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同値な命題を定義としてはいけないのか

 冒頭に,ブログ主さんの記憶として,平行四辺形の定義を「2組の辺が平行な四角形」のかわりに同値な他の命題「2組の対辺の長さが等しい四角形」にしてもいいのかを,数学を専門*1としていたある管理職の方に尋ねると,「学問への冒涜になる」と返ってきたという話が書かれています.
 言われた側はショックでしょうが,この話を外から見る者として,なるほどと思いました.どれを定義として採用し,教育に,また自分の分野なら研究やプログラミング*2に,活用していけばいいかは,案外大事な話だからです.
 10年ほど前の大学院のゼミで,発表してくれたある学生に,「よく知られた用語について,一般的でない定義を用いるなら,なぜその定義にしたかを,きちんと説明しておいたほうがいいですね」とコメントしたことを思い出します.


 読み進めると,「正三角形の定義は3つの辺が等しいでも、3つの角が等しいでも構わない」という主張が出てきます.「正三角形の定義は3つの角が等しい」と定義したときにどんなメリットがあるのか,またどんなデメリットが想像できどう乗り越えればいいかといった検討が見当たらないのはさておき,別に気になるのは,正多角形の定義との照合です.
 正多角形の定義となると,「すべての辺が等しい」でも「すべての角が等しい」でも構わない,というわけにはいきません.すべての辺が等しく,かつ,すべての角が等しいことが要請されます*3
 正三角形は正多角形ですが,n角形において「すべての辺の長さが等しい」「正n角形はすべての辺が等しい」と「すべての角の大きさが等しい」「正n角形はすべての角が等しい」が同値となるのは,n=3のときに限り成り立つ,特別な性質と言うこともできます.
 ではn=3とそれ以外に分ければいいかというと,n=4のとき,すなわち正方形の場合にも,少し配慮が必要となります.正四角形ではなく正方形と呼ぶという,名称の話ではなく,定義に関してです.
 『小学校学習指導要領解説 算数編』のPDFファイル*4から,正方形・正三角形・正多角形の定義にあたる記述を抜き出してみます.

  • 「四つの辺の長さが等しく,四つの角が直角である四角形を正方形という」(p.93; 第2学年)
  • 「三辺の長さが等しい三角形を正三角形という」(p.123; 第3学年)
  • 「辺の長さがすべて等しく,角の大きさがすべて等しい*5多角形を,正多角形という」(p.181; 第5学年)

 正方形(長方形もですが)の定義では,「角の大きさがすべて等しい」ではなく,「四つの角が直角」と書かれています.
 ここから教育上の意図を伺い知ることができます.角の大きさの概念やその測定の仕方は不要であり,「かど」が「直角」であるとはどのような状態なのかを学べば,図形が正方形(長方形)であるか判断できるのです.直角三角形の弁別にも,直角が活用できます.なお,「かど」「直角」「正方形」「長方形」「直角三角形」は,『小学校学習指導要領解説 算数編』の正方形の件と同じページに記載があります.
 中学算数の教科書でも,「長方形,正方形の定義で,角について「すべて等しい」ではなく,「すべて直角」としているのはなぜですか」がQ&Aとなっていました*6

 理由として,小学校の定義との整合性も書かれていますが,むしろ「「長方形の1つの角は90°である」ことは,証明しなければ使うことができません。そのわずらわしさを避けるため」の箇所が,生徒が証明を書いたり,教師が採点・評価をしたりしていくことを念頭に置いた,配慮になっていると読むことができます.


 中学で,平行四辺形の定義と,図形が平行四辺形であるための,複数の必要十分条件---この用語は高校に入ってからですが---を学びましたが,情報科学の分野では,「木」を連想します.再帰的に定義される木構造(根付きの有向木)ではなく,ある性質を持った無向グラフです.
 例えば『グラフ理論入門*7では,p.60に,「閉路を含まないグラフを林(forest)と定義し,連結な林を木(tree)と呼ぶ」によって木を定義し,その次のページで,以下の通り,必要十分条件を一括して挙げています.

定理9.1 グラフTに点がn個あるとする.次の命題は同値である.
(i) Tは木である.
(ii) Tに閉路はなく,辺がn-1本ある.
(iii) Tは連結であり,辺がn-1本ある.
(iv) Tは連結であって,すべての辺は橋である.
(v) Tの任意の2点を結ぶ道はちょうど1本である.
(vi) Tに閉路はないが,新しい辺をどのようにつけ加えても閉路ができ,しかも1個の閉路ができる.

 証明の仕方も興味深いところで,(i)ならば(ii),(ii)ならば(iii),(iii)ならば(iv),(iv)ならば(v),(v)ならば(vi),そして(vi)ならば(i)の順に,それぞれが成り立つ理由を簡潔に書いています.6つの命題が互いに同値であることを示すのに,6×5=30個の「PならばQ」の証明を書かなくてもいいのは,論理・論証の威力といったところでしょうか.
 ただし,木の定義,そして同値な性質の書き方には,いくつかバリエーションがあります.例えば『離散数学―コンピュータサイエンスの基礎数学 (マグロウヒル大学演習)』では,「木(tree)は,閉路を持たない連結グラフである」とし,森(forest)の定義に先立って書かれています.木と同値な性質のことは,有限・無限を問わない場合で「Gは木である」を含む4つの命題に関して1つ,そのあと有限グラフに限って,3つの命題に関して1つと,定理を分けています.
 諸性質は,wikipedia:木_(数学)では上述の『グラフ理論入門』を出典とし,「特徴づけ」の形で並べてあるのに対し,wikipedia:en:Tree_(graph_theory)では,Definitionsという項目を設けて列挙しています.


 平行四辺形にせよ正三角形にせよ,他の話にせよ,同値な他の命題を定義にしてはいけないのかについてですが,同値な他の命題を定義に選んで,文章を書いたり,教育の場で使っていったりする「覚悟」を持ち,不安やデメリットを乗り越えることを,期待したいところです.「覚悟」のない言説は,ときには耳目を引くかもしれませんが,学問や教育の真髄には,及びそうにありません.
 私自身は,「よく知られた定義」と「ある議論を円滑に行うための立脚点」の違いを意識し,ブログに教育・研究に,携わっていくことにします.

*1:原文ママ.「算数を専門」のほうが自然ですが,中学高校で数学を教えていて,小学校に移って管理職になったという可能性もあります.

*2:Cなどプログラミングにおいて「定義」は,数学のそれとは明らかに異なりますが,読まれることに配慮して,より良い定義を書いておく必要があるのは,共通しています.

*3:頂点の数が5以上のとき,「すべての辺が等しいけれども正多角形でない図形」は,正多角形の1つの頂点を,隣接する2頂点を通る直線を軸として対称な点に移動させれば構成できます.「すべての角が等しいけれども正多角形でない図形」は,頂点の数が4以上で構成でき,具体的には,正多角形の1つの辺を,その線分に平行で,隣接する辺に交わるような線分に置き換えると得られます.

*4:http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf

*5:原文(PDF)には「も」が挟まっていましたが,取り除きました.1つ前の学習指導要領解説(書籍)を見たところ,多角形は,小学校の算数に出てきません.

*6:東京書籍のサイトで,現在アクセスできるのは,https://www.tokyo-shoseki.co.jp/question/j/sugaku.htmlですが,そこには「長方形,正方形の定義について」の質問がありません.

*7:原書はというと,版が異なりますが,https://cupdf.com/document/wilson-introductiontographtheory.html?page=53にも,同じ内容が書かれています.