当記事は古い内容となっています.わり算,包含除・等分除,トランプ配り (2016.05)が最新です.
算数・数学教育において,包含除と等分除の区別を知っておくのには,2つの意義があります.一つは,子どもたちが問題に取り組むときに,「あ,これはわり算だ!」と判断できるようになることです.大人の立場でも,数や量の構成(ものの見方)をより豊かにすることができます.
これまで「乗法の意味」から派生して,除法の意味についていくつかエントリを作ってきました.すぐに思い浮かぶのは,包含除と等分除と割り算のときにどちらを除数にしてもよいのはどうしてかです.
ふとしたことから,Wikipediaでは等分除・包含除が懐疑的な見方で書かれているのを知りました.
除法には、等分除と包含除という2種類の除法があるという主張がある。
除法 - Wikipedia
たとえば、「20個のリンゴを5人に均等に分配すると、おのおのに何個ずつ配ることになるか。」という問題と「20個のリンゴをおのおのに5個ずつ分配すると、何人に配れるか。」という問題では、問題の性格が異なるというのである。この流儀では、前者を等分除、後者を包含除と呼んで区別する。
除法は乗法の逆算であると考えることができるが、乗法を
[1あたりの量] × [いくつ分] = [全体の量]
と定式化すると、等分除とは1あたりの量を求める操作であり、包含除とはいくつ分を求める操作であるというのである。
しかしながら、等分除と包含除の区別、1あたりの量といくつ分の区別はあくまでも感覚的なものであり、明確に区別できるものではない。算数・数学教育において、このような曖昧で感覚的な区別を指導するのは不適切であるという主張が存在する。
(略)
日常生活において均等にものを分配する場面ではどちらの方法も行なわれており、いずれも不自然な方法であるとは言えない。特に数量感覚が発達していない幼児期においては、後者の方法がふつうのやり方である場合もあり得る。
結局、20個のリンゴを「4個ずつのまとまりが5つある。」と捉えても「5個ずつのまとまりが4つある。」と捉えても、20個のリンゴがあることに変わりはないということなのである。「4個ずつのまとまりが5つあるから、5人全員に4個ずつ配ることができる。」と考えるか、「5個ずつのまとまりが4つあるから、5人全員に4個ずつ配ることができる。」と考えるかの違いにすぎない。等分除と包含除の区別は感覚的で曖昧なものである。等分除とは何か、包含除とは何かを定義することは現実には不可能である。
教育的な配慮として、乗除算の理解を深めるためには、初歩的な除法の文章題を等分除と包含除に分類して両者をまんべんなく出題することが有効であると考えられている。
しかしながら、児童に等分除と包含除の区別があるかのように指導すればかえって誤解をまねくことがあり、等分除と包含除の区別はあくまでも便宜上のものと考えるべきであるという主張がなされている。
出典が挙げられておらず,そこの結論が「便宜上のものと考えるべきである」ではなく「便宜上のものと考えるべきであるという主張がなされている」になっていることが,気になります.
それはそれとして,これまで見てきた情報を,読み直しました.
まずは『数学教育学研究ハンドブック』です.「除法は,乗法を割合で意味づけた場合,基準量を求める場合と割合を求める場合の2つがある。それを別々にせず,乗法の逆演算ということで意味づけることもある」(p.74)とあり,そこだけを見れば両論併記ですが,以降では,別々にしない意味づけでの指導方法が見られず(直後の段落には「等分除」と「包含除」が,そして次ページの結論に関わる中に「整数÷整数の包含除」が書かれています),主流となる考え方・教え方は「包含除と等分除をともに学習させること」「包含除を主とすべきこと」なのが読み取れます.
『整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)』に移ります.この本では,第4章が「除法の意味」となっています.章のはじめの解説(pp.130-131)でも,包含除(から指導を始めること)が優勢です.
Wikipediaと同様の“配り方”についてはp.145(長田耕一「わり算の意味と方法についての具体的展開」)で挙げられていて,「包含除の場合は,同数累減という操作で処理できる」「被乗数先唱で九九を唱えれば,除数を先唱して商を見つけることになる」といった理由を挙げ,包含除から導入することの分かりやすさを指摘しています.
