わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

a+b+c=10

つなげる力

つなげる力

著者紹介はいちいちする必要ないかな.「納得解」は,同氏の別の本でも見たことがあります.納得解という概念にはある程度共感しますが,解の妥当性を,評価者そして解を出した人(児童生徒)自身が定性的・定量的に判定する方法が確立するまでは,教育の分野で定着するのは難しいなあとも思います.
あと,これは著者ではなく出版社の問題と思われますが,奥付にISBN4-16-370590-3と書かれています.先頭の978を取り除くと,最後のチェックデジットが変わることに,気付いていないような.
今日は教育問題というより,この本に書かれていた例題を通して,数学的センスの欠けたストーリーを見ていきたいと思います.

問1 あなたが携帯電話を買う場合,気に入ったものをどのように選びますか.あなたが付与する携帯電話の価値(P)の算定の方法について,値段(a),デザイン(b),機能(c)の3要素で決めるとした場合,次の各問いに答えよ.

(1) 以下の場合について,Pをa, b, cを用いた式で表してみよう.(各項目の係数は合計10となるようにしましょう)

「最新型のワンセグ携帯がほしい.できれば薄型がいいな.お年玉をもらったから,お金には余裕があるんだ」

算定式: P =

(2) P=6a+b+3cという携帯電話の価値の算定式がある.これはどのような考え方を表しているか.事例をあげてみよう.
(p.98)

「各項目の係数は合計10」のところで,少なからぬ数の中学生がつまづきそうです.
日本語で書かれた算定方法に基づいて式を立てたり,逆に式から算定方法を説明したりすることが出題意図なのだと理解しましたが,そのための数学的処理のところで引っかかって,その出題意図までたどり着けない生徒が相当出そうです.
この問題に対する,著者の説明を見ていきます.

正解ではなく納得できる解を見つける

続いて数学を見てみよう.
私の依頼を受けてサピックス教務部が開発し,「夜スペ」の数学の時間に教えてくれるPISA型の問題について,二問だけサピックスの許可を得て転載し,解説してみよう(問題は98〜99ページに掲載).
(p.96)

本文は縦書きですが,例題は横書きで,問1がp.99,問2(省略)がp.98にあります.
ここで,もし本エントリのタイトルを忘れた人は,見直しておいてください.では核心に行きます.

まず,問1.携帯電話を買うとき,値段をa,デザインをb,機能をcとした場合,どういう式を立てますか,という問題だ.ただし,「a+b+c=10」である.つまり,重みづけは全部で10になるように,自分自身の好みのバランスを決定せよということだ.
(pp.97-100)

中学生でも,あの問題文から,「a+b+c=10」と考えてしまう人がいそうですね….
じゃなくて,数学担当でなくても,あれを見て「a+b+c=10」と言い切ったら,教師失格と言わざるを得ません.
この問題の構造は,「P=pa+qb+rc」という式であり,そこに「p, q, rは定数で,p+q+r=10」という条件がつきます.a, b, cの値に条件指定がないのが,肝心なところです.

こういう現実の世界での意思決定との「つながり」を一切教えずに方程式を教えると,たとえば「P=6a+b+3c」は単に無機的な数式にすぎないことになる.仮に連立方程式の中で,a, b, cそれぞれの値を求めよと問われれば,より早く正確に「正解」を出す「従来型の学力」,つまり「情報処理力」が無機的に発揮されるだけだろう.方程式は,ちょっとむずかしい計算問題だと理解されるはずだ.
(p.100)

中学数学で,a, b, cの値を求める「連立方程式」の問題を出したら,まず学習指導要領の範囲を超えていますし,実際の授業などでも,中学生が混乱しそうなのが目に見えます.
そもそもこの問題を見て,「方程式」という言葉を出すのが,誤解のもとです.
あえて方程式の問題とするのであれば,P, a, b, cに関する等式と,その4つの文字のうち3つの値を決めたときに,残り一つの値を求めなさい,といったくらいでしょうか.
あと,現実世界と数式との「つながり」については,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20070730/1185745357 で書いたことがあります.

