『戦後日本の数学教育改革 (明治図書全書)』には,“現代化”論の中で,数学と数学教育との区別について書かれていました.
日本の教育界には、明治以来の伝統的な偏見、つまり学問と教育とは別であって、学問を教育の上位に置き、学問研究は学者の仕事で、教育者は学者の研究成果としての学問を子どもにわかるように解説するのが仕事であって、学者を教師の上に置くという偏見が強い。この偏見は現在でもまだ十分に払拭されずに残っているが、これは数学と数学教育についても同様である。こんにちまで数学者が、数学教育についていろいろな意見や指示を与えることはあっても、数学教師が数学者に反論したり指示を与えたりすることはまれであった。数学教育や数学教師について、数学者がなにかの意見をいうとき、ずいぶん勝手な、的はずれなことを言いたい放題にいっている場合すら過去には何度もあったが、そういうときにも現場の数学教師は、ただ黙って聞き流しておく程度のことが多かった。
数学教育が数学に従属するという思想には、一種の偏見といえるほどの先入観が混在している。数学をいかに正しく「教材化」するかは、数学教育それ自身の実践と教育のなかからでなければ生れないものである。何をシェーマにすればよいか、量と数はどこでどのように結びつければよいか、どうすれば本質的な概念を視覚化できるか、子どもはどこでつまずくか、比例の指導はどれだけすれば十分であるか、……など、このような課題は数学教育としての独立性をもった研究対象であって、数学という科学に従属させるだけでなく、授業研究を優先して、授業研究に従属して数学が結びつくという方法にウェイトをおいて解決すべき課題である。
数学教育の独立性を確認しながら数学と結びつくという研究方法をとらなければ、数学教育は混乱と低迷を続けるばかりである。いわゆる“集合ブーム”は、“現代化”算数・数学教育の混乱状態の表れであって、数学と数学教育との独立性と関連性を曖昧にしていたところから吹き出したブームであった。
(pp.10-11)
著者・松田信行は,数学教師ではなく,数学者あるいは学者であることが,Amazonの検索結果で出現する著書から推測できます*1.数学者に近い側から,「数学者が数学教師に対して言っていることはおかしいね」と言っているのは,滑稽にも見えますが,内容に関してはふむふむなるほどその通りと感じました.
どちらがどちらに従属するというのではなく,ある課題に対して,数学においてはこういう知見が得られるが,算数・数学教育では,言い換えると小中高大の児童・生徒・学生に学んでもらうには,数学とは異なる視点で,教材研究や授業研究を行うことが不可欠だ,というわけです.
以前に書いたもので,思い出すのは,数学と教育の協同です.そのほか,multiplication is the area of the rectangleは,数学者の提言が高圧的だなあと思いながら書いた記事でした.
ただ黙って聞き流しておく,と言えば,今週読んだ「王様の仕立て屋」にもありました(グランドジャンプ2014年6月18日号, p.308).
さて,では,数学のプロでも,算数・数学教育のプロでもない自分が,「かけ算の順序論争」や算数のことについて,「口を挟むのは僭越というもの」なのかもしれない,という点は,考えておきたいところです.
これまで自分が試みてきたことは,次の2点に集約できます.一つは,算数教材を担当授業向けにアレンジしてきました.最初に行ったのは2010年の12月で,余談で話すという記事にしています.情報セキュリティの授業で,式の意味を一方向ハッシュ関数と関連づけてみたり(5×3をめぐるお話・第1話を余談で話す),「5個の4つ分」をRubyでを書いてから,Cプログラミングのレポート課題にしたりしたこともありました.
もう一つは,Webを見る限りで誰も手がけていない内容についての,情報の集約です.事項だと,アレイ図,さくらんぼ計算,乗法構造が思い浮かびました.リンク集もいろいろ作ってきましたが,論考・資料集,質問・回答集を今後は充実させていく予定です.
プロという言葉を使うなら,前者は,工学教育・情報教育のプロとして,後者は,情報検索のプロとして,関わってきた次第です.とはいえそういった活動が,プロとして,評価されているわけではありませんし*2,かけ算の順序論争や算数・数学教育のことを手段として,「その道のプロたらんとする人」というわけでもありません.
本業や家族のことを怠ることなく,また自分の健康についても気をつけつつ,興味深いと感じたものを自分の言葉で,数式で,図表で,プログラムコードで,表現していくことにします.
数学の研究のかたわら,算数教育や「かけ算の順序」についてツイートし,そんな中で昨日,当ブログの記事にリンクをしてくださった,[twitter:@sugi3_34]さんの名前をここに記し,IDコールをさせていただきます.