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ゼミ発表のプロトコル,実際にやってみた

研究グループの学生が発表をする「小ゼミ」で,私が指導している大学院生の発表のときに,実際にやってみました.

手順

実際の流れは以下のとおり.

  1. 発表者は,PowerPointで一つの資料ファイルを作成し,6up両面で参加者数の部数を印刷します.
  2. 教員は,参加者分の「質問用紙」を用意しておきます.
  3. 参加者は,発表の前に資料と質問用紙を受け取ります.
  4. 発表者は,PowerPointで発表を行います.聴講者は,配布資料または質問用紙に,メモを書いていきます.
  5. 発表終了後,教員が質問・コメントを行います.その間,教員以外の聴講者は,質問用紙に質問を書いていきます.
  6. 教員による質疑が終われば,各参加者は質問用紙を司会者に送ります.司会者は順不同で質問用紙を取り出し,読み上げます.
  7. 発表者は質問用紙の束を受け取り,順に回答していきます.質問の重複については「先ほど回答したとおりです」,その場で答えるのが難しい質問は「宿題としたいと思います」と言います.
  8. 発表が終われば,質問用紙はすべて発表者が持ち,今後の研究や次回発表での改善の参考にします.議事録を書く人に,しばらく貸すのもいいでしょう.

意義・効果

主な意図は,従来形式の小ゼミでは質問しにくい学生からの質問を促すことです.これについては成功を収めました.さまざまな質問が出ました.その中には,教員の質問では出て来なかった,鋭いものもありました.
さらに,前々から「同じことを複数の人が考えていたときに,それを表に出すことはできないか」という問題意識がありました.現状のゼミでは,一人の質問者が言えば,同じ質問を頭に描いていた人はもう,質問しなくなります*1.やがては,これは誰か(先輩,先生)が言ってくれるだろう,と考えるかもしれません.
上の方式にすると,発表・質問を聴く時空間は共通ですが,学生が質問を考え,紙の上に展開するまでは,学生ごとに別々の時間と空間ができるわけで,期待通り,複数の人が同様の質問を挙げることもありました.
問題も,なかったわけではありません.
これをうまく進めるには,司会(学生持ち回り)の同意が不可欠です.あらかじめ,発表者と司会者を部屋に呼び,マニュアルを用意して,やってもらうことを説明しました.実はその時点でのプロトコルに,質問用紙をゼミ中に発表者に渡して見てもらうことは,含まれていませんでした.
小ゼミ終了時に,取りまとめの先生より,お小言です.「これだけ質問できるんだったら,いつもの形式でも,手を挙げて質問するようにしてください」と.
自室に戻ってから,発表した学生に別件で呼び寄せ,ついでにこのやり方について尋ねたところ,負担だったようです.短時間で質問用紙を見て答えるのは,たしかに,今までにない種類のストレスでしたね.

考察

ゼミは,発表者の成果と問題意識を,参加者間で共有する場です.そこには,時間的・空間的な制約が生じます.「誰かが発言しているとき,自分は発言してはならない」というのは,その代表的なものです.
これを変形して,「誰かが発言しているとき,それに耳を傾けなければならない」となると,同意する数が減りそうです*2.さらに「誰かが発言しているとき,その発言内容と違うことを考えてはならない」となると,認めるわけにはいかないでしょう.
ということで,大きな意味では同一の時空間の中で,各参加者が思考し,質問を組み立てるのが,別々の時空間となるよう,そして何も考えないで過ごすということがないような,ゼミのやり方をとってみたのでした.
ゼミで学生が質問をなかなかしてくれない,とは私は思いません.質問をするには,経験も大事ですし,テクニックといいますか,質問の類型(パターン)を自分なりに身につけておくことも不可欠です.あとは度胸*3
質問を促すにしても,ゼミの時間は限られています.俺も俺もと口に出すわけにいかないのなら,各自パラレルに書いてみたらいいじゃないの,というのが単純な発想です.
ついでに,記録が残るのも,いいことですね.その質問には,大いに参考にすべきものも,目くじらをたてなくていいものもあります.もちろん,ゼミ発表の場において発表者は,いずれの質問・アドバイスにも等しく感謝しなければなりません.
このやり方のゼミを,聴講する学生の支援,あるいは指導に使えないか,とも考えることができます.言い換えると,ゼミの参加を通じて,適切な質問を効率良く見つけ,発するという能力の養成です.
そのためには,1回だけではダメでしょう.場数です.それから,今回は無記名で回収しましたが,記名制にして,回を重ねるごとに質問の質がどうなっているかを見るというのも,一案です*4.書いた学生自身が記録を残したければ…昔ならカーボン紙ですが,今ならケータイで撮影しますかね.でも回収前にカシャカシャ鳴るのは嫌だなあ.

