わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

Whether You Like It Or Not

当日記でときどき使用するフレーズの一つに,「魔の表現」があります.
なのですが,Googleで調べてみると,期待する使われ方が,当日記以外に出てきません*1
元ネタは,かなり前に購入した1冊の本です.「魔の表現」は,幸いにも索引に載っていました.

(6) 人を招待するときの魔の表現と日本と欧米の習慣の違い

ある会社の研究所長A氏は東京で開催の国際学会に出席することになっていたアメリカのある大学のB教授を夫人とともに夕食に招待しようと考えていた.B教授夫妻の来日は初めてで,A氏は同じ分野の研究でB教授とかねてから文通していたからである.東京に家庭を持つA氏は夫妻をどこへ案内したものかといろいろ迷った挙げ句,行きつけの六本木のレストランに一応決めておいた.学会の初日,レセプションで夫妻に初めて会って,夕食に招待したいが,いつが都合かよいかと聞いたところ,その翌日が都合がよいことが分かったので,招待の場所が相手の気に入るかどうか気にしながら次のように挨拶した.
"All right, then tomorrow evening, I'd like to take you to a certain restaurant, whether you like it or not."
翌晩,B教授夫妻とA氏とその部下一人の4人はそのレストランで洋食を食べた後,A氏らが夫妻をホテルまで送った.
以上で何か問題となるところがあるだろうか.

4つ問題がありそうである.英語表現の語学的問題,英語表現の発想の問題,料理や場所の選択の問題,何故A氏夫人が同席しなかったかの問題である.
まず英語表現の語学的問題はwhether you like it or notにある.これは文脈によっては "You must do it, whether you like it or not." (いやでも応でもあなたはそれをしなければならない/ぐずぐず言わずにそれをするんだ)のように強制的ないし脅迫的な意味がある.したがって上掲のA氏の挨拶はB教授夫妻の好みも聞かずに一方的に,強制的にあるレストランへ連れて行くという言い方になっている.ここに第3の問題点,料理や場所の選択の問題がある.B教授夫妻のように初めて来日するお客に対しては相手の希望や嗜好を聞いてから決める方が礼儀である.一般にお客を食事に招待する場合には健康上や宗教上の問題もあるから予め相手の希望や嗜好を聞くことが丁寧な配慮であり必要でさえある.A氏は自分で勝手に決めておいたレストランに案内することにし,それが相手の気に入るかどうかを表明すればそれで意が通じると思い,そのために選んだ表現が一種の魔の表現であったためにせっかくの好意が「強制連行」の結果になってしまった.A氏のこの挨拶を受けたB教授夫妻の心境はどんなであったか実際に聞いてみたいところであるが,決して愉快ではなかっただろうし,A氏の挨拶をまともに取れば,前に耳にしたことのある "Japan is a mysterious country." を初めての来日早々にして身にしみて感じたことだろう.
(会議英語―国際会議・英語討論のための表現事典, pp.44-45)

太字は原文どおりで,青は引用者によるものです.ここまで丁寧に書かれていると,論評のしようがありません(対して,昨日は,言いたいことはあるけれどあえて表明しないという状態です).
それにしてもこの「魔の表現」というフレーズ,英語由来なのかどうかが気になります.英辞郎で引いても,出てきません.「魔の」から始まる見出しをもとに,英訳はdangerous expressionかなと想像し,Googleで調べると,3,000件以上ヒットしますが,どうも違う意味の用法が多そうです.
これに近い日本語の表現として,将棋や囲碁の「悪手」が思い浮かびます*2.あるいは麻雀の「チョンボ」でしょうか.いずれも,発露の直後は,自分の形勢が悪くなりますが,後で挽回すればいいという,可能性を残しています.
ここからは「魔の表現」を離れます."..., whether you like it or not." の代わりに何と言えばいいかですが,本文では残りの問題点を解説したあと,ベストプラクティスを提示しています.会食可能な日,料理の種類,場所の希望をゲストから聞いた後で,こちらでセッティングを行い,最後に次の発言でそのセクションを締めています.

"All right, let's go to a restaurant in Ginza. I hope you'll like it."
(p.47)

ここも,青は引用者によります.口をついて出るようになりたいものです.

*1:シンガポールにおいての説法というWordファイルに出現しますが,意味が読み取れません.

*2:英辞郎に載っていて,「bad move《囲碁・将棋》」とあります.直後に「悪手を打つ〔囲碁などで〕 make a bad move」とあり,囲碁にmoveはしっくり来ないなあとも思います.