ここでなぜ,「被乗数先唱」が出てくるかを,Wikipediaの例題を使って確認しておきます.「20個のリンゴをおのおのに5個ずつ分配すると、何人に配れるか。」(包含除)に対して,わり算を知らない(または除法を乗法と関連づける活動として)状況で表したかけ算の式,5×□=20から,□を求めるのは九九から容易であり,「20個のリンゴを5人に均等に分配すると、おのおのに何個ずつ配ることになるか。」(等分除)に対する式,□×5=20から,□を求めるのは,包含除ベースよりも,手間がかかるというわけです.
なお,等分除を先,包含除を後とする指導法も入っていまして,pp.156-159(正木孝昌「整数の乗除の意味と計算指導のキーポイント」)にあります.その根拠として「等分するという生活経験が子どもには多いし,問題場面の理解が容易」を挙げています.被乗数先唱の件は,一つ前の段落の「かけ算の交換則を認め,自在に使っている子どもだから」により,うまくいくとしています.
優劣ではないのですが,黒表紙時代の考え方が書かれているものが興味深かったので,抜き書きします*1.
しかも,除法における演算決定の困難性を次のように,加減乗と異なる二義性にあると説く.
整数四則算法のうち,最も児童の了解に困難を訴ふるのは除法である.(略)即ち,等分・包含といふ派生的の二義的観念が算法の本質をなして居る.この二義性が児童を昏迷せしむる所以である.*2
かくして「算法は四則にあらずして五則なり」などという見解も流布された.また「なぜ割るのか」の判断基準を包含・等分の意味に求めることの重要性が指摘され,等分を「つ割」,包含を「ずつ割」などと称して,意味の徹底を図ろうとする試みさえ出現するにいたった.(略)
(p.137.杉山政衛「整数のわり算―その意味と方法―」)
海外だとどうか…英語文献に移る前に,実は『整数の計算』の中でも,外国の教科書に基づく論説が入っています.杉山吉茂「アメリカにおける除法の意味と計算」(pp.139-142)で,先頭から2番目の段落に,「包含除,あるいは同数累減といった立場で指導を展開している教科書が多い」と記されています.なお,それと対比する形で,最初の段落は日本の(昭和50年代前半あたりの)算数指導が述べられており,「ほとんど同時にとりあげる」とのことです.
それで,英語文献ですが,
- Vergnaudは,Vergnaudと銀林氏の「かけ算の意味」で引いたとおり,"first-type division","second-type division"という名称を挙げています.
- Greerについては,Greerによる,乗法・除法が用いられる場合で紹介しましたが,〈乗数と被乗数が区別される文脈〉だと一つのかけ算に2種類のわり算,〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉だと一つのかけ算に1種類のわり算,として乗除の関係が表になっています.
- 新しい指導の体系として,Common Core State Standards for Mathematicsを見直しました.3年向けの学習内容としてp.23に,「1. Interpret products of whole numbers, e.g., interpret 5 × 7 as the total number of objects in 5 groups of 7 objects each. For example, describe a context in which a total number of objects can be expressed as 5 × 7.」と「2. Interpret whole-number quotients of whole numbers, e.g., interpret 56 ÷ 8 as the number of objects in each share when 56 objects are partitioned equally into 8 shares, or as a number of shares when 56 objects are partitioned into equal shares of 8 objects each. For example, describe a context in which a number of shares or a number of groups can be expressed as 56 ÷ 8.」が書かれています.そこでもまた,かけ算は1種類なのに対してわり算は2種類であること,そして等分除と包含除を区別して(いずれもわり算で求められる事例として)扱うことを示唆しています.
結論として,歴史的にも国際的にも,初等教育における除法には,2種類の意味づけがあると言っていいでしょう.
加えて,現在の日本の算数教育では,「言語活動」「算数的活動」のウエイトが高まっています.そうしたとき,ある出題(文章題,場面)に対して,子どもたちが答え(個数,人数など)だけ,あるいは式と答えだけを書くのでは不十分であり,その判断・根拠を説明できるようになることまでが期待されています.包含除と等分除の区別は,演算決定の根拠をより明確にし,算数(数学)と日本語を結びつけたコミュニケーションを図りやすくするのに寄与すると言えそうです.
