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複数解

児童の複数解を求める数的思考に関する研究

児童の複数解を求める数的思考に関する研究

本からですが問題です.

山下くんは、長さ12cmの鉛筆を持っています。
森島くんの持っている鉛筆の長さは、山下くんの持っている鉛筆の長さと3cmちがいます。
では、森島くんの持っている鉛筆の長さは、何cmでしょうか。

続きがあるのですが,この時点で解を求めておくと,次のようになります.

  • 森島くんの鉛筆が,山下くんの鉛筆よりも長いとすると,森島くんの鉛筆の長さは,12+3=15.したがって15cm.
  • 森島くんの鉛筆が,山下くんの鉛筆よりも短いとすると,森島くんの鉛筆の長さは,12−3=9.したがって9cm.

高校数学や大学受験では,小さい方を先にして「9cm,15cm」と書き,下線と「//」を付ければいいのでしょうか.ともあれ小学校の算数にアタマを戻して…
この問題は,pp.106-109にあります.文章題が2重枠囲みで書かれたところまでは,4ページとも共通です.そして各ページ中央部のヒントが,違っています.p.106では,花子さんが「この問題の答えは9cmだと思います」,p.107では,太郎くんが「この問題の答えは15cmだと思います」と言っており,調査においては,それぞれの発言に即した式それから図を解答します.p.108では,幸子さんが,森島くんの鉛筆が山下くんの鉛筆より3cm短いという図を,p.109では,次郎くんが,森島くんの鉛筆が山下くんの鉛筆より3cm長いという図を提示し,それぞれの図に即した式それから考えを解答します.
本文では,花子さん・太郎くんの情報の出し方を「教示条件」,幸子さん・次郎くんの情報の出し方を「提示条件」としています.そういったヒントのない,文章題だけの情報の出し方は,「普通条件」と呼んでいます.
複数解---この用語はあとで見直すとして---を求めることができるかというと,普通条件では困難なのが想像できます.教示条件・提示条件の間でも違いがあり,第3章,その中でもp.37の棒グラフによると,解が2つある文章題*1に対する小学校5年生111名(3クラス)の正答率は,普通条件では11%,教示条件では41%,提示条件では88%となっていました*2.その違いについて,次のように分析しています.

(略)各条件の正答率は,普通条件,教示条件,提示条件と進むにつれ増加した。先述したように,普通条件で複数解を求めるためには,(1)複数の場合があることに気づき,(2)複数の場合を想定し,(3)それぞれの場合について解を求めることが必要とされ,教示条件では(2),(3)のみが,提示条件では(3)のみが必要とされると考えられる。したがって,正答率が普通条件<教示条件<提示条件であったことから,解が2つある文章題に対して,複数解を求めるためには,(1),(2)のそれぞれの難しさがあると考えられる。
(p.37)

ここで「複数解」と関連語の確認をしておきます.複数解とは,上記の文章題では「15cm」と「9cm」が出てきたように,導き出される複数の数量が,出題意図に合ったものとなることを言います.それに対し,計算の結果,そして答えとなる数量は同じだけれど,式や求め方が異なるものは,「多様な解法」と呼び,複数解とは区別します*3.いわゆるかけ算の順序で論争とされてきた式や,当ブログで《複数解》と書いてきたものも,多様な解法の話---多様な解法が考えられる中で,それぞれの場面設定に対し,どの解法が認められ,何が認められていないか---となります.
ところで,15cmと9cmという2つの解を導くには,「山下くんの鉛筆よりも長い」「山下くんの鉛筆よりも短い」と分けて考える必要がありました.思い浮かぶのは「場合分け」です.これについても,p.26で検討しており,その章の元となった論文,具体的には

では「場合分け」と書いていたが,本書では「複数解を求める数的思考」に表現を統一したとしています.
「複数解を求める数的思考」をさせるのはいつがいいのかについても,第5章で,報告しています.その答えは「5年」です.小学2〜4年生では学習経験の効果はあまり大きくなかったのに対し,5年生ではその効果が明確であった,というのが結論になります.一般的な(解が1つの)算数の問題には悪影響がないことも確認しています.


単一にせよ複数にせよ,解を求めることは,算数でまた日常生活で必要不可欠で,そこに関して定量評価に基づき知見が得られていたのは,読んで良かったと感じています.普段の授業や学生指導でも,文字だけ,文字と意見,文字と詳細といった形で教示・提示をしながら,学生の思考を活発にさせていくことにします.
しかし問題の中で提示したり,解答として書かせたりする「図」について,それをどう使えばいいのか,本をぱらぱら読むだけでは,見えてきません.
図示させることの意義については,第3章の最後の段落に集約されていました.

最後に,本研究で用意した第3の指標である「図」に関して考察しておく。研究3,4,5の結果より,式と答えは適切に対応している場合が多かったが,式と図は適切に対応していない場合が多くみられることがわかった。例えば,表3-4をみると,2つの図を書いた児童は,それぞれに適切に対応する2つの式を書いたが,その反対に,2つの式を書いた児童が,それぞれの式に適切に対応する2つの図を書いたとは限らなかった。すなわち,児童の複数解を求める数的思考を調べるための指標として,図は式より厳しい基準であると考えられる。先述したように,先行研究(De Corte et al., 1996; Reed, 1999など)では,児童には課題の意味をよく考えず式を作る傾向があると指摘されている。本研究では,式とあわせて図を指標とすることにより,「2つの式を書いたが,図は1つしか書かなかった児童」を区別することができ,この点において,図の指標は有効であったと考えられる。
(p.40)

ここで思い浮かぶのは,- 「掛け算順序固定」問題対策本部 - アットウィキです.絵と式の解答状況をクロス表にして検討を行い,

この結果から分かること
1.立式順序で問題状況の理解を測ることはできない
2.絵を描かせれば、問題状況の理解を測ることができる。

と結論づけています.なお,この出題については,「計算の意味の理解」の調査における一考察で整理しています.3年の「2位数×2位数」(2桁どうしのかけ算)を学習するのに先立ち,2年までで学習した「乗法の意味」が定着しているかを調査しているいわゆるレディネステスト(診断的評価)であり,したがって通常のテスト(総括的評価)よりも正答率が低くなるのは,調査者すなわち学校の先生にとっては十分に想定できるものです*4
調査の目的は違うものの,2つを組み合わせると,文章題として提示される「場面」に関して,場面と式,場面と図よりも,図と式の結びつきは自明でないといったところでしょうか.

(最終更新:2013-06-20 早朝)

*1:引用した文章題と同じ構造で,名称や数値を異なる課題を数種類用意し,調査において使用したことも書かれています.そこで正答とは,2つの解をともに適切に求めることとしています.なお,「Aの家と学校は,500m離れています。Bの家と学校は,300m離れています。では,Aの家とBの家は,何m離れているでしょうか」(p.27)は,「解が無数にある文章題」とされており,第3章の調査では使用されません.

*2:ただし,普通条件,教示条件,提示条件の順に解答をさせており,この順序を変えればまた違ってくるだろうと,本文中で言及があります.

*3:p.61ほかでは,小学校の算数では多様な解法を重視しているけれども,複数解を求めさせることは,ほとんど注目されていないことを指摘しています.その一方で,pp.81-82では英語文献を引きながら,用語として曖昧な面があることも述べています.

*4:診断的評価の意図に注意すると,先生としては誤答が多いのを見て,復習(回復学習)を行うことも,容易に想像できます.