnaud 1983] p.129)

The Cartesian product is so nice that it has very often been used (in France anyway) to introduce multiplication in the second and third grades of elementary school. But many children fail to understand multiplication when it is introduced this way. The arithmetical structure of the Cartesian product, as a product of measures, is indeed very difficult and cannot really be mastered until it is analyzed as a double proportion. Simple proportions should come first.
デカルト積は,(積の考え方として)非常にいいので,フランスではとにかく,小学校の第2〜3学年でかけ算を導入する際に非常によく使われてきた.しかしこの方法で導入すると,多くの児童が,かけ算の理解に失敗している.量の積として,デカルト積による算術的(乗法的)な構造というのは実のところ非常に難しく,複比例として理解できるようになるまでは,その修得は困難である.単純な比例(割合)の問題を最初にもってくるべきである.)
([Vergnaud 1983] p.135)

あとは[Greer 1992]です.

A situation in which there is a number of groups of objects having the same number in each group normally constitutes a child's earliest encounter with an application for multiplication. For example,

3 children have 4 cookies each. How many cookies do they have altogether?

Within this conceptualization, the two numbers play clearly different roles. The number of children is the multiplier that operates on the number of cookies, the multiplicand, to produce the answer.
(いくつかのグループがあって,各グループで同じ個数のモノがあるときというのが,子どもが最初にかけ算を用いる場面になる.例えば,「3人の子どもが4つずつクッキーを持っている.全部合わせるとクッキーは何個か?」をかけ算の式で表そうとするとき,2つの数は明らかに異なる役割を担っている.子どもの数は「乗数」であり,クッキーの数すなわち「被乗数」に作用して,答えとなる総数が得られる.)
([Greer 1992] p.276)

If 4 boys and 3 girls are dancing, how many different partnerships are possible?

This class of situations corresponds to the formal definition of m × n in terms of the number of distinct ordered pairs that can be formed when the first member of each pair belongs to a set with m elements and the second to a set with n elements.
(「4人の男の子と3人の女の子がダンスをするとき,男女のペアは何通りできるか?」,一般化すると,順序対((a,b)と(b,a)は区別される)の総数を求めようということである.その際,各順序対の最初はm個の要素からなる集合に,また2番目はn個の要素からなる集合に属する.そうすると,総数はm×nで表される.)
([Greer 1992] p.277)

かけ算の式で表すとき,海外の多くでは,かける数を先に書きます.この点について上記の2つの文献とも,明快なポリシーは,見当たりませんでした.[中島1968b]や,[森2009]p.67などに,かける数をあとに書くスタイルの合理性が,記されています.

11. 平成23年度の教科書

日本の,算数の教科書に視点を移しましょう.教科書を持っていなくても,教科書会社のWebサイトで,面白い出題例を知ることができます.
大日本図書の教科書から見ていきます.

つぎの 2人の つくった もんだいは,2×6と 6×2の どちらの しきで もとめれば いいでしょう。

2つの ふでばこに えんぴつが 6本ずつ 入って います。
えんぴつは 何本 あるでしょう。
(つばさ)

えんぴつを 1人に 2本ずつ,6人に くばります。
えんぴつは 何本 いるでしょう。
(あおい)

(大日本図書 平成23年度版「たのしい算数 2年下」p.45)

Adobe Flash Playerが使えるWebブラウザがあれば,参照することができます.内容解説資料 9/25の下段右から2番目,「きほんのたしかめ」が丸囲みされているページをクリックすると,http://www.dainippon-tosho.co.jp/h23/sansu/sansulink/sa11/default1.html に移動し,その右側のページにあります.
この出題で期待されているのは,つばさが6×2,あおいが2×6ということなのでしょう.
そして,まとめとして引き出したいのは,“かけ算の式で表すときは,問題文から「1つ分の大きさ」と「いくつ分」を見つけるようにする”だと思います.
これを見たとき,こういう反論もできそうです.“このように,ペアで与えられた場合には,書き分けるのに賛成するが,このうち一方しか出題されなかったら,交換法則やトランプ配りを使って,どちらのかけ算の式でもよい”です.
この種の対立は,「かけ算の順序論争」のいろいろなシーンで,見ることができます.そこはどちらが教育的であるか,学習者である子どもたちに配慮されているか,でもって,先生方そして学校が選択していただくしかないのかな,と思っています.
交換法則を根拠とする考え方について,手短に記しておきますと,交換法則は,かけ算で答えが出せると判断したり,式を立てたりするときではなく,かけ算の式が与えられ,等式変形をするのに,使うべきでしょう.[日数教2010] p.73では,「小学校算数科における演算の意味と計算手続きに関する」として,演算の意味すなわち「立式」と計算手続きすなわち「計算」に分け,乗法の交換法則は計算手続きの中で言及しています.

次は,東京書籍の教科書です.