関連

それでは,「いい質問」とはどんな質問なのでしょうか?
それは,思考(場合によっては,行動まで)を刺激するものです.もちろん,反応を求めていますし,さらなる質問をつくりだします.ロバート・フィッシャーは,それを次のように分類しています(略)

  • 焦点を絞り込む質問
  • 比較することを求める質問
  • はっきりさせるための質問
  • さらに調べることを促す質問
  • 理由や背景を求める質問

(略)

孫引きですが上の5点,興味深いです.「焦点を絞り込む」と「はっきりさせる」は同じに見えますが,前者は(議論または活動の)対象を明確にすること,後者は主張の一つ一つまたは実施内容を明確にすることなのかなと想像します.

いい質問を作り出す5つ+4つのアイデア - わさっき

研究における批評のパターン*5

  1. 目的(ゴール)は明確か?
  2. 目的が達成されたら,どうなる(どんな嬉しいことがある)か?
  3. 目的に対して,とった手段が合理的か?よりよい方法があるのでは?
  4. 工夫したことは,他に応用できるか?

ここからがメインループですが,まず「読み上げ」の係になっている私が,「報告書」の人の書いたものを見て,読み上げます.書いてあることを一字一句読むのではなく,末尾の「である体」は「です体」に変更し,体言止めの場合にも,文になるよう末尾表現を添えます.図も可能な限り言葉で表現します.「以上です」で終えます.
次に「質問」の人に質問を考え,言ってもらいます.報告書を見たほうがよければ,見てもらいましょう.質問には「報告書」の人が答えます.私が答えることもあります.
質疑が終わったら,「報告書」「読み上げ」「質問」の札を持っている人は,それぞれ左隣に渡します.「読み上げ」の人が持っている報告書の束は,先頭(今読み上げたもの)を一番下に回して,左隣に送ります.これで,メインループの1回が完了です.
あとはこれを報告書の人数分,実施します.

報告書でひと工夫 - わさっき
  • 彼らが質問をすること、反論をすることに対して、我々が歓迎しているということ
  • 我々が基本的には、彼らの良い行為については褒め、悪い行為については叱るという行動規範を持っているということ
  • 彼らが自分自身について「まだ訓練不足(学習不足)だ」と思っていること。すなわち、学ぶ姿勢を持っていること。
  • 彼らがわからないときには「わかりません」と正直にいってくれること。
  • 実際に手を動かしてくれること。言われた課題や提示された問題に真剣に取り組んでくれること。

上記の条件を満たしているならば、卒業研究+修士研究でどうにか、彼らが自分自身を「自然な疑問」を持つように訓練するようにもって行くことができる。具体的には、徹底的に質問をし、意図を問いただし、使っている言葉を吟味させる。そして、考えていることを流れるままにさせておくのではなく、焼きつける癖をつけるのを手伝う。

『自然な疑問』を持つように訓練するには - 発声練習

第1段階:ゼミでの発表や研究室内での議論で、自分の主張を否定するような意見に出会うと「怒る」あるいは「泣き出す」、「へこむ」
第2段階:ゼミでの発表や研究室内での議論で、自分の主張を否定するような意見に出会っても、何とか受け入れられるようになる
第3段階:他人の発表や議論を聞いて比較的細かい「よくないところ」を指摘できるようになる。
第4段階:他人の発表や議論を聞いて、発表や発言の枠内で「よくないところ」を指摘できるようになる。ただし、改善方法は提示できない
第5段階:他人の発表や議論を聞いて、発表や発言の枠内で「よくないところ」を指摘できるようになる。しかも、改善案も提示できる
第6段階:他人の発表や議論を聞いて、研究テーマや扱っている問題の本質的なポイントから「よくないところ」を指摘できるようになる。しかも、改善案も提示できる

研究能力の発達段階 - 発声練習

*1:ここから連想するのは「プライオリティ」ですね.外の研究者としのぎを削るような状況だと,論文をいつ出したか,すなわち先取権が重要であり,査読付き論文では「投稿日」がその役割を担っています.先取権というと,wikipedia:アレクサンダー・グラハム・ベルの電話の特許も有名ですね.

*2:個人的には「誰かが発言しているとき,それに耳を傾けるべきである(should)」なら同意,「〜なければならない(must)」は不同意です.

*3:なんだか,英会話に似ていますね.

*4:そこまで「調査という名の権力」を行使する必要はないかなと思い,構想から外しました.同様に外したものとして,教員にも質問用紙に記入してもらい,学生と比較するというのがあります.

*5:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20060920/1158738512をベースとした,2009年研究室内配布文書より.