しかし,「あなた自身が携帯電話を買ったり,お兄ちゃんが時計を選んだり,お父さんやお母さんがクルマを買ったりする意思決定行動の背後には,こうした計算が少なからず働いているんだよ」と教えれば,子どもたちの生きている現実社会=[よのなか]は,方程式の束にも見えてくる.方程式という抽象的な概念と,現実の世の中とが,その瞬間につながるのだ.
(p.100)

まあ本当に大人が頭の中で,意思決定のために数式を立てているわけではないこと,もし学術やビジネスの分野で,複数の要因(パラメータ)から式を立てるとしても,線形結合はほんの一例でしかないことは,工学やビジネスに携わった人の経験に基づき,補足を入れたいところです.もちろん「線形結合」は,中学生の分かる言葉に置き換えます.
上で「方程式が誤解のもと」と書きましたが,じゃあ何なのかというと,この問題を説明する上で提示すべきなのは,「関数」です.
「P=6a+b+3c」と書いたら,「Pは,aとbとcの関数」であり*1,a, b, cの値を具体的に定めれば,Pすなわち携帯電話の価値が計算できます.
そして,「値段(a)が5,デザイン(b)が2,機能(c)が4」という携帯電話と,「値段(a)が4,デザイン(b)が7,機能(c)が3」という携帯電話があったときに,それぞれの携帯電話の価値(P)を求めると,前者は44,後者は40となり,この算定方法では,前者のほうが「高い」ということになります.なお,それぞれのa, b, cの和で比較すると(これはP=a+b+cという式から求めることに相当しますが),後者のほうが大きくなります.
関数という言葉は直接使用しなくても,Pの式で表すことの意義は,次のように説明できます.すなわち,単純には比較できない*2ものに対して,何らかの数式を用いて,1次元量にすれば,その値の間では大小の比較ができ,そこから優劣をつけ,ベストなものを選べるようになります.この問題は,そこまで出題しないと,数学の実用への適用とは言えないでしょう.

彼らの現実の中では,「P=6a+b+3c」は,「私なら,携帯電話を買うときは,やっぱりまだ中学生だし,一〇〇%(一〇割)の中で六〇%(六割)は値段をチョー気にするな.次が三〇%(三割)で機能重視.だって友達にメールが打ちやすくないとね.軽さや使いやすさも要チェック.最後に一〇%(一割)はデザインでしょ.ダサイのはイヤ!」ってな具合になる.
もちろん,一〇〇%(一〇割)の中での重みづけは,人によって違う.圧倒的に(たとえば九〇%)デザイン重視の子もいるし,機能さえよければお金はナンボでも出すというリッチな子もいるだろう.教室では,自分の場合ならということで,余白に書き入れたお互いの係数(a, b, cの前につけた,足して10になる重みづけの数値)を見せ合って,ワイワイ騒ぐ姿が見られた.
(pp.100-101)

めいめいが式を作り見せ合う姿はほほえましいのですが,式を立てるだけで終わらず,a, b, cに代入される値についても,注意を働かせる必要はあるかと思います.とくに,aは値段という,客観的な指標が見えるのですが,bとcには必ずしもそういうものはありません.
そもそも,値段,デザイン,機能というばらばらのものを線形結合していいのかという問題だって思い浮かびます.まあこれについては,値段というのは,1万円とか3万円とかいった金額がそのままaに代入されるのではなく,数式として処理しやすいように,変換してできた無単位の値をaに代入するのですよ,デザインの値をbに,機能の値をcに代入するときも,同じことです,と言えばいいのですが.

*1:この式表現が,中学数学の関数の範囲を超えることには目をつむるとして.

*2:高校,大学の知識を得てからこの問題を眺めると,a, b, cが3次元空間の点,あるいは3項数ベクトルを構成することにも気付くでしょう.そして,そういう点どうし,ベクトルどうしは,直接には大小比較できません.