ボートが 3そう あります。
1そうに 2人ずつ のって います。
ぜんぶで 何人 のって いますか。
(東京書籍 平成23年度版「新しい算数 2年下」p.16)

こちらは,学力調査結果に見るつまずきへの取り組みのp.1,最初の画面の右側のページにあります.http://ten.tokyo-shoseki.co.jp/text/shou/subject/sansu/tsumazuki/ebook/pdf/2.pdfからダウンロードもできます.
このボートの問題ですが,ボートをあらかじめ3そう,用意しておき,1人ずつ2回乗せていくという,トランプ配りに基づくと,「3×2=6」とすることができそうです.
しかし現実のボートで,そういう乗り方は,考えにくいですね.1人がボートに乗った状態で2人目を待つ,そんなボートが何そうもあるというのは,運営上,ずいぶん危険です.
この問題は,“乗数が先,被乗数が後被乗数が先,乗数が後”のに加えて,トランプ配りを使いにくくするために用意されたようにも見えます.
3年向けの文章題になると,数が九九の範囲を超えるだけでなく,また違うタイプの問題を発見できます.

1本136円で,280mL入りのジュースを4本買います。
代金はいくらですか。
(東京書籍 平成23年度版「新しい算数 3年上」p.104)

算数デジタルカタログ見本のp.16で,見ることができます.
この問題,「かけて,答えを出す」とすると,正解となる「136×4」のほか,「136×280」「280×4」「136×280×4」も候補になります.“かけ算の順序”は考えないとしても,これら4通りの中からどれが正しい式なのかを,何らかの方法で見きわめる必要があります.
学校で標準的に学習している方法だと,「何を求めたいのか」「加減乗除のどれを使えばよさそうか」「『一つ分の大きさ』×『幾つ分』=『全体の大きさ』に当てはめることができないか」と考えていくことで,正解を得ることが期待できます.もし自力でできなかったり,間違えたりしたとしても,先生や親きょうだいが,このプロセスを解説するなり,本人とともに考えるなりすれば,答えにたどり着きやすそうです.

12. 2011年の本

「かけ算の順序論争」が最も白熱したのは,2010年11月ごろだと思います.私もそのときにいくつかエントリを書いてから,『遠山啓エッセンス』を皮切りに,本を読み始めました.
そして現在を振り返ると,2011年の1年間に,勉強になる本がいろいろ出版されていたと思います.賛成するものしないものを交え,おすすめのものを紹介していきます.
賛成しないものは,短めにしますね.[高橋2011]は,「かける順序は本来どちらでもよいはず」(裏表紙)に集約されるように,第一章で,順序にこだわることのおかしさを論じています.算数教育の団体として数学教育協議会しか取り上げていないこと,「かけ算の順序・かける順序」という言葉の多様性に注意を払っていないこと,あと,「二十」などが「いくつ分×1あたり量」の順序になっていると指摘していること*9あたりは残念ですが,基礎知識を知るにはおすすめの本です.
2011年発行,なのですが,昭和50年代ごろの論説がまとめられた本に,[新算研2011a]があります.第3章は「乗法の意味」と題して,4ページの解説のあと,1978年〜80年に書かれた5つの論説が載っています.解説の中から,書き出します.

整数の乗法の意味をどのように指導し定義するか,それには大別して次の3つの考え方がある.

(1)累加による意味づけ
(2)「1つ分の大きさ(単位量)」×「幾つ分」
(3)「1当たり量(基準量)」×「いくら分」

現在は,ほとんど(2)の考え方で指導されている.その理由として次のようなことが考えられる.

  • (1)の累加の考え方は,児童にとって比較的理解されやすいが,あまりにも小数や分数の乗法の意味とかけ離れすぎているため,児童にとって拡張の考えを理解するのが難しい.また,乗数が1や0の場合に加法と関連づけることが困難である.
  • (3)の考え方は,小数や分数の乗法の場合にもそのまま用いることのできる考え方であるが,児童にとって「1当たり量」の必要性を理解することが難しく,(量)×(量)の考え方には無理がある.
  • (2)の考え方は,数量のとらえ方としては自然であり,同数累加の考えは答えを求める手段として用いられる.しかし,小数や分数の乗法指導においては意味の拡張を指導する必要がある.

([新算研2011a] p.107)

「文章題」でいいのか,という問題意識も,あっていいでしょう.その批判に応える一つのアプローチは,先ほど紹介したアレイ図です.もう一つあります.a×bの場面とb×aの場面,すなわち総数は同じだけれど,かけられる数とかける数が反対になるということで,式の意味が違うことを確認するような例を絵にすることです.


([稲田2011] p.16)

また別の疑問として,「小学校卒業までずっと,一つ分の大きさになるほうが,かけられる数なのか?」というのも,出てくることでしょう.これについて,[守屋2011]では次のように見解を述べています.

