「1.2.3 医療と教育実践の相違」を読んで感銘を受けました.引用します(pp.11-12).
(略)医療と教育実践は,共に人を対象とし,改善・成長を企図した活動であるが,両者の相違について解説しておきたい。医療の目的は,一人ひとりの人間の健康な体を維持したり回復したりするために施す活動である。教育実践の目的は,一人ひとりの子どもの状況に応じて,将来の社会において主体的・創造的に活動することのできる学力を獲得するために行う活動である。共通する点は,いずれも良好な体の維持,良好な学力の獲得を目指すといった,より望ましい方向を志向する点にある。一方,異なる点は,医療の成否は現時点の体の状況によって決めるのに対して,教育実践の成否は将来の社会を予測して将来において役立つ学力の獲得の可否によって決める点にある。
(略)
もう一つの相違は,医療が個人を対象としたものであるのに対して,教育実践が個人を念頭に置きつつも集団を対象としたものであることである。医療は,一人の患者の最善を尽くす施術を見出すことが目標であるのに対して,教育実践は個々が一様でない状態であるということを前提としたうえで,集団として最善の指導法を見出すことが目標となる。そのため,ある子どもにとっては最善の指導法であるかもしれないが,別の子どもにとっては必ずしもそうではないという難しさが存在するのである。
(略)個々の子どもの学力レベルの的確な判断と,集団における個々の子どもの振る舞いの特性を如何に適格に推測することができるかが成否の分かれ目となることを,しっかりと心しておく必要がある。
いくつか補足します.上記を含む第1章は,編者でもある黒田恭史氏によるものです.医療に関しては「1.1.3 医術から医学への転換」(pp.6-8)に説明があります.この節の最後の段落に,「教育実践」の表記を見かけますが,詳しく解説しているのは「1.2.2 教育学と教育実践の新たな関係構築に向けて」(pp.10-11)です.
明示はされておらず,個人的な推測を含みますが,医師をはじめとする医療従事者が患者に対して行う「医療」と,教師が子どもに対して行う「教育実践」とを対比させ,共通点・相違点を見出す試みをしたというのが,1.2.3の内容となっています.「教育実践」は,「教育」と略記しても,差し支えないように思いますが,前項の「教育学」とは異なるものであるほか,国*1や自治体などによる「教育施策」*2と区別する意図もあると判断しました.
「将来において役立つ学力の獲得」「別の子どもにとっては必ずしもそう(最善の指導法)ではない」に留意しながら,算数・数学の「教育実践」の事例を読み直したり,担当科目の授業計画や実施に役立てたりしてみることにします.
本書で言及されている「教育実践」に,学校外,具体的には塾における指導を,含めてよいのかどうかは,検討する余地があるように思いました.医療との対応付けでいうと,「代替療法」になるのでしょうか.
*1:文部科学省が公表しているのは:https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/08042205/004.htm
*2:全国学力・学習状況調査や,自治体その他による学力テストも,含まれます.