わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

教育論の横展開

 トピックは,Amazonの書影(正確には帯)で現れているとおりです.
 編著者の,今の日本の教育に対する見解は,pp.352-353より知ることができました.

 改革に次ぐ改革が断行されてきたはずですが、このように結果が改善してこなかったこと自体はさほど不思議な現象ではありません。日本の教育行政は、データと研究に基づかない理念的な議論の上で様々な施策を打ってきましたが、どの地域でどの程度政策に効果があったのかをまっとうな手法で検証し微修正を重ねるといった試行錯誤の知見化をしてきません。一部の成功例(らしきもの)を「好事例」として賞賛したところで、科学的に効果があると実証されているわけではないので、同じ実践を「横展開」(他の教室・学校・地域で実施)しても期待している結果が出ないのは自然なことです。
(略)
「通知」で現場に丸投げし、まっとうなデータで把握しないから結果が出たかどうかもわからないというこれまでの教育行政から、どんな現場支援ができるのかデータと研究に基づいて「結果にこだわる教育行政」に転換する。そのためには、データで教育格差を含む実態を把握し、効果を出せる方法を追求し、知見を積み上げ政策と実践を微修正するサイクルを確立する。これこそが日本の教育を根底から変える「教育改革」です。

 上記の2つの段落に「教育行政」が共通して出現しますが,後者の段落は「出発点は現状把握、その上で、効果のある方策の模索」(p.348)の,まとめの段落となっています.なお,「(略)」とした中に,学校現場に対する批判や改革の必要性も言及しています.
 「微修正」も,2度出現しますが,連想するのは『日本の算数・数学教育に学べ―米国が注目するjugyou kenkyuu*1のp.106,「日本の教科教育学者は,学習指導に関する長期にわたる漸進的,微小増加的改善が生じる方式を制度化してきました.」の文です.『教育論の新常識』は,教科教育の改善を主張したいわけではなさそうです.
 中身に関して,「論理国語」に関する文章の中で,RSTの一つの問題への批判が,pp.100-103に見られます.RSTのフルスペルは明記されていませんが,リーディングスキルテストのことです.このテストは項目反応理論に基づいて能力値を算出していることは公開されていますので,「1問だけではなく能力値推定に十分な数の問題に対して解答をしている」「批判対象の問題は,今後RSTで使用しないものとして,公開されたもの」を推測できます.他のトピックで異なる著者らが,項目反応理論の導入の必要性や,採用例を紹介していることと合わせると,項目反応理論に基づくテストの普及---横展開---はそう簡単でないなと思うものです.
 裏表紙の帯には「データに基づいた まっとうな議論のために」が赤字で,他よりも大きくなっています.実際,多くの各執筆者の文章では,図表,文献情報,定量情報を記載し,いくつかには「追記」というのも設けられていました.
 その中で一つだけ,図表も文献も追記もなし,数値情報は本文に散発的に書かれていたものが,ありました.巻末の初出一覧を見て,「仲間はずれの文章」の事情をうかがい知ることができました.

*1:この本は2002年刊ですが,授業研究に関しては[isbn:9784491046068],授業ビデオ研究に関しては[isbn:9784750351896]という,いずれも今年出版された本が手元にあり,ブログでうまく紹介できずにいました.