乗法の場面、「1ふくろにミカンが3こずつ入っています。5ふくろでは、ミカンは何こでしょう。」は、3×5と立式される。立式は、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」とまとめられ、それぞれ被乗数、乗数という。ところで、「オリンピックの400メートルリレー」や「このDVDは16倍速で記録できる」、「xのk倍は」の式は、どのように表わされるであろうか。それぞれ、一般的には「4×100mリレー」、「16×」*10、「kx」と表される。被乗数と乗数の位置が教科書の書き方と逆になっていることに気付くであろう。この例から分かるように、乗法では、数の位置ではなく、数が意味する内容に注目して、どの数が1つ分の数であるか、いくつ分はどの数かをしっかりと読み取ることが大切である。第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる。しかし、高学年になり、乗法では交換法則が成り立つことや外国での立式を知り、数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい。
([守屋2011] pp.91-92)

なお,全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)小学校算数の解説資料には,解答例の注意書きの中に「乗数と被乗数を入れ替えた式なども許容する。」と記しています.
先ほどのボートの問題とまた別の,“トランプ配り封じ”とでも言うような,学習指導案が,[前川2011] p.66に見られます.「子どもが3人います。みかんを1人に2こずつあげます。みんなでなんこいりますか」を出題しています.そして,「1個ずつ置くか,2個ずつ置くかという置き方ではなく,置いた結果に着目させる」を,指導上の留意点として挙げています.
この指導では,もう一つ,見ておきたいことがあります.実はこの問題,2年のかけ算の授業ではなく,「具体物をまとめて数える」と題して,1年向けの授業なのです.だから式も,2+2+2=6となります.
まとめて数える活動は,学習指導要領にも記載されています.《算数解説》でも,第1学年と第2学年で解説されており,「2ずつ,5ずつなどのように適当な大きさずつにまとめて数える活動は乗法の意味の理解につながるものである」(《算数解説》p.80)とあります*11
「まとめて数える」の例を最後に紹介したのは,かけ算を学習するより前に,学んでいることがあるはず,というのを再確認しておきたかったからです.

13. おわりに

かけ算よりも前に学んでいることが,あるのに気づけば,次はこうです.かけ算の知識をもとに,わり算や比例など,学年が上がるにつれて新たに学んでいくことになります.まだありますね.かけ算という単元の中でも,かけ算の意味の理解をサポートするような,さまざまな知識をつかむことができます.
誰が学ぶ? 誰が知識を得る? …子どもたちだけでなく,あなたも,そして私もでしょう.
このエントリでもっとも伝えたかったのは,「かけ算は,“私”の問題になる」ということです.小学生が学ぶことなのだ,学校教育を通じて,責任を持って指導してもらわないと困る,といった立ち位置ではありません.大人になった私たち,一人ひとりの問題に,していくことができるのではないでしょうか,
大人である私たちは,本やWebを通じて得られる情報を,「時期・時代」「人や団体」「出題」など,いろいろな視点で整理し,見比べていくことができます.本日取り上げた本は,私の見てきた中でも一部ですし,「かけ算」を論じた発行物や電子情報の中では,ほんのわずかでしかありません.
そんな中から,何かお宝を発見できるのではないか.
「かけ算」を起点に,そんなこんなをこれからも探求していけるかも.
といったことを願って,ツアーを終えたいと思います.

参考文献

(最終更新日時:Sat May 19 12:53:54 2012ごろ.「被乗数が先,乗数が後」を「乗数が先,被乗数が後」に変更しました)

*1:地の文では,名詞のように使っています.しかしこれは,研究分野によってはしないかもしれません.

*2:そのほか,何かあって[1], [2], ...と番号を振る必要に迫られたときにも,容易に置換できるという意図があります.

*3:a×1を説明しています.

*4:小数の乗法は第六章のp.187に書かれています.

*5:分数×整数は5年,整数または分数×分数は6年です.

*6:この「評価」がどのような情勢の中で提示され,教育評価がその後,どうなっていったのかについては,[田中2008]の第2章と第8章で述べられています.

*7:ここでは,「一つ分の大きさ」を言い換えと考えて,差しつかえありません.

*8:原文では「被除数と,序数のまちがい」.

*9:「二十」と「十二」の違い,「八尺」と「尺八」との違いに,思いをいたしたいところです.「二十」の「十」は,「尺」や,前に書いた「m」と同様に,単位と見るべきです.

*10:引用者注:p.91右下に図5-14として,このように表記されている写真が載っている.

*11:Q:《算数解説》のp.65には「既に幾つかずつにまとめられた具体物を数えるのでなく,自分で適当な大きさのまとまりを作って数えたものを整理して表すことが大切である」とあるのですが,遠山の記事のみかんの問題では,1人1こずつあげるときに必要なみかん6こを,一つの大きさとして,4回配るから6×4とするのでは,ダメなんでしょうか? A:採点する先生が,式を見て,そう考えたんだと,判断してくれるでしょうかね.単に先生の知識だけじゃなくて,それを出題するまでに,教室でどんな授業をしてきたかについても,想定してみると,どうでしょうか.