とはいうものの,わり算の式で表すにあたり包含除と等分除の区別をすべきでないもの,言い換えると1種類しか考えなくていいものにも注意したいところです.Greerのところで書いた,〈乗数と被乗数を区別しない文脈〉におけるわり算です.それは,小学校学習指導要領解説 算数編(《算数解説》)p.159の「そして,(縦)と(横)から(面積)が求められるという見方に加えて,(面積)と(横)から(縦)を求めることもできるというような,公式の見方ができるようにすることも大切である。」という文を見たときに生じる「(面積)と(縦)から(横)を求める必要はないのか?」といった疑問に対して,回答を与えるものとなっています.
乗法・除法の俺流クイックツアー
- 乗法の最初の意味づけを「一つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ」とします.
- 被乗数に当たる数には「基準量」と書かれることもあります.
- 数教協ベースだと「1あたり量×いくら分=全体量」「内包量×外延量=全体量」です.
- いずれにせよ,被乗数と乗数に当たる数を区別します.
- 「一つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ」のうち「全体の大きさ」と「一つ分の大きさ」が既知のとき,「いくつ分」を求めるには「全体の大きさ÷一つ分の大きさ=いくつ分」とします.この形のわり算を,包含除と言います.
- 「一つ分の大きさ×いくつ分=全体の大きさ」のうち「全体の大きさ」と「いくつ分」が既知のとき,「一つ分の大きさ」を求めるには「全体の大きさ÷いくつ分=一つ分の大きさ」とします.この形のわり算を,等分除と言います.
- 包含除・等分除という言葉そのものは,小学校の中で指導されません.数教協や日教組の取り組みに基づく中で,「ドキドキわりざん」「ニコニコわりざん」と呼ばれることがあります*3.戦前には,「ずつ割」「つ割」と呼んで区別するといった試みもあったそうです.
- 学年が上がり,割合を指導するときにも,一つのかけ算に2種類のわり算が登場します.B×p=Aという式で表される関係があるとき(B:base, p:proportion, A:amount),割合pに着目すると,p=A÷Bを比の第一用法,B×p=Aを比の第二用法,B=A÷pを比の第三用法と呼びます.3つを合わせて比の3用法といいます.
- 「比の」は「割合の」と書かれることもあります.
- 第一用法は包含除,第三用法は等分除の拡張です.
- 加減算でも,同様の3用法で表せます.
- 数教協(遠山啓)では,「度の3用法」と「率の3用法」を分けています.指導にあたっては,率よりも度を重視します.率の3用法は,上とほぼ同じです.度の3用法では,等分除すなわち「1あたり量(または内包量)*4を求める操作」が第一用法になります.
- 除法の意味づけとしてそのほかに,「(同数)累減」と「乗法の逆」があります.
- 累減だと,減らす回数(商に当たるもの)が大きいと,答えを求めるのに手間がかかります.*5
- 乗法の逆だと,「赤いテープの長さは210cmです.赤いテープの長さは白いテープの長さの0.6倍です.白いテープの長さは何cmでしょう」に対して,「」と書いていいものでしょうか?
結局
結局、20個のリンゴを「4個ずつのまとまりが5つある。」と捉えても「5個ずつのまとまりが4つある。」と捉えても、20個のリンゴがあることに変わりはないということなのである。
除法 - Wikipedia
ああ,これって,かつて検討した《積指向》じゃないですか.「倍」と「積」から学んだことにリンクしておきます.
2013年の包含除と等分除
包含除・等分除についてはその後,かけ算・わり算の8マス関係表にて図を置き,Q&Aとリンク集を整備しましたので,合わせてご覧ください.
(最終更新:2013-05-14 晩)
*1:同じページの右カラムには,緑表紙ではどう対応しているかについても,記されています.
*2:引用者注:(14)が上付きで書かれており,引用文献によると水木梢(1921)『算術新教授法』p.128.
*3:クラスの中では,子どもたちがその呼称を共有すれば,使っていいわけですが,テストでは使用されません.これもまた,授業を直接目にしない人々の間で,2種類の意味づけを見出しにくくする要因であるように感じています.
*4:学習指導要領に記されている「単位量当たりの大きさ」でもあります.
*5:ただしこれは必ずしも欠陥というわけではありません.累加の簡潔な表現として乗法を意味づけるのと同様に,除法を意味づけるのは,一つの有望なアプローチだと思います.